第2話 降臨
村に戻ると村のおばさんやおじさんが出迎えた。
やっぱり魔族の子はまずいかな、そんな風に思うも…
おばさんやおじさんは言う。
「おや、獣人の子かい? 珍しいね」
「一人で散策してるのか? 小さいのにしっかり者だな」
ローナは自己紹介する。
するとおばさんは笑顔で言う。
「夜はお祭りだよ。小さいけどお菓子もある。楽しんでいきな」
そんな風に迎え入れてくれた。
のどかで温厚な村で良かったと思う。
家へ行き、荷物を降ろす。
ローナは聞く。
「優しい人たちね、あ、ラルス、お父さんとお母さんは?」
「両親はちょっとね、僕には居ないんだ、今は」
「あ、そうなんだ…その、悪い事聞いちゃったわね…ごめ…」
「儀式の説明をするね」
僕は話を変えるように話題を進めた。
「この村の近くにね、古びた神殿があるんだけど。そこでお祭りと儀式をやるんだ」
ローナはきょとんとしながら言う。
「この辺りに神殿なんてあったかしら?」
「古びた、っていうかほとんど朽ちて崩れちゃって、屋根があるような建物はごく一部だけ、建物の名残の大きな柱がいくつか建ってる広場みたいな所なんだ。そこは昔、神様が降臨したって噂がある所でね」
「神様…」
「君にはまずいかな」
そう声掛けるとローナは首を振る。
「ううん、神様が出たって負けないわよ!」
「あはは、単なる噂だから。それでね、神様の降臨とご利益を祈願すると共に、村の青年が将来の希望とかを語るんだ」
「将来の希望?」
「十六歳になる子供が、今後の夢とかね。決意表明みたいなものかな」
「ふ~ん」
興味深そうに聞くローナに僕は続ける。
「今年は三人かな、僕を入れて。王都のアルテアから司祭様や調停官とかも来てくれるんだ。村だけの小さな儀式だけど、歴史は古いみたいだね」
そんな説明をした。
それからは村の案内をしたり、遅めの昼食を摂ったりして時間を潰した。
そしていよいよ、夜になった。
陽が落ちて、辺りは暗くなった。
ローナは「ここが神殿の跡地かぁ~」と感想を述べた。
広場のようなそこには松明が掲げられ、元は参道であった場所を囲むように火の明かりが奥の建物へと続いている。
奥の神殿跡は小さな建物でかろうじて崩壊を免れている。
そこの前には祭壇のような物がしつらえてあり、机の上には小さい十字架と主に農産物や服飾品の奉納品が並べられていた。
村長さんは王都から来た司祭様と調停官らしき人物に挨拶をしている。
「司祭様、ご足労、感謝いたします」
司祭様も「今年も平和でありますな、神の御加護に感謝を」と返した。
そんな挨拶をしている。
調停官らしき人は握手した後、軽く会釈してこちらへ来た。
辺りの様子を確認しながら、キョロキョロと見まわす。
その人は金髪をやや後ろに撫でつけ、一応の礼装ではあるものの、普段着と変わらないような服装だった。
彼は僕らを見つけると声を掛ける。
「よう、ガキんちょ共。今年の青年の儀に参加するヒヨっ子はお前らか」
笑顔ではあるけど、なんだか神職を司る人にしては軽い感じだ。
ローナは怪しみながら聞く。
「ガキんちょって…貴方は?」
「俺はケイン。アルテアの調停官様だ。よろしくな」
「調停官? 貴方みたいなのが?」
「ふん! そうだ。俺が由緒ある王都の勤め人だ。お前は、その角…見た所、獣人か? 今年は獣人まで儀式に参加するのか?」
その問いに僕が答える。
「この子は村に来た知り合いの子です。参加者は村人の三人です」
「そうかそうか、感謝しろよ、ありがた~い儀式と説教を聞かせてやるからな」
その言葉にローナが言う。
「うさんくさいわね、貴方ホントに調停官? こういう行事に関わりのある神職の人なの?」
「ははは、実を言うと単なる役人だ。人手不足でな、王都から応援で来たんだ」
「やっぱり」
「まあ仕事はちゃんとするさ。じゃああとでな」
そんな風に言われた。
ローナは「なんか調子の良さそうな大人よね」なんて憤慨してたけど僕は宣誓の緊張しないように気を付けないと、なんて事で頭が一杯だった。
お祭りは順調に時間が過ぎていく。
そしていよいよ子供たちの宣誓の儀式だ。
少しおごそかな雰囲気になる。
村人たちが見守る中、一人目は村の男の子。
祭壇の前まで進み、跪いて両手は祈るようなポーズ。
そして言う。
「神様、今年の宴、健やかに迎えられた事を感謝します。僕は、今年十六になります。
僕は木こりとして生きていこうと思います。自然に感謝し、この村と共に生き、人々の発展に貢献したいと思います。これからもこの世界とこの村、人々に幸を与えんことをお願いします」
静かで控えめでうるさくならない程度に拍手が起こる。
パチパチパチ…
男の子は祭壇の前から戻り、民衆の中へ。
次は女の子が出てきた。
「私の夢は王都で裁縫を学びたいと思います。技術を身に着け、お店を開き、多くの人に洋服を与えたいと思います。そしてゆくゆくは結婚し…」
この子も無事終えた。
照れくさそうな顔をしながらみんなの中へ戻っていく。
次はいよいよ僕の番だ。
踏み出す僕にローナが声を掛ける。
「頑張って」
静かに頷き、祭壇の前へ。
お祈りの姿勢を取り、言う。
ますは感謝から。
「神様、日々の糧と平和、感謝します。僕は、この儀式のあと、明日、旅立ちたいと思います。それは神様が与えてくれた平和に少しでも貢献する為です。僕は冒険者になりたいと主増す。そして将来は勇…」
そこまで言った時だった。
祭壇の後ろ、小さな神殿の屋根の上、上空に光が発生した。
みな「うわ」と口々に驚く。
その光はまばゆい十字架となり、目も眩むような明かりが辺りを包む。
みな何事かと怯んでいる。
やがて、その光の中に一人の人影が見える。
やがてその影はゆっくりと降りてきて、祭壇の前、僕の前に降りたった。
ひとつ、人影と違うのは、その人には羽が生えていた事だ。
司祭様は驚きながら言う。
「まさか、神様、いや、天使様か」
村長も驚愕の言葉を漏らす。
「おお、長きに渡り、実現しなかった天界の使者の降臨とは…神よ、感謝いたします」
やがて光は収束する。そこには目を閉じた一人の天使が居た。その天使はゆっくりと床に降りた。そしてやはりゆっくりと目を開ける。
すごい美人だ。長い銀髪、輝く羽、おとぎ話で見る天使様そのものだった。
ただ表情、というか視線がどこか冷たく、嘘を見抜くという感じのするどい視線を持った天使様だった。
村人達は「おお…天使だ、天使様だ…」などとざわめいてた。
そんな中、調停官の男の人が声を漏らす。
「まさか貴方が来られるとは…隊長…いえ、ヴァルキリー・ヴァネッサ様」
ヴァルキリー・ヴァネッサと呼ばれた天使様は男の人に応える。
「ケインか」とだけ短く言った。
二人のやり取りからどうやらケインさんは天使様の知り合いのような事が分かる。
天使はざわめく村人達に向き直り「(席を)外してくれ。それと私の降臨の事は他言無用だ」と告げた。
村の人は顔を見合わせるけど、村長が「一旦村へ戻ろう」と声を上げ、ゆっくりとその場をあとにした。
広場には司祭様と調停官の人、それに僕が残る。
それを見届け、天使様は僕に向き直って声を掛ける。
「お前が儀式の参加者か?」
「…は、はい!」
あまりに威風堂々とした佇まいに返事が少し遅れてしまった。
そんな僕に天使様が続ける。
「言え。お前の希望はなんだ?」
「はい、僕の名前はラルスです。僕はこの村を旅立ち、勇者になりたいと思います」
「…」
僕のことを品定めするように天使の視線が射貫く。
緊張に耐えられなくなった僕は言葉を続ける。
「まだまだ未熟ですが、一生懸命頑張ります。困っている人を助けたいと思います。だから…」
なんとか無事に儀式を済まそうと必死になる僕だったが天使様は非情な言葉を向けた。
「ラルスよ、残念だがお前は勇者になれない」
「ぇ…そんな…」悲痛な表情になる僕だったが救済のような言葉も続いた。
「今はまだな」
「え? それはどういう…将来なら成れるんですか?」
「分からん、ただ今のお前では無理だ」
「じゃあどうすれば…」
「足りていない。基礎すら出来ていないのだ」
厳しい言葉に僕は黙ってしまう。
でもここで引き下がる訳にはいかなかった。
「教えてください! どうすれば足りない部分を失くせますか? どうすれば強くなれますか?」
「まずは冒険者の見習いから始めろ。それから見習い勇者を目指せ。話はそれからだ」
「は、はい。精一杯頑張ります! でも、誰の見習いになればいいんですか」
「それぐらい自分で見つけろ」
「僕には、教えてくれるような強い冒険者の知り合いはいません」
「ならばそこから始めろ。人脈作りも立派な冒険の基礎だ」
「人脈なんて…」
「辞めるか? 別に構わんぞ。わざわざ危険な人生を送らなくても生きていく方法や職業はある」
「でも…僕は、夢を諦めたくはありません」
「…」
見下ろしながら僕を見つめる天使様に、僕は意を決して進言する。
「あなたが…」
「…」
「あなたが僕に教えてください! 僕を弟子にしてください。貴方なら出来る筈です。さっき、あの人が言ってました」
少しだけケインさんの方を見ながら僕は続ける。
「ヴァルキリー。そう言いました。あの人は。天使様の中でも強い人だというのは分かります。だから、そんな貴方に僕は指導を受けたいです」
そんな風に言うがケインさんが割って入るように言う。
「おいおい、ちょっといくらなんでも弁えろ、相手が誰だか分かってないだろ」
「でも僕は…」
食い下がる僕に天使様は少し思ってもみないような事を言う。
「お前は少し勘違いしているようだ」
「な、なにがですか?」
「ヴァルキリーの名前から強さを想像しているようだが、お前が得なければいけないのは単純な力ではない」
「よく分からないけど、それも貴方からなら学べると思います! どうか…」
でも天使様は僕を突き放すように言う。
「私は行く所がある」
「どこですか?」
「揉め事の解決だ。込み入っているようで見に行かねばならない」
「…僕も」
「…」
「僕も行かせてください!」
「今のお前では太刀打ちできない場所だ」
「天使様の戦いを見て勉強したいんです。冒険者とは…勇者とはなんなのかを」
「勇気と無謀は違う物だ」
「父さんだったら…見捨てない」
「…」
「父さんは、みんなから頼りにされたって聞いてるんだ。そんな父さんにに追いつくために僕は戦いを学びたいんです」
「揉めているって事は困っている人が居るって事でしょ? だったら役に立ちたいんだ!」
必死になる僕をケインさんが止める。
「おい、もうよせ。ちょっと駄々が過ぎるぞ」
でも僕の懇願についに折れたのか、天使様が言う。
「何も出来ないぞ。今のお前では」
「見てるだけも構いません。得る物は探します、自分で!」
「望んだ結果になる保証は無いぞ」
「それでも…次への勉強に繋がるなら!」
「…」
見かねたケインさんが言う。
「ボウズ、気持ちは分かるがこの人は忙しんだ、お前が思ってるよりはな、だから相手はできなんだ」
でも天使様が言った。
「いいだろう」
ケインさんが言う。
「な? 駄目だって言ってるだ…え?」
天使様は表情も変えず言う。
「そこまで言うならお前にその資格があるか見届けてやる。ケイン、支度しろ」
そう言いながら、言葉を続ける。
「四人でパーティーを組むぞ、そこに居る奴も一緒だ」
天使様の視線の先。
そこには。
柱の陰から出てきたのはローナ。隠れてたんだ。
「バレちゃった…っていうか私も?」
天使様は言う。
「この少年の付き添いなんだろう」
「そ、そうよ」
「ならば来い、一緒にな」
「わ、分かったわよ! 望むところよ!」
彼女はなんだか引くに引けないようだ。
そんな中、突然話を振られたケインさんはびっくりした様子で「ええっ、俺もですか? ヴァネッサ様」と言う。
それに天使様は答える。
「隊長で構わん。以前のようにな」
短く返す天使様。有無を言わさぬ感じでケインさんに矢継ぎ早やに指示を出す。
「明日、王都へ向かうぞ。そこでお互いの装備などの確認だ。司祭よ、邪魔したな」
こうして僕らはあっと言う間に四人パーティーになった。
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