エクス・バトリング

甘夏

1

 赤羽栞あかばねしおりは背に腕をまわし、リコイルスターターの紐へと手をかけた

 そして強くそれを引いた。

 低く唸るトルク音とフィンの甲高い音が鳴り響く。


「ついに決勝戦だね、栞ちゃん」

「……ですね。夏音先輩」


 エクス・バトリング、インターハイ地区予選、決勝。

 このスポーツは5対5のフィールド競技で、すでにバトルフィールドには10名のプレイヤーが配置についていた。各々の背には小型の掘削機であるEXCエクスキャベーターを装着し、栞同様すでにそのエンジンを唸らせている。


 浅く息を吸い、栞は周囲を見渡す。

 フィールドはブロックの積まれさながら迷路のようだ。

 ブロックは基本的には破壊不可能な灰色のものと、ドリルで破壊可能な黄色く色づけられたものとに分かれる。破壊可能なブロックをリーフと呼ぶ。

 フィールド真ん中のハーフラインを境に、味方陣地と相手陣地に分かれており、試合開始時は、互いの陣地を超えることはできない。


 栞とコンビを組む2年の響木夏音ひびきかのんはオフェンスであるオーガードリル持ちのため、ハーフラインに近いブロックの上で待機していた。

 残りの3名はディフェンスであるグレーダー盾持ちで、左から栞と同じ1年の葵島一花あおいじまいちか、真ん中に2年の真弓星月まゆみほしづき、そして右に2年の小鳥遊たかなしひなたが位置していた。


 星月の後ろにあるリーフが最終防衛すべきリーフで、エンド・リーフまたはエンドと呼ばれる。これだけは黄色と赤色のマーブル色で、このエンドの中には大型のダイヤモンドが埋め込まれており、相手チームのダイヤモンドを先取したものが勝ちとなる。


「栞ちゃんがいなきゃ、ここまでは来れなかったと思うんだ。年下のあなたに、何度も助けられてここにいる。先輩としてはちょっと情けないことだけど。だから、ありがとね」


 フィンの音がさらに高いものに変わる。

 それは一度は離れた夏音が栞に近づいたためだ。EXCによるジェット推進により、その一歩は大きな跳躍となって10メートルの距離を一瞬でゼロにする。

 夏音の手がEXCを背負った栞の肩に触れる。

 稼働する機械からの熱とは違うタイプの熱がじん、と栞へと伝わる。その手に自らの手を重ねる。


「感謝するべきは……私のほうです、私をバトリングに誘ってくれたのは夏音先輩ですから」


  △


「嬢ちゃん、決まったかい?」

「あ……の、えっと……うーん、や、やき……」


 数ある市内にある坑道の中でもメインストリートにあたる第3マインストリートの一角。移動式店舗のクレープ屋のまえでうまく注文が伝えられずにいた。

 というのも……。高校生にもなれば、放課後に友達と買い食いしたりするために寄り道をするもの。

 そんなステレオタイプな青春を夢見ていた栞は、余興練習のつもりで繁華街に訪れたものの周りに一人ぼっちの子なんていうのは自分だけという状況に逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。

 それに加えて、傍目にヤのつく人にしか見えない強面の店員のもつ威圧感は耐え難く、完全に固まってしまっていたのだ。


「焼き芋クレープが、いいのかなー?」


 ぼそりと、耳元で囁く声。

 その声にもびくりと体が跳ねてしまう栞に、あ、ごめんね。と再度優しく声をかける少女。栞より少し背の高い少女が上級生なのだというのはネクタイピンの翠色ですぐにわかった。翠は2年。青が3年で、栞のしている1年のものは赤色だ。


「……いえ、あの。はい、焼き芋のが……食べたいです」

「おっけ! 大将! 焼き芋クレープふたつ。この子と、私のぶん。クリームいっぱいね。質より量で!!」

「おいおい、夏音ちゃん。うちのは質もピカイチのを使ってんだ。ほら、クリーム多めな。嬢ちゃんも。はじめてだろ? これから贔屓にしてくれな」


 強面の店員からそれぞれ同じクレープを受け取る。

 栞は声を出せないまま、深々と何度となく頭をさげる。そして、向きを変えて隣にいる上級生に対しても頭をさげた。


「いいよいいよ、で、一人ならさ。一緒にたべない?」

「……」

「あー、嫌かな……?」


 目をぱちくりとさせながら、首をふるふると横に振る。


「それならよかったよ。えっと、どこにしようかな」


 栞はその言葉に無言で後方へと指を指した。そこは栞がすでに荷物を置いて場所をキープしていたベンチだった。


「席とってたんだ。準備いいね!」


 栞はベンチに置いたEXCと鞄を脇に寄せて、ふたり並んでベンチに座る。

 無言でクレープに口をつける。


「その顔は、美味しいって顔だね」

「……。……はい。すごく。いままで食べた中で、いちばん。かも」

「それなら、安心したよ! 私ここのクレープ大好きなんだ。大将はちょっと怖い顔してるけど、優しいしね。それにさ、なかなか坑道街じゃ上質なミルクって手に入らないからさ、やっぱり貴重だよね。まー、芋はどこにでも転がってるけどさ」


 うんうん、と小さく声に出しながら栞は夏音の話に聞き入る。

 人工の月明かりが、天井に張り巡らされた坑木の隙間から照らしつけていた。


「そういえば、あれってさ。エクスキャベーター、だよね?」

「……はい」

「んー、いいね。私もさ……」


 そこまで夏音が言いかけた時、子供の声が響き渡った。広い坑道とはいえ、子供のような甲高い声ともなると反響し大きく聞こえる。

 栞と夏音が声のするほうへと目を向けると、まだ小学生低学年くらいの男の子が天井を見上げていた。

 今にも泣きそうな顔をしている理由は、その天井を見ればすぐにわかった。


「あちゃぁ、風船が飛んでっちゃったのか。ありゃさすがに諦めるしか……」


 7メートル程の高さの天井の梁にあたる坑木にひっかかった風船。

 当然、大の大人が肩車したって届くような距離ではない。


「……これ、持っててください」

「え? ちょっ……」


 栞は食べかけのクレープを夏音に押し付けると、脇に除けたEXCに手を伸ばす。

 業務用機械を簡易化した小型のものとはいえ、十分な重量のある掘削機を肩に背負う。制服のポケットから取り出した鍵をイグニッションへと差し込む。


「……ごめんなさい、皆さん少し離れてください!」


 EXCの右下にとりつけられたリコイルスターターを右手で掴み、一気に引いた。

 ロープと連動したクランクシャフトが回ることでエンジンが始動する。

 規則的なエンジン音。背後から全面へと伸びる金属フレーム。栞はそのフレームの先にある左右のハンドルをつかむ。

 右がアクセル、左がブレーキ。

 その右のアクセルをゆっくりと握り込むことで、エンジン音が変わる。トルク音に混じりフィンの甲高い音が重なっていく。同時に栞の後ろには風が生まれる。

 制服のスカートがひるがえる。

 一歩、二歩、ローファーが整備され均された坑道の土を踏む。助走の果てに、強く地面を蹴った。

 飛び上がった栞の身体は、そのまま上空へと舞い上がり、一気に天井へと突き進む。

 そして、梁にかかる風船から垂れ下がった紐へと手を伸ばした。



「おかえり、お手柄だったね。でも、ごめんねクレープこんなんになっちゃってて」


 男の子に風船を届けた栞を、しなしなになったクレープを手に迎え入れる夏音。罰の悪そうな表情の彼女に、栞は苦笑いで返す。

 ベンチに座った栞はまた無言で、小さく口を開いて柔らかくなったクレープをついばんでいく。そんな姿を夏音は見つめていた。


「……あの、先輩。さっきの話なんですけど」

「え、えっとー……なんだっけ?」

「エクス、キャベーター……の」

「ああ、私もね、乗ってるんだ。でさ、えっと、ごめん。まだ名前聞いてなかったね」

「……栞です。赤羽栞、1年です」

「栞ちゃんね! 私は2年の響木夏音。エクス・バトリング部のこれでも部長をやってるんだけど」

「……バトリング?」 

「うん。キャベで戦うスポーツ競技なんだけどね。栞ちゃん! 私と、私たちと一緒にバトリング、やってみない? さっきの動きを見たからってわけじゃないんだけどさ。いや、あー、さっきの見たからってのはそうなんだけど」

「……?」

 頭を掻きながら口籠り、栞から目線を逸らす夏音。

「いい子だなー……って思ったんだよね。知らない子のために動けるところとか、私、感動しちゃってさ。そういう子と、一緒にやりたいって思ったんだけど。どう、かなー。なんて」


 栞はクリームがついて汚れたままの口角をあげて、ぜひ。と告げた。


  △


「感謝するべきは……私のほうです、私をバトリングに誘ってくれたのは夏音先輩ですから」


 その言葉に夏音ははにかんで栞へと手を伸ばす。

 ぱちん、とハイタッチの音がした。それを合図にしてふたりは再び左右に距離をとった。

 フォーメーション通りに位置につく。

 栞が目に入れたのは相手陣営内の最終ライン。黄色と赤のマーブル色のブロック。エンドと、それを守る各グレーダーの位置取りをみる。


「兵は拙速を尊ぶ、だよ。栞」

「……わかってます。ホイッスルと同時に。ですね」


 狙いは栞の機動力を生かした先制攻撃。

 全国大会常連校である相手チームのグレーダーを破るのは容易いことではない。だからこそ、隙をついてスピードで勝負する。

 左右にグレーダーが距離をとっているスタートの段階においては、センターに位置するグレーダーを剥がせば、勝機は見える。

 そう考えてのことだった。


「……3、2、1」


 小さく呟く、そしてホイッスルが鳴ったと同時に栞はアクセルを全力で握りしめた。大地を踏みしめて、その踏切でもって一気に前進する。

 その跳躍は飛行ともいえるものだった。


「……速攻!?」


 一人、二人。

 栞は相手チームのオーガーを脇目に一気に最終ラインへと突き進む。

 当然、左右に開いていたグレーダーが中央へと集まるが、それでは遅い。


「よし、栞そのまま突っ込んで!」


 司令塔である夏音の声が耳に入る。

 栞のEXCは超軽量型ではあるがドリル付きのオーガータイプだ。

 その小型のドリルを突きたてながら一気にエンド・リーフへと向かう。


「させないわよ!」

「……っ」


 相手のフロントグレーダーがエンドと栞の間に入り、ドリルを盾で防ぐ。

 ギュン、と高い衝突音がして、火花が飛び散る。最初こそ、ぐっと奥に押し込んだ感覚を覚えたものの、栞のドリルはそこで止まる。


「惜しかったわね、でも。貴女の矛じゃ私を貫けない! さぁ、ここから出て行きなさい」


 栞と対峙するグレーダーはそのままエンジンの推進力を高めていく。

 負けじと栞はアクセルを握る。


「……負けない」


 その瞬間、相手の盾が引かれた。


「え?」


 宙に浮いたような浮遊感があった。が、それも一瞬のこと。

 引いた盾が叩きつけるように栞の身体を押し返す。


「……シールドバッシュ!? やられた」

「ナイス、キャプテン! あとは、あたしらが!」


 ハーフラインまで弾き飛ばされた栞を待ち構えていたように二人の相手オーガーのドリルが迫る。

 バトリングの戦略には大きく分けて二つある。

 一つは栞たちが狙ったエンドへの直線的なオフェンス手法。これをシーカーという。もう一つは、相手チームのEXCを破壊し、手薄になったところでエンドを狙う、クラッシュだ。

 いま、相手校がクラッシュを狙っていることは明らかだった。


「栞ちゃん!」

「……ここは私が引きつけますから、夏音先輩はエンドを狙ってください!!」

「わかった……!」


 栞のもつドリルよりもさらに長く強大なそれの攻撃を、機動力を武器に避けていく。

 右に、左に、繰り出されるドリル。

 それを細かなステップとアクセル操作を駆使して躱す。

 しかし、2対1で、さらに全国レベルのオーガー相手となると限界がくる。


「……だめ、やられる!」


 オーガーの狙いは栞のEXCの破壊だ。前からのドリルを避けるため後方へと飛んだ栞を待ち構えるように、放たれたもう一人の相手オーガーの一撃が栞の背を狙っていた。

 閃光。

 飛び散る火花と金属片。

 それは、栞のものではなく、相手オーガーのドリルの一部だった。


「なに一人で試合やってんのよ」

「……、一花。ありがと」

「勘違いしないで。チームのためだから! あんたを助けたわけじゃないんだからね」


 間一髪で栞の身体を突き飛ばして、間に入ったのはレフトグレーダーの一花だった。彼女のもつ大型の盾が相手のドリルを上回った結果だった。


  △


「どうして、インターミドル全国エースである私、葵島一花が! オーガーじゃないのよ! 響木先輩がやるのはわかるけど……素人同然の赤羽さんになんて任せられない」

「……あの、えっと……ごめんなさい」

「任せられない、か。まぁ、一花ちゃんがそういうのはわかるよ。うん。でもね、それは栞ちゃんの動きを見てからでも遅くはないんじゃないかな」


 エクス・バトリング部のミーティングのなかで、声を荒げていたのは栞と同じ1年で、バトリングの経験者でもある葵島一花だった。

 議題はポジショニングについてで、中学からオーガーとしてオフェンスをしていた一花をグレーダーにコンバートするというもの。

 栞はすでに実績のある一花にオーガーを譲ろうとしたが、それをキャプテンの夏音が断行しようとしていた。


「赤羽さんの動きを? そんなの基礎練習でなんども見てるわ。どんくさいし、声も出さないし。そもそもチームプレイができるタイプには見えないですけど?」

「まぁ、栞ちゃんはね。そういうタイプじゃないよね」

「……ごめんなさい」

「いいのいいの、責めてるわけじゃないからさ。でも、誰よりも先にグラウンドの整備もして、みんなのキャベのメンテもやってくれてる。それってチームワークじゃないかな」

「……そうですけど」

「でもね、いま一花ちゃんに見て欲しいのは、もっと実践的な部分かな。経験者の少ないうちみたいなチームは、1対1でのデュエルをしかけても打ち負ける可能性が高い。クラッシュの戦法は使えないのよね」

「はい……そうですね」

「そうなると、シーカーで攻めることになるわけだけど、そこで栞ちゃんの機動力が武器になるの。そして、一花ちゃん。あなたの高い経験値があれば十分相手オーガーに立ち向かうときの守りの要になれると、私は思ってる」

「……それでも、私は!」

「それじゃあさ、二人でデュエルして決めよっか」


 グラウンドで対峙する栞と一花。

 小型のドリルを構える栞と、大型のそれを持つ一花では、リーチの面では後者に分があるようにも見える。


「やけにお気に入りじゃない?」

「わかるー?」

「あんたが、1年のとき、わたしにも同じこと言ったもの『ディフェンスはチームの要だから、上手い人がやるべき! 私がオーガー、星月はグレーダーって』ね」

「そう。だから、一花ちゃんはグレーダーをやるべきだって私は思ってるよ。で、お気に入りなのは、ふたりとも! んー、良い後輩に恵まれて私は幸せだ」


 夏音と星月が見守るなか、1on1でのデュエルは始まった。

 機を狙うように、じっと矛先を構える一花へ、高速の突きを繰り出す栞。

 それを既の所で最小限の動きだけで一花は躱していく。

 フィンの音が高いものに変わっていく。速度をあげる栞の猛攻に、少しずつではあるが一花は後ずさりする。


「おー、焼き芋クレープだね〜」

「……なによそれ」

「質より、量ってこと」

「いや夏音の言ってること全然、わかんないんだけど」


 躱すだけではいられず、互いのドリルの刃先が干渉を始める。飛び散る火花のなか、一花は栞の手が緩むそのときを待つ。


「……いまね。チェストぉ!」


 放たれた一撃が、栞を捉える。ことはできなかった。

 瞬間、栞は足先に力を込めた。ただ、宙に跳躍するための一歩。浮き上がった身体をジェットの推進力が垂直に押し上げていく。

 しかし、空中で前のめりにバランスを崩した。

 不恰好ながらドリルの一撃を飛び越える形で避けた栞は、そのまま身体ごと一花に飛び込んだ。


「私の攻撃が……避けられたなんて」

「……痛たたた。うまく避けれたと思ったんだけど。ごめんね葵島さん、大丈夫?」

「……私の負けよ。赤羽さん」

「ううん、違う……見て、私のドリル。もうボロボロで、たぶんこれだとリーフを壊せない。葵島さんの勝ちだと、私は思う」

「そう、それならなおさら、わかったわ。私がグレーダーで、あなたがオーガーよ。あと……、同じ1年だもの。一花でいいわ」


  △


「栞、あなたはもう一度さきに行って、響木先輩の援護を!」


 相手オーガーのドリルをシールドで捌きながら、栞へと一花が叫ぶ。


「ありがとう、一花」


 ブロックの上での攻防を避けて、栞は下に降りて走り出す。

 残った一花は、相手オーガーの二人と対峙する。


「さぁ、二人まとめて私が相手してあげるわ」


 栞が駆けつけた相手エンドの手前では、夏音とともにライトグレーダーの小鳥遊ひなたの2人が、敵チームのグレーダー3人を相手に攻めきれないでいた。

 ディフェンスでありながらもシールドを駆使した攻撃を得意とする常勝校のグレーダーに対しては、迂闊に踏み込めないでいたのだ。


「しおりん、来てくれたんだね〜」

「ひなた先輩! はい、オーガーは一花が抑えてくれてます」

「いっちー、さっすが〜。じゃあ、これで3人同士ね」


  △


「あの……。ひなた先輩はどうしてバトリングを? 冗談っぽく星月さんが、夏音先輩が先輩をひっぱてきたって言ってたのは聞いたことあるんですけど。あんまり、ひなた先輩ってこういうスポーツするタイプに見えないっていうか……いや、あの私が言うのもあれなんですけど」

「あはは。だよね〜そうだね〜ひなたもそう思うよー。だって怖いもん。油の匂いもするし」


 部活の時間も終わり、人工灯が月明かりの色へと切り替わる頃、グラウンドに残った栞とひなたは二人でEXCの点検を行っていた。隔週で持ち回りの当番によるものだ。


「引っ張ってこられたっていうのは、ちょっとだけ違うかなー」

「そうなんですか?」


 レンチでドレンボルトを緩めて外すと、そこからは黒いエンジンオイルが流れ出てくる。

 それをトレイで受けオイルがすべて出尽くすのを待つ。


「しおりんは、BCって知ってる〜?」

「えっと、たしかブローイングケーブのことですよね、全国大会のフィールドの」

「ぴんぽんぴんぽん! 大正解だよ〜。そこってすごいんだよ、名前の通り、本物の風が吹いてるの」

「本物の……風。それって、地上の風ってこと、ですよね」

「そう! そうなの! ひなた、いつかね。この坑道からでて、お空を見てみたいんだよね。絵本くらいでしかしらないんだけどね。きっと本当の月の光って綺麗なんだろうなーって思って」


 すべてオイルを出し終えたことを確認して、栞は再びボルトを締める。


「月? 太陽じゃなくて? あ、オイル入れて大丈夫ですよ」

「うん、そう、月! ほら。ひなた達はずっとこのなかにいるでしょ? だから太陽は直接見ちゃったら目が病気になっちゃうからサングラスが必要って言われてるでしょ? でも月だったらこの目でも見られるじゃない?」


 新品のオイルをゆっくりとした所作で注ぎながら、ひなたは話を続ける。


「でね、BCって夜になると、風だけじゃなくて少しだけ月明かりが漏れ出してるんだって聞いたことあってずっと憧れてたんだ〜。かのんちゃんがね、連れて行ってくれるって言ってくれたからね、ひなたはここにいるの」

 

  △


「ひなた、栞ちゃん。ぜったい勝とう。勝ってBCに。月明かりをこの手に掴みにいこう、ね」




 


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エクス・バトリング 甘夏 @labor_crow

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