12話

翔颯かけはやては闇を怖れない子だった。

だからすっげぇ真黒だなぁって思いながら、暗渠に潜んでいる筈の杖化け物に声を掛けた。


「お待たせーにーさん。あのさー杖さーちょっとさーぶっけちゃってさー…」


いつも通りの対応をして貰えると翔颯は思っていた。

けれど返答が無い。

やっぱり、杖をぶつけたのは不味かったのかも。

それとも、持ってきた事自体がいけなかった?

困らせた?

嫌がられた?

でも本当に嫌だったら言霊を使えば良かったんだ。

使わなかった杖化け物が悪いのか?

約束を、守ってくれてる杖化け物が?

翔颯は杖をぎゅっと握り絞めた。


「にーさん…勝手、して…ごめんなさい…」


杖化け物から返答が無い。

翔颯は混乱した。

どう、したらいいのか。

わからないだっていつもはずっとお話してくれてたから。


待っても待っても返事が無くって、心臓の鼓動が後頭部に響き渡る。

でも杖。

杖は、渡したい。

それだけでも、果たしたい。


翔颯はどうなってもいいからと、暗渠へ入ろうとした。


「止まれ」


「っ!」


言霊ではなかったが翔颯は足を止めた。

恐い声でもなかったが翔颯は留まった。

ただ止まって欲しいという想いが、足の裏を地面に縫い留めたのだ。

どうしても来て欲しく無いのだと、三文字で理解させられてしまったのだ。


「…小僧…悪い話ではない。今すぐ引き返せ」


ようやく聞けた声は正面から、本当にすぐそこに黒の中に居るんだっていう距離感で、明らかに優しいものだった。

困っている戸惑っている、そんな風でもあったが、優しさや気遣いが前面にふわりと存在してるのだ。

翔颯はホっと胸を撫で下ろした。

まだちゃんと変わらずに対話してくれるんだって、安心してしまった。


「なんで?俺が届けるのは迷惑?」


「そうは、そうは言うておらぬ!そうは…ええい…兎に角戻して来い!早う行け!疾くと行け!」


その慌てた口調に、迷惑だというのは感じられなかった。

けれど明らかに困る事態で。

それは翔颯の身を案じているようで。


「…迷惑じゃなきゃ、俺はへーきだぜ?」


「今は…そう言うのだ…」


何処か諦めたようにぼやかれる。


「これってさー、なんか意味あんの?」


「今は言えぬ」


意味を知りたくともはぐらかされる。


「…じゃあ、はい」


翔颯はもうこうするしかないなって思って、杖を持ち手を向けて暗渠へ差し出した。

不思議な事に明かりが機能せず、暗渠の闇は黒いままだった。

明るく照らされてるのに、真黒なままの橋の下。

杖化け物の姿も見えず、返答がまた無くなってしまう。

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