第20話 コロンブスの卵から、賢いヒヨコが産まれるとは限らない

失敗だ。

 作戦中止と労いの言葉をかけるために「縁の下の力持ち」たちを、我がフィアンセ、プティーさんの中華料理屋に招待する。厨房のプティーさん相手に、1人酒を呑むときにはカウンター席が私の定位置なのだけれど、今回の慰労会には未成年もいる。プティーさんは奥座敷用意するよ、と気を遣ったくれた。参加メンバには事前にメニューのリクエストを聞いたのだけれど、中華はよく分からない……という返事だったので、オーナーお任せのコースメニューである。

 メンバーは、富谷さんたちの同級生にしてピッコロ奏者・白石さん、篆刻の兄弟子にしてスピーチ講師・妹尾先輩夫婦である。

 先輩たちは、富谷さんに「一人漫才」の極意を伝授してくれていた。

 白石さんは、我が情報交換サークルをクラッシャーさせそうなオタサーの姫・丸森さんの阻止、である。

「肝心のサークルがなくなっちゃって」

 私は、レモン飴のお兄ちゃんが逮捕された顛末を、この恰幅のいい女子高生に語る。

 我が姪や富谷さんなら、招待主のスピーチもなんのその、一皿千円以上もする一品料理を鯨飲馬食するだけだろう。けれど、さすが社会人の彼氏持ち女子高生、白石さんは大人対応で、言い訳のいちいちを丁寧に聞いてくれた。

「そもそも、アキラちゃんを可愛くしようっていうのが、間違ってたんですよ」

 白石さんの慰めに、妹尾先輩がツッコむ。

「白石さん、そんな身もふたもないこと、言っちゃだめ」

 先輩のフォローにほろりとして、私はまた言い訳めいたことを言ってしまった。

「最初の1人、1.5次元のタカシ君は、うまくいったんだけどなあ」

「フルチンって、趣味悪いわよね」妹尾夫人は手酌で紹興酒ボトルを一本空けていた。

 私はジャスミン茶のお替りを頼んだ。耐熱ガラス製の特製ポットを持ってきたのは、弟のテンジン君のほうで、なぜかアラビアンナイトに出てくる怪しい絨毯売りみたいな恰好をしている。

「なにそれ」

「なにそれって……そもそも、卓郎さんが買ってくれたもんでしょう。名物講師養成のため、とか何とか言って」

「そうだったっけ……いや、そうだったな……でも、なぜに、中華屋さんのウエイターで、それ着てるのさ」

 プティーさんが、お茶につきあいながら、言う。

「アラジンと魔法のランプ。千夜一夜の物語だけれど、舞台は中国よ」

「そんな故事、思い出す人、いないよ」

 てか、中国を舞台にした話だったんだ……。

「TPOにあってない、とか言われないの?」

「今のところ大丈夫。逆に、お客さんの評判、いいのよ」

 一緒に写真を撮ってくれ……という常連さんが後を絶たないという。

「しかも、女の子ばっかり」

「モテ期、到来かあ」

 テンジン君は、少しばかり得意げに鼻をひくつかせ、言った。

「現在、石巻で四番目のイケメンです」

「なに、それ」

「そういうコンテスト、あるんです」

 石巻在住の男子限定、動画でも写真でもネットに上げてもらって、閲覧者1人一票で投票してもらう……という美人コンテスト? ならぬ美少年コンテストが、某SNSで開催中なのだそうだ。一位はショタコン好みの門脇の中学生、二位はコバルトーレ女川のサッカー選手、三位は石巻市役所水道課勤務のロマンスグレーのオツサン(土日は有名サーファーだそう)、そして四位はボク……とテンジン君はペラペラしゃべる。

「ふむ。それで、男っぷりを上げるために、アラビアンナイト、とな」

 妹尾夫人が、妙な舌なめずりをしながら、テンジン君を見据える。

 弟の貞操の危機? に慌てたのか、プティーさんがフォローというか、言い訳した。

「実は、テンジンに投票してくれている人、外国人さんばっか、みたいなのよね。言葉は正確じゃないけど、身びいきっていうか、テンジンも容姿だけはガイジンなわけで、純粋にカッコイイと思って投票してくれているわけじゃない、みたいで」

 妹尾夫人が、旦那さんに何か耳打ちする。

 いっぱしの漫才師たる者、どんな場面でも一席ぶつべし、主役をネタにすべし……というポリシーでもあるのかもしれない。どうやらテンジン君をネタに、ショートコントを披露してくれそうな感じ。

 けれど妹尾先輩は、奥さんが熱心に袖をひいても、考え込んだまま。エバンゲリオンのゲンドウ・ポーズのまま、固まったって感じである。

 私は、妹尾夫人にもチェイサーにジャスミン茶を勧め、先輩の覚醒を待った。

 やがて、先輩は「失敗じゃないかも」と言い出した……そう、奥さんじゃなく、私に、だ。


 翌日から、先輩のアドバイスに従って、行動開始である。

 一人漫才アプローチ改、妹尾バージョン。

 我が母校の陸上部、及び、その女子陸上部員の皆さんに許可をもらって、私たちは富谷さんを撮影することにした。カメラマンがヨコヤリ君ならいいよ……という条件付きで、許可はおりた。ヨコヤリ君は、今まで富谷さんの練習見学に行ったことはない。また、クラスメイトとして、彼女たち……女子陸上部員のみんなと、話し込んだこともない。けれど、彼女たちは2人の関係をよーく知っていて、しかも陰ながら応援してくれていた。

 根暗、マザコンと自虐するヨコヤリ君だけれど、実は、かなり好感度高い男の子、だったのだ。


 妹尾先輩の策……例のお疲れ会で授けられたのは、こうである。

「なあ、庭野くん。たった六人だけのエロ本交換サークルでなく、世界を相手に富谷さんの可愛さをアッピールするのは、どうだ?」

「どうだ、と言われても……」

「プロモーションビデオだよ。彼女の色気に焦点をあてた、十分くらいのビデオを、何本か撮る。で、ユーチューブに投稿」

「それで?」

「イイネ、をつけてもらうのさ」

 レクチャー方法論のカリスマ講師らしく、妹尾先輩は身振り手振りを交えて、説明し出した。

「庭野君の一人漫才アプローチの理論、ここで復習だ。つまり、21世紀初頭の現在の色気を色気たらしめているのは、マスメディアの倫理コードである。これは、旧来の宗教や慣習、判例なんかより、よほど強く我々のエロを縛っている、と」

「まあ、言い方はアレですけど、そうです」

「でも、庭野君のその屁理屈も、今や古くなりつつあると思う」

「と言うと?」

「今や、その倫理のスタンダードは、マスメディアではなく、ソーシャルメディアが握りつつあるんじゃないかな」

 そして、アメリカでは許容されても、日本では許されない色気……なんてのは、グローバルなネットの力によって、少しずつ無くなっていくのでは?

「具体的に、何が言いたいんです?」

「だからあ、ユーチューブだよ。動画というインパクトあるフォーマットで、世間一般の良識を守るというサイトポリシー。で、あるコンテンツは許容し、他のコンテンツはバンする、みたいな線引き。つまり、

何がダメなエロで、何がOKなエロかは、これから先、ユーチューブが決めるってことじゃないか。おそらくこの倫理……色気は、グローバルスタンダードになるよ」

「はあ」

「たとえば、おっぱいをほぼ丸出しで、ピアノ演奏をする女性のコンテンツがある。日本の良識派道徳派の人が『こんなのはお茶の間で流せない。卑猥だ18禁だ』と騒いだとしても、ユーチューブ運営が問題ないと言い、日本以外の他の国の視聴者が問題ないとするなら、たぶん、そのコンテンツはお色気的な意味で問題ない……となるはずだ。そう、世の中が、いや地球の世論というヤツが、許容するんだから。この例の場合、日本の良識派はガラパゴスで、井の中の蛙、扱いされる。同じ理屈で、富谷さんの色気を語ることが、できるだろう」

「重要なんで、少し、ゆっくり目に話してください、妹尾先輩」

「ああ。現状、ヨコヤリ・ママの認識では、富谷さんには、ママの考える色気とやらが備わってない、ということになっている。でも、その富谷さんの色気が、ユーチューブで評価されたとしたら。価値観の逆転だよ。ヨコヤリ・ママのほうが、狭量で独りよがり。富谷さんのほうが、世界に冠たる、イイ女ってことになる」


 こうして、ヨコヤリ君は、ガールフレンドの部活動姿を撮影するに至ったのである。

 わざわざグラウンドまで行ったのは、そもそも、この部活動姿こそ、ヨコヤリ・ママに「色気ない」とダメ出しされた姿だったからだ。つまり、逆に、練習中競技中の動画で、イイネと再生数を稼げれば、ヨコヤリ・ママの丸森さんびいきを、徹頭徹尾打ち砕ける、ということなのだ。

 時は、厳寒の候、である。

 ジャージだけでは、いくら走っても温まらず、上にウインドブレーカーだのベンチウオーマーだのを羽織ってナンボ、という気温である。しかし再生数とイイネ稼得のために、ヨコヤリ君は心を鬼にして、恋人に上着を脱ぐように命じた。身体から湯気があがり、レーシングトップ、レーシングショーツ姿の富谷さんは、輝いて見えたそうな。

 一般的に、陸上競技の大会・各試合の再生数は、男女で大きく違う。もちろん女子の部のほうが圧倒的に多い……現地での盗撮を含めて、あのユニホーム姿に魅了されるスケベどもが、ゴマンといる、ということなのだろう。

 鳥肌をたてながら、頑張ったかいあって、富谷さんの「現役女子高生選手・陸上競技・冬季トレーニング講座」は、三日で八万回再生という大ヒットになった。コメント欄には、スケベなオッチャンお兄さんのたわごとだけでなく、英語での応援メッセージも少なからず並んだ。そう、富谷さんの色気は、世界公認のエッチさだった、ということだ。


 白石さんが、タイミングよく丸森さんのユーチューブ・チャンネルを見つけてきてくれた。フランス人形のようなフリフリのロリータ服を着て、自作パソコンを組み立てる姿は可愛いかったけれど、あまりにニッチを狙い過ぎたせいか、再生数は富谷さんより、フタケタ少ない、寂しい結果になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る