第五話 冒険者たち死地を征く

「火線を通して下さい!」


 聖女様リリアン・スウィーパーの声に、前衛が慌ててサイドステップして道を開く。

 背筋をまっすぐに伸ばした聖女様が、左手を優美に上げ、杖を持った右手を真っ直ぐにデュラハンに向けて叫ぶ。


「【聖槍ホーリー・ランス】!」


 清廉な白い光の槍が奔り、デュラハンの鎧を貫く。

 倒すには至らなかったのか、起き上がってくるものの、その動きはもうギクシャクとしたものになっていた。


「聖女様のご加護だ、無駄にするなよ!」


 ボロボロのデュラハンに、前衛陣が斬りかかる。

 悔しいことに、これだけのハンデを貰っても、前衛とデュラハンは良い勝負だ。

 俺、神官のリットンもメイスを振り回して加勢するが、掠りもしねえ。

 そこに


「【火球爆発ファイアボール】!」


 今度はミューレンの魔法が飛んできた。

 この考え無しの馬鹿ハーフエルフめ! 罵る暇もなく、俺は石造りの床を転がって距離を取る。

 爆散系の魔法は、仲間を巻き込まないように気をつけろと言ってるだろうが!

 だが、この一撃をまともに食らったデュラハンは、跳ね飛ばされて壁に激突。

 遂に、動かなくなった。


「やったー! 今度から、デュラハンスレイヤーを名乗ろうかな?」

「お前のは、聖女様の魔法あってのトドメだろうが……。それに、爆散系を使う時は周りを巻き込むなと、あれほど……」


 俺が文句を言うと、ミューレンはプッと頬を膨らませた。


「そんなのリットンが突っ込む方が悪いんじゃない。後衛は後衛の仕事をしてよ」

「今のばかりは、ミューレンの言う事に分が有るな」

「うんうん……」


 チッ……誰も味方はいないか。

 しゃーねえな。つい突っ込んじまった俺のせいか。

 あんな見事な【聖槍】を見ちまうと、まだ攻撃の神聖魔法を使えない自分が悔しくて、つい……。まあ、言い訳か。


「助かりました。聖女様……」

「いえ、屍人系のダンジョンで良かったです。出来ることがありますから」


 はにかんで答える聖女様。

 チッ……自分の上位互換がいるってのも、たまらねえな。


 一息ついたら立ち上がり、先を急ぐ。

 とにかく出口を探さないと、生きて帰れる気がしねえ。


「ピング、隠しドアを見逃すなよ」

「わかってるよ……仕掛けの多そうなダンジョンだからな」


 松明の薄明かりだけでわかるのか?

 今は信用するしか無いのだが……。


 また、何も出てこなくなった。

 コウモリすらいねえのが不気味でしょうがない。

 埃っぽくて、息苦しくなってくる。

 蒸し暑いな……。ただ、歩いてるだけでは、余計なことばかり考えてしまう。


「少し休憩しましょうか?」


 聖女様が言う。

 皆、ハッとした顔で彼女を見た。


「皆さん軽口も途切れてますし、緊張しすぎても良くないです。一休みして、喉を湿らせてから、先に進みましょう」

「……ですね。ここらは何も出無さそうだ」

「はぁ……緊張する」


 ぺたんと座り込んだミューレンが、水袋にかぶりついて喉を鳴らす。

 それを皮切りに、皆喉を潤す。

 聖女様は振り向いて……あっと小さな声を上げた。

 自分の水袋を聖女様に放って、ガーネットが笑う。


「ワインは飲める歳なんだよな?」

「はい。たとえ飲めない歳でも、今は飲みたい気分です。……いただきます」


 一口飲んで、その白い喉をコクリと上下させる。

 ほんのり血の気の戻った頬で、その水袋を返した。


「さすがに手ぶらでダンジョンというのは、酷だよなぁ」

「彼の空間収納をアテにし過ぎてました。飲み水や非常食くらいは持たないとダメですね」

「あと、ぱんつも」

「……ですね。【浄化ピュリフィケーション】の魔法にも限界があります」

「良いなぁ。洗濯しなくても済むんだ」

「お前はちゃんと洗濯しろよ」

「してるもん!」


 ミューレンいじりが復活した所で、また立ち上がる。

 生き返るとは、このことだな。


「骸骨、デュラハン……次はゾンビかな?」

「臭そうでやだ……」

「文字通りに、腐った奴だからなぁ」

「もっと、可愛いのが良いよ」

「可愛い魔物なんているかよ!」

「シッ……何か来るぞ?」


 ピングが指差す闇に、小さなオレンジ色の灯りが揺れている。

 かすかな足音が、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。

 やがて、その姿がはっきりと見えてくる。

 オレンジ色のカボチャのランタンを吊るし、黒いマントを羽織った気取った姿。

 だが、頭にもカボチャを被っている。


「ミューレン、お望みの可愛いのが来たぞ」

「み、見た目は可愛いけど……さっきのデュラハン並みに厄介だよ、こいつ」

「知ってるよ。ジャック・オー・ランタンだよな、どう見ても」

「間違える奴はいないだろ?」

「行きます。【聖槍】!」


 聖女様の放った光の槍を、ジャック・オー・ランタンは飛翔して躱す。

 こいつ飛べるのかよ!

 敵の振り回す大鎌をジャラックが盾で受けるが、跳ね飛ばされる。

 慌てて、ガーネットが斬り込んで後退させた。


「速いし、なんてパワーだよ?」

「奴の大鎌に気をつけろ、魂まで刈り取られるぞ!」


 再び奴が間合いを詰めてくる。

 俺は全員目線を下げるように指示してから、魔法を使う。


「【聖光ホーリーライト】!」


 狙い通りに奴の顔の真ん前だ。

 目がくらんだなら、ガーネットの剣も当たるだろう!


「気をつけて、は、目で物を見ていません!」


 聖女様の悲痛な声が聞こえる。……何だと!

 飛び込んだガーネットの剣を躱し、大鎌が振り下ろされる。

 激しい血しぶきとともに、ガーネットの左腕が斬り飛ばされた。

 悲鳴……恐慌……やっちまったか……。

 傷ついた獲物の首を刈りに来たのを、ジュラックの盾が押し返す。


「ガーネット、今は下がれ。聖女様がいるから、腕はなんとかなる」


 出血の酷いガーネットは頷き、転がるようにして後ろへ下がる。

 パワーはあっても、動きの遅いジュラックに奴が止められるのか?

 聖女様が切羽詰まって叫ぶ。


「リットンさん、ガーネットさんの腕はつけられますか?」

「無理だ……まだそこまでは」

「【聖壁ホーリーシールド】は?」

「張れるけど、奴の攻撃を抑えきれる強さはねえよ……」

「では、とりあえず薬を……」

「ああ……それくらいなら出来る」


 クソっ! なんて役立たずだよ、俺は……。

 聖女様がもうひとりいれば、【聖壁】で守りながら、ガーネットの腕を付け直して、戦線を維持することが出来るだろうに……。

 ガーネットの痛みを和らげることしか出来ねえなんて……。


「あぁ……俺がドジを踏まなければ、こんな所に飛ばされることもなかったのに……」


 ピングが床を殴って泣いている。

 ふざけたカボチャ頭が……本気でヤバいぜ。


「馬鹿野郎、まだ生きてるんだから、やれる事をやれや、盗人野郎!」


 禁句を叫んでまで、ピングを叱咤する。

 これ以上メンバーが欠けたら、一気に崩されるぞ!

 お前もだ、ミューレン。青い顔して震えてるんじゃねえよ!


 俺たちを守ろうと、一番若いはずの聖女様が仁王立ちしている。

 でも、その膝が震えてるじゃないか……。

 誰だって、怖いんだよ。

 それでも、生き残るためには、やるだけのことをしないと。


 だが、必死に堪えていたジュラックも崩れた。

 盾で押し返そうと、視線が逸れた一瞬。奴の大鎌がジュラックの両脚を刈ったのだ。

 ガクンといきなり身長が縮んだジュラックの肩に鎌が突き刺さる。

 そして、ジャック・オー・ランタンは、残りの獲物を狩りに近づいてくる。


「【聖壁セイクリッドシールド】!」


 聖女様の光の障壁が、カボチャ頭を近づけない。

 だが、奴の圧はジワジワとその障壁を押し込もうとする。

 聖女様の前1メートルに張られた障壁が、今はもう聖女様の顔の真ん前だ。

 カボチャ頭が、間近に聖女様を覗き込む。

 その美貌が恐怖に歪んでいる。


 くそっ! 何も出来ねえよ!

 もう、俺には祈ることしか出来ない。

 豊穣神様は、呆れてるだろう。……それは仕方がない。

 だがよ、天空神様よ! 聖女様はあんたの愛娘なんだろう? だったら、こんな所で死なす気かよ! ふざけるな!

 俺の命なんてやるから、聖女様を助けてやれよ!


 その時、ダンジョンの壁が爆散した。

 何を言ってるのか自分でもわからないが、とにかくダンジョンの壁が粉微塵に吹き飛んだんだよ!

 まばゆい外の光を背に、イノシシの子供に紐をつけたグランって従者が入ってきたんだ。

 そして、開口一番に言った。


「何だ、俺の抱きまくらは、こんな所に落ちてたのか」

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