4-2 セブンスターとアルコール

「智章だって社会人なんだから、それなりに飲んでるんだろ? 早くそれ空けろよ」


 なにも考えずに梨英の誘いを受けた結果、待っていたのは激しいアルハラだった。

 しばらくジョッキに手をつけていないだけで、梨英からは激しい叱責が飛んでくる。


「ちょ、ちょっと待って……。俺、あんまり強くないから」

「なんだよ、ちっとも成長してないのかよ」

「別にそれは成長するものじゃないと思うけど……」


 梨英から今日の予定を確認されたあと、誘われたのは昼からの飲みだった。電話を切った後に支度をして、大学のある飯田橋駅で梨英と合流をした。

 学生時代にも通っていた昼から開いている居酒屋で、いつぶりかの梨英とのサシ飲みだった。

 店に入るなり梨英は何杯もレモンサワーを注文し、あっという間に酔っ払ってしまった。


「ていうか、梨英って今はもう吸ってないんだ?」


 智章はふと、気になってそれを訊いた。

 昔、梨英の手元にはいつもセブンスターの箱があった。だが、大学時代は常に手元にあったそれが、昨日も今日も見当たらない。


「ああ。もう止めたっていうか……」

「いうか?」


 梨英はしばらく言いづらそうにした後、軽く頭を掻きながらこう言った。


「あたし、もともと吸ってなかったんだよ」

「え……? だって、飲み会の時とか、いつもテーブルの上に箱が置いてあったよね?」


 記憶違いのはずがない。智章の知り合いには喫煙者が少なかったこともあって、梨英のタバコは余計に印象に残っていた。


「あれは飾りっていうか……。もともと、バンドマンならタバコくらい吸えなきゃと思って買ったんだけど、咽るだけだし、持ってるだけだったんだよ」


 そういえば、確かにいつも手元に箱はあったが、実際に吸っているところは見たことがなかった。他に喫煙者がいないから気を遣っているのかと思っていたが、まさか。


(まじか)


 まさか、あのタバコがただの飾りだったなんて。セブンスターなんて、いかにもバンドサークルの人間らしいと思ったけど、それもそのはずだったのか。

 ぷっ、と、智章は思わず吹き出した。


「なに笑ってるんだよ」

「ごめん。なんだか梨英らしいなって思って」

「それ、失礼極まりないんだけど」


 大学生の頃、最初は梨英のバンドマン然とした見た目に怯んだけれど、実際の中身は真面目で真っ直ぐな女性だった。

 そんな話をしている間にも、梨英は3杯目のレモンサワーを空けようとしている。


「この流れだから言うけど、梨英って実はあんまりお酒も強くないでしょ」

「くっ、めちゃくちゃ痛いところ突くじゃん……」


 梨英の表情はすっかりとろんとしてしまって、誰が見ても酔っていると分かるレベルだ。


「この後は、もう何もないの?」


 ここまで酔っていると、今日はもう早くもここでお終いだろう。梨英はサッと店員さんを呼んで、4杯目のサワーを頼んだ。


「なにもないからいいんだよ。なんならもう、明日も明後日もどうなってもいいし」

「え」


 今日が日曜日で、明日からは平日に突入をする。当然、祝日ではない。


「あたし、マジで明日からどうなるんだろ。上司に喧嘩売ったうえに社長まで巻き込んじゃったしさぁ」

「別にクビになったりはしないでしょ。それに、悪いのは全部その上司なんだし」


 と、仕事の早い店員がレモンサワーを持ってくる。それを受け取った梨英はテーブルにも置かず、そのままぐびっと一口。


「けど、こんな仕事はもうイヤだ! もっとあたしらしい人生を生きたい!」


 梨英は叫んだ。

 久しぶりに再会をしてから、一番の叫びだった。


「あたし、夢でメイになって歌ったって言ったけどさ、あたしの歌で街のヤツらが立ち上がったんだ。世界が変わったんだよ。それと同じことが現実でだってできていいだろ」

「うん。梨英なら絶対できるよ」


 智章のその言葉は、慰めなんかではなく、心からの本心だった。

 梨英の歌には本当に世界を変える力がある。きっかけは単なるゼミのつながりだったけれど、そう本気で信じたからこそ、俺は梨英にゲームの曲を作ってもらうように頼んだんだ。


「ていうか、そういう智章はどうなんだよ。あたしがせっかく曲を書いてやったんだから、ゲームはちゃんと完成させられるんだろうな?」

「う、それは……」


 完成させなければいけないとは思う。

 けれど、自分ひとりの力では完成させられない。まだ蒼汰の力も、彩人の力も詩月の力も必要になる。

 果たして、その全員の力を借りることなんて、現実的に可能なんだろうか?


「俺だって創りたいよ。あのゲームも、他にも、もっともっと」


(少し、梨英に飲まされすぎたのかも)


 飲まされたのはきっと理由の一つに過ぎない。こんなにも心がざわざわとするのは、きっと梨英の真っ直ぐさに触発をされているんだ。


「あたしら、絶対もっとやれるはずなんだよ」

「うん、絶対そう。別に有名になりたいわけじゃないけどさ、絶対にどこかに一人は、俺の作るものを評価してくれる人がいるはずなんだ」


 今だって完全に火が消えたわけじゃない。梨英と話をしていると、それを再認識させられる。


「あと、誰?」


 不意に、なんの脈絡もなく梨英は言った。


「え、なにが?」

「ゲーム作り、協力してくれてないのは」

「えーと、とりあえず彩人と詩月かな」


 蒼汰については、これからも協力してくれる確約があるわけではないが、しっかりとやり取りはできている。

 問題なのは、その2人だ。


「彩人は、あたしじゃ無理だからパス。詩月なら……」


 途中で言葉を止めてから、突然梨英は立ち上がって言った。


「行こう」

「え、どこに?」

「そんなの決まってるでしょ」


 梨英は本当にあっけらかんと言った。


「詩月の家」

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