第3話
毒虫を追い落とすのは難しくない。なぜなら、1ヶ月だけタイムレコーダーを忍ばせて記録すればいいだけだ。44.1kHzの16ビットは1秒間につき88.2KB、長くて8時間なら28,800秒、約3GBもメモリが必要らしい。
これを30日間続けるとすると90GBもメモリが必要になる。これだと128GBのSDカードで足りるだろう。パワハラの証拠として提出するには重すぎるが……。仮にCDで送れと言われたら129枚のCDを焼くことになる。
善は急げとSDカードで録音できるレコーダーを買った。いい買い物になった。
早速、スーツに忍ばせて定例の怒られを記録した。フロアに響き渡る大声であればきっちり録音されているだろう。ただ、振り返って毒虫の声を聞く気にはなれず、その日一日の記録は最後まで録音できたと思うことにしよう。
このような考えを巡らすと気分がいくらか楽になった。残業することに変わりはないが仕事が楽になったと感じた。はてさていつまでこれを続けよう。
私は少し浮かれていた。仕事でミスがあったのだ。すぐにリカバリが効く内容ではあったが、チケットが切られていて毒虫に知られることになった。毒虫はそれ見たことかと烈火の如く怒り、フロアを沸かせていた。とにかくうるさい。バッチリ録音できているとは言え、これでは音が割れてしまうと考えていた。
毒虫は怒り疲れたのか、怒りの矛先がどこかへ旅に出かけ、個室でイライラしながらゲームを嗜んでいた。まるでイヤイヤ期の子供のようだった。
私は仕事に戻り相変わらず残業することになった。
不思議なことに、つい最近に労基から怒られがあったのに過労死ラインの残業が続いている。是正勧告が出たらしいが現場レベルでは定時に帰る連中が増えただけだろう。私のように業務時間が奪われる人は少ないようだ。
形式的に残業してないアピールをするために、定時から30分後には全フロアが消灯することになった。消灯されると何が困るかと言うと、足元どころか目先のものも全く見えないのだ。スマホのライトを頼りに何もかもやらないといけない。電気がついていた頃はカフェやビールを嗜むことも許されたが、あたりが真っ暗でディスプレイの明かりだけついていると、ビールを飲むと言うだけで実に退廃的な気がした。
私がビールを飲んで嗜められないのは、やはり毒虫の件がある。私だけ一方的に怒鳴りつけられているのだ。それだけ業務時間が圧迫されて残業の形で響いている。残業している人は何人かいたが、それでも私より帰宅が早い。守衛さんと仲がいいのは何とも言い難い。
是正勧告に対する施策として、今度は20時以降、サーバフロア以外のブレーカーを落とすと言い出した。つまり、20時までに一旦は仕事を保存する必要があるのである。毒虫は生きているのにそんな殺生なと思った。私の仕事は残ったままで終わらないのである。
完全消灯対策に、私はポータブル電源を持ち込んだ。充電は会社の電源でやればいいだろう。私の仕事が終わらない以上、仕事が終わるまではパソコンが動いていないのはおかしい。
幸い、大容量のポータブル電源なので8時間残業しても落ちる気配はない。あたりは暗いがありがたいことにディスプレイが照らしてくれる。暗い雰囲気の職場にはビールがぴったりだ。
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