一週目 出会い

 彼女はゴブリンである。識別名なまえはインモン。

 淫魔やその子の証たる淫紋が、下腹部に浮かんで産まれたので、そのままインモン。


 彼女を産んだ母が、彼女を産んですぐ死んだのもあって、その淫紋を他のゴブリン達にからかわれたり、性的に迫られ、幾度か孕まされたり、何百匹も産んだりしつつも、ゴブリンとしては穏やかに過ごしていた彼女。


 だが、ある秋の日、彼女以外のゴブリン達は皆死んでしまった。

 彼女達が住処にしていた洞窟に、冒険者達がやってきて、数多のゴブリンを殺戮し、火を放ったのだ。

 当時たまたま身軽で逃げ出した彼女も、冒険者達の魔法なり矢なりを幾度となく喰らい、ボロボロになりながら森の茂みに倒れた。



 彼女が目を開けると、知らない木目の天井があった。

 そこから左右を見やれば、無数の引き出し達。

 頭上を見やれば長机と、その上に簡素な書物立てと薬研。


 そんな机近くの赤い座布団を枕に寝ていた彼女。

 彼女の全身にあった切り傷や打ち身や火傷には、包帯や貼り薬などがつけられていて、起き上がろうとすると少し痛む程度に癒えている。


 いくらか癒えてるとはいえ、痛むものは痛むので、大人しく横になっている彼女。

 そんな中、引き戸の開く音が聞こえた。


 彼女が音のした方を向くと、足袋と袴をはいた足元が、まず目に入る。

 それから、腰にかかる黒髪と露出の少ない上衣と、なにやら抱えている木の桶。


「起きたのか」

 引き戸の一番上にギリギリ届かない背丈の尖った耳の男が、自分に視線を向ける彼女を見て、金色の目をまたたかせながら、そう言うと、彼女のそばに座り、抱えていた桶を置く。


「三日も目を開けないから、埋めようか考えたが……案外しぶといな、お前」

 そう言いながら、男は桶の中の水浸しの布を絞る。

「なんで助けた?」

 彼女がそう聞くと、男は、布を持ったまま、じっと彼女を見つめ、こう答える。


「――に似ていたから」

 最初のほうが小声で聞き取れず、なんて? と彼女は聞き返すが、男は、なんでもいいだろ、と答えない。


「それよりも、お前、名はあるのか?」

 そう男に尋ねられ、彼女は率直に「インモン」と答える。

「俺はシャノワ。……お前は、その名前、好きか?」

 微妙に腹立たしげな、蔑むような目を向ける男に、彼女は、特徴から勝手に付けられた名前に好き嫌いがあるもんか、とそっぽ向く。

 すると、男が彼女の顎をつかんで自分の方に向けさせ、こう言う。

「……これからはアカネと名乗れ。二度とあんな名を名乗るな。聞いただけで反吐が出る」

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