第四話 天使、海賊団の船長に助けられる

「グオオオオオオオオオ!!!!」

 だが、しかし。突如船員達とは明らかに違う咆哮が聞こえた。

 それは船を揺らすぐらいの声量で、ルカは咄嗟に耳を塞いだ。

 それは船員やジーパも同様で、武器を落として自分の聴覚を守った。

「お前ら、勝手に何をしてるんだ?」

 猛獣が牙を出して唸っている姿が想像できるくらい殺気立った声だった。

 これを聞いた船員達は顔色がガラリと変わり、臆病になっていた。

 彼らが綺麗に整列し、姿勢を正していた。

 そんな所に、誰かが飛び降りてきた。ズシンと少し木の床が揺れた。

 ルカがチラリと見ると、そこにいたのは自分の背丈より倍以上ある人形の魔物だった。

 今度は見上げてみる。少し距離があるからか、全体像をみることができた。

 巨大な灰色のフロックコートを袖を通さずに羽織はおり、靴は革で先が尖っていた

 年季の入ったズボンに雑に縛ったベルトが見えた。

 その上は黄ばんだシャツを着ていたが、暑いのかボタンをしめていなかった。そこから見えるのは、日焼けした肌に割れた腹筋。黒のビキニだった。

 耳は尖っていて、鋭い牙が二つはみ出ていた。赤色の縮れ毛の上に骸骨の印が縫われた黒の三角帽子を被っていた。

「……バロアナ船長」

 ジーパがかすれた声で、彼女の名を呼んだ。

 バロアナという名の船長は、すぐにイルカ頭の船員を見た。

 その眼光は、ナイフが飛んでくるかと思うくらい鋭かった。

 ジーパはまるで自分が三枚おろしにされるかのような恐怖に満ちた顔をしていた。

「わ、我々は偶然にも人間を拾いまして……そ、その……味見を……」

「人間?」

 バロアナはすぐにルカを見た。彼と船長との目が合う。

 ルカは彼女の迫力に押しつぶされそうになったが、どうにか振り切って、声を出した。

「ぼ、僕は……」

「貴様! 人間の癖に船長の前で発言しようとするのか?!」

 ジーパが反射的に彼を威圧した。が、バロアナは「お前は黙っていろ」と睨むと、彼は萎縮してしまった。

 バロアナは再び彼を見た。今度はひざまずいて、黒の革で包んだ手でルカの顔を掴んだ。

 ジックリと宝の価値を品定めするかのように見ていた。

 彼は彼女の眼光に負けないよう、必死に逸らしていたが、力強く顔を合わせようとしてきたので、諦めて彼女の顔を見ることにした。

 ルカは、まず彼女の隠しきれぬ美しさに目を見張った。

 口からのぞく牙や片目に眼帯を付けているのは、魔物の海賊の船長らしかった。

 が、もう片方の瞳が女神と似たような緑の色をしていたのだ。

 その瞳がキョロキョロ動かして、ルカを品定めしていた。

 目が合う度に、ふと彼女の顔が過ぎり、心がキュウと締め付けられていた。

 それにバロアナが前屈みになっているからか、彼女の鍛え上げられた大胸筋が否が応でも強調されていた。

 それは力強さと妖しさが入り混じり、彼を惑わせた。

 バロアナは満足したのか、ルカから離れると、部下の方を向いた。

「人間は魔王様に献上するのが決まりだ。お前ら、帰還するぞ」

 船員達は少し残念そうな顔をしていたが、船長が怖いのだろう、自分の持ち場に戻っていた。

「面舵いーーぱい!」

 バロアナがそう叫ぶと、船員達が一斉に「あいあいさー!」と答えた。

 船はゆっくり180度変わり、波と風に乗って行く。

「ジーパ」

「は、ハイ!」

 船長が料理長に声をかけると、油断していた彼はビックリするように飛び跳ねた。

「な、なんでございますでしょうか?」

 ジーパは恐る恐る尋ねると、彼女は「このビショビショのままでは、魔王様の前ではしたない。着替えさせろ」

 バロアナがそう命じると、ジーパは「もちろんです!」と笑顔になった。

 が、ルカの方を向いた時は、さげずむような眼で「来い」と言った。

 ルカは言われるがままに立ち上がり、ジーパの後についていった。

 入る直前、バロアナがルカに声をかけてきた。

 ルカがハイと言って振り向くと、彼女は「着替え終わったら、船長室に来い。お前が何者か知りたい」と獲物を見るような眼で言った。

 ルカは背筋がゾクッとなり、逃げるように中に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

破滅の堕天使 和泉歌夜(いづみかや) @mayonakanouta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説