第25話 原初の陰陽師
「時代は飛鳥。蘇我入鹿が討たれた頃。正史では645年の
寛美はソファーに浅く座り背筋を伸ばしたまま二人を見る。
翔と聡史は目線を寛美に合わせるように前屈みになって静かに聞いていた。
「古文書を纏(まと)めたのは都から流れて来た『
先に結論を言うと、翔君が聞きたい『原初の陰陽師』はこの光雲みたいな人を指すんじゃないかな。古文書は光雲が書いているので彼の手柄的な内容は書かれていないけれど口伝や、光雲の後、彼から文字を覚えた村人や神職の人々の代になって神話的、超人的な人物として書かれているの。修験道の開祖、
静かに聞いていた翔が反応する。
「寛美さん。その精霊の名前は分かりますか?その精霊は光雲に宿ったという事ですか?」
合致した瞬間だった。
『隆一君には、最強の守護精霊が宿っていた。遠い昔、神崎の名が生まれる遥か昔に、ある原初の陰陽師によって名付けられた三柱の精霊の一柱。それは彼の家系に繋がる宿縁。』
翔の全身に電流が走った。立ち上がり、テーブルに両手をついて前屈みになり寛美に叫んでいた。
聡史も立ち上がり、隣の翔を座らせて落ち着かせる。
寛美は動ぜず、二人を静かに見ていた。
「ごめんね。名前についての記述はないの。古文書にも口伝集にも無い。俊君が躍起になって調べて最初の二柱には月に係る名称、最後の一柱には音に係る名前らしい。という事が分かったみたい。翔君が言う、宿るというのは何?」
翔は躊躇したが、深山から聞いた楓の話しについてのみ、掻い摘んで説明した。
寛美は黙って聞いていたが秋月楓の名を聞くと納得した表情をして話す。
「その秋月楓先生にすごく興味あるな。私も正式に会ってお話し聞きたいわ。民俗学を専攻している
話しを聞いて翔は暫く考えていたが聡史に促されて口を開いた。
「槍穂岳の歴史、民話は分かりました。明日、秋月先生に詳細が分かるか聞いてみます。先に寛美さんに相談して良かったです。あと、槍穂岳周辺の山の神信仰について教えて貰えますか?」
翔の言葉に寛美は落ち着いて応える。
「うん。槍穂神社の起こりは今説明した通り、この磐座を中心に周辺の山々に山岳移動者である山の民が道を開拓して要所に山の神の祠を建てた。祠を建てる基準は、おそらく直感みたいなものだったと思う。ある研究では、彼らには現代人に失われた感覚があるとされている。ネイティブアメリカンやアボリジニの一部の人に見られるようなシャーマニズムが生きていたのかもしれないわね。彼らが大木の根本や大きな岩場、峠道に平場を造営して祠を建てた。この祠に後世になって形式化された鳥居や御神体を祀り『神域』とした。この小さな神社を定住者である村人や旅人との交流の場にして、物々交換の場にしていたと考えられている。山の民は山岳地帯の随所に秘密の道を造っていて、今では失われた山道に山の神を祀った祠があると思われている。現在登山道とされている道は、修験者が山の民に教えられて開拓したものを整備して歩きやすくしているみたいね。でも、そこから横道に逸れると誰にも知られていない古道に出会えるのかも。だから、翔君の知りたい『山の神』は山地の至る所にいる可能性はあるわね。丹沢の山の神は女性の姿をしていると言われていて、白い服を着て沢伝いに歩いてくる陽気な女性を目撃して、暫く見ていると不意に消えたとかSNS界隈で都市伝説としてあるみたいね。他には巳葺山には大蛇伝説があって、山の神の化身とか言われている。あとは天狗と
寛美は壁の時計を見た。18時22分。まだ外は明るい。5時間近くもここにいた。
「君達。お腹空かない?閉館の時間過ぎちゃった。ご飯食べに行こうか。」
「はい。是非。ところで、寛美さんも明日ご一緒しませんか?」
聡史が有頂天で返事して明日の秋月楓との面会に誘った。
「やめておくわ。雫が行くんでしょ?彼女が聞きたい事もあると思うし、初対面の先生に大勢で押しかけるのは失礼よ。君達が会ってみて、いい人だったら改めて紹介してね。」
寛美は優しく言うと翔を見詰めて微笑んだ。
1階に降りると入館窓口は既に閉まっていた。
風除室の守衛に寛美が三人分の入館許可証を返し、外に出るとまだ明るい空の下に海から心地よい風が吹いて来た。考古学部の校舎へ歩き水橋研究室に戻って寛美の私物を取りに行く。
学会発表の準備をしている学生と女性の教官がいて、寛美が帰るのを神に見捨てられた信者のような目で見ていた。
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