第19話 革命的モテない理論

 ヨコヤリ君たちは、努力するのに、いい加減疲れていたのかもしれない。

 あってはならないチョンボに、私は、そんなふうに慰めるしか、なかった。

 そう、ヨコヤリ君と富谷さんの交際が、バレた。

 絶対バレてはいけない、情報交換サークルの面々に、だ。

 遠因は、こんなことを言ってはいけないんだろうけれど、バレちまったのは、富谷さんママの嫌悪のせい……かもしれない。

「とりかえばや」デートを咎められ、富谷さん家への出禁を言い渡されたヨコヤリ君は、正攻法にて彼女のご両親を説得しようと、した。

 そう、男装・ヨコヤリ君と、女装・富谷さんとのデートである。

 清潔感を出すべく、学生服のようなスラックスにワイシャツ、紺無地のネクタイに同じ紺のジャケット姿で、ヨコヤリ君は矢本の官舎を尋ねた。富谷さんママは、ヨコヤリ君の恰好を、上から下までジロジロ穴が開くほど眺めたそうだけれど、無言で玄関ドアにストッパーをかませた。

 OKサインだ。

 対する富谷さんのほうも、厚手のセーターにデニム地のジャンバースカート……そう、富谷さんが自分に許せる精いっぱいのフェミニンな恰好で、応じた。

 カップルの意図するところは、ご母堂にも重々通じたようだったけれど、2人をデートに送り出す時には、いつも通りの無言だったという。

 けんもほろろに、富谷さんママにドアをバタンと閉められた昨今からすれば、多いなる進歩……いや、巻き返しだ。

 私は、2人から電話をもらって、アドバイスしたものだ。

 なんなら、迷彩柄の服を着て、もっと戦闘向きのところをアピールしたら、よかつたのに、と。

 ヨコヤリ君の代わりに、富谷さんの苦笑が聞こえたものだ。

「そんな恰好だと、ウチの母、ヨコヤリ君をブートキャンプに放り込んじゃいますよ」

 ハートマン軍曹ばりの「鬼」ですから、と富谷さんはため息をつくのだった。


 富谷さんママとは対照的に、富谷さんパパが2人に協力的だったことは、明記しておくべきだろう。

 ママにしゃべっちゃったお詫びのシルシ……と称して、富谷さんパパは、このカップルにカラオケの割引券だのダーツバーのタダ券だのを、プレゼントしてくれたのである。

 アルバイトをしていない素寒貧カップルは、デートの資とすべく、ありがたくそんなタダ券を頂戴したそうな。数あるチケットの中には、高校生デート向きでない招待券もあった。河北ビッグバンで開催されていた、チャリティコンサートの指定席券である。演者はみんな小学生、慈善事業のためというよりは、チビッ子たちのピアノ発表会そのものだ。おおかた知人のチケットを押しつけられた富谷さんパパが、持て余し気味にくれたものなのだろう。

 日曜昼、マクドナルドで腹を膨らませた2人は、クリスマスツリーや折紙の輪っか・切り花できらびやかに飾り立てられたコンサートホールに向かった。案の定、客席はパパママ・おじいさんおばあさんで埋まっていた。けれど、1人、どう見ても異質な……明らかに要注意な人物がいた。首からバカでかいレンズのカメラを下げ、やたらローアングルでピアノ奏者たちを撮っている男。緑と灰色のチェックシャツは、腹のあたりが窮屈そうだけれど、小太りな体型とは裏腹に、軽快なフットワークでシャッターを切りまくっている。主催者が頼んだカメラマンではないは、すぐに分かった。なぜか、男の子が舞台に上がるときには、カメラを向けない……徹底的に無視、である。ピアノそっちのけで、客席に控えている小学生たちを……いや女子小学生たちばかりを撮る。お母さん方が、険しい表情で睨んでいるのにも、気づかないふり。会場スタッフが苦言を呈するのにも、馬耳東風だ。

 ヨコヤリ君は、最初から、気づいていた。

「レモン飴のお兄ちゃん」

 彼氏に続いて、富谷さんもその存在に気づいたとき、レモン飴のお兄ちゃんは、とうとう会場からつまみ出されてしまった。

 デートの最中とは言え、いったい何事かと気になったヨリヤリ君は、トイレに立つふりをして、このにわかカメラマンの後を追った。レモン飴のお兄ちゃんは、ロビー入口、駐車場側自動販売機脇に佇んで、トイレから出てきたばかりの女子小学生にホットレモネードをおごるところだった。

 そう、こんなふうにおあつらえ向きの自販機がなければ、彼の代名詞にもなっている「レモン飴」にて、獲物をワナにかけているんだろう。本日の演者の女子小学生たちより明らかに幼い……妹か従姉妹か、そんな感じの小学校にあがったばかりのターゲットをトリコすると、このロリコン男はバチバチと遠慮なくフラッシュを焚いて撮影し始めた。コンサートホール内と一緒で、やたらローアングルで……。

 しゃがんだり、寝そべったり、様々体位を変えて「レモン飴のお兄ちゃん」はシャッターを切り続けた。フラッシュに目がくらんだのか、バチバチ瞬きをやめない被写体に、今度は靴を脱いでベンチソファに上がるように命ずる。何をされているか分からない女の子が素直に応じると、今度は、なんとスカートをたくし上げるように命ずる。

「びーーーーー」

 耳につんざくような防犯ブザーが、鳴る。

 モデルをしていた女小学生が驚いて、少し泣き出す。会場ホール入り口には、猫耳ニット帽をかぶった「お姉さん小学生」(五年生くらいだろうか?)が、プリキュア戦士ようなキメポーズで、ハート型のピンクの防犯ブザーを構えていたのである。中年女性が四人、ドアを蹴破るように出てきて、目ざとく性犯罪者に気がついた。「レモン飴のお兄ちゃん」は、カメラの重みでヨタヨタと、駐車場のほうに逃げ去ったのである。彼が利口だったのは、そこからクルマで逃亡するのではなく、自転車で、旧河北町市街地に走り去ったということだろう。駐車場の監視カメラは、ナンバープレート等を撮影するように設置してあって、北上川河川敷に自転車で逃げおおせる、というのは想定していなかったのである。

 脱兎のごとき計画的逃亡は、本当なら、成功していたはず、だった。

 そう、ヨコヤリ君たちが、偶然デートで居合わせなければ。

 唯一の大人の目撃者、ということで、当事者の女の子たち同様、ヨコヤリ君も警察の事情聴取を受けることになった。「知らぬ存ぜぬ」で押し通すこともできただろうけれど、ヨコヤリ君は、心を鬼にして、情報交換サークルの仲間を、告発することにしたのである。


 警察が彼のアパートに踏み込む前に、「レモン飴のお兄ちゃん」はヨコヤリ君たちの秘密を暴露した。

 LINEでサークルメンバに一斉にメールを飛ばした。

 そう、ヨコヤリ君は、年齢イコール彼女いない歴の非モテ男なんかじゃなく、富谷さんというレッキとした彼女がいる、ということを。


 臨時総会、なんていう大袈裟な名称が似合うようなサークルではないけれど、とにかく「レモン飴のお兄ちゃん」を除く残りメンバーで、集合することになった。所用でいけない私の代わりに、ヨコヤリ君その人が会を仕切る、と申し出てくれる。メンバーの1人が逮捕されたとしても、自分たちはやましくないはず……なのだけれど、彼らは顔をつき合わせるや否や、神経質に、警察の動向について、情報交換し出したのである。

「……本当に、やましいことは、何にもないんですね?」

 他メンバーたちのあまりの真剣さに、ヨコヤリ君は不安になった。

 今回の会合は、「レモン飴のお兄ちゃん」とのエロ本貸し借りをどうするか、という話合いだった。「ブツ」は全部合法のもの、のはずだけれど……。

「本当に、合法だ」

 光速のタケシ君が、虚ろなまなざしで宙を睨みながら、ブツブツつぶやく。

「じゃあ、なんでこんなところで、会合なんだよ」

 矢本の滝川公園、小高い丘てっぺん近くの東屋に、サークルメンバーは集合していた。わざわざこんな吹きさらしの場所を選ぶのは、何かを警戒して、としか思えない。太白真人は、「お前らのせいで職場をクビになったら、一生恨んでやるからな」と怒鳴り散らした。

 いつの間にか、多分本人も自覚もないまま、光速のタケシ君がダラダラと涙を流して言った。

「僕も、逮捕かなあ……」

 そんなことより、アイツのメール内容を問題にしたい……と、トウヨ君は富谷さんの横顔を冷たい目で睨みつけた。「トウヨ君に賛成」と「留年の甚六」さんも、海老茶のマフラーを巻きなおしながら、つぶやく。甚六さんの声は小さかったし、場を仕切るようなタイプでもなかったけれど、彼の一言で雰囲気が変わった。

 トウヨ君は、声を張り上げた。

「逮捕されたことは、逮捕されたヤツらの問題。

逮捕されそうだってことは、逮捕されそうなヤツの問題だ。どうやら、該当するロリコンは1人だけみたいだしな。な。前科者」

「前科者って、言うなーー」

「だって、本当のことだろ」

 光速のタケシ君とトウヨ君は、取っ組み合いの喧嘩になるところだった。

 太白真人が、全員に、もう一度確認する。

「アイツから、ロリコン画像をもらったのは、光速のタケシ、ただ一人なんだな?」

 全員がうなずく。「じゃあ、この話はこれで終り。貸し借りの清算は、アイツがシャバに出てきてからにしようぜ」

 トウヨ君は、「だから、ヨコヤリたちを尋問しようぜ」と尻が落ち着かない。

「ウソはすぐにバレるからな」

 ヨコヤリ君は、富谷さんとアイコンタクトをとった。

「全部、話すよ」


 五分くらい、かいつまで話したつもりが、30分の大演説になってしまった……とヨコヤリ君は言う。

 太白真人がメモをとっていて、まとめた。

「……じゃあ、何か。ヨコヤリ君と富谷さんは、ひょんなきっかけから男女交際になった。でも男っぽい富谷さんのことを、ヨコヤリ母が気にいらない。もっと女ッぽい彼女がいい。しかし富谷さんに変身なんてムリ。それで、母親の愚痴に答えるべく作戦を敢行した。独身でモテない男サークルを作って、その騎士たちに、姫と称えられるところを、母親に見せつければいい、と」

「おおむね、合ってます」

 ヨコヤリ君の代わりに、富谷さんが肯定する。同時に、トウヨ君が叫んだ。

「サギだ。オレたちを騙してたんだ」

「全面的に謝ります。でも、聞いてください。悪意があったわけじゃなく、悩んで悩んで悩み抜いた結果なんです」

 作戦を練ったのは庭野センセだな、と太白真人が指摘し、ただただ富谷さんはうなずいた。

 トウヨ君と「留年の甚六」さんが糾弾側に回る。太白真人と1.5次元のタカシさんは冷静に2人をなだめてくれた。光速のタケシさんは、自分の世界に入ったままだ。頭を抱えて、ブロンズ像みたいにかまってしまった。

「素朴な疑問なんだけど」と1.5次元のタカシさんが右手を挙手する。「どうやって、色気が出たって証明するのさ?」

「言いにくいんですが……」とヨコヤリ君は、例のフルチン写真をママに見せた顛末を語った。さすがの1.5次元のタカシ君も顔を真っ赤にして怒り出した。太白真人は最後まで冷静で「どうせなら、全員に袖の下を払って、ヤラセ、すれば良かったのに」と言う。

 それも当に検討済なんですよ、とヨコヤリ君は肩をすくめるしかなかった。

 怒り疲れたのか、それとも寒さのせいか、目の下にクマを作ったトウヨ君が、「もう帰る」と言い出し、周囲が引き留めるのも聞かず、公園を去った。「丘陵の上だから寒いよね」と甚六さんも白い息を吐きながら、階段を降りていった。1.5次元のタカシさんが、光速のタケシさんに肩を貸し、駐車場まで連れていった。

 最後に腰を上げた太白真人は、私への言伝を残した。

「方法論は悪くない。どころか、多分、唯一の方法なんだろう。でも、間違ってる。どこが間違ってるかは分からないけれど、どこかが間違ってる」

 せっかく作ったサークルが瓦解して、ヨコヤリ君は放心状態だった。その日、どうやって家に帰ったのか、覚えていないほど落ち込んだ……。

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