第53話 ヤマタノオロチさん

「今回は孫が来たのねぇ。シュフフフっ」


 山から顔を出したヤマタノオロチさん。

 やってきた俺たちを見下ろし、へびっぽい笑いを浮かべる。


 その大きな姿には、コメントが加速した。


《わあ!?》

《巨大な顔が山から出てきた!?》

《ていうか女性!?》

《昔の人みたいな髪型だな……》

《金ぴかの髪飾りもしてるし》

《笑い方こっわ》

《なんて恐ろしい雰囲気なんだ……》


 隣のペット達を含め、みんな驚いているみたいだ。

 まあ、改めて見ると迫力はある。

 顔も怖いし。


「シュフフフフ」


 青紫色の首。

 その先に顔があり、山の頂上からこちらを覗いている。

 全長で言えば、間違いなく今までで一番大きいと思う。


 その山彦やまびこのように反響する声で、ヤマタノオロチさんは話し始めた。


「やはりギンガは一緒じゃないのねぇ」

「はい。おじいちゃんはどこへ行ったのやら」

「……? お前は何も聞いていないのか?」

「え?」


 ヤマタノオロチさんは一瞬首を傾げるも、すぐにハッとする。


「い、いや、今のは無しよ! 何にも知らない!」

「えー、怪しい。というか話し方──」

「……! 私は何も知らないわよ? シュフフフっ」


《ん?》

《あれ?》

《一瞬ボロが出た?》


 すんっと態度を戻すと、鋭い視線でこちらをにらむ。


「それにしても大きくなったわねぇ。ギンガの孫よ」

「ホシです」

「そうか。お主の小さい姿も、まるで昨日のように思い浮かぶぞ」

「そりゃ四年間寝てたからでしょ」

「む」


《言われてみればそうだw》

《起きたら四年経ってるもんな》

《そりゃホシ君も大きくなってるわw》

《てか相変わらず物怖じしねえな……》

《ああ、こんなに怖いのに……》


 そんな中で、ヤマタノオロチさんはカメラに目を向けた。


「先程から、それはなあに? 人語が映っているようだけれど」

「配信です。この様子がネット中継されてるんですよ」

「へぇ? じゃあ──」


 すると、ヤマタノオロチさんは細長い舌をしゅるしゅると出した。

 カメラもそれを引きで捉える。


「この恐ろしい姿を映しているのかしらぁ」


《ひええええええ!!》

《こえええええ!!》

《画面の向こうまで来ないよな!?》

《これがヤマタノオロチかよ……》

《一段と迫力があるな……》

《色んなところがデカい……》

《Aランク探索者です。こんな怪物がいるなら今日で引退します》


 コメント欄は悲鳴で埋まった。

 みんな、ヤマタノオロチさんを勘違い・・・してるみたいだ。

 ここは俺が誤解を解いてあげないと。


「あの、一ついいですか」

「なにかしらぁ?」

「ヤマタノオロチさんの呼び名って、なんでしたっけ」

「む」


 人々をおびえさせてえつひたるヤマタノオロチさん。

 この人にも、ペットや住人同様に呼び名があったはず。

 

「おじいちゃんが付けた名前ありませんでしたっけ? 前回は寝ぼけてたからあんまり覚えてなくて。なんだったかなあ」

「…………」


 でも、ヤマタノオロチさんは何故かはぐらかした。


「……し、知らない」

「え?」

「そんなの知らないわよ! げんがなくなるから言わない!」

「うわわっ」


 ヤマタノオロチさんがじたばたすると、地面が揺れる。


《あ、あれ?》

《やっぱボロ出てね?》

《もしかして怖くないのか……?》

《めっちゃ地面揺れてるけどw》


 視聴者も徐々に本性・・を疑い始めた。

 もう一押しだな。


「じゃあこれ、あげませんよ?」

「そ、それは……!」


 俺はわたあめ(フェンリル)の背中をごそごそとあさる。

 もふもふから出てきたのは、大きなびんだ。

 表面には「秘」と書かれている。


「お、お酒! 持ってきてくれたのね!」


 これは『魔素まそすいしゅ』。

 魔素水に大量のアルコールが混じっているらしい。

 エリカ姉さんだけが採れる場所を知っていて、今回は預かってきたんだ。


「す、すぐにちょうだい! もうのどかわいて!」

「ダメです。呼び名を教えてくれるまでは」

「……! ま、孫のくせに生意気な……!」


《ん?》

《あれ?》

《これって……》

《やっぱりヤマタノオロチさんって……》


 少しずつ気づき始めただろう。

 これで呼び名も判明すれば、より親近感がくはず。


「……ダ」

「え?」

「ヤマダよ、ヤマダ! ああもう、だっさい名前!」

「あーそれそれ!」


 ヤマタノオロチさん、通称ヤマダ。

 名前長くねって言った、おじいちゃんが付けた呼び名だ。


「みなさん、ぜひヤマダって呼んであげてくださいね」

「呼ぶなぁ!」


《ヤマダ!?》

《ヤマノオロチってこと!?w》

《急に威厳なくなって草》

《おじいちゃんのネーミングセンスwww》

《なんだ、やっぱ怖くねえじゃんwww》

《ホシ君ちだなあ笑》

《イナリさんもこんな感じだったな》

《今日も平和な配信でした》

《ヤマダさーん》

《ヤマダー》


 そう、ヤマタノオロチさんは怖くない。

 プライドからか、威厳を出そうと張り切るだけ・・・・・・だ。

 恐怖が消え、流転君たちもほっと一息ついた。


「キュィ」「ワフゥ」「ボウゥ」

「よ、良かった……」


 だけど、ヤマダさんはぷるぷると顔を震えさせた。


「ちょ、調子に乗りおってぇ……こんなに怖いのに!」

「自分で言うんですか──って、あ」

「ふん!」


 すると、俺の手元から『魔素水酒』を奪い取っていく。

 元々あげるつもりだったから良いんだけど。


「こうなったら、実力で恐怖におとしいれてやるわ! がぼぼぼぼ」

「すんごい飲みっぷり」


 ヤマダさんは『魔素水酒』を浴びるように上から注ぐ。

 酒とは言え、力の源である“魔素水”だ。

 それを大量に摂取せっしゅし、ヤマダさんの力がみなぎっていく。


「シュッハッハッハ! これよこれぇ!」

「うわあ」

「私をコケにした罰、受けてもらうわよぉ! シュオオオオ!」


 酔ったように顔が赤くなったヤマダさんは、勢いよく息を吹き出す。

 ドス黒い紫色の吐息だ。


猛毒もうどくの煙よ! それを浴びれば──お前たちは死ぬ!」

「……!」


《やべえキレた!?》

《バカにしてすみませんでした!》

《この攻撃はやばそうだぞ!》

《許してくださいヤマダさん!》

《みんな避けてくれー!》


 ヤマダさんは状態異常をまき散らす攻撃が得意だ。

 でも、この程度なら任せられるな。


「ボウウウウウゥゥゥゥ……!」

「さっすが」

「なにぃ……!?」

 

 俺たちを守るよう、きらびやかな赤色が前方に現れた。

 燃え盛る翼を広げた、覚醒いちごだ。


「ボゥッ」


《いちごだ!》

《炎で浄化したのか!》

《巨大化してるー!!》

《あの可愛いいちごが……!》

《ギャップえぐい!》

《いきなりホシ君は取れねえだろうよぃ》


 その姿に、ヤマダさんは目を見開いた。


「いちごって、あの雛鳥ひなどりの!?」

「四年前の話です。それに、いちごだけじゃない」

「……!?」


 いちごの左右から、二匹の姿が飛び出す。


「ギャオオオオオオオオ!」

「クオオオオオオオオン!」


 ドラゴンのめろん、フェンリルのわたあめだ。

 どちらも覚醒し、すでに巨大化している。

 

「まさか一階のちびっ子たち!?」

「そうです」

「くっ……!」


 焦ったヤマダさんは、首元の山をボコっと殴った。

 山の一部分が崩れ、頂点辺りの巨大な三角形が降ってくる。

 だけど、二匹なら問題ない。


「クオオォォォォォォン!」


 わたあめの得意技『わたあめラッシュ』だ。

 分身に見えるほど高速に動き、十体近くのわたあめが山にキック。

 山が徐々に崩れていき、複数の亀裂きれつが入る。


 あそこまで崩れれば、あと一撃だ。


「ギャオオオオ! ──ギャウッ!」


 吠えためろんが、頭から突っ込む。

 頑丈がんじょうすぎる体は、山を貫通。

 巨大な三角形をした山の一部が、こちらに届く前に崩壊した。


《二匹のコンビネーションだあああ!》

《ペットの活躍嬉しい!》

《わたあめラッシュ久しぶり!》

《めろんは相変わらず脳筋w》

《降ってきたのって山だよな……?》

《それすらおかしいのに、余裕で返すかよw》

《やっぱペット達もレベチじゃねww》

《なんだこいつら……》


 すると、ヤマダさんはさらに力を上昇させていく。


「お、おのれぇ! では、これならどうじゃぁーーー!」

「ん」


 声を上げた途端、山から続くいくつもの川が勢いよくあふれ出る。


 洪水だ。

 いちじるしく上がった水位は、隣の川と合流。

 さらに勢いを増して、ものすごい速さで迫ってくる。


《うわああああ!?》

《ヤマタノオロチの洪水か!》

《それっぽい技使うのかよ!》

《ヤマダさんごめんなさい!》

《今度こそやべえって!!》

《これって……》


「ホシさんこれは無理です! 早く──」

「いや、大丈夫」

「ホシさん……!?」


 流転君もあわてて袖を掴んでくる。

 だけど、俺は動かない。

 最近見た・・・・んだよね、似たような技。


「今度ブルーハワイと遊ぶ時は、どうやろうか考えてたんだ」

「……ッ!」

「うぅぅぅぅ──せいやぁっ!」


 俺は腰を落とし、ぐっと引いた右腕を前方に放つ。

 魔素を込めた渾身こんしんの拳だ。

 飛び出した衝撃波は、洪水の中央を真っ直ぐ突っ切っていく。


 すると、洪水は左右へ真っ二つに割れた。


《え?》

《はああ!?》

《洪水が割れたあ!?》

《モーセかよwww》

《旧約聖書で草》

《おかしいだろwww》

《彼は人ではない、神だ》


「予習してなかったら、ちょっと危なかったかも」

「はは、ホシさん……ははは」


 ブルーハワイが玉依たまより家との対決で見せた【海原創造あたしんち】。

 今度あれを出して時のことを考えて、対策しておいた。

 似た技だったので、それが活きた形だ。


 そうして、ヤマダさんはようやく手を止めた。


「その力……。それに、ブルーハワイとはあのセイレーンのこと?」

「はい。たまに遊んでます」

「まさか、ここまで成長しているとは……」


 続けて、ヤマダさんは一瞬ふっと笑みを浮かべる。


「これがギンガの言っていた“新世代”なのね」 

「ん?」


 おじいちゃんの名前が聞こえた気がしたけど、ボソっとしてて聞き取れず。

 そして、ヤマダさんはどこか嬉しそうに声を上げる。


「だったら、加減はいらないかしら」

「「「シュオオオオオ!!」」」

「うわっ!」


 同時に現れたのは、七つの巨大な蛇の顔。

 ヤマダさんのような人型の顔ではない。

 ようやく全貌ぜんぼうが明らかになった形だ。


《ついに出てきたか!》

《これで顔が八つ……》

《真のヤマタノオロチだ!!》

《ヤマダさんはセンターなんだな》

《周りは本当の蛇って感じか》

《でも威圧感がすげえ……》

《こう見ると巨大だな……》


 前回は戦っていないから、最初からこの姿だった。

 おじいちゃんと何か話していたけど、それが関係してるのかな。


「私の真の力に勝てたあかつきには、再び眠りにつくわ。瘴気しょうきも消えるでしょう」

「お」

「そして、ギンガからの伝言も伝えないとね」

「……!」


 おじいちゃんからの伝言?

 俺に伝えてない何かがあるのか。


「わかりました。受けて立ちます!」

「クォン」「ギャウ」「ボオォ」

「と、友達のためなら……!」


 再び向き合った俺たちに、ヤマダさん(達?)はニヤリとした。


「ではその力、測らせてもらうわ!」

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