第17話 追憶

 太陽が沈みかけ赤く染まった空が、スカイツリーのなれの果ての姿を照らしていた。


 「ここは……」


 「東京……だったのか……⁉」 


 改めて周りの景色を見渡した。

 朽ち果てたビル。

 割れた道路。

 その全てを飲み込んだ大自然。

 荒廃した景色が一瞬、たくさんの人々が集い、きらびやかな光で溢れていた、かつての東京と重なった。


 ――――ッ!!


 ここは……。

 東京…………なんだ。

 しばらくの間、ただ静かに立ち尽くし、呆然と周りの景色を観察する。


 「――く太郎。おい! 朔太郎っ!!」

 「あ、ああ……。どうしたユリアン」

 「何だよ。ぼーっとして。スカイツリーってあれのことか? 何だよあれ。あれ見てから何か変だぜ」

 「一つ分かったことがある。ここは……。俺がかつて住んでいた街。……東京だ」

 「何っ!?」

 

 飽きる程見た。

 ボロボロになっているが見間違えようがない。

 

 吸い寄せられるように、俺はスカイツリーに近づいて行く。そこでアイスベルに肩を捕まれた。


 「何を放心している? 戦闘した場所からは大分離れただろ? 皆もう限界だ。しっかりしろ!」

 「……すまない。アイスベル。少し混乱していた」


 全く想像していなかった衝撃的な事実に、頭の中は真っ白だ。

 ふぅ。

 息を吐き出し、混乱した頭を一旦落ち着かせる。

 

 「みんな遅くなってすまない。ここで一旦休もう」


 倒壊しかけたビルを指差しながらそう言った。

 

 この周辺で、一番マシそうなビルの入り口に足を踏み入れると、暗くて湿った空気に包まれる。ビルの中は静まり返り、壁にへばりつく黒いカビや、ひび割れた床が、時の流れを物語っていた。

 雨風をしのぐには十分だろう。


 「あ~疲れたぜ~」


 手足を放り出し、ユリアンが床に転がるように寝そべると、皆もそれぞれ荷物を下ろしてドカリと座り込んだ。

 タリアがランプを取り出し、小さな光をともすと、薄暗い中で、みんなの疲れ果てた顔が浮かび上がった。

 もうすぐ暗くなる。

 俺も含め全員の疲労は限界に近い。

 今日はこれ以上進まない方が良いだろう。

 

 「今日はここで一晩過ごそう。ここで十分に体を休ませて明日に備える。後……無理をさせてすまなかった。もっと早く休むべきだった」


 「謝ることなんてない。朔太郎はよくやってくれてるよ!」

 

 「そうだぜ。桃香の言う通りだ。どうしても無理なら言ってたよ。細かいことを気にするんじゃねえよ。タイミングが悪かっただけじゃねえか。そんなこと皆わかってるはずだぜ」

 

 「そうか……そう言ってくれると助かるよ。俺も一杯一杯だったから」


 ああ……。

 ほんとに疲れたな。

 

 俺も腰を下ろすと壁にもたれかかり、上を向いて目を瞑った。


 少しして、誰かが腕を触っていることに気づき目を開く。


 桃香だ。

 桃香が俺の腕を手当していた。

 手には消毒液や包帯など。


 「少ししみるよ」

 「ああ。いつもありがとな」

 「うん……」


 その時みんなの様子が目に入った。 

 バルとアカリンは食事の準備。

 ロミーとタリアとアベルは寝床の準備。

 ユリアンとアイスベルは装備の点検。

 俺が何も言わなくても、それぞれが自分の役割を見つけ行動に移している。


 頼もしいな。


 バルが大きな弁当箱を開けて並べ始めた。頭の大きさぐらいある巨大なおにぎり、弁当箱にはこれでもかと唐揚げと卵焼きが敷き詰められている。


 「朔太郎直伝の外はカリカリ、中はジューシーな『唐揚げ』とお出汁たっぷり、少し甘めの『卵焼き』だよ~。さぁ~寄ってらっしゃい。見てらっしゃい」


 その掛け声はどこで覚えたんだ? 


 「おいおいこんなに食べられるか?」

 「余裕よゆ~。ね? バルちゃん」

 「うん。余裕でござるよ。ね~」


 「みんな食べながらで良いから聞いてほしい。何もなければ、予定通り明日は一日この島を探索し、明後日帰るつもりだ。だが、少しでも危険だと判断した場合は、すぐにでも引き返す。みんなもそれで良いかな?」


 否定的な意見は誰一人いなかった。

 予定通り……ということか。


 卵焼きを手に取り口へ放り込んだ。

 うん、普通に旨い。

 もう一つ取ろうと手を伸ばすが、さっき見たスカイツリーの光景がどうしても頭から離れなくて、手が止まり思考の渦に沈んだ。

 

 ここは東京……だよな。やっぱり。

 そう仮定して考えを整理してみる。

 自然の繁殖度合、建物や道路などの腐敗状況から、とんでもなく先の未来だということは間違いない。

 実は日本は海の下に沈んでいなかった……のか?

 いや、ここは小さな島のはず……。

 東京だけが沈んでいない……?

 そんなことありえない。

 日本が沈んでいなかったとして……東京以外はどこかに存在するのか?

 沈んでいないなら何故ここに人が居ない。

 ここで生活していた人はどこに行ったというのだ。

 死に絶えたとでもいうのか?

 そもそもスカイツリーがまだ建っているとかありえるのか?

 補強工事とかあれから何度もしているだろうし、ありえるのかもしれない……。


 「――朔太郎。おい、朔太郎」

 「あ、ああ……。どうした」

 

 ユリアンの声がして思考の世界から覚醒する。


 「何度も呼んでるのによ。手が止まってるぜ。ぼーっとしやがって、さっき見たスカイゼリーのこと考えてんだろ? 俺達にも聞かせろよ。ここがどんなところだったのか。お前がここでどう生きたのか」


 「スカイじゃなくて、スカイでござるよ」

 「ゼリーって……あんたそれはないだろ。あんたの頭の中がゼリーじゃないのかい。ハハハ」

 「ゼリーって美味しいよね~。ぷるぷる~って」


 「細かいことをいちいちうるせーぞ! バル。タリア。……アカリンもだ。なぁ聞かせてくれ。朔太郎。俺は知りたい」


 いつもの日常のようなやり取りに少しほっこりする。


 「フハハハ。聞きたいか? 面白くないと思うぞ。長くなるかもしれないし……。止めといたほうが良いと思うけど……おすすめしな――」

 「「「聞きたい!」」」


 どうやら逃がしてはもらえないようだ……。 


 「……わかったよ。じゃあ今度で良いから、皆が十三さんと出会った時のこと教えてくれよな。交換条件だ」

 「良いだろう」

 「先に最後までご飯食べさせてくれ。話は寝る時にでもしよう。良い子守うたになるだろう」



☆★



 ぱっくりと開いた崩れ落ちた天井の隙間から、空が見えた。

 皆は思い思いの場所で寝袋の中に入ったところ。

 寝袋の下側はしっかりと弾力性があり、以外にも寝心地は悪くない。


 「もうそろそろいだろ? 早く聞かせてくれよ。朔太郎」

 「何から話せば良いのか……」


 空は完全に夜の帳に包まれ、夜空には無数の星が輝いている。


 「まぁ思いついたことから話すけど、途中で寝てしまって良いからな。いや、むしろ寝てくれ! 後、途中の質問は無しだ。聞きたいことがあるなら、また今度にしてくれ。寝る時間が減ってしまうからな」

 「わかったから早く始めてくれよ」

 

 「この星が見えるか? 綺麗だよな。まさか東京でこんなに美しい星空を見られるとは思わなかったよ。様々な理由はあるが、この地では夜になっても明るくて、こんなに綺麗に星を見ることは難しかったんだ。明るいといっても、街灯とか店の看板とか、そういうやつな」


 「俺が生まれる前には、既に人はあの月にも到達していたんだ。それからどれくらいの時が経ったかはわからないが、恐ろしい程文明は進んだはずだ。今見えている星のどこかに人類は移り住んでいたりしてな」


 思いつきで言ってしまったが、本当にそんなことが可能なのだろうか?

 自分で話したことだが、全く想像できない。

 


 「今から話すのは世界が海に沈むずっとずっと前の話だ」


 東京で生きてきた日々を思い出す。


 「どこを見ても、人、人、人。かつての東京は、人で溢れかえっていた。東京だけで一千四百万人。想像出来るか? 日本全体なら一億二千万人だ。それだけ多くの人がこの地で生活していた。それだけじゃない。国内からも海外からもたくさんの観光客が年中訪れた。進んだ文明、ひしめき合うビル、道を埋め尽くす車、戦争はなく、娯楽に溢れ、美味しい食事はどこでも出来た」

 

 「俺の家の窓から綺麗に見えたんだ。さっき見たスカイツリーが。もう何度見たかわからない。ここからじゃ分かりづらいかもしれないが、物凄く高くて大きい。観光客が毎日のように押し寄せてな。人気のスポットだったんだ」

 

 「だから見間違えるはずがない。あれはスカイツリーだ。俺はこの地で間違いなく四十三年間生きた」


 「幼少の頃、両親は俺を家に残し二度と帰って来なかった……。捨てられたんだ。毎日毎日、家の前をうろうろ何時間も待ち続けた。捨てられたとわかるまで、けっこうな時間がかかった。それから俺は人と接することが怖くなった」


 「大人になってもそれは変わることはなかった」


 「寂しくて……、辛くて……、悲しくて……、恋しくて……、男なのに子供の頃からよくメソメソと泣いていた。楽になりたくて何度も死のうとしたけど、怖くてできなかった。何も考えずただ孤独に生きた」


 すぐ近くで鼻をすする音が聞こえた。

 桃香か……?

 

 「俺は四十のおっさんになっても泣き癖が治らなくてな、十三さんに『お前はいつも泣いておるな』なんて言われたこともある情けない男だ」


 「こんなにたくさんの人がいるのにな。ずっと一人だったんだ。フフ。おかしいと思うだろ? でも、俺みたいなのは、ごまんといた」


 かつての東京でその後どう生きたのか、その時どう考えていたのか、自分の過去を一つひとつ思い出しながら、できるだけ正直に語っていった。

 

 ある本がきっかけでアイを作り始めたこと。

 二十年の研究がどんなものだったのか。

 未来から十三さんが俺を殺しにきたこと。

 十三さんがいた世界がどうなってしまったのか。

 アイが目覚めた時のこと。

 アイとの生活で俺がどう変わっていったのか。

 研究所で仙水に刺された時のこと。

 その時仙水がどんなことを言っていたのか。

 タイムマシンが暴走して今の世界に来たこと。

 神社にあった石像がアイだったこと。


 過去の自分を思い出し過ぎたのか、語り終わった時には何故か涙が流れていた。

 

 長い話になってしまった。

 皆はどう思っただろうか……。

 俺のこと軽蔑しただろうか。

 それとも何か別のことを……。

 まぁ……どう思われても、これが俺だ。

 途中、十三さんの話をした時「えっ」という小さな声が聞こえたような気がしたが、さすがにもうみんな寝入ってしまっただろう。


 「最初さ……皆と生活すると聞いた時、こう見えてけっこう怖かったんだ。気づかなかっただろ? でも、怖がる必要なんて何もなかった」


 出会った時の皆の顔が思い浮かんだ。


 「楽しかった……。一緒に色んなことしたよな。自分の年も忘れて皆と一緒に過ごした日々は、全てが俺にとっては大事な思い出だ。くだらない話をしたことも、馬鹿みたいに遊んだことも、喧嘩をしたことも、悪戯したことも何もかも……。嬉しかったんだ。兄弟が出来たみたいで。だから――」

 

  「ありがとう」



 目を開けると、薄暗い天井が目に入った。

 いつの間にか眠っていたらしい。

 めずらしく全員が既に起きていて、出発の準備を整えていた。

 

 「おはよう」


 いつも通り朝の挨拶を交わす。

 少し余所余所よそよそしい感じもしたが、顔つきから十分に休息できたことはわかった。

 

 雨か……。

 ビルから出ると、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

 

 「どうしますか?」


 ロミーの声に、一瞬ここまでにして帰ることを考える。


 「進もうぜ」

 「ユリアンの言う通りさ。これぐらい何ともない。小雨じゃないか」

 「僕も行きたい」

 「これで終わりというのは、何とも歯切れが悪いというか……せっかくここまで来たんだし、もう少し進んでみたい気持ちはあるでござるな」

 

 まだ進みたいというのが皆の気持ちか。


 「よし、行こう。とりあえずあのスカイツリーを目指す。バル、索敵頼むぞ」

 「オ~ケ~」


 学生服の上から、準備した深い緑のフード付マントを着用し、少しでも雨を凌ぐ。瓦礫やビルの間を縫うように、スカイツリーに向け慎重に歩を進めて行った。


 「待って! 反応があるでござる」

 「どっちだ」


 バルの真剣な声に緊張が走った。


 「この先のビルの向こう側に……何かいる」


 指差した方へ音を立てないように進むと、陰から見つからないよう注意して向こう側を確認した。

 昨日接敵した犬型の機械獣が五体。

 あれとまともに戦うのは無謀というものだろう。

 昨日よりも更に大きい個体もいる。


 「見つからないように避けて進もう」

 「ちょっと待てっ!! 様子がおかしいぜ」


 機械獣が俺達の反対側を警戒するような反応を見せている。

 何だ?

 何に反応している?

 少し間、黙って様子を伺っていると、突如、全ての機械獣が内側から膨れ上がり爆散した。


 「「「――――ッ!!」」」

 

 何が起きたっ!!

 普通ではない。

 俺達は金縛りにあったように動くことが出来ず、何が起きたのかを見極めようと、そのまま目を凝らし続けた。


 そこへ瓦礫の向こう側から、ゆっくりと姿を現したそれを見た瞬間、背筋が凍りついた。

 

 「あれはっ――⁉」

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