第10話:初めてのお仕事

「とりあえず一度荷物や着替えを取りに帰ります」

そう言うと30分ほどで戻ってきた。

学生鞄と小さめのボストンバッグ一つだけだ。

もしかして荷物それだけ?そんなことないよな。

「替えの下着とパジャマと私服が数点。これが私の荷物全てです」

よく見ればすっぴんだ。化粧品もないのか。それとも校則で化粧は禁止なのか?

「日用品をいくつか購入する必要がありますが・・・」

もしかしてお金がないのか。

「あと制服を支給していただけると・・・」

そう言って服を脱ぎだす。

唐突すぎて意味がわからない。

「採寸が必要かと思いまして」

それは私ではなく服屋の仕事だ。私が制服を作るとでも思ったのか?

とにかく服を着せる。最近の娘はすぐに服を脱ぐのか?それで大丈夫なのか?

やっぱり、この娘がズレてるんだよな?

まだこの世界に来て数日だからなんとも言えない。

「メイド服って下着は着けないのですよね?」

だからそれはどこの世界のメイドなんだ?この世界ではそれが普通なのか?

「メイド服は明日注文に行きましょう」

だいたいどこで売ってるんだ?そういう専門店とかあるのか?ネットで検索しよう。


「とりあえず、足りないものを買いに行きましょう。ついでに夕飯の食材も」

彼女の分の食器とか、シャンプーとか。

近所のスーパーなら一通り揃うはず。

歩いても10分もかからない。車で10分位のところに大型ショッピングセンターもある。

でも、今日はそんなに買うものもないはず。

制服を着た女子高生と手を繋いで歩く。元の姿だったら即通報モノだ。

考えてみれば、女の子と手を繋いで歩くのも初めてかもしれない。

「お嬢様、夕飯は何にいたしますか?」

カレーが食べたい。

「カレーですか?」

そう、シンプルなやつ、ポークカレー。

「そういえば圧力鍋もありましたね。アレなら短時間で煮込めます」

圧力鍋を使うのか。


すぐにスーパーに到着。

かごを手に持ち、食材を選んでいく。

バラ売りのじゃがいも、人参、玉ねぎ、それとカレー用の豚肉。

「甘口がよろしいでしょうか?」

中辛で大丈夫だと思う。

カレールーの中辛をかごに入れる。

スプーンやカレー用の皿は家にある。いや、1人分しか無いな。

他の食器も基本自分の分だけしか無い。

食器なんかは今度まとめて買いに行こう。

今日はとりあえずカレーに必要なものだけ買おう。

食器は地味に重いからな。情けないが自分で家まで持って帰る自信が無い。


シャンプーとボディーソープがほしい。しみないやつ。

「ボディーソープとシャンプーですか?」

間違えて男性用を買ってしみるんだ。

「この辺のお肌に優しい系のなら、しみないと思います。シャンプーも同じメーカーのにしておきましょう」

ついでにボディー用のスポンジの柔らかタイプをかごに入れる。

こんなものかな?


必要なものを買ったらさっさと家に帰る。

家事を吉野川さんに任せて、その間にPCで作業する。

メールを確認する。その後人材募集に応募してきた人はいない。

特殊な職業だから当たり前かもしれない。吉野川さんを逃すと次はいつ応募に来るかわからないし、

彼女に決めて正解だったのかは少し不安が残るが、それなりにこなしてくれれば問題ない。

なので、人材募集の広告も採用済みに変えておく。


安藤からの泣き言に対処して、自分の分の作業も進めておく。

本来今日は祝日なんだから作業する必要はない。

でも、在宅なのをいいことに平日も結構自由にサボってるから、今のうちに進めておく。

トータルでちゃんと納期に間に合えば問題無いだろう。

そんなこんなで作業に集中していると、あっという間に2時間ほど経っていた。

その間にリビングは片付けられていて、お風呂の掃除も終わっている。

めんどくさくてサボっていたカビ取りもだ。シャンプーとボディーソープも差し替えられている。

いくらなんでも早くないか?2時間だぞ?

ご飯も炊きあがっていて、カレーのいい匂いもする。

吉野川さんはセーラー服の上からエプロンを付けている。調理実習みたいだ。

「あら、お嬢様。お仕事はよろしいのですか?」

うん?なんで仕事をしてたってわかるんだ?

「パソコンで作業をしていたようですが、動画サイトを見ているのでもなく、SNSでいいねをしているようにも見えなかったので・・・」

なるほど、自分の理解の範囲外の作業をしていたから仕事だと判断したわけか。

仕事の内容を追求しないのもメイドとしては合格だと思う。

ズレてはいるがメイドとしてのスペックは高そうだ。


「今日のお仕事は終了。お腹空いた」

もうカレー出来てるんじゃないの?

「もう食べられますよ。今よそいますね」

カレー皿にご飯をよそう。

「これくらいでよろしいでしょうか?」

いつもの感じからすると少なめだが、この身体では丁度だろう。むしろ多いかもしれない。

「うん、それぐらい」

カレーはどう見ても4人分以上ある。明日もカレーかな?

ちゃぶ台にランチョンマットを引いてカレーのお皿をセットする。俺の分だけ。

あれ?吉野川さんは?

彼女の分はちゃぶ台に乗っていない。

「使用人が主と食卓をともにするわけには行きません。後ほど一人で食べます」

変に知識が偏ってるな。中世の貴族かよ?

そんなこと気にしなくていいのに。一緒に食べたほうが美味しいと思う。

「では、お言葉に甘えて」

そう言って、自分の分のカレーもよそう。

俺の倍くらいの量だ。育ち盛りのピークは超えたかもしれないけど、高校生だもんな。

それにメイドとは、いわば肉体労働だ。体力も使うしカロリーも消費する。

思えば、俺が高校生の頃はもっと多くの量を食べていた。男女の違いはあるけど。

「「いただきます」」

二人の声がハモって食事が始まる。

おいしい!ちょっと辛いけど。でも大丈夫な辛さだ。具材の大きさもちょうどいい。

「吉野川さん、すごくおいしいよ!」

そもそも、カレーは誰が作ってもそこそこおいしくできる。

失敗の多くは変にアレンジしようとすることに原因がある。

一般的な具材で、市販のルーを使えばほとんど失敗はあり得ない。

「まあ、カレーですので。誰が作ってもそれほど違いはないかと」

本人もそこは理解しているようだ。

褒められてもそれほど嬉しそうではない。

でも、自分で作るとすれば、レトルトを温めるか、スーパーで売っているカレー用のカット野菜を使うかだ。

スーパーで売っているカット野菜は、大人が食べるのを想定しているので一つ一つが大きい。

吉野川さんが作ったカレーはその半分くらいの大きさに切ってある。

間違いなくお子様サイズの大きさだ。食べる人の食べやすさが考慮されている。

いわゆる丁寧な仕事というやつだ。うちの母親はもっと適当だったし、それが普通だと思っていた。

「もう少し時間があればスパイスから作ったのですが・・・」

やはり高スペックの予感。普通はスパイスからカレーを作らない。


「それと、できれば吉野川さんではなく、佳乃と名前で呼んでいただけませんか?」

なるほど、そこはフレンドリーなほうがいいのか。基準がいまいちわからん。

「わかった!佳乃のカレーおいしいよ!」

言い直してみた。

そういえば頭の中では[俺]として考えているけど、それだといつ口に出るかわからない。

この見た目で、一人称が俺なのはいくらなんでも変だな。私、アタシ、小姫。どうするのが正解か。

僕っ娘というのは聞いたことあるが、さすがに俺っ娘は斬新すぎる気がする。

俺が知らないだけで、そういうアニメなんかがあるかもしれないが、一般受けはしなさそうだ。

うーん、私ってのも少し違うな。もっと年上のイメージか。だとすると、アタシか小姫か。

自分の名前が一人称ってのも痛い気がしないでもない。アタシにしておくか。

でもなんか違う。カタカナのアタシじゃなくて、ひらがなのあたしかな。うん、そうしよう。

なるべく脳内で考える時も[あたし]で考えるようにしよう。そうしないとぼろが出る。

一人称だけじゃなくて、なるべく見た目に合わせた口調を心がけよう。

今はむさいおっさんじゃなくて可愛い女の子だ。


「ごちそうさま!」

ちょっと多いかと思ったけど、おいしくてあっさりと完食できた。

満腹になったんだよ。ゲフゥ・・・

食べ終わった食器を流しへと持っていく。

そのまま洗おうとしたら佳乃に止められた。

「お嬢様、それは私の仕事です」

そういえばそうだ。まだ一人暮らしの時の癖が抜けない。

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