第11話 メガネ、敵を見る。
やあやあ、どうしたんだい?温泉に来たけど眼鏡外さなきゃいけないから周りになんの温泉があるのかわからないみたいな顔をして。
私だよ!メガネだよ!ちなみに最近はお風呂用の眼鏡が売ってるらしいよ!
あ、そうそう。私のステータスを見るスキルがレベルアップしたことで、さらに詳しくその人のステータスを見る事ができるようになった。
アンちゃんの本名と転生者である事が見れるようになって凄く驚いたよ。しかも出身地まで見えるからこれはアンちゃんを探す人に見せるわけにはいかないなっていう状態だ。
フォルモさんにもアンちゃんのステータスを見れないように頑張ったりもした。
今のところアンちゃんの正体を知ってしまったのは私とナハティガル君とルデルとクデルだ。
ルデルは臭いでアンちゃんが男だと知ったようだ。本名に関しては眼鏡をかけたことがないのでわからない。
クデルに関してはアンちゃんと初めてあった時にはステータスのスキルがレベルアップをしてしまっていたので思わず知ってしまった。まぁ、実は男という点に一番驚いていたのでアンちゃんの正体を知っても問題はなかったようだ。
ルデルとクデルが来てから数日が経ち、メガニア建国の建国記念会をすることになった。
場所は橋の上。教皇のナハティガル君から簡単な挨拶とどんな国となる予定なのかを説明。簡単な法律の発表。そしてメガニアの神へこの国を守ってくださるようにと歌を捧げるのだ。そんなことしなくても私は頑張って守るよ!眼鏡だから戦えないけどね!
ルデルとクデルも建国に向けての準備を手伝ってくれて、若い手が増えるだけでおもったより楽に進んでいった。
ナハティガル君達の提案で建国記念の時にプレニルとノヴィル両国から人を招こうということになった。両国に未発表のまま建国の方が後々問題がありそうだということらしい。
危険があるのではないかと心配はしたけれど、今では沢山の若者が警備兵として増えているので大丈夫だろうという事になった。警備兵に関してはフォルモさんが統率し、大分形になっている。これならナハティガル君の護衛の心配もないだろう。
ということで、今日がその建国記念の日となる。橋には思ったよりも人が増えていて、橋が落ちたりしないかと少しひやひやした。
皆その手にはフォルモさんが作ったおにぎりや料理を持っている。焼きおにぎりに海苔を巻いて中身は内緒なくじ引きおにぎり。木の器に入ったおみそ汁に肉じゃが。そして肉串もラインナップに入っている。否定的な声は無いので皆嬉しそうに味わっているのだろう。
料理の他に、アンちゃんが作ったリボンの飾りも売られている。髪につけたり胸につけたり、解いて首に巻いたり色々アレンジ出来る物になっている。一つ宣伝の為にも貰っているが、可愛い花のような形をしていて、これを作ったアンちゃんの器用さが羨ましい。
「メガネ様」
人混みが開いていき、私の傍にナハティガル君がやってきた。その胸にも同じ花を模したリボンの飾りがついている。ナハティガル君は今日から教皇なので手を前に重ね一礼する。
「ナハティガル君、お疲れ様です。何かありましたか?」
「いえ、少し手が空いたので共に他国の要人への挨拶をしようかと思いまして」
あー、面倒だけどそういうこともしなければならないのか。
私が神になるうえで、こうして自由に歩いているのは危ないのではないかという意見があり、私は姫巫女という位置づけをもらった。いうなれば神様の使いだ。本物の神は私ですけどね。でもこれで私が自由に動いても問題はない。
ナハティガル君と並び、人混みの中を歩いていく。堂々と推しと並んで歩いているよ。誰か写真撮ってほしい。連写で。
絵を描く技術はアンちゃんが知っているらしいから広められるだろうけれど、写真とかの特殊な技術はどう発展させようか。その辺を知る人が転生してきてくれたらいいのに。
人混みも三種類に分けられている。プレニルの要護衛人物とノヴィルの要護衛人物、そしてその他の民衆だ。その仕分けに警備兵の皆が頑張ってくれていて、まとまりが混ざらないように今も目を光らせている。後でフォルモさんに沢山料理作ってもらおうね。
ノヴィル側に行くと、一人の女の子が海苔巻きおにぎりにかぶりついていた。白にも近い金髪はゆるく三つ編みをされている。桃色の瞳は驚いたように丸くなり、その手にあるおにぎりから赤いものが顔を出していた。これはまずい。
「も、申し訳ありません!お口に合いませんでしたか!?」
その海苔巻きおにぎりがくじ引きおにぎりであり、中身は鮭、肉味噌、そして梅干しだった。梅干しはフォルモさんが漬けたのではなく、フォルモさんのご近所のおばあちゃんが漬けているらしい。とても酸っぱくて美味しいのだけれど、島の人でも梅干しが苦手な人が多く、不人気の素材となっていた。
まさかこんな綺麗で可愛い子がくじ引きおにぎりに挑戦するとは思っていなかった。そりゃこんな酸っぱい物が出てきたら驚くわ。このせいでおにぎりはマズいと思われて欲しくない。
そう思ったけれど彼女は目を細めて首を振った。
「いえ、とても美味しいです。この酸っぱさが癖になりそうですね」
どうやら彼女の口には合っていたようだ。本当によかった。
ナハティガル君が私の肩を叩いたので、彼女がその要人なのだと気づく。
「挨拶が遅れ失礼しました。メガニアへようこそお越しくださいました。ご足労を頂きお礼を申し上げます」
教皇と巫女であれば立場は同列かも知れないけれど私の方から口を開く。私が神だと気づかれないようにナハティガル君の下の存在だと印象を残せるようにする為だ。
頭を下げてから人差し指と親指の先をつけ、他の指も人差し指に並ぶようにする。人から見れば∞に見えるだろう。アンちゃんとナハティガル君が考えたメガニアの宗教での挨拶だ。最初は親指と人差し指だけくっつけて他の指は広げ、その輪を眼鏡の様に顔に添えるものだったが、流石にかっこ悪いので私が却下した。
少女は傍にいた女性におにぎりを渡し、両手のそれぞれの指をくっつけて輪を作る。
「初にお目にかかります。この度はメガニア建国おめでとうございます。本来であれば教皇様がいらっしゃる予定でしたが、名代として姫巫女のミーティアがお祝いの言葉をお贈り致します」
とても丁寧な言葉にちゃんとした育ちなんだなと伝わってくる。これが姫巫女か。私も偽りとはいえそれっぽくしなければ。
「メガニア神の使い、メガネと申します。そしてこちらがナハティガル教皇様でございます」
「お初にお目にかかりますミーティア様。ご健勝でなによりです」
「ありがとうございます、ナハティガル猊下。私のことを知っていたのですか」
「えぇ。話では有名でございますので。大変な目に遭われたというのにそれを微塵にも感じないお姿で安心いたしました。何もできなかった私をお許しください」
ミーティア様とナハティガル君の会話がいまいち読めない。
ノヴィルで起きた事件は確か、前教皇が狂って自分の娘を監禁したんだっけ。あれ、もしかしてその監禁されていたのがミーティア様?
「メガネ様?いかがいたしましたか?」
ミーティア様に声を掛けられて思考に走った頭を現実に戻す。なんでもないというように首を振ってみせると、安心したようにミーティア様は笑顔を見せる。
「メガネ様は神の使い人なのですね。メガネという名前はあまり聞きなれない響きですね。何か意味があるのでしょうか?」
「良く変わった名前だとは言われますが、メガニアの名に近い名前を頂いたのです。私は気に入っております」
「そうなのですか。私も良い名前だと思います。歳も少し近いようですし、もしよければ友人の様に接して頂けると嬉しいです」
「恐れ多いお話ではありますが、友人となって頂けるのならすごく嬉しいお話です。是非これからもよろしくお願いします」
友人の様に、とはいってもまだ気を許せるほどではない。失礼が無いように言葉を選ぶのがやっとだ。
ふとミーティア様の隣にいる女性を見る。オレンジ色の短髪に耳にヘッドフォンをしている少女がミーティア様から受け取ったおにぎりをもぐもぐと食べ、梅干しの酸っぱさに顔をしかめている。
それをくすくすと笑いながらミルクティーのような色のふわふわのボブカットの女性が見ている。彼女の海のような深い青色の瞳と視線が合い、少したじろいでしまった。
「それではまた後程ご挨拶に伺います」
「わかりました。後程」
ミーティア様はまた両手で輪を作ってから二人を連れて歩いていく。ヘッドフォンをしていた女性に少し叱責している声が聞こえてきた。
「それにしてもナハティガル君、教皇様直々にあいさつ回りして大丈夫?」
「周りに警護の者が潜んでいるので大丈夫ですよ。では次はプレニルの方へ行きますか」
ナハティガル君の言葉に頷いてプレニルの人が集まっている場所に向かおうとしたけれど、警護の一人である男性が近づいてきた。ナハティガル君に何か耳打ちしてまた人混みに入っていった。
「メガネ様申し訳ありません。プレニルへの挨拶はお帰りの見送りの時になります」
「いいの?」
「プレニルから教皇も神が愛する子も来ていないようで、今いるのはプレニルの犬の二人だそうです。フォルモが確認し、会うのは避けた方がいいと伝言をくださいました」
その意見には私も同意だ。プレニルの軍には出来るだけナハティガル君を近づけたくはない。原作の様なことを避ける事が私の重要課題なのだ。
ちなみにプレニルの犬っていうのはプレニル教皇直下の騎士のことだそうだ。常に教皇の傍に警護につき、そして教皇の命令の遂行を一としている。
そこは平等とは違うのではないかと思ったけれど、言わないで置いた。
そもそも教皇って存在があるのは平等と言えるのか。
プレニルのことは疑問が多い。その辺も教皇様か神に愛された人ということを指す姫巫女さんに会えたら聞きたかったのに。
「挨拶をせずに済むなら仕事は無さそうですね。そろそろ宣言を始めますので私は行きますが、メガネ様はいかがいたしますか?」
「私はこっちで見てます。色んな人に持たせた眼鏡の様子も確認したいですし。フォルモさんを探してその傍にいますね」
「わかりました。人混みでも危険ですのですぐにフォルモの元に行ってください」
「本体じゃないですし大丈夫ですよ。ナハティガル君も眼鏡を外さないでくださいよ」
ナハティガル君は一度眼鏡に触れてから歩いていく。それに合わせて動いていく人たちも眼鏡をさせていた。
何のスキルを持たない眼鏡を警備兵に渡してあるので私が離れてもナハティガル君の姿を目で追う事は出来る。それに警備兵に不審な動きがあっても私が観察する事が出来る。
今私の脳内が忙しい事になってはいるけど問題はない。ほとんどの警備兵の視線はナハティガル君に向けられているので問題はない!
さて、とりあえず私はフォルモさんの元に向かう。
フォルモさんがいるのは勿論食堂だ。他国からこちらに戻って来た人の中で料理が出来る人を集め、食堂にいる人は多くなったけれど、念の為そこの指揮もフォルモさんがいている。
警備兵もまとめているのはフォルモさんだし、フォルモさんはなんだかんだ忙しそうだ。
アンちゃんはノヴィルの軍関係者に顔を見せるわけにもいかないから取りまとめ役にはなれない。
セレナードは料理は苦手みたいだったし、もう少し信用できる人材を増やしたいものだ。
ルデルとクデルが永住するかはわからないし、少し困ったものだ。
そう私が悩んでいると、調理班の女性と話していたフォルモさんが話が終わったのか私の方に近づいてきた。
「嬢ちゃんどうした?何か食べたいのか?」
「ううん。手が空いちゃったから皆の様子見。フォルモさんは大丈夫?」
「後は女性陣に任せて警備に回ろうと思ってたんだ。ちょうどいいから嬢ちゃんの警護に入るよ」
食堂から出てきたフォルモさんはメガニア特有の和風な服を着ている。顔にはステータス確認可能な色付き眼鏡を装着している。似合うかなと試しにサングラスにしてみたけど、思った以上にフォルモさんに似合っていた。
一緒にいると目立つだろうけれどイケメンを侍らせているのは少し気持ちいい。
少し待って、この日の為に用意したステージにナハティガル君が立つ。先程まで会話に華を咲かせたり食事に集中していた人たちは皆ナハティガル君に視線を向けた。
「この度はメガニアにようこそお越しくださいました。私、メガニア教皇に選ばれましたナハティガルと申します」
簡単な自己紹介の後、ナハティガル君は簡単にこの国の特徴を説明する。
この島国はメガニアという新たな神を信仰する国となる事。
国となる上でプレニルとノヴィルへの敵対意識はないという事。
この国は平等を良しとし、全ての民が一人の人間としての最低限の暮らしを保証する事。
この国は不平等を良しとし、民一人一人の実力に合わせた報酬を渡す事。
メガニア神は民達がそれぞれの好きな事を行う事を良しとし、その為のサポートも厚く行う事。
簡単な所ではこんなところだろう。私もこれ以上には望んでいないし、平等であり不平等である事を強みにすれば二国から何か言われることは減るかもしれないとアンちゃんとナハティガル君が考えていた。
一先ず伝えたい事としてもその五つだけだったし、それより多くて聞いてる人がうんざりしてしまう方が問題だと思っていた。
ナハティガル君の声は風魔法を使って橋にいるすべての人に聞こえるように調整している。皆は国の特徴に驚いている様子もあれば、理解ができていないような顔をする人もいる。プレニルの人とノヴィルの人で大分反応が違っていた。
その様子を見てからナハティガル君は満足したように笑う。
「私からは以上になります。最後に、我らメガニア神への捧げ物として演奏と歌姫による歌を贈ります。この歌を持ってメガニア建国を宣言いたします」
ナハティガル君がそう言ってステージから降りていく。それを待って四人の人が壇上に上がった。その内の三人の手には作り立ての楽器があった。一つは横笛、一つは太鼓、一つは弦楽器だ。
私とアンちゃん、そしてルデルは楽器を知っていても楽器を作る方法までは分からなかった。それでもなんとか知識を絞り出し、セレナードと今楽器を持っている人達は音の違いがわかる人たちだったのでその知識も総員して楽器らしいものが出来た。
他国には楽器というものがないみたいなので皆そちらに目を向けるだろう。そう思っていたけれど、それより皆の目を惹いてしまったのはセレナードだった。
真黒な肌に映える白い服。シンプルな衣装にしたかったのにアンちゃんの手によってリボン等で装飾されている。この世界では機能重視で飾りをつけるという意識はなかったのでそれだけでも目を惹くというのに、ざわめいている人の声を聞く限りやはり黒い肌が一番目立っている。
他国では黒い肌をしているのは大体奴隷だそうだ。奴隷が歌姫として壇上に立つなんて考えられないのだろう。
でもそんなものはどうでもいい。今から流れる演奏も歌も、ステージに立つ人たちも、メガニアが平等で不平等な、二国とは違うのだと示すのに良い宣伝塔になってくれる。
横笛から始まった演奏は上手いとは言えないけれど、聞けるものになっていた。頑張って作ったかいがあるというものだ。
演奏にざわついた人たちは自然と口を閉じ、ステージに視線が集中する。その視線はセレナードには辛いものかもしれない。彼女は人前で歌う事にすごく恐れを感じていたのだから。
その肌をなんとか白くしようと方法を探す彼女の姿も見た。人前に出ずに歌う方法を提案する彼女も見た。それでも、人の視線を受けて歌う事に覚悟を決めてくれた。
最初は皆うるさくても大丈夫。その痛い視線も、セレナードが歌えば刃物が柔らかい物に変わるのだ。
セレナードの歌声は風の魔法を操作していなかった。それなのに、ステージから離れた場所にいる私にもその歌声は届く。少しばらけているように思えた演奏も、セレナードの歌声がまとめてくれた。皆はその歌声に驚き、そして聞き惚れていく。
歌はメガニアの特徴と平等と不平等を歌うものだ。ゆったりしたバラード風になっていてゆったりとした気分になれる。
やはりセレナードの歌声は凄い。こんな歌を贈られたらどんな神でも笑顔になってくれるはずだ。
だが、その歌声の中で風を切る音が聞こえた。
女性の悲鳴が響く。何事かと顔を上げれば、セレナードの身体がゆっくりと倒れていった。その首に矢が刺さっていた。
皆がどよめく中、ステージにミーティア様とルデルとクデルが上がる。セレナードに何か処置をしているらしい。クデルがかけている眼鏡からその様子が見えた。
あちらは大丈夫だとわかり、私は全ての眼鏡の視界を確認する。皆が混乱に陥る人たちを落ち着かせようと動き、武器を持つものを探す。だがそれらしき人は見つからないのだ。
思わず舌打ちをしそうになった時、私の身体が地面から離れた。驚いて上を見るとフォルモさんが私を担ぎ上げていた。
「悪いな嬢ちゃん、急ぐ」
そう言ってフォルモさんは走り出した。その速さは自転車を思い出す速度だ。立ち乗りしてトップスピードを出す自転車程ではないにしろ、追いかけるには十分な速さだ。
フォルモさんが走っていく先にアンちゃんがいた。アンちゃんは私達の姿を見るとすぐに右手を自分の背後に向かって引っ張った。その手には視認するには難しいけれど細い糸が握られている。
「敵は捕まえてある!フォルモもついてこい!」
「了解した!」
走り出すアンちゃんの背中を追ってフォルモさんが再び走る。そのスピードは落ちている様子はない。恥ずかしいから降ろしてほしいが、この二人のスピードについて行ける自信はないので大人しくフォルモさんに担がれていた。
戦う機会があまりないからこっちに来てからは見た事が無かったけれど、アンちゃんのスキルは特殊スキルと呼ばれているものだ。
特殊スキルというものは人が生まれた時から持っている火、水、地、風のスキルには入らない、名前の通り特殊なスキルだ。
魔女の様に創り出すスキルではなく、神が生まれる人間に渡したスキルなのだが、色んなタイプがある為に何種類の特殊スキルがあるのかはわかっていないのだ。
アンちゃんの特殊スキルは紐状のものを生み出し操る事が出来るのだ。紐状であれば髪の毛でも可能らしく、暇がある時に私の髪の毛で変わったアレンジをしてくれていた。
創り出すのはほとんどはリボンで、セレナードが頭に着けていたリボンもアンちゃんが作ったものと言っていた。
そして警備の際に敵を捕まえられるように蜘蛛の糸を創り出し、橋の入り口に張ってあったようだ。私達の目には映らなかったけれど、橋の上にいる全員が身体のどこかに糸がくっついているらしい。そのおかげでこうしてセレナードに矢を打った人物を追う事ができる。
しばらく走って橋からプレニルに向かう出入口にその人たちはいた。
一人は明るい茶色のふわふわとした髪をしている。見た目はアンちゃんと同じくらいの大きさだ。
もう一人は黒と茶色を混ぜたようなさらさらした髪をしている。
ぱっちりした緑目が私達を見て少し慌てた姿を見せていた。その腕は誰かに引っ張られているように引っ張られていたので、恐らくその腕にアンちゃんの糸が巻き付いているのだろう。
小さい方はめんどくさそうにこちらを見てから一変、人懐っこそうな笑顔を向けた。
「あれ、そんなに慌ててどうしたんですかぁ?」
「すまないが、うちの歌姫に矢を放った犯人を追っている。話を聞かせてもらおう」
「え!僕ら用事があるのでお暇しようとしてたんですが、僕ら以外にここを通ろうとした人はいなかったですよ?」
「お前らが犯人候補なんだ。抵抗はするなよ?」
フォルモさんの言葉にその子は息を吐き出し、手を広げた。
「矢を放たれたんですよね?僕らは見てのとおり弓矢なんて持ってないですよ?思い違いではないですか?」
「今の世の中特殊スキルなんてものがあるからな。こいつがお前らを追えたように、お前らが矢を放つなんて特殊スキルを持っているかもしれない」
「……めんどくさ」
「トイ」
腕を上げたままの青年が嗜めるように呼ぶ。トイと呼ばれた少年は肩をすくめてみせた。
「いいよシバ。これ以上言い訳考える方が面倒じゃん」
「そんなことを言うものではありません」
「いいんだよ。こいつらを倒しちゃうほうが楽だし」
トイは首にかけていた十字架を両手で握り前に掲げた。
「我らが神よ。彼らを平等に処す為に我に貴女の奇跡を見せたまえ」
そう唱えると彼が持っていた十字架が姿を変えていく。横の棒部分は膨らんでいき、縦の棒は長くなっていく。それがトイの身長ほどの大きさに変わると、その変化を止めた。それは純白の大槌に姿を変えていたのだ。そして、その姿を私は知っていた。
「アンちゃん!」
フォルモさんから地面に降ろされていた私はアンちゃんを見る。アンちゃんはこちらに目を向けなかったが、それを気にせずに私はトイと呼ばれた少年に指を向けた。
「あいつが原作でナハティガル君を、皆を襲った奴の一人!」
小柄な体格に合わない大槌、人懐っこい笑顔を見せる幼い面差し。
間違いない。彼が主人公パーティを地下道で迎え戦闘を仕掛けてきた人物の一人だ。
原作という言葉を知らないフォルモさんでも、彼らが危険な人物だということはわかってくれたのだろう。私を制するように左腕を出し、その右腕で腰に下げていた剣を抜いた。
トイはため息をつき、シバと呼ばれた青年を見る。シバは腕についていた蜘蛛の糸を取ろうとしていた。
「ねぇ、取れた?」
「引っ張られた時に絡まったみたいです。まだ時間がかかります」
「そ。ならしょうがないか」
そう言ってトイはその大槌を振った。こちらに攻撃が来ると身構えたけど、その大槌がぶつかったのはシバだった。
「トイ!」
痛みに顔をしかめているシバがこちらに飛んできながら叫ぶ。しかしその声を気にすることなく、トイは足元に向かって大槌を振り下ろした。振り下ろされた場所は橋を形成するレンガだ。
舌打ちをしたアンちゃんが走り出す。彼には糸は絡まっていないのか、それとも取られたのか。
シバは危なげなく着地したけれど流石に痛みに堪えられなかったのだろう。膝をつき数秒の間立ち上がれない様子だった。その隙を逃すことなく、フォルモさんはシバの首元に剣をあてた。
その短い時間で橋の崩落が起きる。橋の全てが壊れる様子はないが、このままではプレニル領の大地に立つトイを追いかける事ができないだろう。
走っていくアンちゃんの糸のスキルを使えば上手くいけば飛び越えられるだろう。その為にも、逃げようとするトイを足止めしないといけない。
アンちゃんはこちらを見れない。フォルモさんは私が用意したサングラスをかけている。こちらに不利はない。
「止まれぇ!!」
トイがこちらを見るように声を上げる。トイがこちらを見た瞬間に、私のスキルが炸裂した。スキル:
強い光はトイの視界を潰すのに十分だった。トイは咄嗟に腕で顔を覆ったが、間に合わなかったのだろう。何度も頭を振ったり腕で目を擦っている。
そしてその間に、アンちゃんが創り出したロープがトイの近くの木の幹に結ばれた。ロープを握ったアンちゃんの身体が宙を舞う。橋の崩壊は私達から後三メートルぐらい手前で止まった。
アンちゃんのスキルでロープの長さを急速に変える事ができるのか、はたまたロープに見えるゴム紐だったのか、アンちゃんの身体はまっすぐにトイに向かって飛んでいく。
追いつく、そう確信を持てた。ここで危険人物を倒せたらナハティガル君にまで脅威は及ばないと少し気を抜いてしまった。
「アン!!左!!!」
フォルモさんの声が響く。はっとしてアンちゃんから見て左を見れば、細長い物が飛んできていた。アンちゃんはロープから手を離し身体を捻らせるも、その細長い物はアンちゃんの左腕を貫いた。
「アンちゃん!」
何もできないとわかっていても足は地面を蹴っていた。
アンちゃんはそのまま落ちるかと思ったが、私に向かって新たなロープを投げた。そのロープを握って踏ん張るけれど、アンちゃんの重さをこの小さな身体が支えきるのは難しかった。
アンちゃんと一緒に橋から落ちると思われたけれど、後から来たフォルモさんがロープを握った。シバはどうしたのだろうかと振り返れば、フォルモさんが着ていた和服の帯を使って手足を縛られていた。
フォルモさん一人でアンちゃんは助け出せると思ったけれど、ロープから手を離したくはなかった。
視線をトイの方に向けると、恐らく隠れていたのだろう。また男性が増えていた。スキル:
黄色い垂れ目に橙色の長髪を首を後ろで結んでいる。トイやシバよりも身長は高いけれど、少し胴長に見える。
彼はまだ目を擦っているトイを担ぎ上げ、こちらを見ることなく木々と茂みの中に走って行った。
槍を投げた人物があいつだろう。そうだ、あいつが、あいつが原作でアンブラに毒を込めた槍を投げてきたのだ。
それを思い出して、私の身体から血の気が引いた。あいつが放った槍はアンちゃんに刺さったのだ。
フォルモさんによって引っ張り上げられたアンちゃんに近づく。アンちゃんは左腕に刺さった槍を抜き、紐を使って左腕の方に近い場所を縛り上げた。それを手伝いながらアンちゃんの顔色を見る。
原作ではすぐにナハティガル君に毒が回って意識が朦朧したり、酷い熱にうなされていたけれど、アンちゃんはそういう様子はない。今回の槍には毒が塗られてはいなかったのだろう。
「嬢ちゃん、アン坊を頼む。ゆっくりでいいから戻ってきてくれ。俺は捕まえた犬を連行する。アン坊、歩けるか?」
「大丈夫。止血も上手くできてるからこっちは問題ない」
その言葉にフォルモさんは頷いて縛られたシバに向かって行く。
「アンちゃん、本当に大丈夫?毒が塗られていたかもしれなかったけれど」
「やっぱりあいつが原作でナティに重傷負わせたやつか。近くにナティがいなくてよかったな」
「そう、だけど。それでアンちゃんが重傷になっても私は嫌だよ」
「油断した俺が悪いからメガネは気にすんな。逃げられはしたが、一人は捕らえられたんだ。あいつから情報を聞き出すぞ」
いつになく、アンちゃんは鋭い目つきをしていた。それもそうだ。セレナードが狙われたのだから。
スペア眼鏡の視界を確認すると皆まだ混乱している様子だけれど、クデルの眼鏡からの視界では少し落ち着いた様子で地面に寝ているセレナードが見れた。
セレナードのそばにはミーティア様がいる。彼女も何か協力してくれたのだろう。後でミーティア様にお礼を言っておかないと。
「セレナードの傷はなんとか治ってはいるよ。命の危険はなさそう」
「それならよかった」
「アンちゃんはセレナードの事好き?」
「恋愛的な物ではないけどな。それとも原作ではそんな関係なのか?」
「ファン達の間では幸せになってほしいなーとは言われてたよ」
「公式じゃないのかよ。綺麗で優しい子だとは思うが、そっちには見れない。それに」
アンちゃんの身体がふらついた。慌てて右腕を掴んで支えになる。アンちゃんの顔を伺うと、アンちゃんは微笑んで私の頭を右手で撫でた。
「この世界では、そういう関係は作らないと思う」
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