第31話 次期部長候補

 夕方。誠也せいやはえり子たちいつものメンバーと共に高校の最寄り駅でバスから降り、電車のホームへ向かった。

 折り返しの発車時刻を待っている電車に乗り込むなり、えり子が陽毬ひまりに相談を持ち掛ける。


「ねぇ、ひまりん。文化祭のバンドでやる曲なんだけどさぁ」

「うん。どうした?」

 えり子がすこし伏し目がちに切り出す。

「私ね、この前の練習の時に見た、ひまりんの『アイドル』がすっごくカッコよくてね。あれ、私もやりたいな~って思うんだけど……」

 えり子の提案を聞いた陽毬は、少し怪訝そうな顔をする。

「う~ん、どうかな~」


 そんな陽毬の様子を見て、えり子は自信なさげに言う。

「やっぱ、私には難しいと思う?」

「え? あ、いや、リコなら全然いけると思うよ!」

 そう明るい笑顔で言う陽毬に、今度は奏夏かなが不思議そうに聞く。

「じゃ、何が引っかかるの?」

 陽毬は腕を組みながら再び難しい顔をする。

「実は今、文化祭のセトリ組んでるところだったんだけどさ」

「せとり?」

 首をかしげる奏夏に、陽毬は腕を組んだまま答える。

「セットリスト。つまり、本番でやる曲目と曲順ね。それをどうしようかなぁと思って。文化祭のステージって、『出ハケ』込みで30分なのよ」

「デハケ?」

 奏夏の表情がどんどん難しくなっていく。

「出ハケって言うのは、まぁ簡単に言うと準備と片付けのことね。つまりは私たちの順番が来て、ドラムセットとかアンプとかセッティングして、演奏して、終わった後全部片づけるまでを30分でやらないといけないのよ」

 陽毬の説明に今度は誠也が怪訝そうに言う。

「文化祭のステージって、1時間じゃなかったの?」

「吹奏楽部とか軽音部とか、正式な部活は60分なんだけど、その他の一般チームは30分なのよ」

「ほへ~、そうなのね」

 陽毬の説明に今度はえり子が答えた。更に陽毬が続ける。

「それでね。設営と撤収をどんなに急いでやっても、それぞれ5分ずつはかかるでしょ? だから残り時間は実質20分間。その中でMCも入れたら大体3曲くらいしかできないから、どの楽曲をやるのかってすごく悩むのよね」

 陽毬の説明に一同納得した。そんな話をしているうちに、奏夏の降りる駅が近づいてきた。

「そうだ、みんなこの後時間ある?」

 陽毬が皆に声をかける。

「うん、大丈夫だけど」

 奏夏が答えると、誠也もえり子も同調する。

「じゃ、ちょっと寄って行こうか!」

 陽毬の提案で、奏夏の降りる駅で、みんなで降りることになった。

 

 ♪  ♪  ♪


 先日、まりん先輩と一緒に来たイタリアンのファミレスに、再び入った。それぞれのオーダーが済むと、陽毬がiPadを出して、早速文化祭のセトリを組み始めた。

「この前スタジオに持ってきた楽譜が、この曲たちね」

 そういって、陽毬はスマホのプレイリストを開いて見せる。

「ここから3曲を選ぶわけね」

 えり子が陽毬のスマホを見ながらそう言うと、陽毬が作業をしながら答える。

「そうゆうこと~。早速セトリ組んでみようか。まず1曲目はリコのリクエストで『アイドル』行っとく?」

「えっ! 1曲目からいいの?」

 えり子が目を輝かせる。

「オープニングでドンと話題の曲を入れて、観客の関心を引き込むのは大事よ。原曲が3分33秒だから、3分35秒として。初めのMCは1分半くらいでいいかな。地下アイドルみたいに一人ずつ自己紹介するわけじゃないしね。これで5分5秒と」

 陽毬がそう言いながらiPad上にメモをしていく。


「秒単位で作るの?」

 誠也が驚くと、陽毬は笑って答える。

「誠也くんの好きなラジオ番組だって、ストップウォッチ片手に秒単位で進行してるでしょ? この辺がちゃんとできないと、ライブでは他の演者さんや会場ハコのPAさんに迷惑かけたりするのよ」

「ほへ~!」

 えり子たちが感心しながら作業を見守る中、陽毬は慣れた手つきで進行表を作成していく。

「次は『夢見る少女じゃいられない』にしようか。4分18秒だから、4分20秒にしておこうか。ここまでで9分25秒。ここでまた1分半のMC入れたら、残り4分ね」

「結構タイトだね~」

 誠也が眉間にしわを寄せながら作業を見守る。


「あ、『オトナブルー』は? 3分5秒だからいけるよ!」

 奏夏が陽毬のプレイリストを見ながら提案するが、陽毬は渋い顔だ。

「う~ん、人気はあるけど、ラストの曲で盛り上がりが微妙かも」

「ひまりん、『可愛くてごめん』は? 盛り上がるよ、きっと!」

 今度はえり子が笑顔で提案するが、陽毬は呆れ顔で答える。

「リコ、忘れたの? その曲、吹奏楽でやるじゃん。まさかの身内で曲被りはまずいよ」

「おりょ?」

 わざとらしく首をかしげるえり子に、誠也がため息交じりに言う。

「『おりょ?』じゃないだろーが……。うちでやるの忘れてただろ。それより、これは? 『夏祭り』はどう?」

 誠也の提案に、今度はえり子が反応する。

「古くない?」

「そうか? 『夢見る』を選んだ奴に言われたくないんだけど」

 誠也が反論すると、陽毬が少し考えこむ。

「う~ん、無くはないんだけど、やっぱ、バランスがね。既に『夢見る』入ってるからな~」

「やっぱり古いか。俺聞いてるラジオだと、たまに流れるんだけどね」

 そう言って誠也は他の曲を探し始めたところ、陽毬がパッと顔を上げる。

「いや、『夏祭り』、意外といいかも」

「え? でもちょっと年代に偏りあるよね?」

 えり子が怪訝そうに聞くが、陽毬は笑顔で答える。

「そう思ったんだけど、よく考えたら私たちのステージってさ、2日目の午後なんだよね。2日目ってさ、一般公開もされて保護者も来るでしょ? 意外と世代的にウケるかも!」

「確かに、その発想は無かった!」

 えり子も同意する。


「やりたい曲をただやるだけじゃなくて、観客の層を考えるのも大事よ。オープニングは生徒にも人気の『アイドル』でステージに注目させて、2曲目の『夢見る』で保護者も巻き込む。それでラスト、どの世代も知ってるアップテンポの曲で盛り上げて終わる。いいんじゃない?」

 陽毬はそう言って目を輝かせながら進行表を埋めていく。

「えっと、『夏祭り』が3分48秒だから、トータルで大体14分45秒。最後、『以上、アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノでした~! ありがとうございました~!』って言って、ジャスト15分。完璧!」

「お~!」

 一同、拍手が起こる。


「ところで、そろそろ正式なグループ名、決めないといけないんじゃない?」

 そう言う誠也に、陽毬はあっけらかんと答える。

「あ、もうこの名前で生徒会に申請しちゃったよ?」

「えー!?」

 これには名付け親であるえり子も思わず目を丸くした。

「まぁ、いいじゃん。1日限りのバンドだし」

 そう、陽毬が悪びれも無く言うと、皆「確かに」と笑った。


 ♪  ♪  ♪


 文化祭のバンドのセットリストが一段落したところで、食事を勧めながら話題は最近の部活の事に移った。

「それでね、私と片岡が準備室に入ろうとしたら、中から言い争うような声がしてさ。それで、咄嗟に私、片岡の事止めたのよ。あの時、迂闊に入らなくてよかったよね~」

 そう言うえり子に誠也も頷く。

「きっとそれ、りおたん先輩とか、2年生でしょ?」

 陽毬がそう言うと、誠也は同調する。

「多分ね」

 ちなみに「りおたん先輩」こと赤坂莉緒りお先輩は、陽毬と同じ中学校出身であり、陽毬が中学生時代から慕っている先輩でもあった。


「そして、恐らく相手は、クラの中村美羽みう先輩、パーカスの三浦涼乃すずの先輩、あと、テナーの武藤優奈ゆうな先輩でしょうね」

 そう言う陽毬に誠也が答える。

「多分ね。その後、まりん先輩も同じメンバーの名前を出してた」

「あれ? 片岡、いつの間にまりん先輩と2年生の話をしたの?」

 えり子が不思議そうに聞くのも無理はない。本来まりん先輩はパート練習中だったはずだ。

「あぁ、あの後倉庫に行ったらさ、まりん先輩が、やさぐれてた」

「やさぐれてた? パート練サボってたの?」

 えり子が更に怪訝そうな顔をする。

「うん。倉庫の前の廊下に座り込んで、こんな感じで片膝立てて、スマホいじりながら、絵に描いたようにやさぐれてた」

 そう言って誠也は自分の座る椅子にかかとをかけて、その時のまりん先輩の真似をした。

「はにゃ~。片岡、まりん先輩のパンツ見えた?」

 えり子がまたいつものいたずらっぽい笑顔で聞いてくる。

「あぁ、バッチリ見えたよ」

「うひょ~! 何色?」

 えり子が興味津々で更に問う。

「黒のスパッツ」

「なんだ、パンツ見えてないじゃん」

 えり子は露骨にふくれっ面をする。

「先輩のパンツはどーだっていいんだよ! とにかくひまりんの言ったその3人は、まりん先輩も快くは思ってないみたいだね。赤坂先輩がかわいそうだって言ってたよ」

 誠也は脱線した話題を元に戻す。


「あのメンバーにはホント、りおたん先輩も手を焼いているみたい」

 そう言って陽毬がため息をつく。

「その3人の先輩って、そんなにひどいの?」

 そう言って奏夏が眉間にしわを寄せると、陽毬が答える。

「まぁ、主犯格は美羽先輩と涼乃先輩ね。とにかく部活に対してやる気が無いのよ。去年の秋、部長が友梨ゆり先輩になってから、それまでより練習が厳しくなったから、それが嫌みたいね。二人とも附属中出身って言うのも、なんか嫌な感じなのよね」

「武藤先輩は?」

 奏夏が更に陽毬に聞く。

「優奈先輩は、えっと、何て言うんだっけ? イソギンチャクみたいな? ただのトリマキ」

「イソギンチャク!?」

 えり子が目を丸くする横で、誠也が冷静に答える。

「それを言うなら、腰巾着だろ?」

「そうそう! それ! ひまりん、間違えちゃった~! てへぺろ~」

 そう言って陽毬は、笑ってごまかす。

「急にアイドルになってもダメ!」

 誠也が笑いながら突っ込みを入れる。

「まぁ、つまりは、たちの悪いトリマキってことね。それでなんでその三人が莉緒先輩と揉めてたのかしら?」

 えり子がそう尋ねると、陽毬が再び真面目に答える。

「りおたん先輩も友梨先輩ほどではないにしても、練習に関してはシビアだからね。特に同じパートの美羽先輩なんかは目につくのよ。だから注意したんだと思うんだけど、美羽先輩も一人だと分が悪いもんだから、涼乃先輩と優奈先輩が加勢したってところじゃないのかしらね」

「なんだか、レベルの低い話だよな。コンクール直前だっていうのに。文化祭以降、3年生が引退したらどうなることやら」

 誠也は何度目かのため息をつく。

「確か、先輩たちの話では、毎年9月の文化祭の前に新役員の選挙が行われるらしいんだけど、3年生は投票には参加せずに、1・2年生だけで投票をするのよね」

 えり子がそう言うと、陽毬も頷く。

「そうね。それで、今のところ投票権の無い3年生の下馬評では、次期部長はりおたん先輩が最有力候補ってことになってるけどね」

「まぁ、他に2年生の先輩で候補者が思い浮かばないわよね」

 奏夏の意見に誠也とえり子も同調する。


「どちらにせよ2年生をまとめていくのは大変そうだけど、1年生はけいちゃんも、りおたん先輩を慕っているみたいだから、慶ちゃんのトリマキも従うだろうし、私たちの学年はりおたん先輩が部長になれば、まとまって行けるかもね」

 そう言って陽毬を首をすくめる。



 このところ、誠也は3年生引退後の部活の運営について心配していたが、既に新部長の最有力候補として赤坂先輩の名前が挙がっていることを聞いて、少し安心した。恐らく赤坂先輩なら実力もあるし、人望もあるので、うまくやってくれるのであろう。

 コンクールまであと10日。明日以降、再び部活が正常運転に戻ることを、誠也は願ってやまなかった。

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