第17話『砂嵐の知らせ』


 唐突に現れたレグ=アクィルスに対し、俺たちは言葉が出なかった。

 気配を察知できなかったことから、相手が格上であることを痛感させられる。


「ああ、君たちか。なんでここにいるの?」


 レグは驚きの表情を見せ、首を横に傾ける。

 俺たちの顔を覚えていたのか。一方的にボコボコにされたから忘れられたと思っていた。

 まあ、ホノンはかなり善戦していたが......


「ボクたちは選定戦の反省を踏まえて旅修行を。

 レ......アクィルス様はどうしてこちらに?」

「レグでいいよ。知り合いだし、ここには私しかいないし。

 私は心緒の澱ソリュートを狩りに来たの」

「砂塵の塔からかなり距離がありますが......

 しかもお1人で? 塔を留守にしていて大丈夫なのでしょうか?」


 ヤバい。ホノンの敬語ってなんかめっちゃムズムズするな。

 傍から見ると中学生同士の会話にしか見えない。


「元々は火炎の塔主ヴィクトールさんがやっていた仕事だけど、今は別件で忙しいしね。

 新任の私も忙しいけど、能力の都合で私が適任だから」


 能力。魔術の複合系で、1個人につき1つのみの個性豊かな魔法。

 俺は自分の能力が何なのか分かっていないが、ホノンはたまに使っているそうだ。


「って思ってたんだけど、君たちがだいぶ倒してくれたみたいだね。

 砂塵の塔主として感謝する。ありがとう」

「滅相もございません。俺たちはただ、自分の腕を磨いていただけなので」

「相変わらず謙虚だね。もう少し出しゃばった方が面白いと思うよ。

 例えば、こんな感じで」


 気配を感じて振り返ると、目の前に黒い影がいた。

 俺がずっと監視していたデカブツが活性化し、こちらに向かってきたのだ。

 レグのその細い両手首に鎖が出現し、その口が動く。


「"肆拾刃を凌ぐ婢女アマ・モルジアナ"」


 気がつけばその両手には湾曲した刀剣が握られていた。

 舞踊のような軽い身のこなしで宙を舞い、剣を振るう。

 巨大な心緒の澱ソリュートは二撃で両断され、地面に倒れる。


 圧倒的だった。俺たちは何一つできなかった。

 このデカブツは消耗戦を仕掛けないと倒せないだろうと思っていた。

 だが、そんな堅牢な敵をこうもアッサリ倒してしまうとは......


「うん。コイツが今回湧いた奴の中で一番強かっただろうね。

 街に侵攻して民間人に被害が出なくて良かったよ」


 レグの鎖が消えると同時に2振りの刀剣が消える。

 斬撃の威力を強化する魔法だろうか? 選定戦では使っていなかった。


「流石は砂塵の塔主......」

「選定戦の時からもちょっとは成長したからね。

 あ、そうだ。選定戦と言えば......」


 レグが喋ろうとして口をつぐみ、額に手を当てる。

 考え込む仕草をし、どうしようかと小さく呟き、悩む。

 結果、レグはあぐらをかいて地面に座った。


「少し、話をしてもいいかな?」


 俺たちはレグに続き、地面に座った。



  ===



「私は先代砂塵の塔主デシエルト=アクィルスの孫。

 今までずっとおじいちゃんの背中を見て育ってきた。

 けど、先代おじいちゃんは九大聖騎士『機装』に殺された」


 デシエルト=アクィルス。歴代塔主の中で最高齢の熟練塔主。

 ボケが来てもなお実力は衰えずにいた彼は4カ月前に殉職した。


現全主の塔主リディオ=ヴァレンス率いる現行塔主は強者つわもの揃い。

 その筆頭たる熟練の砂塵デシエルト常闇ジルダーヴァの席が空いた。

 私たちには戦力が足りない。九大聖騎士に対抗する戦力が」


 レグが顔色一つ変えずにそう言い、真剣な表情を見せる。

 確かに、ここ最近の塔主VS九大の戦績は芳しくない。


「今から言うことは他言無用でお願い。機密だから。

 君たちを信用した上で情報を共有する」

「信用してもらえるんですか?」

「一度戦えば為人ひととなりは分かる」


 ホノンの表情に緊張の色が走る。

 唾を飲み込んで焦りを落ち着け、俺に耳打ちする。


「(ねえシン、為人ひととなりってなに? 初耳なんだけど)」

「......」

「......」

「えっ、ちょっ、酷くない!? なんでそんな哀れみの目でボクを見るの!?

 そんな難しい言葉、日常会話で使わないじゃないか!」


 レグは眉間を指で押さえ、俺はため息を吐く。

 真面目な雰囲気が台無しだ。


「続けてください」

「うん。本筋に関係のない話だからね。

 文脈で分かって欲しい」

「後で教えておきます」


 不貞腐れたホノンを無視し、レグが口を開く。

 それは、いじけるホノンをしゃんとさせるような言葉だった。


「塔主選定戦が2カ月後に行われる。

 どの塔の誰が席を空けるかは言えないけど、これは決定事項。

 だから2人とも、早くエトラジェードに戻った方がいい」

「選定戦!? 前回から1年も経ってないのに!?」

「しかも、2カ月って......」


 エトラジェードから真っすぐ南下してここまで3カ月かかった。

 道中いくつかトラブルはあったものの、殆ど最速の行程だ。

 間に合わない。そう思って仕方がない。しかし......


「ホノン、先に荷物をまとめてくる」

「りょーかい。地図だけ出しておいて」

「必要ない。全部頭の中に入ってる」

「流石だね。まあボクも覚えてるけど〜」


 レグの驚きの表情を後にし、俺は仮設拠点へ歩を急ぐ。

 小走りをする俺の背にレグとホノンの会話が聞こえた。


「随分と即断即決だね。間に合いそう?」

「間に合わなくたって大丈夫です。ボクたちはいっつもこんな感じなんで!」

「と言うと?」

「後悔はいくらしたっていい。仕方がない時だってある。

 だけど、行動できなくて味わう辛酸は二度と御免!」


 あの時、ホノンが緊張を解くのが少しでも遅ければ。

 あの時、俺がもっと早く動けていれば。

 失った足は地を蹴って俺たちと共に歩めたかもしれない。


「意味を結実させるための過程では、ただあり方を貫き通す。

 その"あり方"を確立するために、俺たちはここに来た」

「そしてボクたちはもう"あり方"を見つけた。

 あとは全力で塔主たちの背中を追いかけるだけ!」


 俺の手渡した荷物を背負い、ホノンはレグに笑いかける。

 テキパキと出発の準備を整えた俺たちは、レグの方へ振り向く。


「情報提供ありがとうございます。

 もし叶うのであれば、今度は互いに塔主として」

「いってきます!」


 レグは微笑を浮かべ、手を小さく振る。


「いってらっしゃい。

 君たちに、砂塵の加護があらんことを」


 俺たちは岩地を後にし、北へ急ぐ。

 選定戦に参加し、塔主となるために。



  ===



 急いで出発したが、旅において焦りは禁物だ。

 体力を温存しつつ距離を稼ぐには歩速を一定に保たなければいけない。

 俺たちは行きと変わらない速さで先に進む。


 ただし、進行ルートは少々変更した。

 前回はフィジクスとケミスティアの国境をなぞるように崖上を移動したが、今回は北上し続ける。

 ケミスティアに入った時点で北西に進路を変え、真っすぐヴェークの森を目指す。


 このルートは強力な魔物の多い悪路だ。

 前回であれば迂回した方が早く進めただろう。

 更に言えば、最悪の場合このルート上で魔物にやられていたかもしれない。


「"大地憤怒テラエ・モートゥス"!」

「"閃撃炸裂スパークパルス"」


 だが、俺たちは4カ月で成長した。

 多くの魔術を習得したことで戦略の幅が広がり、実戦を重ねたことで判断能力も身についた。

 ホノンとの共闘にも慣れ、阿吽の呼吸で魔術を合わせられる。


 北へ、西へ。そして遂にヴェークの森へ。

 経過は順調だ。だが油断は絶対に許されない。

 リタの足が無くなったのは、俺たちの油断の所為せいなのだ。


 最後まで全力で、気を散らすことなく。

 タイムリミットが刻一刻と迫る中、焦りを何とか飲み込んで。

 ずっと変わらないペースでヴェークの森を抜けた。


「ホノン。急ごう」

「うん。もう時間がない!」


 実に半年ぶりのエトラジェード。

 帰郷の感傷に浸る間もなく、その街の雰囲気が肌に伝う。

 何とも言えない熱狂と興奮。間違いない。


 早朝に出発して森を抜けてから一度も休んでいない。

 泥に汚れた靴を払う間もなく、身を清める余裕もなく。

 そして下宿所を経由する時間もなく、俺たちは闘技場へ走る。


 闘技場の入り口にできた人だかりをかき分けて受付へ。

 "締め切り"と書かれた板を立てようとしていた男に怒鳴られつつ、急いで参加書類の空欄を埋める。

 書き終わった瞬間に走り始め、闘技場の中へ急ぐ。


 そして、重厚な扉を押し開けた。


「これより、全主の塔主、並びに雪原の塔主選定戦を開幕する!」


 開幕の宣言と喝采に満たされた闘技場に2人で足を踏み入れる。

 半年前の雪辱を果たす時が来たのだ。


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