第20話『意思を意志に』
「両者、用意......始め!」
聞きなれた掛け声と共に、塔主選定戦第2日程午前の部が始まった。
ボクはいつも通りの席でいつも通りに過ごしている。
右隣にはステフ、左隣にはディモルブがいる。
シンは一体どこに行ったんだ?
昨日は闘技場近くの安い宿を取って過ごした。
ここに来た時は確かにシンもいたはずだ。
「どうせ便所かなんかだろう? 大だろ大」
「ちょっ、汚い話しないでよね!」
「いつ呼ばれるかも分かんないのにほっつき回るなんて、何してるのかなぁ」
そんなことを話しているうちに、リディオが次なる対戦組を発表する。
「ディモルブ=セルモクラスィア対シン=ルザース!」
★★★
何とか情報収集が間に合った。
ホノン達と離れてせこせこ闘技場を歩き回って色々な奴に話しかけた。
分析する余裕は無かったが、戦いながら何とか頑張ろう。
「戦うのは久しぶりだな!
ホノンの金魚のフンは卒業できたか?」
ディモルブ=セルモクラスィア。熱血漢。
ホノンの知能を下げて松明を持たせたような奴だ。
ただし、本選定戦においてはホノンに次ぐ実力者。
攻めに徹する戦闘スタイルで相手を封殺する。
半年前の選定戦ではステフよりも手酷く負けた相手だ。
「いやぁ、まだ成人してないから卒業できてないかもな」
「む、成人していなかったのか!」
この世界の成人が何歳なのか知らんけどな。
「まだ生後半年だよ。0歳だ」
「0歳だと!? はっ、半年でそれだけの身長なのか!?
というか、その年齢なら参加資格違反だろう!!」
冗談を真に受けて驚いているディモルブを無視し、構える。
なんで俺はこんなバカ相手に負けたんだろうか。
真面目に情報収集していたのが恥ずかしくなってくる。
「両者、用意......始め!」
「"
「"
ディモルブは初手80%は短絡的な攻めに出る。
炎の拳を振るって間合いを詰め、後退を余儀なくさせる。
俺は全身に風を纏って横に跳ぶ。
短絡的な奴はスタートとゴールを一本線で結びたがる。
その直線上から回避し続ければ避けられるだろう。
単純な俺の作戦は功を奏した。ディモルブがキレた。
「ちょこまかと逃げるだけか!?
"
顔を赤くして炎の回転球を放つディモルブに距離を詰める。
炎が俺の髪を焦がしつつ頭上を通り抜けた。
距離感を見誤ったディモルブの拳が空を切る。
「なんの!」
近接した俺の蹴りを足で受け、拳を振るう。
文字通り間一髪で躱せたが余裕がない。
ディモルブの全身から発せられる熱から遠ざかるように後退する。
塔主候補生ディモルブ=セルモクラスィア。
能力"
あらゆる鬼火を操作する炎熱系の能力だ。
鬼火。空中を浮遊する火の玉。
ディモルブの鬼火は意思を持つ精霊に近い存在。
"
「"
回転する赤い鬼火が消え、顔のある青白い鬼火が現れる。
ディモルブに似合わないマスコットのような可愛い鬼火だ。
「
『エェ!? メンドクサイナァ......』
「いいから行け!」
鬼火といがみ合うディモルブが俺の拳を受け流す。
コイツ、召喚能力のクセに近接戦が得意なんだよな。
初手で詰めてきたのも近接戦に対する自信がゆえの行動だろう。
『ウ~、ヴェエッ!!』
咄嗟に回避しようとした瞬間に足を払われる。
視線を傾けると、ディモルブが俺の足に蹴りを入れていた。
「"
後方に倒れこみながら防御しようとしたが、間に合わなかった。
あまりの熱量に圧倒されてしまった。
恐らく、防御を展開できていても破られただろう。
『ボェエ~、モウアキタ! カエルッ!』
「おい、ふざけるな愚者! まだ終わってな......」
『バァイバァ~~イ!』
術主をからかいながら消える鬼火とそれを怒鳴るディモルブ。
ふざけた能力のふざけた鬼火だが、実力は本物だ。
変幻自在な鬼火と格闘術に秀でたディモルブのコンボが手ごわい。
「畜生、"
火傷を押さえながら立ち上がる俺の周囲に緑色の鬼火が現れる。
この鬼火は魔力を吸い、それを炎として吐き出す。
さしたるダメージにはならないが、魔力を吸われるのが厄介だ。
「治癒妨害か? ウザったいな」
「む! 確かにコイツ等の力なら治癒魔術の妨害になるか!
確かにそうだな!」
「ウザさ3割増しの発言やめろ」
意図せずして俺の回復を邪魔するその才能。
そして気づいていない阿保さに眩暈がする。
一応ながら治癒魔術は使えるが、
本来なら隙の大きい召喚を体術でカバーしている。
知らない鬼火も使われたくない。早めにケリをつけるべきか?
「3割増し......ウザさ103%か!」
「黙ってろ、"
「なんのそのっ!」
それは3
とはいえ、ホノンと同レベルの相手に通用するわけがない。
いくつか魔術を使って試行錯誤したが意味がなかった。
数合を重ねて諦めがつき、再び距離を取る。
能力を使っても使わなくても強い。厄介だ。
ステフのように能力の弱点を突くこともできないな。
「畜生......意地汚い手は使いたくなかったが......」
呟くような声はディモルブに届いていない。
俺はひりひりと痛む頬の火傷を押さえる。
意志薄弱なまま前に進むことはできない。
ホノンたちの宿す信念は、俺には無い。
ただあいつらと笑いあいたいというだけで勝てるような茶番じゃないのだ。
力は及ばない。だから、弱く無知な俺だからこそ......
使える手はすべて使ってやる。
「リタの足が無くなった理由は知ってるか?」
「何を......」
闘技場に響く声、目を見開くディモルブ。
炎にやられた俺の喉が掠れ声を絞り出す。
「あれに毒を仕込んだのは俺だ」
「なッ!?」
馬鹿とはいえディモルブは塔主候補生。
この発言を嘘であるか判断する能力はある。
ただし、その軽率な脳は疑念に引っかかる。
半年前に突然現れた男。ホノンの金魚のフン。
リタは信頼しているがよく知らない奴。
そいつを庇ってリタが足を失ったという噂。
ディモルブと俺の間にある中途半端な距離感が、真贋の断定を遅らせる。
「"
「ッ! "
ブラフを理解したディモルブが顔を上げ、俺の攻撃を警戒する。
搦め手に不意を突かれた場合、真っ先に攻撃を恐れるのが普通だ。
能動的な封殺を得意とするディモルブなら、反撃を選択するだろう。
詠唱して放った炎の斬撃。無詠唱で放った光の玉。
二重に仕込んだ
搦め手に搦め手を重ね、確実に無力化する。
「......"
目を封じられた状態で放たれた炎球を間髪で躱す。
野生の勘が鋭いな。危うく撃ち落されるところだった。
俺の足は風を纏い、ディモルブの後頭部側面を捉える。
「ギェおパっ!!?」
何とも滑稽な声を漏らしながら倒れるディモルブ。
白目を剥いて失神しており、立ち上がる気配はない。
★★★
シンがステフに勝った時、正直驚いた。
ディモルブに勝った時、信じられなかった。
誰もがそうだったように、ボクもビックリしてしまった。
半年間ずっと一緒に居たボクが、だ。
『俺がホノンに勝てるわけが無いだろ?』
『リタ戦のサンドバッグ役じゃねえか』
『近接戦さえできればリタといい勝負できるんだけどな......』
『......ジェウルとレグ、強かったな』
『うん、勝てる気がしない』
この世界のことを何も知らないシン。
魔法も戦いも知らない、及び腰で、口だけ回る奴。
センスはあるけど実力は全然なかった。
『森の主との戦闘なら、俺はサポートに回ろう』
『まだ寝てていいぞ。見張りは問題ない』
『この魔物は外殻が硬くて腹が弱い! 赤い腹を狙え!』
『あの
『正面にだけ集中してくれ。サイドと背面は任せろ』
シンは旅修行を経てドンドンと成長していった。
ボクにはずっと焦りがあった。ボクはそれほど成長できなかったから。
あの日、出会った日。シンは木陰に隠れていた。
ボクの背に隠れて、ボクのサポートをし始めて......
気がつけば、ボクの横に立っていた。
「キミがリタの代わりになっちゃいそうで怖かったんだ」
茫然としていて意識のハッキリしない中、ボクはフィールドに立っていた。
随分と長い間、考えに耽っていたようだ。
自分の口から溢れた言葉に驚く。心に仕舞っていた言葉だ。
「リタよりも魔術の才能があって、リタの体術を学んで......
断たれてしまった道のりが、新しく繋ぎ変わっちゃったような気がした。
"ボクとリタ"が"ボクとシン"にすり替わっていくような......」
決して同一視していたわけじゃない。
どちらも等しく、親友として大好きになった。
シンがリタになったんじゃなくて、ボクがシンをリタとして見ているんじゃないかと思って怖くなった。
「キミは、リタの......」
「俺がリタ? 寝ぼけてんのかこの
泡が弾けるように視界が開けた。
広いフィールドの中、正面にシンが立っていた。
「お前が俺を練習相手にしようが構わんし、それでいい。
今まで何度もボコられてきたが、それもどうでもいい。
だが、俺をリタの代替品とみなすのだけはやめろ」
「代替品だなんて......」
「そもそも、リタと俺じゃ何もかもが違う!
アイツは辛党で俺は甘党。身長は俺の圧勝。
腹筋は完敗。視力はどっこい。頭脳は辛勝だ」
ずっと似ていると思っていた。だから親友になれたんだと思っていた。
目の前にいるのは、全然リタに似てない嫌味な奴なのに。
「"対等"なんだろ? 意味を履き違えるな。
俺もお前もリタも、同格ではあっても同じじゃない」
『私は私のために、ホノンはホノンのために生きる。
だから私たちは対等に向き合い続けることができた。
ずっとそうだったでしょ? 今更だよ』
ボクは確かにこう答えた。
『でもボクは、リタと対等であり続けたい』
この時からずっと勘違いをしていた。
シンのおかげで、ようやく心の
「塔主選定戦最終試合、ホノン=ライラルフ対シン=ルザース!」
シンと目が合う。相変わらずブレない真っすぐな目だ。
目を逸らせないし、逸らさない。対等だから。
だけどボクは負けない。対等なのはこの一瞬だけだ。
シン。キミへの嫉妬はこれが最後だ。
知恵、精神性、才能。どれも嫉妬に燃えていた。
今この瞬間から、ボクは嫉妬される側になってやる!
「ボクは絶対に負けない!」
「悪いが、俺も同じだ!」
「両者、用意......」
いつも通り構える。何回も見た光景だ。
闘技場が静寂の帳に包まれる。
この世界にはきっと、ボクとシンしかいないんだ。
「始め!!」
「「"
シンがこの世界に来て初めて見た魔法が、闘技場の中心で大爆発を引き起こす。
その圧倒的な熱量と魔力に思わず笑みが浮かぶ。
最終戦の火蓋は切られた。
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