第12話 あたたまる水 ~決意~

敢えてその性欲の在処について説明はしない。


調べれば切りがないからだ。


ただ本来、快楽も感じる筈のが片方の一方的な気持ちで行われるならば、


それは、1つの悪戯かもしれない...


───


深夜の0時を迎える前にズバルは、仰向けになって汗ばんだ肩で息をするセシリアのいるベッドから降りた。


ぶつくさと文句を言いながらシャワー室へ向かい、


僅か数分で出てくると無造作に脱ぎ捨てられた衣服を集め穿き始める。


「...興ざめしてしまったわ..お前ののせいで..」


「...」


セシリアは、そのズバルの言葉に黙っていた。



"私は、ただただ黙っていなくてはならない..


今は、なにを言っても説教が待っているのだから..."



ズバルは、鎧を纏い終えるとセシリアに捨て台詞を吐き..


「そうやって最初からおとなしくしていれば...もう少し長く楽しませてやったのに..」


寝室のドアを開けて出ていった。


「...ゲス野郎」


寝室のドアが閉まり、階段を下りて行く音にセシリアは自然と口を動かしていた。


──────

────


しばらくして外の方からズバルの怒鳴り声が聞こえたのでセシリアは、ベッドから体を起こし寝室の窓の前に立ってその光景を見た。


ズバルは、店主ニズルを掴まえ何やら必死に酒場の外にある小屋の柱を指差しながら問い詰めている。


「...ふん..今頃その柱に括っておいたリードの先が切られ手綱が外された馬は...のびのびと迷いの森で草花を食ってることだろうよ...ざまあねえ...でも安心しな? この近くに馬を貸し出す小屋がある...だから早朝からのあんたの大仕事に遅刻する心配は無いさ...まあその馬小屋まで歩いて行くこったね...


団長さんよ?」


外の下で問い詰めているズバルと頭を必死に下げているニズルを見ながらセシリアは呟いてからベッドの方へ戻り、覆い被さるようにして倒れたあと、僅かな休息を求め枕に顔を埋めた。


──────

────

──


セシリアは、音楽の街として知られるイルモニカにあるザウブという町で紅い髪をした女の子として産声を上げた。


重さは約2880gで大きさは48.7cm程のそんな赤子を父と母は、毎日その紅い髪を優しく撫でながら語りかけては、その小さな頬にキスをして愛情を注ぎ、


大事に..大事に..その子を見つめ続けたのだ。


セシリアはその愛情を前に、すくすくと育つと、物心つく頃には周りから好かれる非常に活発で人見知りをしない性格の女の子になっていた。


彼女は9歳の時、時計作りの職人だった父の仕事の都合でその親しんだザウブを家族と共に離れ、スエル・ドバードという田舎町で新しい生活を始め、遅れながらも市内の学校にも通い始める。


しかしそんなセシリアに突然悲劇が訪れた。


彼女が11歳になる前に父のアルテッド・ルージュが急死したのだ。


報せを受けて母のモルエ・ルージュが市内の病院へ駆けつけた時には、既に死んでいた。


死因は、事故死


(市の治安当局の調べでは、何者かに襲われた形跡があると報告したが、この事件に携わる市の治安部隊の1つ帝国アルダ・ラズム側がこれを否定した為、それにより事故死として処理される。


また襲われた形跡については、野性動物に因るものと断定した..)


この悲劇によりセシリアの生活は一変する。


その父の急死の後、次は母のモルエが万引きにより逮捕されてしまい、釈放後も母モルエは、精神的な疲れから体調を崩し寝込む生活が多くなって、数ヶ月が経つ頃にはセシリアが通っている学校の学費が払えずに彼女はその学校を辞めなくてはいけない状況まで来てしまう。


それでもセシリアは、何とか母を支えようと生活の足しを作る為に近くにある農家に頼み込んで朝からの畑の仕事の手伝いをして、弱るモルエを支える毎日を送っていた。


が、ある日今度は急にそのモルエが家を出た切り帰って来なくなったのだ。


セシリアは、その事を手伝う農家の主人に相談するもその主人からは、農家でセシリアを雇う事以外の事は出来ないと言われ、彼女は仕方なく1人で残された食料を節約しながらモルエの帰りを待っていた。


(何か事件に巻き込まれたんじゃないかとも考え、徒歩で30分以上かかる所にある交番にも訪れていた..)


急な母の失踪から9日目、その日も朝からの畑仕事の手伝いを終えてたセシリアは、帰宅する為に泥で汚れた手を水で洗い流し、靴に付いた泥の固まりを払い除けてから疲れの溜まった身体を家の在る方に向け、数分後。


家の前に立った彼女は決して目に触れる大人たちに見せなかった精神的な疲れや不安の感情で、扉の取っ手をゆっくりと握り、何度目か分からなくなっていた思いで誰も居ない筈の空間へと扉を押し開けた。


「......え?」


その瞬間、直ぐ部屋が暖かくなっている事に気づき、セシリアは立ち止まる事を忘れ歩を進める。


(そこには疑う気持ち等、無く..)


そこから、いい香りがして何かを茹でている音が続いて...


急ぐ気持ちで歩を早めた彼女がその先で見た者は、湯気の立った台所で料理を作る母の姿だった。


気づいて笑顔を向ける母モルエに、セシリアは驚きと喜びの声を上げて母の広げる両手の間に収まろうと走り始めた。


やっとセシリアの前に母モルエが戻って来たのだから。


しばらくは、2人で生活するには十分過ぎるお金を持って...


──────

────


(ドン! ドン!)


ドアを乱暴にノックする音が急に聞こえ、セシリアは顔を枕の中に埋めながら喋った。


「...なんだよ..人が色々と考え休んでんのに..」


(バン!)


ドアが乱暴に開かれると店主ニズルが嫌な者を相手するような声でベッドの上にいるセシリアに話しかける。


「おい! 客だ...相手をしてやってくれ?」


「...今晩は、ズバル様の貸し切りだろ?」


セシリアは顔を枕に埋めながらそう応えるとニズルの高い叫び声が飛んだ。


「..そのお前を貸し切っていたズバル様は、それを取り消し、先ほど怒って帰られたじゃろうが! さっさと準備しろ!」


二ズルの叫び声にもセシリア態度を変えず枕に顔を埋めたまま断りを入れる。


「...悪いが今は凄く疲れてるんだ。頼むから明日にしてくれ」


「なにを言っておる? ..お前に休みなど無いわ!


さあ、ほれほれお客さん? 遠慮なさらずにこっちへ...」


3階の寝室の入口手前で、そのやり取りに戸惑う客をニズルは招き入れようとする。


そんなニズルにセシリアは枕から顔を上げて声を出した。


「..嫌だって言ってんだろ? 聞こえないのか?」


「..まだキサマ? ワシの言うことが聞けん...」


「....」


ニズルはセシリアの声に振り返って、そのセシリアの赤黒く腫れ上がった左の頬を見るなり言葉を途中で詰まらせる。


「こんなに酷い顔でもダメなのか? こんな顔じゃ男ども白けちゃうだろ? ..だから今夜は休ませてくれって言ってんだよ」


「ほれ見ろ? ズバル様に逆らうからそんな目に遭うじゃ? ..ええ?」


「..出て行け...私は今から1人で寝るんだ?」


「...ふん..お客さん? 申し訳ありません


貸し切りがキャンセルになっちまったんで、


どうかと思ったのですがね...なにせ..


になっちまってましてね?」


そのニズルの声になかなか寝室の方を覗かなかった客が初めて寝室の中のセシリアを見た。


その直後、客は顔を直ぐに引っ込めた。ニズルはそんな客に謝罪したあと、もう一度ベッドを見る。


「...ああ..そうだ...まさかお前じゃないよな?」


「はぁ? ..なんの事だい?」


「ええ? いやぁ..ズバル様の馬がよ..どういう訳だか逃げちまったんだよ」


「逃げちまったって...どうせ嫌われたんだろ?」


「..いやぁそうじゃなくて...小屋の前に括ってたリードの先がよ..切られちまってたんだよ」


「ふん..余りにも飼い主を嫌ってたんでその馬がリードを噛み切ったんだよ? 野蛮な飼い主は嫌だってよ?」


嬉しそうに嫌味を言うセシリアに二ズルは質問する。とても冷たい目で..


「...まさかお前じゃないよな..紐を切ったのは?」


「おい? ニズル..お前..とうとうボケちまったのか? こっちはズバルに打たれて遊ばれてるってんのに..どうやってやるんだよ!?


私が手品か魔法でも使えるとでも思ってんのか!


いい加減なこと言ってじゃねぇよ!」


「....まあいいわい? しかし...セシリア..お前...


随分と変わっちまったな? 最初はそんなんじゃなかったがね...だからって..アルダ・ラズムのお方たちを怒らすのは...ちっとやり過ぎじゃ...」


二ズルの説教にセシリアは顔をゆがめ..


「失せやがれクソジジ...」


「....そうじゃそうじゃセシリア?」


「....」


「間違っても...逃げられんからな?


..奴隷って立場...忘れんじゃねぇぞ?


...じゃあ、おやすみ?」


ニズルが寝室のドアを閉めるとセシリアは、咄嗟にベッドの横の棚の上に置いてあった小箱を手に取り、その小箱を閉まったドアに投げつけた。


「..やってやる...やってやるよ..どうせ殺されるんだ...その内に..」


セシリアは静かになった寝室でそう決意すると、シャワー室へ向かい、ハンドルをめいっぱい回す。


冷たい水が勢いよく出て、彼女はその冷たい水に打たれながら乱暴に髪を洗い、身体中を擦りに擦って汚れを落とした。


(それは、今までの事を洗い流すように...)


彼女がその身体中に走る痛みに気づいた時、


ちょうど冷たい水がお湯と変わっていた...

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