第6話:薄い本
ルナは言葉を失い、両手で頭を抱え込む。
(薄い本ということは……もしかして『アレ』か!?)
聖女様が頑張って描いた漫画――同人誌。
ちょっとエッチな展開にも挑戦した意欲作だ。
(あ、あばば、あばばばばばばばば……ッ)
頭は沸騰するかのように熱くなり、しかしその一方、背中から冷や汗が止まらない。
極度の精神的な
「ツェリィさん! 私の同人――薄い本は、今もウェンブリー殿が!?」
「は、はい、おそらく。聖遺物は聖女教の至宝、教皇が肌身離さず持ち歩いているはずです」
「そう、ですか……っ」
なんとしても、どんな手を使っても、如何なる方法を用いても――ウェンブリーの身柄を押さえなくてはならなくなった。
主人の尋常ならざる狼狽を受け、ゼルは<
(聖女様、いったいどうなされたのですか?)
(ウェンブリーさんは、私の黒歴史を持っている可能性が極めて高い。それもかなり危険なブツっぽい……っ)
(黒歴史……? あぁ、例の
簡単に事情を聞いていたゼルは、納得の意を示す。
(幸いにも、ウェンブリーさんが同人誌を広めた形跡はなさそう……。赤の書みたく
最優先ミッションを設定したルナは、すぐさま行動へ移す。
「それで、ウェンブリーさんは今どこに?」
「おそらく
「そうですか。では、ちょっと行ってきます」
まるで買い物に出るかのような軽い足取りで、カツカツカツと玄関口へ向かい――ツェリィが慌てて待ったを掛ける。
「い、いけません……! シルバー様は、聖女様を
聖女の安全を確保するため、全力でシルバーを止めようとした。
ツェリィの信仰心は非常に強く、これを説得するのは困難を極めるのだが……。
ここまでのやり取りから、彼女の扱い方を理解したルナは、躊躇なく『特効薬』を使う。
「私のことならば心配無用です。それに、聖女様は言っておられる。『敬虔な子羊たちを救いに行きなさい』と」
「~~っ」
瞬間、ツェリィの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
(な、なんと慈悲深き心……っ)
ルナが本当に救出したいのは黒歴史であって、ウェンブリーはまぁ過去の借りがあるため、もののついでに助ける感じなのだが……。
そんな裏の事情を知らないツェリィは、かつてないほどの歓喜に包まれた。
(そ、そこまで泣かなくてもいいんじゃないかな……?)
聖女様が心の中で引いていると、ここまで沈黙を守っていたレティシアが口を開く。
「シルバー殿、天楼山に行かれるのならば、是非このラムザをお連れください」
「ラムザ殿を?」
「はい、彼は
「ほぅ、ちなみに<
<天盤>は探知系の中位魔法。
一応、ルナも魔法自体は使えるのだが……。
彼女は微細な魔力探知を苦手としており、ゼルもまたあまり得意じゃなかった。
「ラムザはほぼ全ての上位魔法を修めており、<天盤>もまた例外ではありません」
「それは凄いですね。是非、御同行いただけると助かります」
話が
「レティシア様、私がお傍を離れては護衛となる者が……」
前回の戦争で、レティシアはナターシャに攫われた。
その反省を活かし、現在はラムザが付きっ切りで身辺警護に当たっている。
「大丈夫。私はゴドバ城の中で大人しくしているから」
「しかし、万が一のことがあっては……っ」
いくら主の勅命とはいえ、その身を離れることには承諾しかねた。
「ふむ……」
レティシアとラムザのやり取りを横目にしたルナは、前々から気になっていたことを聞く。
「ときにレティシア殿、その羽衣はフィオーナのものでは……?」
「よくご存じですね。この『
「しかし見たところ、既に力を失っているようだ」
レティシアは儚げに微笑み、コクリと頷く。
「天之羽衣に宿りし力は――フィオーナ様の魔法は、当代で失われてしまいました。でも、問題ありません。そのおかげで私は、かけがえのない人と出会うことができましたから」
「れ、レティシア様……っ」
ラムザは強く拳を握り、グッと奥歯を噛み締めた。
天之羽衣が光を失ったのは、
(私がレティシア様を刺さなければ、彼女の身は今も大僧侶の魔法に守られていた……ッ)
今更何を言ったところで、過去が変わるわけではない。
しかしあの事件で生まれた『棘』は、ラムザの胸の奥に残ったまま、鈍い痛みを主張し続けている。
「なるほど、ではこうしましょうか」
シルバーはそう言って、羽衣にそっと触れた。
「え、えっと……?」
レティシアが小首を傾げた次の瞬間、神聖な魔力の奔流が吹き荒れ、羽衣はかつての輝きを取り戻す。
「これは、もしかして……!?」
「ラムザ殿をお貸りする対価として、私の魔力を補充させていただきました。これでレティシア殿の身に危機が迫ったとしても、フィオーナの魔法が助けてくれることでしょう」
「す、凄い……ありがとうございます!」
レティシアは顔を
聖女の大魔力で強化された、大神官フィオーナの羽衣。
もしもレティシアに危害を加えようものならば、世にも恐ろしい防御魔法が炸裂するだろう。
「シルバー……感謝する」
自身の失態を拭ってくれたシルバーへ、ラムザは深い謝意を示した。
「いえいえ、そんなに大したことはしていませんよ」
ルナが
る。
(こ、この魔力量は……いくらなんでもやり過ぎだ……っ)
魔力の譲渡は、非常に高度かつ繊細な技術。
ミジンコ以下の魔法技能しか持たない聖女様には、あまりにも過ぎた代物だ。
実際、天之羽衣に込められたルナの魔力は、フィオーナが設定した規定量を遥かにオーバーしており、今にもはち切れそうな状態となっている。
もしも何らかの衝撃によって、運悪く魔力が弾けた場合、空前絶後の大爆発が起こり――世界地図が書き換わる。
もちろんレティシアとラムザは、羽衣の異常な魔力に気付いているけれど……。
シルバーへの強い信頼が悪い方に作用し、「彼のやることならば大丈夫」と流してしまっている。
そのうえ当の本人である聖女様は、「いい仕事したなぁ」とホクホク顔だ。
(今のところ、羽衣は安定状態を保っているようだが……。大丈夫、なのか……?)
ゼルが冷や汗を浮かべていると、ルナはゴホンと咳払いをした。
「さて、私達はこれから天楼山へ向かいます。レティシア殿はこちらの<
「お気遣い、ありがとうございます」
「ツェリィさんは、ここでお待ちいただけますか?」
「はい、かしこまりました」
そうして出発準備を整えたルナは、
「では、行きましょうか」
「はっ」
「承知した」
忠臣ゼルと斥候ラムザを引き連れて、自身の黒歴史を回収するため、後ついでに教皇ウィザーを救うため、天楼山へ向かうのだった。
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【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】
本日、新作をあげました!
タイトル:怠惰傲慢な悪役貴族は、謙虚堅実に努力する~原作知識で最強になり、破滅エンドを回避します~
URL:https://kakuyomu.jp/works/16818093087479543721
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