現実世界~4日目~ 「2つ目の街へ、その前に」
4-1 不可解なデータ
「朝だ……」
思わず口に出していた。こうしてあのゲームの世界から目を覚ますのももう4度目になるけれど、今回はこれまでと違う。
帰ってきた。ノインが死んでいないのに。
「こんなこともあるのか……」
これまでと違うことがあるとすれば、1つ街を突破したということだ。ひょっとしたら、1つ街をクリアするたび、セーブのような形で目が覚めるのかもしれない。
昨日寝落ちしてしまった名残で、今も部屋の電気は煌々とついている。ただでさえ眠っている間にゲームの世界を旅しているのに、まるで眠った気がしない。
何気なく、手癖で枕元のスマートフォンを手繰り寄せる。その画面を見た瞬間、昨夜のことを鮮明に思い出した。
「やば……!」
スマートフォンの画面には、梨英からの通知がいくつも並んでいる。文面を確認すると、どうやら昨夜のうちに音源を送ってもらっていたらしい。
慌てて通話ボタンを押す直前、ふと疑問が頭をよぎった。
(じゃあ、なんでメイは歌を歌えたんだ?)
本来、ゲーム内にデータとして存在しないことは起こりえない。だからこそ、メイは前回歌を歌えなかったはずだった。
だが、今朝の夢の中で、メイの中にいたのは梨英だった。だから、曲のデータがなくても歌が歌えたのだろうか。
智章はベッドから起き上がり、一晩中放置されてスリープモードになったPCを立ち上げる。
ゲームに使われる画像や音源は、すべて所定のネットワークドライブに保管されている。梨英から受け取った曲のデータを、まずはそこに保管しようと思った。
そこでふと、PCを操作する手が止まった。
(あれ、なんでもう曲のデータが上がってるんだ?)
智章が上げようとしたフォルダには、すでに梨英の曲と思われるデータが上がっている。当然、そんなものをアップした記憶はない。
まさか、寝ぼけているうちにアップしたのか?
一瞬、そんな考えが頭に浮かんだ時、覚えのないデータがその音源だけでないことに気づいた。
「違う――」
心臓がドッ、ドッ、と跳ねる。どうしてか、激しく緊張していた。
ゲーム制作の細かいシステムを智章は知らない。ただ、一見して違和感があるほどに、そこにあるデータは記憶と違っていた。
このゲームを最後に触ったのは大学4年の終わり頃。昨日の夜に蒼汰がバグの修正をしたが、ストーリーには何も関係がないはずだった。そのはずなのに、会話などのテキストを格納したファイルにも更新された跡がある。
何よりも不思議なのは、すべてのデータの最終更新日時が今朝の6時38分になっている。智章が目を覚ます直前の時間だ。
智章はゲーム制作のソフトから、その中身を確認していく。ファブリックの街のエピソードを探っていると、すぐにそれは見つかった。
(なんだ、これ……)
最初は単なる勘違いかと思った。パソコン上で何かの処理が走って、データの更新日時だけが書き換わった、とか。
けれど、それが勘違いなんかではないと確信をしたのは――。
「なんで、俺が出てくるんだよ……」
ゲームに組み込まれた会話部分。そこは本来、大学時代に作ったままでなければいけなかった。それなのに、どうしてかそこに”トモアキ”のセリフがあった。
それも、ただトモアキがいるだけではない。動きも、他のキャラクターの会話も、すべてがあの夢で起こったことそのままに記録されていた。
『トモアキ:なんだここ。俺、さっきまでなにして……』
『フィーア:兵士さんってことは、私のことを捕まえに来たんだね』
『ノイン:はあ!? なんでお前がオレに指図してるんだよ!』
心臓の鼓動がますます激しくなる。
初めてあの世界に転生して、交わしてきた会話や言葉のすべてが、すべてこのプロジェクトの中に記録されている。
トモアキが存在することも、梨英がメイになったことも、当時用意したシナリオとはまったくの別物だ。
まるでシステムが自動的にログを吐き出すように、あの世界のことがすべてこのプロジェクトにまとめられていた。
「なんなんだよ、これ」
智章は本棚に置いたガラス細工の人形を見る。剣を携えた少年を乗せた台座にはめられた星は、ノインの残機と同じ、残り4つまで減ってしまっている。
あの世界での出来事が現実に影響を与えることは予感していた。いよいよ、それはただの予感では済まされなかった。
(梨英と話をしないと)
もしあの世界が現実とつながっているなら、梨英はもう目を覚ましているはずだ。
智章は慌てて机に置いたスマートフォンを手にとって、梨英に電話をかけた。すると、それは2コール目でつながった。『もしもし?』という梨英の声はハッキリとしていた。
「早い時間にごめん。いま平気?」
『こんな早朝になんだよ。まあ、今日はたまたま早く起きてたから別にいいけど』
「ありがとう。曲のデータのことも」
昨日の夜、梨英は遅い時間に曲を送ってくれていた。まずはその感謝を伝えたかった。
『我ながら、結構いい曲ができたと思うよ』
「うん。すごくいい曲だった」
鮮明に思い出せる。メイとして歌っていた、あの梨英の歌声を。
電話口からはしばらく躊躇うような沈黙があってから、『あのさ……』と、梨英が遠慮がちに切り出した。
『今朝、夢を見たんだ』
「どんな夢?」
答えが分かっていながら、白々しく訊いた。
なにせ、夢の中で会っているんだから。
『あたしも、あのゲームの世界を冒険してた。どうしてか、あたしはメイになってて、メイの代わりに思い切り歌ってたんだ』
「うん」
『ゲームの中で歌うなんて恥ずかしかったけど、なんかすごいスッキリしたっていうか……』
梨英の言葉はそこで途切れる。
『なあ、智章は今日暇?』
梨英は突然そんなことを訊いてきた。当然、答えは決まっている。
彼女もいなければ友人も少ない社会人にとって、土日なんてたいてい退屈に過ごして終わるだけだ。
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