第56話 ホシとギンガ

<三人称視点>


 十年以上前。

 彦根家の地下三階にて。


「ほれ、行くぞーホシ」

「うんっ!」


 五歳のホシを片腕で抱える者がいた。

 ひげを伸ばしたこの人物は、彦根ギンガ。

 ホシのおじいちゃんだ。


 ギンガは右腕をぐっと引くと、空へホシをぶん投げた。


「たかいたかーい!」

「わあっ!」


 よくある遊びだが──高すぎる・・・・

 ギンガの超常的な力により、ホシはぽーんと雲の上まで飛んだ。

 地下三階の雲は低めに浮かんでいるが、それでも上空100メートルは飛んでいるだろう。


 すると、ギンガはハッと目を見開く。


「しまった、前に飛ばしすぎたわい!」


 コントロールが乱れ、真上ではなく前方へと投げてしまったようだ。

 ギンガはダンッと地面をり、瞬間移動のごとく着地地点へと走る。

 遥か遠くまで飛んで行ったホシだが、ギンガのスライディングでなんとかキャッチした。


「セーフじゃ!」

「あははっ!」


 現代で他人に見つかろうものなら、ぎゃくたいどころの騒ぎじゃない。


 しかし、ここは“彦根家”だ。

 常識など通用しない。


 五歳のホシも怖がるどころか、大喜びだ。


「もっかい! もっかい!」

「はっはっは、ホシは元気じゃのう」


 これがホシとギンガの日常だった。


 ホシの両親は訳あって家にはおらず、ギンガが面倒を見ていたのだ。

 二人の周りには、お馴染なじみの者たちもいる。


「ホシくーん! 次はお姉さんが抱っこしてあげる!」


 両手を広げて走ってきたのは、エリカだ。

 だが、ホシはぷいっと顔をらした。


「姉ちゃんは。もじゃもじゃがくすぐったいから」

「がーん! こ、これが反抗期なのね……」

「にしては遅すぎるじゃろう」


 エリカはギンガの世代からの住人。

 実力は成熟しているが、ホシの扱いにはまだ慣れていなかったようだ。

 しかし、すでにこの溺愛できあいっぷりである。


 エリカの他にはペット達もいる。

 めろん、わたあめ、いちごなど、まだ小さな“ホシ世代”たちだ。 


「きゅい」「くぅん」「ぼおっ」


 その遊び相手は、“ギンガ世代”のペット達。


「ガオォ」「ヒュル」「ゴオォ」


 彼らは種族も違えば、“ホシ世代”より一回り大きい。

 めろん達は一緒に遊ぶ内にきたえられていたのだ。


 すると、魔素水の川から声が聞こえてくる。


「ホシー、泳ぎましょーよー!」

「あ、ブルーハワイ!」


 この頃のブルーハワイだ。

 現代でも小学生のような見た目の彼女だが、この時はさらに幼い。

 五歳のホシと似たような体格だ。


 ギンガは微笑ほほえましく笑うと、ホシを川へ連れて行く。


「二人も好きじゃのう」

「うん! 泳ぐの楽しいし!」

「今日も負けないわよ!」


 ブルーハワイも“ホシ世代”の一人だ。

 ホシはペット達と同様、ブルーハワイともよく遊んでいた。


 スイミングでよく競っていた二人だが──


「やったあ!」

「うっそお!」


 この日は、初めてホシが勝った日のようだ。

 ブルーハワイは口をあんぐりさせている。


「セイレーンなのに負けた……」

「はっはっは、ホシが異常なだけじゃわい」

「うぅ……」


 ホシがすごいのは理解しているが、ブルーハワイにもプライドがある。


「ホシ、もう一回よ! 次は負けないわ!」

「いいよ、勝負だ!」


 こうして、ホシは毎日“最強種”たちに囲まれて育った。

 たぐいまれなる才能と実力は、遊び感覚ではぐくまれていたのだ──。






 時は経ち、四年前のある日。


「あー疲れたっ」


 ホシは中学生になっていた。

 疲れをいやそうと、地下二階にやってきたところだ。

 すると、ギンガから話を持ちけられる。


「ホシよ。地下三階へ行くぞ」

「え? いいけど」


 この頃になると、ホシはあまり地下三階へは近寄らないようになっていた。

 ギンガにそう言われていたからだ。

 久しぶりの地下三階の景色に、ホシはおーっと感心する。


 夜にも差し掛かり、空には段々と光が浮かび始めていた。


「話なんじゃが……今回・・は長くなりそうでの」

「またどっか行くの?」


 ギンガは家を明けることが多くなっていた。

 その頻度も高くなってきている。

 ぶーたれるホシに、ギンガは伝えた。


「今回は一番長くなるかもしれぬのう」

「えー!」

「まあ、そう言うな。エリカがおるであろう」

「姉さんは面倒だからなー」


 その瞬間、ホシは後ろからゾワッと気配を感じ取った。

 誰かを認識すると、ホシはすぐさま訂正する。

 気配の正体は──エリカだ。


「っていう冗談ね~、ははは」

「お姉さん悲しい……しくしく」

「あー、めんど」


 しかし、エリカだけではないらしい。


「ホシよー、久しぶりじゃのう!」

「私の目覚めに合わせてくれたのね」


 やってきたのはイナリやヤマダさん、二世代のペット達など。

 まさに彦根家が大集合していた。

 ここまで大規模に集まるのは初めてだ。


 不思議がるホシに、ギンガはフッと笑った。


「しばらく会えんじゃろうからな。今日はここでキャンプでもしようかと思うての」

「ふーん。けど早く帰ってきてよ」

「はっはっは、それは分からんなあ」


 こうして、ホシとぎんがは彦根家勢ぞろいでキャンプをした。


 “用事が終わったら帰ってくるからの”。

 そう言い残した数日後を最後に、ギンガとギンガ世代のペットは帰ってきていない──。





<ホシ視点>


「……あれから、姉さんには何度か聞いたよね」


 昔話も終え、俺は姉さんにたずねた。


「おじいちゃんはいつ帰ってくるのって」

「そうね」

「まったく、その度にはぐらかしてさー」


 俺は口を尖らせながら、チラッとエリカに顔を向ける。


「で、最後にヤマダさんや姉さんに伝言していったのか」

「そうなるわね。そして、が来たみたい」

「……!」


 すると、姉さんは一枚の紙を取り出した。

 

「次のヤマタノオロチをしずめられたら、これを渡すように言われていたの。ギンガさんからの手紙よ」

「……っ」


 俺は固唾を飲んで、手紙を開封する。


「こ、これは……!」


 だけど、すぐに言葉を詰まらせてしまった。

 それもそのはず──

 

「よ、読めない」

「………………」


 字が汚すぎて読めなかった。


 これには姉さんも真顔だ。

 あの姉さんをこんな顔にさせるなんて、やっぱりおじいちゃんは底が知れない。


「貸して、ホシ君」


 すると、しょうがないと姉さんは手紙を読み始めた。

 どうやら解読できるらしい。

 いや日本語なのに解読ってなんだよ。


 そう思いながらも、俺は耳を傾ける。


『ホシがこれを読んでいる時、わしはもう家にいないじゃろう』


 おじいちゃん、こういうのやるんだよなー。

 なんとなく懐かしさを覚えたのも束の間、次の言葉に目を見開いた。


『最奥へ進め。そこに答えを残す』

「……! それって──」

「ええ」


 俺が思わず声を上げると、姉さんはうなずいた。


「地下三階の最奥は、ホシ君でも最後まで許可されなかった場所」


 そう、俺はこのヤマダさんの場所までしか許されていなかった。

 というより、これ以降の道が存在しないんだ。

 疑問に思っていると、姉さんが一つ渡してくる。


「ホシ君、これを」

「これは……カギ?」


 手紙には付いていた、光る半透明のカギだ。

 実体があるのか無いのか、目には見えるのに掴むことができない。


「それを山に向けて回して」

「……う、うん」

 

 ヤマダさんが住んでいる山のことだ。

 俺は姉さんの言う通りに、不思議なカギを回す。

 すると、カギの光は強まり、山に吸い込まれるように溶け込んでいく。


 ふと目を覚ましたヤマダさんも、反応を示した。


「ほう」

「ふふっ」

 

 姉さんは「やっぱり」と笑う。


「ホシ君の力が認められたのね」

「え?」

「あれはギンガさんが残したカギ。ふさわしい力を持つ者が回すと、道が開ける」

「……!」


 姉さんの言葉を示すように、山の奥に巨大な階段が出現していく。

 まるで山から天へと昇っていくように。


「キュイ~」「ワフ~」「ボオ~」


 ペットみんな見惚みとれているみたいだ。

 それほどに幻想的な光景だった。

 階段はやがて雲にまで到達し、先が見えなくなる。


 そうして、姉さんが笑みを浮かべて口にする。


「さあ、明日にでも進みましょう」

「姉さん。あの先って──」

「そう」


 一度だけ、おじいちゃんから聞いたことのある場所の名を。


「あの先に“高天原たかまがはら”があるわ」

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