Act.3〈Blue Roses〉

 昼休みを告げるチャイムがようやく鳴ってくれた。夏休みから今の今まで学校を休んでしまったせいで、たかが四つ授業を受けただけで精神的な疲労がのしかかっている。

 ため息を吐いて、俯かせていた顔を上げると、先程教鞭を取っていた黒縁メガネ黒短髪の「インテリ」という言葉が良く似合う男性教師が近寄ってきた。


「三笠君、授業にはついてこれそうですか? 僕の授業では小説の中途半端な所からですし、数学では前の学校より進みが早いと長谷川先生にお聞きしましたが」

「大丈夫です、問題ありません。長谷川先生にも同じ旨の返答をしたはずです」

「おっと、それは失敬」


 男性教師は「流石は優等生ですね」と微笑み、続けて何かあれば云々かんぬん。そして教室を去って行った。それを見送る間もなく、一ノ瀬と今村が近寄ってきた。


「かげちゃんせんせとなに話してたの?」


 一ノ瀬は俺の机に手をついて、少しだけ前にのりだしてそう聞いてきた。一ノ瀬の背中にはやや気だるげにしている今村がいる。


「授業の進行度が合ってないけど大丈夫かって話。それより、今村はどうしたんだ?」

「詩音はお腹空いてるだけだから大丈夫」

「うち的には死活問題なんよ。二人ともはよう食堂行こ。しゅうくんも食堂で待ってるって」


 今村が一ノ瀬と俺の腕をぐいぐいと引っ張って、食堂に向かうことになった。食堂には渚と、やけにスタイルの良い、派手な赤茶髪の男が場所取りしていて、良く目立つ。渚がいち早く俺たちに気付いて、大きく手を振った。


「おまたせー、場所取りありがとね、二人共」

「昼の食堂は戦場だからな!」


 渚が周りに視線を巡らせるので、釣られるようにして見ると、多くの生徒でごった返し始めていた。俺たちがきた時はもう少し余裕があったのに。


「ええっと、三笠だっけ。俺葛西かさい秀、よろしく」


 鋭い目つきや端正な顔立ちから、とっつきにくい印象だったが、話し方はゆったりと、優しい声音で、握手を求めるように手を差し出してきた。こちらこそと返して手と取る。


「俺と渚で席見てるから、先に凛羽と一緒に飯買ってきな。こいつ学食制覇済みだからおすすめ聞くといいよ」

「任せて! と言ってもアレルギーとか嫌いなものがなければ全部おいしいけどね」


 俺の腕を引っ張りながら、食券販売機の前まで連れていかれる。彼女はそうしないとどこかに行ってしまうとでも思われているのかもしれない。

 俺は一ノ瀬がおすすめだと言うかき揚げ丼と鶏むね肉のサラダ、一ノ瀬はかき揚げ丼だけもって、渚たちがいるテーブルに戻り、代わりばんこで葛西と渚が学食を頼みに行った。

 程なくして全員揃って、それからはやはり、と言うか。一ノ瀬が中心となって会話が躍る。俺は程よく会話に混ざりつつ、その様子を見ていた。


「しかし凛羽と三笠、何か距離近ぇよな」


 それは突然で、昼食がひと段落した時に葛西が思い立ったようにそう言った。俺以外もポカンとした様子で葛西を見たが、今村が一拍おいて、反応した。


「それうちも思った。確か二人とも離れの寮だよね。取り壊し予定の。もしかしてもう既に親密な関係だったりして!?」

「頭ピンク過ぎだし! あたしがどれだけ振ってきたと思ってんの」

「凛羽が何とも思ってなくても三笠は違うかもだろー?」


 からかうように笑う今村と葛西、本当に何とも思っていないと何故か確信できる一ノ瀬の笑顔、渚も少し興味があり気だ。

 皆、俺を見ている。その中で一つだけ、冷たい視線が混じっているのを感じる。


「凛羽のことどう思ってるん?」


 今村がそう続けた。長考はダメな気がして、少し考えて、ぱっと浮かんだ文字を発する。


「……青薔薇みたい、かな」


 皆、ポカンとしていた。さっきとは比にならないくらい長い時間。ただ一人を除いて。


「何それ皮肉じゃん?」


 一ノ瀬は困り眉で笑っていた。困る要素のある感想だったろうか。恐らく薔薇には棘があるから、その要素をよしとしなかったのだろう。


「や、単純に初めて見た時のイメージカラーと、香水の香りでそう思ったってだけだよ」

「あ、わかる! 凛羽って私服黒がメインだけど、イメージカラー青って感じよね」


 今村のその一言で空気が流れだした。渚や葛西がそれに便乗して、一ノ瀬は「イメージカラー黒じゃないんだ」と笑った。そのまま一ノ瀬が空気をかっさらっていく。視界の端で、渚がスマホを神妙な面持ちで見ていた。と思えば、しまって快活な笑みを見せ、会話に入っていった。

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青薔薇の香水をつけて 風本 詩雨 @Shiu_kazamoto

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