第7話


「へぇ、シャルは占いが得意な家系なんだ。めっずらしぃ〜」



 すっかりとお昼を食べきってしまったルゥは食後のデザートで持ってきたババロアと温かい紅茶を口にしながらシャルの言葉に目を丸くした。


 シャルも、山盛りだったパスタをその小さな体に収めて、食後のバタークリームのケーキを口にしている。ここはフードファイトの会場だったかと勘違いしそうな程に、見た目に反してシャルロッテ・ハレクラニの食事量が計り知れない。そんなルゥとシャルの食べる量で、すっかりとおなかいっぱいになってしまったユノは、静かに紅茶を飲んでいた。



「そうですか?有名な5家に比べたら、とても地味で目立たないとよく言われますが」


「そうかなぁ?まあ、5家はやっぱり凄いけどさ。何かしらで名前を馳せることの出来る家はそれはやっぱ優秀なんじゃないの?」



 ルゥの言葉にユノは5家を含まない有名どころを思い浮かべた。


 ユノの頭の中でぱっと思いつくのは、魔道具のフレンメルス家。かの家は、魔力を道具に蓄えてそれを他の人に供給することの出来る魔道具を作ることが出来る唯一の家だ。それを身につけるということは不名誉なことでも有名で……。それでも、過去にもそれを必要としてきた背景が存在するのだから、世の中は矛盾だらけである。


 そして目の前にいる、ハレクラニ家。シャルも口にしたように占いが得意な家系だ。過去、未来、現在を魔力を通して確認することができるという。もっといえば、占いだけではなくその人の潜在能力までも視えると聞いた事がある。


 占い自体は魔法使いと切って離せないものである為、学園の授業に占い学もあるが、担当の先生はシャルの家の者ではないらしい。更に、シャルは授業で習うような星読みなどをする訳でもないと言う。



「私の家系はひとりひとりで占いのやり方が変わるんです」



 基本的なものは授業で受けるようなものが殆どで、それを基礎とするが、見え方は様々なのだそうだ。弟もいるらしいが彼は彼で占うやり方が違うとのこと。なんとも難しい上に奥が深い。



「やってみますか?」



 それは静かに確認された。どこか探るような視線に、ユノとルゥは少し固まる。見られても困るような過去はないだろう。むしろユノの話は全校生徒が周知しているのだ。それ以上のものは無い。未来は、ユノにも分からないので、見られたら困るものがあるかどうかは判断出来ない。


 ユノの心をくすぐる少しの好奇心。うずうずと肩を揺らしながらルゥを見る。ルゥの性格上、こう言う面白そうな話はいの一番に声を上げると思ったが、少しだけ渋い顔をして口を結んでいた。



「別に、やりたくないなら――」


「――やります。やってみて?!気になる」



 2人からの答えがなかなか返ってこないことに痺れを切らしたシャルが、諦めの声を発した時に、ユノは反射的に声を出していた。


 恐らくここで断ると今後して貰えない可能性がある。そんな思いが後押しして、今までにない食い気味の台詞をシャルに被せてしまった。そんな姿のユノを見るとは想像しなかったのだろう。流石のシャルも面食らったのか、瞳がこぼれ落ちそうな程に目を見開いてユノを見つめる。その驚愕した表情はゆっくりと楽しそうに瞳を細めると、可愛らしく笑ったのだ。



「ふっ……そんなに勢いよく言わなくても大丈夫ですよ」



 その笑いひとつで、同性であるユノの心臓が早鐘うち、体温が2度ほど上昇してしまった。




 食後のデザートも食べ終えて、すっかりと体がリラックスした。ユノたちは、ひと息ついたのをいい事に、先程のシャルの言っていた占いというものを実行することにする。そのために必要になってくるものがあるらしく、シャルは1度寮に戻っていた。


 寮も学園の敷地内にはあるが、校舎からは少し離れているので中継を使用して行き来している。なので、歩けば片道20分かかる距離にあろうと、往復自体は5分もかからない。そこから自室に向かうのに少しかかるだろうけど、それでも往復10分程だろう。それを私とルゥはお茶を飲みながら待つだけだ。



「そういえば、ルゥはひとり部屋なの?同室部屋なの?」


「ん?寮の部屋の話し?」


「うん」



 ユノはひとり部屋だ。寮には同室の部屋とひとり部屋と存在する。ノマナ世界と違って貴族階級制は存在しないが、やはり有名な5家は階級制度がなくとも直系となれば特別な存在。やはり、どこか特別扱いになるのは致し方ないところだろう。あとは、どれだけ学園に寄付を出してるかによっては、部屋割りはひとり部屋になることもある。要は、世の中金である。


 勿論、通いという選択もある。元々学園から実家が近い生徒は寮ではなく、通いをとる子もいるし、16を超えたところから学園街に部屋を借りてそちらに移り住む人達もいる。16からは学業とは別に副業も可能になるので、そこでお小遣い稼ぎをする生徒だっているのだ。将来的な道でも、技術職等になれば若いうちから副業をしてる生徒だっていたりするもので、割と学園の校風は自由だった。



「ルゥのところは3人部屋。結構広いしブライベートスペースもちゃんとあるからルゥは気に入ってるよ」


「へぇ〜」



 どうやらルゥは普通の相部屋らしい。きっと友だちの輪もここから広がるのだろうと少しだけ羨ましく思う。勿論、ユノは5家の直系なため一人部屋。1人部屋にしては広い部屋をあてがわれているため、気が付けば本棚と本と床一面のブックタワーが出来上がっていた。全て読了してはいるが、そろそろ整理しなくては足の踏み場に悩んでしまうレベルである。片づけはとても苦手なのだ。



「恐らく、エナちぃも1人部屋だよね」



 ルゥからふと出てきた名前に、ユノは反応を見せる。確かに、エナも5家の直系だ。魔力が極端に少ないと言えども、血筋は血筋。家からの寄付金も膨大なのだろう。彼女が1人部屋なのは間違いない。



「私と同じ階なのかな……」



 1人部屋の階は、寮でも上層階にあたる。特段多いわけではないが、毎年多くもないので空き部屋の方がやはり目立つ。一昨日等に引越ししたとしても、ユノは見事に気が付いてない。物音もそうなのだが、何よりも気配を感じなかった。朝も寮に居たはずなのに、同じ階に感じる気配は、ユノと他はいつも感じてる人数分の気配だけ。


 他の5家の直系とも顔を合わせることがなかったこもあり、今現状ユノのいる階に何人の生徒がいるのかを把握できていなかった。



 「んー、女子寮のひとり部屋のある階は、ユノちゃんがいる部屋の階くらいしかないと思うんだよね。6階でしょ?」


 「うん。でも、寮って男子と女子と別であってもそれぞれに広いからさ。同じ階でも部屋数それなりにあるから」


 「それは、ちょっとわかるかも。人数いれるから大きくしなくちゃならないんだろうけど、あれはあれでこの学園の教務棟くらいの広さで、ルゥは普通に迷ったもん」


 「最初は迷っちゃうよね」



 楽しそうに笑いながら、ユノは空になったコップを傾けた。手に持って口を付けた時にそのコップの中身が空であることに気が付いた。諦めて軽い音を立ててテーブルの上に戻したところで、シャルが返ってきた。



 「なんか楽しそうですね」



 手には特別大きくない桶。その中には、瓶が。そして瓶の中には色のがついたガラス玉が入っている。それを、ルゥとユノの間にゆっくりと置けば、瓶を桶から取り出した。



 「おかえりぃ、シャル」


 「おかえりなさい、シャルちゃん」


 「ただいま帰りました。なんの話をしていたんですか」



 シャルはふたりに顔を向けながら、腰にさげている杖ケースから杖を取り出す。決まった動きで杖を振り、その先端を桶に向けると、桶の中身にもやがかかり次第に水が湧き出てくる。どうやら、準備を始めたらしい。ユノはその光景を興味津々に眺めながら、ルゥは口を開いた。



「ああ、寮の部屋割りの話。そこから、寮って広いよねって話になってた」



 シャルは成程、とどこか納得気味に頷く。



「この国にいる、適齢期の生徒を一斉に集めないといけないですもんね。一定の年齢から一人暮らしが問題なくなっているので、一定人数は街の方に出るとは言っても、やはり寮で暮らす生徒の方が多いですから。自然と大きくなるので、敷地も裏山の奥っていうのも納得はしています。校舎からはやはり遠くて不便ですが……」



 ルゥの言葉にシャルはなるほどと相槌をうちながら、桶に溜めた水の中に、ガラス瓶にみっちり入っているガラス玉を雑に入れた。ざぁーっと激しい音と、ガラスとガラスがぶつかるがつがつという激しい音をたてながら、ガラス玉は自分の居場所を求めて桶の底を泳いでいく。そこまで大きくない桶の底に、みっちりと詰まったガラス玉がすっかりと位置に落ち着いたころには、シャルの持っていた瓶の中は空っぽである。


 シャルが小さな声で、満足そうに「よしっ」と零すと、ルゥとユノを交互に見た。



「さて、どちらを占うんですか」



 薄い色素の瞳がまっすぐにユノたちを貫く。こういうときは、率先してルゥがやりたいというモノだと思っていたが、先ほども含めてシャルの言葉に一向に反応を示さない。ユノは、ちらりとルゥを横目に確認すれば、無邪気からほど遠い表情をしていて。じっと桶の中を見つめて、冷たい視線を向けるばかりである。ユノはそんなルゥを少し怖く感じながらシャルに視線を戻した。もともと、ユノがやりたいと手を挙げたのだ。ユノは、返事に一泊遅れてしまったが迷いはない。どうせ、学園中に知られているユノの過去話。これ以上知られて困るような過去もないのだ。



 「私を占ってよ」



 得意じゃない笑みを口許に貼って軽く手を上げた。シャルはユノのその姿に小さく頷くと、杖を構えた。




 「それでは、始めます。――”水よ、澄んだ水よ、このユノ・ランドールが通った道を教えておくれ"」



 シャルが静かに言葉を紡ぐと、構えた杖の先端が光出した。それを、ゆっくりと桶の中へと向けると、その光が水の中に沈んでいく。ふんわりと辺りを照らしながら光が桶の水に溶け込むと同時に、そこに沈んでいたガラス玉が10個浮遊してくる。ユノは、その光景に少しだけ息を飲んだ。向かいにいるシャルはその光景に眉を寄せた。熟れた小さな唇をきゅっと結んでユノを見つめる。



「――ひとつ、選んでください」



 ユノはシャルに言われた通り左から3番目のガラス玉をそっとつまんだ。水からガラス玉を掬い上げると同時に、他に浮遊していたガラス玉たちは水底へと沈んでいく。掬い上げたガラス玉をシャルに手渡すと、シャルはそのガラス玉を覗き込んだ。



「ユノ先輩はお母さま譲りなのですね。黒い髪に黒い瞳は、東の人たちの特徴ですか。……、入学してから随分と図書館通い多かったんですね。やっぱり学年主席は努力の賜物だったんですね」



 ガラス玉から視線を外したシャルは、ユノをそっと見つめなおした。深く追って話さないのは、先ほどユノがルゥがいることで警戒して言葉を切ったからだろう。それでも、記憶が朧げな両親の話をされればユノも驚きの表情を見せていた。


 シャルはあまりユノの過去を深堀することをせずに、ありきたりな言葉であっさりと会話を切ってしまう。これ以上は、ユノがルゥに話すか話さないか次第なのか、続ける様子はなかった。シャルは、手に持っていたガラス玉をぽちゃんと水桶に戻す。



 「すみません、ユノ先輩。少し水桶に両手をつけてもらっていいですか」



 掌を下にして、ぐっと押すようなジェスチャーをしながら、シャルはユノに指示をだす。ユノも、それに従ってガラス玉の上に手のひらを置くと、手の甲はしっかりと水に浸かる姿勢になる。手首ほどの高さまで水を浸からせた。その様子をただ目を細めてルゥは見つめているだけで特に何かリアクションがあるわけではない。ユノは、ちらりとシャルを見ると、シャルは杖を桶の水に向ける。




「――"水よ、澄んだ水よ。彼女の歩んだ道を、歩むだろう道を、歩んでいる道を、全て照らし今あるユノ・ランドールを見せよ"」



 とたん、水桶の底からぱっと光が輝いた。何かが起きた訳では無い、ただ発光しただけで体にはなんとも変化はない。何が起きたのかユノには理解出来ず、ただきょとんとしてはシャルを見るが、シャルは何かが見えているのか顔面蒼白とし、手が震えていた。



「あなた……何者なの……」



 震えている声で言葉を紡ぐその姿は、何かおぞましいものを見ていると言わんばかりだ。息が乱れて、手に力が入らなくなったのか持っていた杖がカラン……とテーブルの上に転がる。そのあまりにもの動揺の仕方にユノもルゥも動けずにいた。――その時だ、



「目を閉じなさい。それを見続けてはダメよ。息が上がっている。ゆっくりと……、吸って、……吐いて……」



 シャルの背後からどことなく現れたのはエナだった。シャルの肩に片手を添えて、もう片方の手でシャルの目元を覆い隠す。起伏のない落ち着いた声が耳を打つと落ち着くのか、シャルは素直にエナの指示に従う。


 すると、手先が震えていたシャルは落ち着きを戻していった。その様子を、テーブルの向こうで水に手をつけたままのユノと、何も出来ずにいたルゥは突然のことにただ呆然と見つめるしかできなかった。

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2025年12月27日 11:00

超越ウィッチ 篠咲 有桜 @Amn_usg

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