第70話 魔術師の戦い ー 2

 しかし放たれた弾丸は、シロや戸倉さんにかすりもしなかった。弾丸から分裂した細かな破片が、常識では考えられないような軌道を描いて魔獣の体を次々と撃ち抜いたのである。


 撃たれた魔獣の傷口から、細い水色の光が噴射する。コアを破壊されたのだろうということはわかった。けれどもわかったのは、それだけだった。


「散弾銃だよ」


 唖然と立ち尽くす幸介に対し、清水さんは得意気に言った。


「弾に極小のコアを内包させていてね、言ってしまえば、弾そのものが僕の意のままに動く魔獣ってところかな。大型の相手だと効力は薄いけど、小型の軍勢が相手なら、これが一番さ。労力は少なく、結果は大きく。僕の座右の銘ね―――あだっ!」


 言葉の切れ端と共に、清水さんが頭を垂れた。否、殴られたのだ。勿論殴ったのは戸倉さんだった。呆れ返った瞳で上司の頭を見下ろし、その視線を幸介に投げた。


「あんたは真似するんじゃないよ。こんなの、普段仕事しない言い訳なんだから」


「ひどいなあ。窮地を救った恩人に対してその言い方―――おげっ!」


 今度は蹴りが入った。容赦なかった。みぞおちをやられ、清水さんが地面をのたうち回る。


 呻き声を上げながら、しかしそれでも彼は戸倉さんへ問いかけた。


「うう……で、どうだった?」


「結論から言うと、ヤバいですね。予想はしてたけど、魔獣の反応が多すぎる」


「どのぐらい?」


「ざっと百頭以上。今みたいな集団で行動してます。ほとんどは探知魔術に引っ掛かって外周に出てますが、一部は内側で行動してる。囲まれる前に本丸を押さえるのが賢明かと」


「コアの状態は?」


「こっちも予想通り、コアが大きすぎます。犬っころに使う魔力量じゃない。桃生敏明が加減を知らなかったんでしょうね。おかげで桃生遥香の位置が補足できません」


 首を傾げたのは幸介だった。


「どういうことです?」


「この子に戦闘させてる間、あたしが魔獣の方を調査してたの。コアの情報さえ掴めれば、ある程度の範囲にいるやつは捕捉できるからね」


 なるほど、と思った。だから清水さんは先に撃たなかったのだ。シロと戸倉さんに魔獣の相手をさせたのは、戸倉さんがコアの情報を掴むための事前準備だったのだ。


「探知と解析は、戸倉くんの得意分野だからね。ちなみに僕は、コアの精製と操作。何事も適材適所ってわけさ」


「無駄話してる暇はないですよ。とにかく、桃生遥香のいそうな場所を探さないと。あんた、心当たりは?」


 急かす戸倉さんに問われ、思案する。思いついたのは、やはりあの場所だった。


「……食堂の隣の屋外ステージ……ぐらいですかね。秘密基地といえばあそこだったので」


「なら行くよ! 案内しな!」


 戸倉さんの声を合図に、走り出す。屋外ステージまでは、正門からは僅か百メートル足らずの一本道。しかしその道中には、既に魔獣の集団が蠢いていた。数にして二~三十頭といったところだろうか。


 幸いだったのは、彼らが戦略もなくただ猪突猛進に突っ込んできたことである。おそらく、侵入者を排除するようにしか命令されていないのだろう。故に、数は多かったものの、幸介たちが対処にそれほど手こずることはなかった。


 先陣を切って、清水さんが散弾の弾幕を張る。突っ込んできた魔獣のほとんどは、撃ち落されるような格好でコアを破壊され、地に伏した。弾幕を免れた魔獣に対しては、シロが個別対処で応戦した。


 相変わらずの格闘戦。しかしどうしてだろうか、そんな光景に対し違和感が脳裏を過った。違う。そうじゃない。シロの戦闘は、本来それじゃない。


 どうしてそんなことを思ったのか、幸介自身にも理解が及ばなかった。ただ、どうしても拭いきれない染みのような感覚が、記憶の奥底にじんわりと居座っているのだ。


 戦闘役の二人に続く格好で、戸倉さんと並んで走る。軽い坂道を下る中庭からは、夕暮れに染まる空模様がよく見えた。


 太陽は背中の山向こうに隠れ、辺りは闇夜の訪れを待つ冷たい薄暮の空気に包まれている。草露の匂いが濃くなると共に、冷たいものが頬を掠めていった。手の甲で拭ってみたそれは、戦闘で舞い上がった泥だった。


 やがて、屋外ステージに辿り着いた。


 しかしそこに、はーちゃんの姿はなかった。


 代わりに、ぐっしょりと濡れたローファーが落ちていた。


 灰色のステージの壁が、泥と微かな血の色に塗れていた。


【次回:魔術師の戦い - 3】

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