第三話 天使、海賊に捕まる

 ルカが海に沈んだ近くには、巨大な帆船はんせんがあった。

 船首には、陸海空を支配する女神を模した金の像が取り付けられ、帆には黒い生地の上に巨大な骸骨が印されていた。

 いわゆる海賊船が風に乗って進んでいた。船上では、空から何かが落ちてきた事と、イルカの船員が海に飛び込んだことで大騒ぎだった。

「おいおい、ジーパのやつ、なんで海に飛び込んだんだ?」

「恐らく落ちた鳥でも拾ってきているんだろ」

 船員達がそう騒いでいる中、仲間からジーパと呼ばれているイルカの船員がルカを抱えて飛び出してきた。

 たちまち船員が彼らを囲った。

 ルカの姿を見た時、驚きの声を上げた。

「おいおい、人間じゃないか!」

「なんて事だ! 素晴らしいご馳走じゃねぇか!」

 一気に目の色が変わる船員達。その瞳の奥に浮かぶのは、こんがり焼かれたステーキと同じ光景だった。

「なぁ、捕まえておいて良かっただろ?」

 ジーパが両腕に力こぶを出して、お手柄である事をアピールした。

 それを見た船員達が、「よっ!」「さすがです!」とはやし立てた。

「う、うーん……」

 そんな最中、ルカが意識を取り戻した。

 目を開けて早々、眼前にイルカの顔があることや、ただならぬ危険を感じていた。

 辺りを見渡すと、船員達は人間ではなかった。

 魔物だった。

 眼が四つあるものや、全身がトゲトゲしていたり、体長が二メートルを越えていたりと、異様な出で立ちの輩が、彼を様子をうかがうように立っていたのだ。

 ジーパはどのように彼を調理するのかで頭がいっぱいなのか、ニヤニヤした顔で彼を見ていた。

 このただならぬ事態に、ルカは魔法で決着をつけようとした。

 が、どんなに念じても火の粉すら出なかった。

(天界にいた時は、思い通りにできたのに……どうして?)

 ルカはふと翼が燃えた時の事を思い出した。

(もしかして、翼が無くなると魔法が消えてしまうのか?)

 そう考えた時、一気に血の気が引いた。

 つまり、彼はただの人間なのだ。周りにいるのは今にも喰らい尽くそうと眼をギラギラさせている魔物達。

 逃げようにも、海がどこまでも続いている。それにルカはトンカチ。

 万事休すといった状況だった。

「あ、あの……」

 彼が説得を試みようと声をかけてみるが、まるで聴覚を犠牲にしてしまった家のように、無反応だった。

 ただ一心に彼の血肉を求めている怪物達だった。

 ルカは絶望した。長かった自分の一生の結末がこんな形で終わるとは、昨日の自分は思わなかっただろう。

「女神様……」

 彼は天を見上げた。雲一つない青空とカンカンと照らす太陽があった。

 だが、彼女の声は聞こえなかった。

(本当に追放されたんだな)

 長い溜め息をついた。ひざまずき、目を閉じた。

 これは罰なのだと自分の中で言い聞かせていた 

 ルカは自分の人生を振り返った。が、あまりにも長いせいか、直近まで起きたことしか脳裏に映らなかった。

 もしも、女神に謝っていればこんな目に遭わなかったのだろうか――彼はそう思いながら沈みゆく運命に従う事にした。

「よーし、お前ら!」

 ジーパは相手が抵抗しないと分かったのか、仲間に目配せをした。

 すると、彼らは粗末な剣や棍棒などの武器を持った。

 ルカは目をつむっていた。が、これから自分の身に起こることを想像すると、全身の震えが止まらなかった。

「殺っちまえ!」

「うおおおおおおおおおお!!!!!」

 ジーパの合図と共に、船員達が一斉に雄叫びを上げながら向かってきた。

(女神様、申し訳ございません)

 彼は女神に祈り、死を待った。

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