第16話 灰緑の島

 島影が遠くに見えた時から、何かただならぬ雰囲気を感じていた。

 

 近づくにつれてその全貌が少しずつ明らかになっていく。視界に広がるのは、何かにえぐられたような巨大な絶壁。海からそびえ立つその岩肌には、風雨に削られた痕跡が深く刻まれ、自然の造形というより、何者かが意図的に傷をつけたかのような不気味さが漂っている。


 「あそこなら上陸できそうだな」


 絶壁を少し回り込んだ所から慎重に上陸する。

 

 足元に感じる砂の感触は普通の島と変わらないが、潮風が吹き荒れ、その空気には異様な重さがあった。

 数分前まで綺麗な青空だったのだが、いつの間にか灰色に変わっていて、一層俺達の不安を掻き立てていく。


 「慎重に進もう」

 「大丈夫。近くに敵は居ないと思うでござるよ」

 「何故わかる?」

 「この索敵装置で調べてみた。高かったんだけどね、ちょっと前に先生に買ってもらったでござるよ。操作がとても複雑なんだけどね」


 首からぶら下げた端末が索敵装置なのだろう。


 「そんな物まで用意していたのか。助かるよ。何があるかわからないからな。何か反応があれば教えてくれ」

 「うすっ」 


 静かにゆっくりと島の内部へ向け歩を進めて行く。

 

 地面に埋もれた瓦礫、錆びついた鉄の破片、そして雑然と転がる風化したボロボロの何か。

 

 「すげえ景色だな……」

 「何かドキドキするね~。ドキドキしすぎてお腹減ってきたかも。えへへ」

 「拙者もお腹減ったでござ」

 「お前らもっと緊張感を持てよ。油断するな」


 ユリアンが二人に激を飛ばした。

 どうやらアカリンとバルは腹ぺこみたいだな。

 そろそろお昼の時間だから無理もないか。


 「お前ら腹ぺこコンビは、いつも腹減ってるだろうが。ったく緊張感が無いんだよ!」

 「そんなこと言ったってしょうがないよね? バルちゃん」

 「うん。これはしょうがないでござるよ。アカリン」

 「ケッ!! この大食いバカップルはどうしようもねえな」


 「二人共、もう少し我慢してくれ。もう少し進みたい。気を抜くなよ」

 「皆もう少し頑張ろうね」

 

 ロミーは爽やかに皆を鼓舞した。

 

 このまま何も起こらないと良いんだがな……。

 何故か不安だけがどんどんと積もっていく。



 かつての都市は、静寂に包まれていた。

 灰色の空に向かってそびえ立つ高層ビル群。

 窓は全て割れ、コンクリートの外壁は崩れ、苔に覆われている。

 鉄筋がむき出しになった廃墟は、風が吹くたびに微かな音を立てるだけ。

 そこにはもう人の気配はなく、ただ時間が永遠に止まったかのような静けさだけがあった。


 俺達はこの風景に圧倒されながらも、ただ静かに廃墟の街を歩いた。


 足元には、アスファルトとおぼしき地面を突き破った根が、蜘蛛の巣のように広がっている。

 かつてこの場所には数多あまたの車が行き交い、人々が雑踏の中を歩いていたのだろう。

 しかし今、かつての文明の痕跡はほとんど消え去り、代わりに自然が支配していた。


 俺は立ち止まり、目の前にそびえる木々を見上げた。


 ビルの残骸とは対照的に、木々は生き生きと生命力が溢れていた。その葉は緑に輝き、枝は風に揺れてざわめいている。何もかもを覆い隠すように木々は街を飲み込んでいる。


 朽ちたビルの壁に根を張るツタは、コンクリートの割れ目から忍び込み、ビルそのものを取り込みつつあった。

 小さなガラスの破片が混ざった砂が、ビルの床に降り積もる。そこから小さな芽が顔を出し、さらに上へと成長しようとしている。それは、都市が築き上げたもの全てが無力であるかのように、自然が徐々に支配権を取り戻している姿のように見えた。


 「静かだな」

 

 あまりの静けさに、つい声がでた。

 この島に生きる生物は俺達以外は存在しないのではないだろうか。


 「すごい景色ですよね。どれだけの年月が経てばこうなるのでしょうか?」

 「想像もできないな」


 ロミーとそんな会話をしている時だった。不意に耳をつんざくような金属音が響いた。俺達は反射的に物陰に隠れ、息を潜める。


 「バルッ!!」

 「ごめん。え~っと……何かいる! 反応は一つ。近づいてるでござるよ!」

 

 そのまま物陰でしばらく様子を見ていると、瓦礫の山の向こうから巨大な影が近づいて来た。現れたのは四本足の巨大な機械獣。全身の大部分が機械に侵食されている。


 犬っ!?

 いや狼か?

 まぁどっちでも良い。

 何て大きさなんだ……。

 どうする……⁉

 逃げるか?

 いやこのまま隠れてやり過ごした方が安全か?

 機械獣の全長は、俺達の体の二倍以上もある。

 有効な武器は刀とブーストギアのみ。

 倒せるのか?


 「やろうぜっ朔太郎っ!!」

 「みんなも同じ意見か?」


 全員が真剣な顔で頷いた。

 

 「わかった。最初に俺が出る。誘い出すから、後ろから一斉に攻撃してくれ」


 覚悟を決め俺は機械獣の前に姿を晒した。


 俺の心臓はバクバクと早鐘はやがねを打っている。

 び、びびるな。

 落ち着け。

 目の前に立つと更に大きく感じる。

 牙も爪も大きく鋭い。

 ……まともに喰らえば、死ぬ……だろうな。


 機械獣は俺の姿を捉えると、前傾姿勢になり脚に力を溜めた。そして赤い瞳が冷たく光を放つと、一気に襲い掛かって来た。


 ――速いっ‼


 ブーストギアを起動し、間一髪で空中に逃れる。そのまま機械獣の意識を引き付けるため、鼻先を横に行ったり来たりしながら後退していく。


 俺の役割は引き付けること。

 無理する必要はない。


 何度も何度も牙と爪を躱し続ける。体のすぐ横を攻撃が通り過ぎる度、その余波の風を浴びて心臓が萎縮していく。

 

 既に皆が潜む場所を機械獣は越えた。

 完全に奴の意識は俺に向いている。

 今だ――。


 「行けっ‼」


 機械獣の背後からギアを利用した全力の一斉攻撃。


 「機械化している所は避けて攻撃しろ!」


 アカリンと桃香は背中を串刺しに。アベルは右の後足首を斬り飛ばした。バルは真下から腹を斬り裂き、ロミーは横から腹を斬り裂いた。ユリアンとアイスベルは、首の後ろへ全体重を乗せた渾身の回転斬り。


 「グガァアアアアアア」 


 やったか⁉

 いや……まだだ!


 機械獣は怒り狂ったように暴れ出すと、俺に狙いを定め猛烈な攻撃を開始した。

 嵐のような連続の噛みつき。

 死角から飛んでくる爪。

 く、洒落になってねえ……。

 なんだよ……。

 最後の悪足掻わるあがきか?

 もう躱しきれない――。


 「オラァァアアアア」


 その時、上から機械獣の右眼をユリアンが貫いた。


 「朔太郎っ!」


 それでも機械獣は止まらない。


 しぶとい……。

 まだ動くのか。

 ダメージは入っているはずだ。

 

 機械獣は俺のすぐ目の前で口を大きく開いた。


 なんだ……?

 何か嫌な予感。


 「全員離れろっ――」


 キュイィィィィン――。

 ドドドドドッ。

 マズルフラッシュが機械獣の口の中でほとばしった。

 すぐ目の前にいる俺に逃げる時間なんてない。

 咄嗟に防御シールドを左手で展開する。

 だが、このシールドは数秒しか維持できない代物。

 考えている暇はない。

 このままでは蜂の巣だ。


 「ウオォォオオオオオオオオ」


 機械獣の開いた口の中へ、ブーストギアを噴かせて左手のシールドごと突っ込むと、ありったけの力を出し、右手の刀を口の中から突き上げた。


 動きが止まった……。

 

 機械獣の赤い瞳の光が消えると、大きな音を立てゆっくりと倒れた。


 「ハァハァ……倒し……ハァハァ……たのか」


 目の前にはピクリとも動かない機械獣。

 息が上がりうまく話せない。

 やったのか……。

 力が抜け尻もちをついた。 


 「……」


 ガクガクと震える足。

 生死を賭けた戦いの恐怖と高揚によるものか。

 一つ間違えば、そこで横になっていたのは俺だった。

 まさか銃器を仕込んでいるなんて……。


 走って来た桃香が、泣きながら抱き着いて来た。


 「良かった……駄目かと思った」


 そこに他の皆も集まって来る。その顔は明るく笑顔だ。


 「やったな。朔太郎」

 

 乱れたリーゼントを直しながら、最後にゆっくりと近付いて来たユリアン。その顔は少しニヤけていて、どことなく満足そうに見える。俺の前まで来ると示し合わせたように、パンッとハイタッチを交わした。


 「早くこの場所から離れよう。大きな音を出したからな。何か寄って来るかもしれない」

 「朔太郎。大丈夫? 腕から血が」

 「ありがとう。桃香。かすり傷だから大丈夫だ。それより早くここを離れよう。バルは何か近寄って来ないか警戒をしてくれ」

 「了解」


 興奮しているからか、出血していることすら気づいていなかった。

 早く気持ちを切り替えないと。

 まだたかぶりがおさまらない。

 機械獣は俺の想像以上に強く、タフだった。

 体が大きいというだけで、人にとっては脅威だということが改めてわかった。


 俺達は逃げるようにその場を離れ、島の内部へ向けゆっくりと慎重に歩を進めて行く。

 大自然に侵食された廃墟の中をひたすら進み続けるが、足取りは重く、口数は少ない。全員が疲労困憊こんぱいといった状態。

 汗が服を伝って肌に貼りつき、動くたびに腕の傷がズキズキと痛んだ。


 「あれ何っ!?」


 アベルの指差す方へ視線を向けた。



 ――――ッ‼


 

 「へ?」


 「何で……ここに……」


 まだかなりの距離があって小さく見えるが、あのシルエットを見間違うことなんてあるわけがない。


 あれが何故ここにある……。


 「朔太郎。あれが何か知っているのですか?」


 ロミーが聞いて来る。


 「あれは…………」


 間違いない……。

 



 「スカイツリーだ」

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