第55話 中学一年・八月


 去年までの夏休みが、やたらと懐かしいな。中学初めての夏休みを過ごしている俺は、そんなノスタルジアに近い感覚を、いだいていた。


 去年の夏。小学校最後の夏休みということで、もうなんかやたらと遊んでいた。松清まつきよの家に行ったり、文野ふみのや伊藤や氷室ひむろ、ほか男子連中でつるんでは、だらだらゲームをして、ときどきは宿題も一緒にしたり。


 しかし、小学生時代は遠くになりにけりだ。仲が良かった連中は、その多くがもう一つの中学に行ってしまった。数人、同じ中学に進学したのもいるのだが、クラスが一緒なのは、松清だけ。他の奴らとは、ちょっと疎遠になっている。


 いや――同じクラスがどうとか、実はそれは関係ないのかもしれない。理由は、もっと別にある。すなわち、部活動だ。


 比較的仲の良かった男子は、みんな運動部に入ってしまった。文化部は俺だけだ。そもそも、文化部は音楽部、美術部、文芸部の三つしかないので、必然的にそういう流れになる。


 そして、運動部というのは、小学校時代のそれとは違い、中学に上がると実に厳しく、辛いものになるのだ。


 ということで、去年あれだけ遊んでいた俺の仲間たちは全員、今年の夏休みは部活動に明け暮れている。一方、俺はというと――文芸部に夏休みの特訓などない。


 夏休みの宿題も七月中に終えてしまい、八月一日の今日、いささか暇を持て余し気味だった。


 それで俺の生活はというと、いつもより遅めに起きて、あとはだらだらと漫画かファンタジー小説を読むという毎日だ。


 小説を読むのも、立派な文芸部の活動のひとつだろう、といえばそれまでだが。


 まさか、ここまで極端に人との交流が減るとはな。小学生時代と中学生時代の落差を、思い知らせる。


 残り一ヶ月近く、どういう風に過ごそうか。 昼ご飯を食べて、だらだらとゲームをするが、それも程なくして飽きてくる。


 ・・・・・・まずは、外の空気でも吸おう。いくらインドア系の俺でも、丸一日家に籠もってばかりでは、気が滅入る。


 俺は簡単に身支度を済ませると、外に出る。 目指すは、我が家から歩いて十分足らずの小さなショッピングモール内に設置されている朋誠堂ほうせいどう書店しょてん。 夏真っ盛り、うだるような暑さの外とは打って変わって、モール内は冷房が効きすぎているくらいに、効いている。


 俺は、新刊の並んだ台をチェックする。それから、漫画本のコーナーへとスライドする。お次は文庫本のコーナー。


 そんな感じで、二十分ほどあれこれと見て回ったときだろうか。視界の外側から、特徴的な声が俺を呼ぶ。


「あれ? ひょっとして、井神いかみくん?」


 声のした方を振り向くと、そこにはクラスメイトにして、同じ文芸部の篠川しのかわ瀬奈せなが、いた。


「お、おう・・・・・・瀬奈か」


 突然の登場に、俺はちょっと、いやかなりどぎまぎする。


 瀬奈の服装は、夏らしく、薄い水色のふんわりとしたギャザーブラウスに、黒のハーフパンツ。特徴的な眼鏡はいつも通りだが、髪の毛は綺麗に後ろにたばねられていた。


「偶然だね~。井神くん、この本屋さん、よく来るの?」

「あ、ああ・・・・・・小学生のときから、結構世話になっているな」

「へえ・・・・・・わたしも同じ。いいよね、ここ。なんか落ち着ける空間でさ」

「それには同意だな」


 不意打ちのような遭遇で、乱れていた意識を、瀬奈と会話しながら、徐々に落ち着かせていく。


「ひょっとして、小学生のときもすれ違ったかもね」

「だな」


 俺と瀬奈は、別の小学校だ。


 瀬奈は、棚の文庫本を手に取りパラパラとめくりながら、俺に話しかけてくる。


「でさ、井神くん。夏休みどう過ごしている? 」

「ん? ・・・・・・そうだなあ。夏休みの宿題もう終わったから、小説か漫画読んでいるよ。あるいは、時々ゲームとか」

「あはは、わたしも一緒」


 瀬奈は軽やかに笑う。その横顔が、どうしようもないくらいに可愛かった。動揺を悟られないように、俺もまた、文庫本を適当に手に取る。


「・・・・・・でもさ、ちょっと退屈かもな。一年前の小六の夏休みは、毎日友人たちと、あちこち遊んでいたのにな・・・・・・いまはみんな、運動部の特訓ばっかりだよ」


 俺の口から、ポロリと本音がこぼれ落ちる。


「へえ・・・・・・男子って、そうなんだね。でも、女子も似た感じよ。文化部は少数派だし」

「でもさ、女子にはなんつーか、そういう同調圧みたいなの、ないだろう? 男子はさ、運動部じゃないと肩身が狭いのはあるな・・・・・・」


 基本、気にしないようにはしているのだがな。ふと、去年までの小学生時代を思い出すと、言いようのない寂寥感に包まれるときがある。


「ふうん・・・・・・でも、うちのお兄ちゃんが言っていたけれど、高校になれば、文化部男子も結構増えるってよ?」

「そうなのか・・・・・・でも高校って、あと三年後じゃん」


 三年後とか、途方もなく遠い未来に感じる。


「そうね。確かに、ちょっと長いかもね・・・・・・じゃあさ、井神くん。夏休みのうちに、文芸部のみんなで集まったりしない?」

「え? なんでそうなるんだよ」

「寂しがり屋の井神くんを、みんなで励ます会よ」

「俺、そんな寂しがってねえし」

「はいはい。それは冗談としても、文芸部で集まるのはいいかもよ? 運動部は毎日顔を付き合わせているんだし・・・・・・」


 瀬奈の言うことにも一理あるな。


「それじゃ、あとでグループLINEで呼びかけておくね・・・・・・」


 文芸部メンバーと夏休みに集まる、か。それは必然的に、男子は俺ひとりで残りは女子になる。ちょっとアウェー感はあるかな。いや、いつもの文芸部と一緒だが。


 やっぱり、中学生活は、小学校のときと全然違うんだな。改めて、それを実感する。


「それでさ、井神くん。何かおすすめの本とかない?」

「え? そうだなあ・・・・・・俺は最近、京極堂シリーズを読み始めたけれど・・・・・・」

「へー、どれどれ? ・・・・・・て、あっつ! なにこの極厚本・・・・・・レンガ?」

「それが売りなんだよな・・・・・・」

「これ読んだら、夏休みは潰せそうね・・・・・・」


 うだるような暑さの中一夏休み、俺たちはあれこれと書物に関する会話に花を咲かせるのだった。

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