第九話

 玄関に戻って、鍵のかかっていない扉を開けながら警備車両を視線の端で追うと、点滅している青いライトは隣家の先を右折しながら消えた。

「やっぱ警備はしっかりしてるみたいだな」

 梅本は室内に運び込んだゴルフバッグと置時計を床に置きながら言った。

「パトロールをしているのか?」

「ああ、間隔は分からんが、警備車両が巡回しているのは間違いないな」

 梅本はゴルフバックから、ゴルフクラブに模した組み立て銃を取り出しながら言う。

「やはりコミュニティ内を車で移動するのは危険だな」

「そうだな、かと言って、歩いてターゲットの家に行くとしても、この長い組み立て銃を担いでたんじゃ目立つぞ……。確認はしていないが、そこら中に監視カメラもあるだろうし」

「銃は最後まで組み立てずに持っていくしかないな。はなっからこんな長い銃は使わない予定だからな」

「まあ、警備の奴等や警察に追われた時に使うんだろうが、そん時は……」

「お終いだな」

 相沢は梅本の言葉を引き継いで言い、バーカウンターの上にあるバーボンの残りを口に放り込んだ。

「もう飲むのはよせ。早く準備をしないと、大塚が目を覚ましちまうぞ」

「ああ、もう飲まねぇよ」

 相沢は空になったグラスをカウンターに戻し、ゴルフバックから自分用の短銃を取り出して、手慣れた様子で組み立てを始めた。

「しかし、噂には聞いていたが、こんなに警備が厳重だとは思わなかったよ」

「それだけ、こういう金持ちしかいない場所っていうのは、犯罪者からすれば狙いたくなるところなんだよ」

「俺たちを含めてな」

 相沢の言葉に被せるように言って、梅本は自嘲気味に笑った。

「そういうこと。だから情報が大事になってくるんだ。不正確な情報ネタを基に動いたりしたら自殺もんだ」

「だな……ここまででいいか?これくらいならリュックにも入るし、組み立ても直ぐにできる」

 梅本は、四つのパーツになっている銃を相沢に見せた。

「ああ、それでいいだろう。そこまでできてたら、あとは簡単に組み立てられるよ。まあ、どうせ遠距離を狙うわけじゃないし、そもそもそんな腕もないからな」

「そうだな。それにこれを使わない状況でなきゃ困っちまう」

「よし、じゃあ行くか?弾薬はリュックに入ってるな?」

「ああ、他の道具と一緒に入ってる」

 梅本は大型の黒いリュックを持ち上げて、小さく頷いた。

「大塚さんは……」

 床に寝かせている大塚の方に視線を向けた相沢は、喉の奥に言葉を詰まらせた。

「どうした?」

 言葉を詰まらせた相沢の様子を不審に思い、梅本も寝ているはずの大塚を見た。

「……今、何時だ?」

 横向きになって梅本と視線を合わせながら、

眠っているはずの大塚が、少しかすれた声で訊いてきた。

「お、大塚……なんで?」

「ちゃんと使い切ったよな?」

「さっき空き瓶を見せたろ……」

「じゃあ……息を止めてた?」

 相沢が横たわっている大塚に視線を向けた。

「いや……それより今何時だ?」

「……もう少しで三時になる」

 梅本が壁に掛かっているアンティーク調の時計を見ながら、大塚に言った。

「あまり眠らされなかったようだな……。じゃあ、早くこれを解いてくれ。もうじき秘書がここに来るから、こんな状況だとまずいだろ?」

 大塚は結束バンドで固定されている両手首を上に突き出した。

「眠らされなかったって……。しかも秘書が来るってどういうことだ?」

 梅本は相沢と大塚を交互に見ながら訊いた。

「お前へのお土産を持ってきてくれるんだよ」

「土産!土産ってなんだ?」

「漢方薬だ。お前この間、血圧が高くてヤバいとか言ってたろ。だから高血圧に効くって評判の漢方薬を渡そうと思ってな……。だけど、品切れをしてたみたいで、中々手に入らなかったんだが、秘書が横浜の漢方薬専門の薬局にあるって情報を得て、今日買いに行ってくれてるんだ」

「何時に来るんだ?」

「三時だよ。時間厳守の秘書だから、もうじきインターホンが鳴るぞ。だから、早くこれを解けって」

 冷静な口調で大塚が言うので、梅本は返答に窮して相沢を見た。

「インターホンに応答しないと、どうなるんです?」

 二人のやり取りを見ていた相沢が、大塚に訊いた。

「秘書も虹彩を登録していて玄関の扉を開くことができるので、この部屋まで来るか、それとも、勘がいいから玄関にある見慣れない靴を見て、まだ来客が滞在しているのに、インターホンに応答しないことを不審に思って、警備か警察に連絡をするかもしれない。その前に来客用の駐車スペースに車が停まっているいるから、お前達が帰っていないのは分かるけどな。どっちにしろ、俺を拘束していても無意味だから、早くこれを解け!」

 最後の方は梅本に向けて言い、大塚は身体を捩って上半身を起こし、バーカウンターに寄り掛かった。

「大塚さん、悪いけどもうしばらくそのままでいてください。秘書さんは俺がなんとかするから……。ここは見張っていてくれ」

 相沢は大塚と梅本に言い、組み立て途中の銃を持って玄関に向かった。

 その時、ダイニングルームの入り口付近にあるインターホンが軽やかなメロディで鳴り、モニターにネイビーのスーツ姿の女性の姿が映し出された。

 相沢は軽く舌打ちをし、銃を背後に隠しながら玄関に向かって走った。

「女性の秘書さんか……」

 中々鳴り止まないメロディにうんざりしながら。梅本は呟くように言った。

「彼女に手を出すなよ!そんなことをしたら……」

「変なことはしねぇよ。それは約束する。だが、こっちの仕事が終わるまではお前と同様に、不自由な状態になってもらうがな」

「仕事って……強盗か?」

「ん?」

 大塚の言葉に、梅本は一瞬怯んだ。

「分かってるんだよ」

「分かってるって、何が?」

「悪いとは思ったけど、いろいろと調べさせてもらったよ」

「調べたって……」

 大塚の落ち着いた声に狼狽えながら、梅本は訊き返した。

「俺は別に気にはしていなかったんだが、秘書が心配したようで、勝手に調査をしたんだ」

「心配って、俺たちの素性か?」

「まあ、彼女にとっては予定の二人だな」

「俺が前科持ちだってことを言ったのか?」

「ああ、彼女は優秀なんだけど、詮索好きなのが玉に瑕だな……」

 大塚が話しをしていると、開いたままのダイニングルームの入り口から相沢が入ってきた。

「どうした?秘書さんは……」

「逃げられた。俺が玄関に向かっている時に、その秘書さんとやらが玄関の扉を開けて入ってこようとしてたんだが、出迎えに出てきたのが大塚さんではなく俺だったから、慌てて扉を閉めやがった」

 相沢は手に持っていた未完成の銃を、組み立てながら言った。

「追っかけたのか?」

「玄関扉を開けて追いかけようかと思ったが、無駄なような気がして、止めた」

 相沢はそう言って、完成した銃に弾倉を装着した。

「どうすんだ、銃を組み立てたりして。もう、ターゲットの所には行かないのか?」

「いや、どうしようか迷っている。もう外には出られそうにないのか、それとも一気に最初のターゲットの所に行くのか……。そのうち、警備の連中か警察がここに来るだろうから早く決めないとな」

 相沢は疲れたように言い、バーカウンターに寄り掛かっている大塚を見た。

「多分、いや確実に警備スタッフは来るでしょうね。警察が来るかどうかはその時の対応次第でしょう」

「優秀な秘書さんだ。ということで、もう少し不自由なままでいてもらいますよ」

「相沢さん、無駄なことは止めましょう。早く私を自由にしてください。そうすれば警備のスタッフさんには、私が上手く言ってお引き取りをお願いしますから。梅本、お前も変な気を起こすな。このまま何もなかったことにすればいいって……」

 その時、話をしている大塚のスマートウオッチが振動して、液晶画面が明るくなった。

「早速連絡が来ましたけど……これでは応答ができない」

 大塚は結束バンドで拘束されている両手を、目の高さに上げた。

「対応しないでそのままに……」

『大塚様、大丈夫でしょうか?今、秘書の方が警備室にお見えになっていて、大塚様の様子がおかしいと仰っているんですが』

 相沢が大塚に話しかけた時、警備員の声が、スマートウオッチのスピーカーからクリアに聞こえてきた。

「秘書が同期している自分のスマートウオッチから、私のスピーカーをオンにしたようですね。結構周りの音を拾いますから、こちらの会話も聞こえる可能性がありますよ」

 大塚が小声で相沢に言った。

「仕方ない……。梅本、大塚さんのスマートウオッチを外して俺にくれ」

 相沢は、すり足で少し大塚から離れながら言った。

 梅本は無言で頷き、固定されている大塚の左手首からスマートウオッチを外した。

「梅本、無駄なことはよせ。俺からの応答がなければ、直ぐに警備員が来ることになるぞ」

「こうなってはそれも仕方ない。暫く話ができない状態になってもらいますよ」

 梅本の背に話しかける大塚に相沢は言い、バーカウンターにあった大判の白いナプキンで大塚の口を塞いだ。

「よし、手分けして外に通じるドアや窓を施錠するぞ。俺は二階に行くから、お前は一階を頼む」

 相沢は梅本に指示をし、大塚のスマートウオッチをオフにしてから、脱兎のごとくダイニングルームを出て行った。

 梅本も何かを伝えたそうな視線を向けている大塚を、一瞥して玄関に向かった。


 梅本と相沢は食事の後、バータイムに入る前に大塚から家の中を案内してもらっているので、各部屋の配置は凡その範囲で把握をしているつもりだ。

 だが、大塚が地下室やロフトなどを含め、全てを紹介してくれたのかは分からない。

 梅本は一階の各部屋を入念にチェックしながら回ったが、隠し扉などのような不審な点は見当たらなかった。

 浴室や一階に二カ所あるトイレをチェックしてからダイニングルームに戻ると、既に相沢がバーカウンターから離れたところにある、中央の楕円形テーブルの席の一つに座っていた。

「全部チェックしたか?」

「ああ、電子錠の部屋ばかりで少し戸惑ったが、全部確認をした。それから地下室とかもなさそうだが、これは大塚に訊いた方がいいけどな……」

 梅本は、組み立てた銃を手に持ったまま訊く相沢に応え、大塚を見た。

 梅本の話していることを理解した大塚は、小さく首を横に振って、静かに頭を床につけて目を瞑った。

「大塚さん、窮屈な思いをさせて申し訳ないけど、もう少し我慢をしてください。口と脚は自由にしますけど、変な気を起こしたりしないようにお願いします」

 相沢はテーブルに銃を置いてから大塚に近付き、口を塞いでいたナプキンと脚の結束バンドを外した。

「逃げたりなんかしないので、これも外してくれませんか?」

 身を起こした大塚は、結束バンドで拘束されている両手を相沢の目の前に突き出した。

 相沢は一瞬梅本に視線を送ってから、「すみませんが、もう少しだけこのままで」と言って、部屋の中央にあるダイニングテーブルの方に大塚を誘導した。

「ここに座ってください」

「この家の施錠はあそこにあるパネルで確認できますよ。それと、地下室や隠し部屋はありませんから」

 大塚はゆったりとした椅子に腰を下ろしながら言った。

 大塚の言うパネルの近くに立っていた梅本が、相沢に頷きながらパネルのチェックに向かう。

「パネルの鍵マークのアイコンが閉まっていれば大丈夫だ。施錠ができていない部屋があれば鍵マークが開いていて、家の平面図に施錠されていない部屋と窓のところが点滅しているはずだ」

 大塚が少し大きな声で梅本に言った。

「大丈夫だ。施錠はできている……はずだ」

 梅本が言うと、「お前を騙したりはしないから安心しろ」と、大塚は梅本に聞こえるような声量で言う。

「さて、この後どうするかを梅本と相談するので、大人しく座っていてください。何か飲み物とかは?」

「水をもらえますか?」

 大塚は相沢に応えた。

 それを聞いた梅本は、業務用と言ってもいいような大型の冷蔵庫からミネラルウオーターを三本取り出し、そのうちの一本の栓を開けてから大塚に渡し、もう一本を相沢の前に置いた。

「無駄なことは止めて、今日は終わりにしませんか?今頃は私と連絡が取れないので、警備の人と秘書が相談をしているはずです」

「警察を呼ぶか、呼ばないか、ですか?」

 拘束されている不自由な両手でミネラルウオーターを一口飲んでから言う大塚に、相沢が確認をするように訊いた。

「ええ、多分……いや、警備の方は確実に警察に通報をするでしょうね。彼らは護身用の銃を所持していますが、それは緊急の時だけにしか使用できませんし、できることなら面倒な事には関わりたくはないでしょうから」

「今は緊急時ではない、と?」

「いきなり銃を持った人間と鉢合わせしたわけではありませんし、秘書からいろいろとお二人の事を聞いているでしょうから」

「なるほど。では、もう手遅れですね」

「手遅れ?そんなことはありません。警察への説明はどうにでもなりますよ。だって、まだ犯罪を実行したわけではないですからね。麻酔と身体拘束はありましたけど、それは私が言わなければいいことですから」

 相沢と大塚の二人は、世間話をしているように、淡々と会話を続けている。

「だが、優秀な秘書さんはそういう証言はしないんじゃねぇか」

 梅本もダイニングテーブルに近付き、大塚に言った。

「それこそ大丈夫だ。今回の件で、俺が言ったことを覆すメリットは、彼女には何もないからな」

「それはどうだか分かりませんが、とにかく少し梅本と話す時間をください」

 大塚の言葉を遮るように相沢は言い、ダイニングテーブルからバーカウンターの方に、梅本を促した。

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