第62話 仕方なかった ー 2
敏明さんはなにも言わなかった。つまり、それが回答だった。
構わずに、幸介は言葉を継いだ。
「はーちゃんが、みちるさんを食った。それが最初の事件だった。違いますか」
敏明さんが、長い息を吐いた。それから、困ったように頭を掻いた。
「……仕方なかったんだ……」
誰に言い聞かせるでもなく、言葉は繰り返された。
「……仕方なかったんだ」
「はーちゃんの……病気のことですか……」
項垂れるように、敏明さんは頷いた。
「……どうにもならないと、医者に言われた。手の施しようがないって。だから、自分たちで方法を探ることにした。そうして魔術に出会った。僕の魔力を使って、あの子の命を支えられると知った。それが魔獣だった。みちると二人で、これしかないと判断した」
「みちるさんも……承知の上だったんですか……」
「当然だろう」
幸介の丸い目に対し、言葉を吐き捨てるように、敏明さんは鼻を鳴らした。
「これは家族の問題だ」
言い切って、話を継いだ。
「遥香を魔獣にするのは簡単だった。コアの作り方も、動かし方も、習ってしまえばそう難しい話じゃない。遥香は元気になって、退院した。家に帰ってきた。また三人で、楽しく暮らしていけると思った……なのに……」
言葉が切れた。記憶を巡るように悔しさを滲ませた敏明さんの瞳は、クローゼットの中の白骨遺体を見つめていた。
「一年前だよ。仕事から戻ったら、遥香がみちるを食ってたんだ。正直、わけがわからなかったよ。教えてもらった魔獣の知識の中に、こんな情報は含まれていなかったからね。確かに数日前から遥香の体調は良くなったけれど、まさかこんなことになるなんて……」
「……魔術を教えてくれた人に、連絡は取らなかったんですか」
「連絡したよ。何度も、何度も。でも繋がらなかった。幸いだったのは、みちるを食った後の遥香が不思議なぐらい落ち着いていたことかな。まるで母親を食ったことすら覚えていないように。でもね、僕はそんなあの子の姿を見て思ったんだよ。失ってしまったみちるより、今ここにいる遥香を守るべきだって」
決意してからの、敏明さんの行動力には凄まじいものがあった。肉を削がれすっかり白骨化したみちるさんの遺体を隠し、独自に魔獣の研究を始めた。
とはいえ、個人でできる情報収集の範囲など限られるわけで。故に、彼は間違った知識もまた、得る結果となってしまったのだった。
「保健所の職員を買収したんだ」
こともなげに、敏明さんは言ってのけた。
「動物の血肉---特に心臓が、魔力の補充に効くと聞いたからね。でも犬猫の心臓はダメだった。しばらく試したけど、魔力が少なすぎて、長期的にはあてにできない。だから、やり方を変えることにした。彼らを使って、人の心臓を手に入れようってね」
「それで……連続殺人を……」
「相手の選定も、やり方も、君が推理した通りだよ。魔獣を使えば、現場に僕がいたという証拠は残らなくなるからね」
「遺体を放置して心臓だけを抜き取ったのは、効率を優先したからですか」
「ああ。いくら魔獣を使うとはいえ、完全に痕跡を消して人一人を運ぶのは無理があったからね。魔力を得るだけなら心臓で充分だったから、後は上手いこと遺体の発見が遅れてくれれば、それで良かったんだ。でもどうしてかな、曾我谷津の現場だけは上手くいかなかった。遥香が近くで補導されたどころか、心臓は森ごと吹っ飛んでしまった。おまけに、警察とは違う妙な連中が街中を嗅ぎ回るようになった。それでこれからは慎重に事を運ばなければならないと思った矢先に、今朝の事件だよ。いやー、参ったね」
参った参った。そう、敏明さんは繰り返した。
対して幸介は、背筋に悪寒が走った。彼の犯した犯行ではなく、それを語る声色を恐れたのだ。
敏明さんは、スーパーで会った際と同じ調子で言葉を紡いでいた。まるで日常会話のように、朗らかな言い回しをするのである。
理解が追いつかないとはまさにこのことであり、心の声は口をついて飛び出した。
「……理解できない」
「理解? 言っただろう。仕方なかった、って」
仕方なかった。
それは、彼が自身の犯行を自供した、最初の言葉であった。
そして、呆然とする幸介をよそに、言葉を継いだ。
「仕方なかった。君だってそうだろう? 母親殺しの
【次回:仕方なかった - 3】
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