第18話『選定戦開幕』


「遅いぞ! ホノン!」


 選定戦開幕の喝采の中、1人がこちらを振り返ってそう言う。

 目の覚めるような鮮やかな赤髪の男が、腰に手を当ててホノンを見下ろす。


「げっ、なんでこんな入り口にいるんだよ!」

「お前を待っていたからに決まっているだろう!?

 さあ、今回こそ俺たちの長きにわたる一進一退の接戦にケリをつけようじゃないか!」

「うるっさいなぁ!! ボクの方が強いっていつも言ってるだろ!!」


 ホノンをライバル視するうるさい男、ディモルブ=セルモクラスィア。

 俺は半年前の選定戦で一回戦って負けた。

 ホノンはその実力の低さを馬鹿にするが、中々侮れない実力を持っている。


「静粛に」


 その一言で野次喝采は消え去り、闘技場に静寂がもたらされる。

 理由は言わずもがな、闘技場中心のだ。


「今回の選定戦では文字通り"全ての塔を治める主"たる全主の塔主、

 並びに、北海の島国アストラを治める雪原の塔主の候補者を決定する。

 立場に相応しい実力者を、俺たち現任者が選定しよう」


 竜族最強の男、全主の塔主リディオ=ヴァレンス。

 そしてその脇に佇む、雪原の塔主レイラ=ヴェルデマール。

 今回の選定者は彼らだ。


「(リディオ=ヴァレンスが退任するの!?

  ボクたちのいない間に一体何があったの?)」

「(それが、俺たちにも意味が分からないんだよ。

  現役でブイブイ言わせてるはずの2人が、なぜか突然辞めるって言い始めたんだ)」


 塔主の就任期間は無期限。そのため、退任理由は自主退任と殉職の二択だ。

 前回のを例にすると、砂塵の塔主デシエルト=アクィルスは殉職による退任、常闇の塔主ジルダーヴァ=ヴォワイアントは片腕欠損による自主退任だ。


「退任理由については様々な憶測が飛び交っているが、適した時期になるまでは秘匿事項とさせてもらう。

 選定戦終了から暫くは新任の育成と並行して任務を行い、3カ月後に塔主の座を退く予定だ」


 ホノンの囁き声を聞いてか聞かずか、リディオがそんなことを言う。

 旅修行に出ている間に大事が起きていたようだな。


「参加者は各々、呼び出しまで観客席で待機すること。

 初戦の対戦組み合わせは前回と同様、ランダムに抽選を行う。

 それでは、第1試合の対戦組み合わせを発表する」


 魔術によって参加書類が吹雪のように舞い上がり、闘技場を縦横無尽に駆け回る。

 リディオが指を振るうとバラバラに散らばった紙がすべて一箇所にまとまる。

 最後に飛んできた2枚がふわりと静止し、リディオはそれを読み上げる。


「ホノン=ライラルフ対ディモルブ=セルモクラスィア!!」


 今回の選定戦は、初っ端から激戦が繰り広げられそうだ。



  ===



 舌を出しながら腕を十字に組んで体をほぐすホノン。

 その余裕そうな笑みに半年前の辛酸を思い出す。

 圧倒的な才能たちに押しつぶされた屈辱だ。


「俺に黙って旅修行に行ったと聞いた時には驚いたが、強くなってるんだろうな?」

「ん? 当たり前じゃん。そのために行ったんだから」

「そいつは良かった!

 遊び惚けて腕が鈍ってるんじゃないかと心配だったぜ!」


 いつものホノンなら、この言葉でかき乱されていた。

 心外とばかりに否定の言葉を連ね、口笛で茶を濁していた。

 だが、その琥珀色の瞳は真っすぐ俺を見ていた。


「うん。ずっと本気だよ」


 背筋を凍らすようなその実直な眼差しを受け、首筋に冷や汗が伝う。

 以前までとはまるで異なる覇気オーラに鳥肌が立つ。


「両者、用意.........始め!!」


 開幕の合図の直後に悟った。

 ホノンはこの半年で何者かになったのだ、と。



  ===



 覇気オーラとは魔力の波動のようなものだ。

 熟練した魔術師から感じる威圧感の正体の一つで、能力と同様に人それぞれの特徴がある。


 ホノンの覇気は場を支配する自己中心的ワガママな覇気だ。

 ここは自分の場所だと主張するような気配に圧倒される者も多い。

 それはホノンの強みと言っていい手札だ。


 だが、俺には効かない。

 というのも、ホノンが本格的に覇気を習得したのはここ最近だ。

 慣れというのは強力なもので、俺はホノンの覇気に威圧感を感じない。


 考えろ。ホノンと戦う上での脅威はなんだ?

 俺の持つ手札をどう組み合わせて出し抜けばいい?

 リタならどうやってあの天才を負かすことができた?


 旅の道中、俺はホノンに隠れて努力し続けた。

 ボロボロになるまでリタの手記を読み込み、詠唱せずに使える魔術を増やした。


 何のために? リタの悲願を代行するために?

 いいや違う。もはや目的は変わっている。

 ホノンに勝ちたいという一心で半年生きてきたのだ。


「あ、もしかしてシン君?」


 闘技場中央のフィールドに集中していると、突然背後から声をかけられた。

 いかんな。戦略立てに集中しすぎて気配を感じなかった。

 振り返った先にいたのは見知った顔だった。


「やっほー! 久しぶりだね!」

「ステフか」


 誰にでも笑顔を振りまく少女、ステファニー=アグノエル。

 彼女はエドナおばさんの下宿所に属してはいないが、近所に住んでいるためよくホノンと手合わせをしていた。

 俺も数回戦ったが勝てなかった。実力はディモルブと同じぐらいだ。


「隣座っていい? ありがとう!」

「感謝は許可の後に言ってくれ」

「シン君なら絶対オーケーって言ってくれるでしょ?」


 ステフはやけに距離感が近くて扱いに困る。

 俺のことをホノンの子分として軽く見ているんじゃないだろうか?

 そう考えるとなんかムカついてくるな。


「シン君はこの勝負、どっちが勝つと思う?」

「100%パーホノン」

「えぇ? ディモルブにも勝機はあると思ったんだけど......」

「ホノンは集中を持続させるのが苦手。当人も自覚している。

 だから初戦はディモルブを速攻でフルボッコにする。

 朝から動きっぱなしなくせしてまだまだ元気そうだしな」

「そういえば、この大荷物ってことは旅から直接ここまで来たの?」

「ああ」


 ステフが泥を被った荷物をいじくる。

 俺とホノンが対戦することになったらステフに荷物番を任せようかしら。


「大事なのは、集中が切れるタイミングで虚を突くこと。

 初戦が終わってリディオが次戦指名を行う時間で確実にスイッチが切られる。

 2戦目の初手を急ぐのが肝要だな」

「でも、2戦目でホノンが選ばれるとは限らなくない?」


 俺はフィールドから目を逸らし、闘技場の高い位置にある観客席を見る。

 リディオ=ヴァレンスが肩肘を突いて試合を見物していた。


「リディオはホノンの弱点を把握してるだろう。

 なら、次戦もまたホノンが選ばれる......」

「なるほどね! やっぱシン君は頭いいね!」

「こういう予測は外した時が一番恥ずかしいけどな」


 そんなことを言っている間に勝負が決した。

 ディモルブがホノンの魔術で吹っ飛ばされ、フィールドの外に落下する。


 すかさずホノンの様子を観察する。

 流石に相手がディモルブだったので楽勝ではないだろう。

 パッと見は疲労を感じさせない姿だが、少し姿勢が崩れている。


「第2試合、ホノン=ライラルフ対シン=ルザース!」

「うげ、マジか」

「おお! シン君の推理が当たったね。

 ガンバレー! ファイト―!!」


 俺は観客席を立ち上がってステフの方へ振り返る。

 こんなにも早く呼ばれるとは思っていなかった。準備不足だ。


「ステフ、荷物番頼んだ。

 ホノンの体力は最低限削っておくからトドメ刺すのも頼むぞ」

「なんかホノンのこと中ボスみたいな扱いしてない!?」


 強さ的にホノンはレイドボスみたいなものだろ。

 3連勝タテされたらたまったもんじゃない。



  ===



「こうやって戦うのは45回目ぐらいかな?」

「一々数えてんのか? らしくないデータキャラだな」

「最近はシンとばかり手合わせしてたから飽きてきたんだよね」


 旅の道中は移動に専念していて互いに手合わせはしていない。

 フィジクスの岩地では数日に1回のペースで戦っていた。

 全戦全勝。それが俺に対するホノンの戦績だ。


「シンが全力で戦わなくなってから、ホントにつまんなくなった」

「何のことやら」

「ボクは手加減しないよ? リタに入れ知恵もされてただろうし」


 手の内を明かさないように手抜きで戦っていたのは気づかれたか。

 だが、リタの入れ知恵内容はバレていないはず。

 油断してくれないのは痛いが、まだ手札は残っている。


「両者、用意......」


 審判の合図で闘技場が静寂に包まれる。

 ホノンの腰が深く落ち、その腕が構えられる。

 互いに魔力を込めて溜めを作り、緊張の糸が張り詰められ......


「始め!!」

「"風纏躰エアロ・アーマー"」「"烈焔斬リアマ・フィロ"」


 瞬間、俺の目の前に足が現れる。

 俺の放った炎の刃をかいくぐってホノンが肉薄してきたのだ。

 上半身を反らせてホノンの上段蹴りを躱し、地面を蹴って距離を置く。


 上体を崩した俺と蹴りから体勢を戻したホノンの声が重なる。


「「"岩穿槍シュタイン・ランツェ"」」


 同じ魔術ならば威力の劣る俺の魔術が負ける。

 舌打ちをし、岩槍が砕ける前に防御を展開。


「"対術防御エスクード"」


 防御魔術に命中した2のインパクトに顔を歪める。

 岩槍が防御魔術に相殺されて砕けるのと同時に、ホノンの拳が俺を襲う。

 拳が防御魔術を貫通して俺の腹に入る。


 対術防御は魔術に対する防御力が高い代わりに、物理的な攻撃に弱い。

 ホノンの風纏躰エアロ・アーマーが未だ効力を残していたのは見えていた。

 次の手が分かっていた上で間に合わなかった。速すぎる。


 ひたすら距離を取って魔術を放つが、上手いこと凌がれる。

 いくつかの小細工も正面から叩き潰され、フィールドの端にジリジリと詰められる。

 近接戦に切り替えようとした時、ホノンの雰囲気が変わった。


「言っただろう? シン」


 銀髪が風になびき、琥珀色の瞳が光を放つ。

 ホノンが杯を持ち上げるかのように右手の指を曲げて構える。

 左手を右手に添え、フィールドが冷気で満たされる。


「ボクは、手加減しない」


 ホノンを中心に風が巻き、体の体温がドンドン奪われる。

 身を刺すような冷たい風に体の震えが止まらない。


「"雪咲華界ローザ・ネーヴェ"」


 瞬間、ホノンの手のひらに白薔薇が咲いた。

 花弁が爆発して吹雪となり、溢れんばかりの白色に目が眩む。

 吹雪は生きているかのように自在に形を変えて吹く。


 すべてを凍てつかせる吹雪が集い、無数の白色の樹が生える。

 そびえ立つ木々は絶えず氷結の華を咲かせ、炸裂して新たな吹雪を生む。

 舞い散る花弁の1つ1つが凍傷を起こすような氷魔術だ。


 "雪咲華界ローザ・ネーヴェ"。雪華の世界を生み出す魔術。

 その花弁に触れる者を凍らし、その吹雪で対象の身を震わす。

 俺は一瞬にしてその銀世界に取り囲まれてしまった。


「ッ! "烈焔斬リアマ・フィロ"!!」


 炎の刃は吹雪に巻き込まれて消失する。

 熱に対して冷気が強すぎて意味がない。焼け石に水だ。

 どうすればいい? 何か対処法は......


「終わりだよ、シン」


 桜のように舞い散る絶望的な銀世界が体温を奪う。

 必死にあがいてどうにかしようとした時、ホノンと目が合った。

 その冷徹無比な瞳と両脇の魔法陣に絶望する。


 赤色の、対の魔法陣。

 それぞれが光を放って発動される。

 俺の瞳には、あの空を舞っていた鳥の焼き焦げた羽が映った。


「"追駆爆焔リアマ・トルペード"」


 血のような赤黒い光球が放たれ、寸分の狂いも無く俺を狙う。

 防御魔術は薄氷の様に砕かれて意味をなさない。


 俺の初戦は、あまりにも屈辱的オーバーキルすぎる惨敗だった。


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