第33話 スコルビおじさん
フィリップに呼ばれ、庭に出て少し待つように言われたセシリアは、庭に置かれたテーブルの前に立っていた。
「...ここで何だよ? えっ! ここで待ってればいいのか?! ..あいつ等、何を考えてるんだ? 庭にテーブルと椅子なんか置いてよ? ...この入れ物..何が入ってんだ?
おい!? セビィ! フィル!
お前等、いったい何を考えてるんだよ?!
おい! ってば...全く..何だよ」
────
──
しばらくして、そのセシリアの立っている庭の方へ1人の白い髭を伸ばした年輩の老人がやって来る。
「...ああ、すまんが..ここかい? ..教えられた場所なんじゃが?」
「はぁん?」
「セビィとフィルの家は、ここで間違っておらんな?」
「えっ? ..ああ! そうだよ?! 間違いないけどさ...
あんたは..誰?」
「まあ..客じゃよ?」
「客..って..おい! セビィ? フィル? あんた等の客だよ! ...あいつら..何だよ? 私に客の相手をさせようって気かよ?」
「..まあ、セビィとフィルから昨日にな、ここに腕のいい女性がいると聞いてな? で、見に来たんじゃよ?」
「..何の腕だよ?」
「あれ..お前さんじゃないのか? 腕のいい床屋ってのは?」
「はぁん?! いつからあたしは、床屋になったんだよ?」
「フィルとセビィからは、そう聞いたがな?」
この瞬間セシリアは、あの2人の考えた#いたずら__・__#がなんであったのかに気がついた。
「..あっ?! あいつ等? なんか怪しいと思ったら...このやろう? 勝手な事をしやがって...
おい! セビィ! フィル! お前等、あとで覚悟しとけよ? 全く...こそこそ何をしてるかと思えば..」
「うん? どうやらセビィとフィルの悪ふざけか?」
「..いいや! 冗談なんかじゃないよ? そんなに私に髪を切って欲しいなら..切ってあげる?
その代わり...どうなっても知らないからね?!」
「うん..では、頼む?」
「ほんとかい? どうなっても知らないよ?」
「取り敢えず、切ってみなさい? 心配は、そのあとじゃ..」
「普通は、逆だろ?」
「納得いかんかったら...金は払わん」
「...よし! 切ってやる? で、納得する髪型にしてやる...じゃあ...始めるよ?」
「確り、頼むぞ」
───
──
セシリアは、セバスティアンとフィリップの計らいで、その見知らぬ老人の髪を切る事になってしまった。
その老人の覚悟もあって。
庭の置かれた椅子に腰を降ろした老人にセシリアは、息を吸いながら目を瞑り、しばらくして決心のようなものがつくと息を吐き、目を開けてハサミを手に取り、老人の髪に、そのハサミを入れた。
様子を見ながらハサミを入れていると、
少しずつそのコツが分かってきてセシリアは、老人の後ろ姿に声をかけた。
「おじさん...名前は、何て言うんだい?」
「..スコルビじゃ」
「..スコルビか...スコルビおじさんは、ずっとこの辺に住んでのか?」
「ああ、もう40年以上になる..その前は、イルモニカとコルシェダ地方の境目にあるチートルという小さい町に住んでおった」
「へぇー? で、この辺に来たのか..」
「うん、憧れを追ってな?」
「そうか...やっぱりイルモニカは、みんなの憧れだもんな?」
「..それもあったが、もっと違う憧れもあったんだ..」
「どんな憧れを追って来たんだ?」
「..妻じゃよ? ワシのな?」
「...へぇー!? おじさん見かけによらずロマンチストだな?」
「ほっとけい! ワシにだって若い時はあったわい?」
「その奥さんとは、元々どういった仲だったんだい?」
「妻も、元々は同じチートル出身だったんだ?
でも彼女の伯父のやっている床屋を継ぐ為に親がイルモニカにあるパーストンに引っ越さなくては、ならなくなってな?
それで彼女とは18歳の時に離れ離れになってしまったんじゃよ?」
「えっ? じゃあスコルビおじさんは...」
「床屋じゃよ? フィルもセビィもよく来る客じゃよ?」
「...はははははは、おじさんゴメン! あたしあんたの大事な客、1人取っちゃったよ? はははははは」
「なーに、構うもんか? 1人くらい...」
「じゃあ、奥さんは?」
「妻も床屋じゃ...まあ、ワシが妻と一緒になる為に床屋になったようなものだからな?」
「相当に惹かれたんだね?」
「...」
「じゃあさあ? その奥さんに切ってもらえば良かったじゃん?」
「...お前さんに切ってもらっては、いかんのか?」
「いいや? 全然...でもたまには、冷んやりしながら散髪も悪くはないかもな?」
「ははははは、お前さんの話は、面白いな?」
「そうかい? でも切り終わったあとは..笑えないかもな?」
「はははははは、そいつは楽しみだ? はははは...」
「...あっ! ほら見て!? 空を飛ぶ船だ! ..私好きなんだよ...あの船..素敵だよな...」
そんな声を上げたセシリアの先に空を飛ぶ1隻の大きな船があった。スコルビも彼女に合わせ見上げるが、違った表情を浮かべる。
「魔力監視船か...何が素敵なものか?! ああやってワシ等を見張っているんじゃ?」
「..見張ってるって..なんで?」
「良からぬ事をしとらんかじゃ..あの魔力炉事故以来、ずっとな?」
「魔力炉..あのセビィとフィルの両親を...」
「そうだ..あの忌々しい事故じゃよ? セビィとフィルの両親を巻き込んだ..もしあの時、治安官の誰かが犯人を取り逃がしとらんかったら、今頃ああやって船は空を飛んどらんだろうがな?
だから、あの船の中に乗ったエリート級の魔導師様やらイルモニカ政府のエリート騎士の女とか..なんとかが空の上から地上の姿をああやって監視しとるんじゃ?」
「エリート女騎士か...カッコいいな?」
「カッコいいものか?! ワシは1度だけ政府のセレモニーか何かで見た事があったが..どぎつそうな女じゃったぞ?」
「女は、どぎつそうな方が、ちょうどいいんだよ?」
「ふん! そうかい...どうやらワシとお前さんでは、好みが違うみたいだな? さあ続けてくれ..」
───
──
昼を過ぎる頃、セシリアは鏡を持って眺めるスコルビに言葉をかけた。
「どう..仕上がりは?」
「うむ...悪くは、ない..」
「じゃあ、点数で言えば何点くらい..?」
「そうじゃな..まあ、髪を切るのがワシで2回目という事も大目に見て...40点じゃな?」
「はぁん? たったの40点かよ?! あんだけ誉めて40点って...バカにしてんのかよ?」
「そんなもん当たり前じゃ? 床屋をやって40年のワシを何だと思っとる..むしろ40点もらえただけでも感謝するんじゃな?」
「けっ! 急に嫌みっぽい爺さんになりやがったよ?
はいはい分かったよ?
さあ、用が済んだんだからとっとと帰んなよ?
私がまだ大人しい内にな?」
「うん..じゃあ、そうするかの...」
「...全く」
「そうじゃ、おいセシリアとか言うの?」
「何だよ?」
「どうじゃ? ワシの床屋で腕を磨いてみんか?」
「...え?」
「なあに、急にとは言わん? お前さんが、もしワシ等の店でその腕を磨きたいと思っとるじゃったらの話だ。
まあ、勿論見習いとしてな? 給料も少なからず払う。
それにワシの妻の昼飯も付ける。
どうじゃ悪くはないだろ?
まあ、考えておいてくれ?
家には子供は
では、またな...」
背を向け9歩進んだスコルビにセシリアが..
「..おじさん...スコルビおじさん!」
「うん?」
「..どうか..どうか、こんな私をスコルビおじさんのお店で雇って下さい...お願いします!」
「..うむ! では、決定じゃな?」
「..本当かい?」
「では、いつからにしよう?」
「いつだっていいよ?! なんだったら..今からだっていいよ?」
「はははははは、随分と威勢がいいな? よし分かった。
では...明日の朝の10時に来てくれんか?」
「ああ! ..いや、はい!」
「少し手伝って欲しい事があってな?」
「勿論だよ?! 何だって手伝うよ!」
「うん..では、宜しく頼んだ.....ああ? そうじゃそうじゃ、大事な事を忘れておった......」
「..どうしたんだよ?」
「ほれ、手を出さんか?」
「手かい...何をくれるんだい?」
「...何をって...料金に決まっておるじゃろう? ふふ
"ありがとうな?"
お陰でスッキリしたわい...さて婆さんの昼飯を食べに帰るとしよう..では、また明日な..」
「......ありがとう...ありがとうよ..スコルビおじさん...」
そんな喜びを口にするセシリアの元に隠れて見ていた2人が現れた。
「ふふふふ」
「どうやらうまくいったみたいだな?」
「うん! 問題なし..」
その後ろから聞こえた声にセシリアは、顔を下げて。
「...おい...フィルに..セビィ...」
「良かったね? セシリア。うまくいってさ?」
「うん! スコルビおじさんも上機嫌だったしな?」
「そりゃそうだよ? セシリアの姿を見たらさ?」
「確かにな?」
「はははは」
「おい! セビィとフィル!」
声を張り上げて、2人の居る方へ怒った顔を向けるセシリア。
「...まさか怒ってるのか?」
「だ..だってさっきまで..」
「いいから...2人とも、こっち来い?」
「..本当は、セシリアにこの事を、一言でも言っといた方がいいんじゃないかって俺は思ってたんだけど..」
「よく言うよ? この事は黙ってた方が面白いって言ったのは、兄ちゃんじゃないか?」
「お前な? そういう時だけいつも...」
「いいから来い? もっと近くに...」
「セシリア..ゴメンよ? 面白がっちゃってさ..」
「..いや、悪かった? そのセシリアの...気持ちも考えずに、さ?」
「...ありがとう」
彼女は、その一言を言うと、セバスティアンとフィリップをぎゅっと力いっぱいに抱き寄せ...しばらくの間、抱きしめ続けた。
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