見習い勇者と落第魔王の大冒険

話太郎(はなたろう)

出会いと旅立ち

第1話 出会いと旅立ち

 のどかな田舎のとある村。

 そこの入り口を出ようとする僕におばさんが声を掛ける。

「ラルス、森の見回りかい?」

「うん」

「気を付けてね、夜はお祭りと儀式だよ」

「早めに戻るよ」

 そんなやりとりをする。


 僕の名前はラルス。年は今年で十六歳

 夢は冒険者、そして勇者になる事。

 でも今はまだ村の見回りをする程度だけど。

 僕は今日の儀式のあと、この村を旅立つ。夢の為に。

 そして腕を磨いて、世界を回るんだ。

 そんな事を思いながら、森を目指す。

 日課の点検、見回りだ。


 チチチチ…

 小鳥たちが空を飛ぶ。

 本当にいいお天気だ。僕が出た村がどんどん小さくなっていく。

 ここはアルテア大陸。僕が育った村はアルテア大陸の首都、アルテア王国から少し離れた所にある小さな村、リトルアルテの村。小さな宿屋と防具屋、それにやっぱり小さな教会と少しだけ武器と防具が売ってるお店、そしてあまり大きくは無いのどかな畑が広がる所だ。

 そんな生まれ育った村を、真新しい服を着て出る。

 今日の儀式のため、少しだけお金を出して小奇麗にした旅立ちのいで立ちだ。


 少し歩ってもう一度だけ荷物を確認する。

 冒険者の心構えを身に着けるために、いつもやっている事だ。

 確認はしたがもう一度念のため。

「ちゃんと持ったっけ…」

 などと言いながら持ち物をチェックする。

 荷物は水や干し肉などの食料、薬草二つに父さんが残してくれたいくつかの品。

 手には鞘に入った真新しい剣。年齢の割に背があまり高くない僕に合わせて少し小ぶりの剣だ。

 いささか頼りない装備かもしれないが、この辺りでは十分な装備だろう。

 荷物に忘れ物がないのを再確認した僕は再び森を目指す。


 風が気持ちいい。


 特に問題もなく進んでいく。

 気のせいとは分かってはいても、まるで明日の僕の旅立ちを祝福してくれているようで嬉しかった。

 自然と笑顔になる。

 そんな嬉しさからか、見回りに不安は感じなかった。

 いつも通りの作業だ。別に危険な所ではない。

 やがて見えてくる森へと僕は歩みを進める。

 ここは王都へ続く街道の最中だけどその街道を細い道へ少し逸れて森に入る。


 木漏れ日が優しい。少し歩くと小川のせせらぎが聞こえる。

 チャポチャポ…

 小さな音を立てて流れる小川はよく澄んでいて小魚が泳いでるのが見える。

 四~五歩で越えられる幅の小さな小川には水面に飛び出した石がありそこを選んで飛び越える。やがて小さな泉に出た。

 近くには花々が咲き、泉の奥には木々、その上には山脈の雄大な景色が広がる。


「ふぅ…ここはやっぱり綺麗だね」

 独り言を言って水筒の水を飲む。

 小さいころから度々来たりするお気に入りの場所。

 今もここは偶に釣りをしたり、薬草を摘んだりする。

 泉のほとりに立ち、のぞき込む水面に映るのは自分の顔。

 少しだけ今までの思い出なんかを考えたのち、今後の自分の将来について想像するのに切り替わった。

 よし、絶対勇者になるぞ…今ひとたびの決意を胸に森への道へと戻ろうとした時だった。


「キャーッ!!」

 悲鳴が聞こえた。

 泉とは反対の茂みの方だ。

「な、なんだろう…」

 僕は身構えた。声からして女性の声だ。何が起こっているんだろう?

 色々頭を巡らす。

 女性? 人間? こんな所に?

 悲鳴って事は何かに襲われているんだろうか?

 でもここら辺に凶悪な魔族はあまり居ない筈だし…

 もし魔物だったとしても今は昼だし、魔物の凶暴性も夜よりは低い筈だし…

 色んな考えが浮かんだけどあまりまとまりはしなかった。

 確認しようとも思ったけど、もしすごい魔物だったら今の僕に勝ち目は無い。

 僕は村への道へ戻ろうと考えた。

 でも、なぜかその時の僕は確認だけなら、と茂みの方へと向かってしまった。

「この辺りだと思うんだけど…」

 独り言を言いながら草を掻き分けて進むと、ふいに空に人影が見えた。

 その人影は女の子のように見え、なぜか空を飛び回りながら、「キャーキャー!」と叫んでいる。

 その女の子を追いかける一羽の小鳥。

「ちょっ、ちょっとやめて! いや、服を突っつかないで!」と涙目になり飛びながら訴えている女の子。

 僕がどうしようかと茂みから隠れて見ているとやがて女の子は「こっちに来ないで!」と言いながら降下し始める。

 だがその先には一本の木。

 ゴチーン! という音と共に女の子が止まる。女の子は木にまともに衝突した。

 目を回しながら尻もちをを付き、後ろ向きに倒れて動かなくなった。

 小鳥はそのままどこかへ行ってしまった。

 ばたんきゅう、と言わんばかりにノビているその子に僕はびっくりした。

 その外見に驚く。

 頭から生えた角、背中の小さな羽、先っちょが三角マークのようになったしっぽ。

 どう見ても魔物だった。

 一応場所によって亜人や獣人が一緒に暮らす都市もあると聞いてるし、場所によっては魔物たちも一緒に暮らす所も伝承などで聞いてはいる。

 でも大概は退治するべきモンスターとして存在している。

 僕もいたずらをする弱いモンスターを懲らしめたりして少しぐらいは経験値もある。

 だから目の前の子を退治するか悩んだ。

 幸い相手は気絶中だ。今なら…

 …少し悩んだ後、それはやめておく事にした。旅立ち前の最初の戦闘が不意打ちで始まるのがなんだか嫌だったんだ。

 我ながら甘いというかそれでいいのかと考えたけど結局剣を鞘から出すのはやめてしまった。

 恐る恐る声を掛ける。

「ねえ、君…大丈夫?」

 勇気を振り絞った声掛けにも相手は反応しなかった。

 よく観察してみると腕に少しだけ怪我をしていた。小鳥から逃げ回った時に枝にでも引っ掛けたのだろうか。

 擦り傷程度でどうしようか迷いもしたが結局薬草をすり潰して塗って綺麗な布を当て、ハンカチで巻いて固定することにした。

「…うん、これでよし」

 怪我の手当てを終え、泉で水を汲んでくる。帰ってきた所でちょうど女の子は目を覚ました。

 女の子は「ぅ…うん…」と言いながらうっすらと目を開け始めたので声を掛ける。

「大丈夫?」

 こちらの声掛けにボンヤリとして鈍い反応を示すがやがて叫び声をあげる。

「きゃあ! あ、貴方誰? っていうか貴方は人間? 私に何するつもりなの?」と言いながら飛び起きた。

 僕もびっくりして水筒を落としてしまった。そしてこう答える。

「べ、別に何もしないよ。君が小鳥に追いかけられて木にぶつかって気を失ってたから介抱してただけだよ…」

 おっかなびっくり返答するが女の子は捲くし立ててきた。

「う、嘘つき! 私に乱暴するつもりなんでしょ! っていうか小鳥に追いかけられてたの見られてたなんて…」

「とにかく僕は乱暴なんてそんな事しないよ…」

「騙されないわよ!」

 女の子は僕に警戒心をむき出しにして言う。

「人間に捕まった魔族はそれはひどい扱いを受けるって聞いてるわ! まずは角は切り取られてハンコにされる!」

「金印や石の印が普通だけど最近は動物の角の印もあるらしいね…」

「羽は羽毛布団にされる!」

「鳥の魔物ならありえるかもしれないけど君の羽はドラゴンやこうもり系の羽で布団にはならないよね…」

「尻尾は呪術の道具にされるんだわ!」

「魔法には詳しくないけどそんな使い方あるんだ…」

「それで残った体は骨はスープのダシにされてお肉はお鍋にされて食べられるんだわ!」

「残す所が無い環境に優しい食材だね…」

「絶対に屈服なんかしないんだから!」

「だから何もしないよ…あんまり動くと巻いたハンカチがほどけちゃうよ」

 指を差して教えてあげる。

「…? なにこれ…」

「怪我してたから手当したよ。気付いてなかった? 小鳥に追いかけられた時に木の枝とかどこで擦りむいたんじゃないかな? 大した怪我じゃなかったけど一応ね…」

 女の子は自分の腕に巻かれたハンカチを無言で見る。

 そして少しの間を置いてこう告げる。

「こ、こんなので恩に着せようったって無駄なんだからね…」

「別にこの程度でお返しなんて期待してないよ。それより君、やっぱり魔族なんだね」

 そう言われた女の子は「そうよ」と言って立ち上がって胸を張り堂々とした態度になった。

 角を生やしたロングヘアに羽に尻尾、背はほとんど僕と一緒だ。

「この私こそ、魔族の中の魔族、魔王ローナ・マオースグレーテ15世よ!」

「えええ! 君が魔王!?」

「…の予定よ!」

「予定?」

「その…私はまだ上級魔族試験も落ちちゃって…」

「…」

「って何言わせるのよ! 貴方こそ名前ぐらい名乗りなさいよ!」

「ご、ごめん、僕はラルス、職業は勇者…希望だよ」

「貴方も人の事言えないじゃない!」

「う…まあそうだけど…これから儀式で旅立ちの宣誓をすれば将来はきっと勇者に…なれると思う…多分…」

「ああ…もういいわ! でもこれではっきりしたわね。私と貴方はライバルよ」

「ライバル?」

「そう。貴方は勇者になる。そして私は魔王になる。それで私は貴方を倒して世界を征服するの!」

「そ、そんな事は駄目だよ!」

「ふふふ、人間界の半分ぐらいは私の物にしてやるわ」

「半分でいいんだ…微妙に妥協してる目標だね…」

「うるさいわね! そんで貴方は私の家来にしてあげる。光栄に思いなさいよ」

「君の家来とか無駄に苦労しそうだね…」

「うっさい! とにかくそーゆー事だから早く儀式に行くわよ」

「そーゆー事…ってなんで君が儀式に?」

「あんたはなんか鈍そうだし心配だから一緒に行ってあげる。べ、別に手当のお礼って訳じゃないんだからね」

「魔族と一緒の勇者なんて聞いたことがないよ…大体本当に魔王の子孫とかなの?」

「いいから! 競争だからね! 貴方と私、どっちが早くなりたい者になれるか」

「そんな話だったっけ?」

「いいから。早く行くわよ」

 そう言いながら手を引っ張られた。少し小さくて柔らかい手が僕を強引に導こうとする。

 なんだか変ななりゆきになったが旅の始まりはこーゆーものかと思い始めもしたけど、話の続きをする。

「ちょっと待って、まだ儀式について話があるんだけど」

「まだ何かあるのかしら」

「儀式は夜なんだけど、それに今は見回りの最中なんだ。水筒の中身を補充したりもしないと」

「どこかに水場でもあるの?」

「うん、すぐそこに泉があるんだけど」

「じゃあそこへ行きましょ」

 そんなやりとりをしながら泉へ向かう。ほどなく、そこで彼女は泉を見て言う。

「わあ…綺麗」と感嘆の言葉を漏らした。

 小川のせせらぎ、澄んだ水、飛んでいる蝶々…

「綺麗だよね、僕のお気に入りの場所なんだ」

 そう言う僕に女の子は「うん。とても綺麗」と微笑んでくれた。

 少しだけ二人で無言の時間を過ごす。

 水筒を補充しながら声を掛ける。

「…ええと、それで次期魔王様希望の君はなんでこんな所に?」

「ローナでいいわよ」

 言われて「それじゃ僕の事もラルスでいいよ」と返す。

 ローナ曰く、ここら辺を飛んでて見掛けた鳥の巣に居る雛が可愛いから眺めてたら親鳥に追いかけられた、らしい。

「小鳥の親鳥に驚く魔王様とか斬新だね…」

「い、いいでしょ…まだ魔王じゃないし…ちょっとびっくりしただけよ」

 案外良い子なのかもしれない。

「そうだね。魔王だから強くてひどい奴、っていうのは決めつけかもしれないね。君はもしかしたら優しいのかもね。でも他のとこで魔族なんて名乗っちゃ駄目だよ?」

「わかってるわよ、魔族なのは秘密ね。羽と尻尾も隠した方がいいわね」

 そう言うとポンッと音がして羽と尻尾が消えた。

 ぼくは驚き言う。

「そんな事も出来るんだ…」

「角だけなら獣人って言えるわよね」

 こんな確認をして泉を後にした。

 村への帰り道の途中、ローナが僕に言う。

「あ、あのさ…手当ての事なんだけど、ありがとう…」

「どういたしまして。すぐ良くなるよ」

 そう返すとローナは笑顔になる。

「うん」

 笑った顔が可愛かった。

 ひょんな事から二人パーティーになった僕らは村へと戻るのだった。

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