アイズエーアイズ

鈿寺 皐平

#1 僕たちの将来

第1話 噂の非通知電話

 な、なんで僕……今、警察の人に……拳銃を……向けられてる、の?


「大丈夫。私の言う通りにしてくれれば撃たないから」


 意識を失った妹をきかかえ、地に両膝を付いている。そんな僕のひたいには今、黒い筒のついた銃口と警察官のにたりとほほんだ眼差しが向けられていた。


『介様、落ち着いてください! こちらに注目してください! 私にです! 私の方に注目してください! 声は届いていますよね!? 今、目の前にウインドウが出ているはずです!』


 突如、僕の目前から拳銃をさえぎるように浮かび上がった半透明の選択ウインドウ。



【体の権限の一部をアイ・リードと共有しますか?】



 そう記された文章の下にYESとNOの二つの選択ボタンがある。


 大丈夫、見えてる。何度も指し示されなくても。見えてる……けど……それより、その向こうにある……銃が……。


「私の言うこと、聞いてくれるかな?」


 なぜ、こんな事態になったのか。僕は混乱極まった頭の中を整理するように、ここに至るまでのほんの数時間をまるで走馬灯のように思い返す。



######



【発信元不明 「謎の着信」、全国に拡がる】


 それが満十八歳になる僕の目に止まったネット記事のタイトル。やけに不安を煽るものだったからか、もしくは見慣れた単語が目に付いたのか。ただ呆然と画面をスクロールさせていた指がついに止まった。


【各地で鳴り止まない着信音 世間は騒然……】【通信事業者 非通知電話の発信元わからない】


 案の定、関連記事欄には似通ったタイトルが散見される。


 というのもここ一か月、やたらとこの非通知電話が世間で噂になっている。SNSのトレンドにはしばしば非通知電話という単語を目にするし、「謎の非通知電話が掛かってきた!」と、なぜか自慢げに投稿している有名人達を見かけるようになった。


 今では非通知電話の新しいネット記事も、一日に一回は更新されている。


【謎の非通知電話 海外にも】


 直近の記事によれば、どうやら日本だけに留まらずついに世界を巻き込み始めたらしい。


 僕はその記事のタイトルを見て、気だるげに落ちていた瞼に力が入った。非通知電話の犯人が誰か知らないが、まさか世界まで敵に回すようなヤバい奴だったとは……。


「えぇ……」


「おぉ、どうした急に。そんなごみを見るような目で」


 つい漏らしてしまった声に、隣に座っているひょうが反応する。


「あ、いや、また非通知電話のネット記事見つけたから。なんか凄いことになってるなーって」


「へー そういえばかい、最近よくそれ見てるな。おもろい?」


「いや、面白いとかそういうんじゃ……。なんとなく見ちゃうっていうか……」


 なんて言うのはなかば嘘で、この件に関してはまだ少し興味があった。というのも、こうして世間に取り上げられる前から僕たちの高校では話題になっていた。


 一時期、掛かってきた人はこの世界に選ばれた勇者だとか、特別な人間にしかこない神の声だとか、そんな意味不明な噂が校内を駆け巡っていたし、それを鵜呑みにしていた人達が自慢げに非通知電話キター! とか暴露していた。


 だけど今ではもう鬱陶うっとうしそうに話してる人が時々いるくらい。話の熱は既に冷め始めていた。


「まあでも、学校であれだけ騒がれてたもんなー 周りみーんな掛かってきたって言ってたし。介は? もしかして掛かってきた?」


「きてたらとっくに話してる。自分だけじゃ抱えきれないよ、こんな大事」


「なるほど。つまり……もう掛かってきたってことか!?」


「なんで今の話の流れでそうなった」


 今はもうないけど、学校で騒がれていた当時は内心いつかかってくるかソワソワしていた。なんならその正体を探ってやろうかとか密かにくわだてていたこともある。


 まあ結局、その謎の非通知電話どころか僕のところに一回も非通知電話というものがかかってきたことがない。だから、きた時のことを想像して……正体を暴くための脳内シミュレーション、とか……そんな妄想をしてた時期が、僕にもありました。



カエデ:お兄ちゃん、今って帰り?



 過去のちょっと痛々しい奇行に内心赤面してると、手元の携帯画面にポンっとバナー通知が表示される。見やると、それは妹のかえでからのメッセージだった。



介:今、バス乗って帰ってるとこ


カエデ:じゃあ駅のスーパーで買い物してるから荷物持ちしてほしい


介:分かった。スーパーまで行った方がいい? それともいつものとこ?



「お兄ちゃん……」


「ちょっ! いつまで人の携帯覗いて……」


「別にええやん。荷物持ちして欲しいって連絡なだけやろ? もしかして、変なやり取りしてんのかぁ? 妹と」


「発想ヤバすぎだろ。なんでいつもそう……。普通に荷物持ち頼まれただけだよ」


 というか今の一瞬で全部見られてるし。瓢太は友達だけど……さすがにそんな探り入れてくるのは引くなぁ。



カエデ:いつものロータリーのとこ!


介:了解、待っとく。てか、そこのスーパーって高いとこじゃなかったっけ?


カエデ:いいの! 月初めはそうするって決めてるから



 月初めって……もう十月入って一週間は経ってるんですけど。



介:さいですか



 そういえば今日は楓が夕飯当番だったか。いつものように買い物して帰るつもりだったから、制鞄にエコバックを入れてきてしまった。


 まあ、楓が買いすぎて袋入らなーいとか言ってきたら出番はありそうだけど。


「お兄ちゃんは大変だなー 妹の荷物持たないといけないし」


「もうこれくらい慣れたよ。あとお兄ちゃんって言うのはやめてくれ」


「なんで。別にいいだろ、お兄ちゃん」


「友達にそう呼ばれるのはちょっと……気持ち悪い」


「なんでだよ。俺だって一応、上に兄と姉がいるんだぜ?」


「瓢太があかさわ家の末っ子だからって、同期の僕をお兄ちゃん呼ばわりする理由にはならない」


 そう言い返してみれば、瓢太はちぇーっと子供みたいに不貞腐れてそっぽ向く。その視線の先を追いかけると、窓の外で赤く輝く街の地平線を背に、コンビニや薬局、使い古された感のある雑居ビル達がパノラマのように流れていた。


『次は──くにおか駅前、三国ヶ丘駅前です』


 ふと、甲高いバスのアナウンスが耳に入る。バス前方の電光掲示板に映る橙色の文字を見て、僕はすかさず近くにあった降車ボタンを押した。


 こうしてバス通学を続けてもう三年目。朝から寝覚めの悪い身体を揺らされ、きゅうくつな座席で肩をすくめる毎日には嫌でも慣れてしまった。


 下校時はいつもバスの中で一人、携帯を見たり、呆然と窓の外を眺めたりしている。


「てか瓢太、今日って部活あったんだ」


 しかし、今日は友達の瓢太と一緒。校門を出ようとしたら偶然にも部活終わりの瓢太と出会でくわして今に至る。


 お互いどこか疲労感が垣間見えていて話すことも億劫おっくうな雰囲気だったけど、僕は鼻をつく制汗剤の香りが気になってつい話しかけた。


「あったよ。て言っても、今日は顧問の先生いないから筋トレだけだったけど」


「あ、そうなんだ。てっきりもう先月末に部活引退したと思ってた」


「いや、まだ明後日の土曜日に公式戦ある。でもそこで負けたら、いよいよ部活は引退だな。てか介の方こそ、今日は七時間授業とかあったの?」


「ううん。今日はちょっと……進路相談ってだけ」


 そう言いながら僕はつい頬を歪ませる。けれど瓢太は特に気にしてない様子だった。


「そっかぁー 俺もそろそろ大学決めないとなぁ……」


「瓢太は推薦とかで行くの?」


「普通に一般で受けるつもり。スポーツ推薦とかどうせ来ないと思うし。大学は、サッカー強いところ行くか、それともそういうの抜きにして有名私大とか国公立目指すか……ちょっと悩んでる」


 今のこの時期、高校三年生は否応なく将来の岐路、その決断を刻一刻と迫られる。瓢太はもちろん、僕の周りでも一様に進路のことで慌ただしい様子だ。


「そろそろ決めないとなー」


「うん、そうだね。僕もそろそろ、踏ん切り付けなきゃって思う……」


 しかし、高校三年生となればもう一つ……成年を迎える時でもある。満十八歳にして、晴れて成年。成人の日を迎えれば、学生とはいえもう大人の仲間入りとして認識される。


 大人になるという意識は少なからず、けれど確かに自分の中で芽生めばえていて……それはもうすぐ来る、開花の時期に向けて備えていた。


「三国ヶ丘駅前です」


 バスが止まって、甲高いブザー音が車内を貫く。続けざまに流れた運転手さんのアナウンスが、容赦なく耳を打った。


「瓢太、着いたよ」


「あ、やべ」


 僕は携帯をポケットにしまうと、瓢太と一緒に座席を離れてそのままバスを降りる。足が歩道に付くと、体は自然と駅前のロータリー交差点に向いた。


 バス停からそこまでは少し歩くのだが、しかし、一分もかからない距離。二車線ある車道を渡ればもうその場所に駅がある。なんなら今降りたところからその駅の全貌が見える。



介:今着いた。待ってる



 信号を待ってる間に一応楓に連絡してみたが、既読はすぐに付かない。会計中か、袋に物を詰めてるのか、はたまた買い物に夢中で気付いてないのか。


 なんにせよ、楓とは駅前ロータリーにいることしか示し合わせてない。直接スーパーに向かって行き違いになってしまうのもなんなので、僕は横断歩道を渡るといつものところ、電話ボックスと駅周辺の地図が載ってる案内板の間で待ってることにした。


「あ、ここで待つ感じ?」


「そう。妹がここで待っててって言ってたから」


 僕と楓の間ではここがいつもの場所という認識で通っている。この間に挟まるのが割といい……と、楓が言ってた。僕は別にそう思わないけど。


 手元でちらとスマホの電源をつけてみると、時刻はもう午後六時前。


 駅前は仕事を終えて帰ってきた大人達が疲労感漂う顔つきでとぼとぼと住宅街の方へ向かっている。帰宅ラッシュは既に始まっていた。


「瓢太、電車の時間大丈夫? 今ちょうど六時になるけど」


「あ、ならそろそろ行くわ」


「うん、じゃあ」


 バイバイ。そう言おうとした時だった。


「……ん?」


 手を振ろうとしたら、握っていた携帯が突然震え出す。思わず画面を確認すると、それは思いも寄らない相手からの着信だった。


「え?」


「ん? どうした?」


 非通知設定。暗い背景画面に、白文字でくっきりとそう記されている。


「え……介、それ! え!?」


 半身が駅の方へ向いていた瓢太だったが、僕の手元を覗き込むと興奮気味に声を上げる。


「ちょっ、瓢太。危ないって」


「非、通知……。まさか、おい……いや、これ、そうじゃね!?」


「いや、あの……とりあえず瓢太の頭で見えない」


「あ、わりぃ」


 瓢太の後頭部が退くと、僕の目に再度映るその画面にはやはり非通知設定と記されている。


 瓢太も僕も、突然のことに戸惑いを隠せなかった。まだ学校で話題になってたら僕は興奮してはしゃいでいたかもしれない。


 今までだったらいつでもウェルカムみたいな感じだったけど、いざこうして目の当たりにすると動揺してしまう。


「ちょっ、介! 明日また聞かせて! 俺もう行くわ!」


「え、何を!?」


「その電話! もしあの非通知電話だったら明日学校で聞くから! そろそろ電車来そうだし行くわ! じゃあな!」


「え! いや、ちょっ……えー……」


 僕の返事も聞かず、瓢太は一方的に約束を押し付けて駅の方に行ってしまった。


 もう声が届かないところまで背中がとお退いて、僕はどうしたものかと手元の携帯に視線を落とす。


 再三見返しても、着信画面には『非通知設定』と記されていた。


「……」


 まだ鳴り止まない着信。胸中で渦巻く警戒心。だけど掻き立てられる好奇心。


 最終的に応答しようと決めた要因は、あの一方的な約束だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る