クトゥルーの歌声――Sing of Cthulhu――〜魔導書を買ったら邪神が転校してきました〜

セカイノ/ネコノカンリニン

結成という名のサバト

第1話・降臨せし邪悪なる水棲の者ども

―――ある平和な日常の朝のホームルーム……になるはずだった、今日の朝のホームルーム。私は、命の危機を感じていた。

 それは……

「隣だね。よろしく、段壱ダンイチさん。さっきも自己紹介したけど、私の名前はクトゥルー。ハワイの方から日本へ来たんだ! よろしくね!」

……隣の席にかの冒涜的で名状しがたき邪神―――クトゥルフ、あるいはクトゥルーがいるからだ。


 時は、昨日の夕方に遡る。

 僕は、何時ものように文芸部の活動を終え、また何時ものように古本屋に行った。

 まあ、古本屋というのは実に良いものだ。今では絶版となった本や、規制がかかっていて通常の書店では変えないものも、古本屋ここでは大抵揃っているのだから。

 その時はなんとなく、何時もとは違う系統―――海外文学の原本を読んでみようと思ったので、海外の本が並んである場所へ向かった。

 本棚に沿いながら、通路を歩いていると、この海外の本はただでさえ目につくようなデザインのものが多いのにも限らず、それを押しのけて一際目立つものがあった。

 その本を手にとって見ると、題材はこうであった。

死霊秘法ネクロノミコン

 この本の題材、どこかで見たことがあるな、と思いながら封もされていないのでその中身を見てみる。オモシロイと思ったら、実際に買ってじっくり家で考察、自己解釈を出すのだ。

 何時もそんなルンルンな気分で本を開くのだが、今回ばかりは違った。ページをめくった瞬間、なんとも言えぬ気味の悪い雰囲気があたりに漂い始めた。

 そんな雰囲気に気になりながらも僕は、目次を見ようとページをめくる。目次には、こう記載されていた。


目次:所有者登録欄キャラクターシート―――三頁

  :邪神及其眷属達之力量情報開示欄ステータスブック―――三頁以降


 よく分からない記載だったが、この本を読む気になったのは確かなのだ。だが、何かが僕の中につっかかっていた。この本を手にすると、元の生活―――特に感性―――には戻れなくなると。

 一旦、ここで読むのはやめにし、家でじっくりと研究することにした。

 これをレジまで持っていくと、今日は、店長さんがレジ打ちをやっていた。何時もは、ここにキレイな女の人が立っているのだが。

「こんにちは、店長さん」

「やあ、段壱くん。何時もウチをひいきにしてくれてありがとう。さて、今日は何をお求めかな?」

 この優しいが、外見が吹き出物だらけで、頭が禿げ上がっており、目が飛び出し、どことなく魚類に近い印象を受けるのが、ここの店長さんだ。名前を、深木フカキ物友モノドモという。

「今日はこれを買いに来ました。何円ですか?」

 私は、『死霊秘法ネクロノミコン』をレジに出した。すると、ついさっきまで穏やかな表情をしていた店長さんが一変し、気味の悪い顔をした。

「これで……本当に良いんだね?」

 放たれる言葉も一音一音に呪詛のような、怒りのような、喜びのような、悲しみのような、そんな名状しがたい通常の人間では発生しないような感情がこもっていた。

 しかし、そんな感情を僕は知っている。それは、“信仰心”だ。

「はい。家に帰ってじっくり読もうと思って……もしかして、店長さんのコレクションでした?」

「う〜ん…まあ、そんな感じのものなんだけど、君には譲ってあげてもいいかな。いつも買いに来てくれてるし。ウチの収益の半分は段壱くんだからね。で、はい。こちらの商品は三万円です」

 何時もよりも高い。プレミア価格というものか。

「はい。えーっと、ひぃ…ふぅ…みぃ…はい!どうぞ」

「では、ちょうど三万円お預かりいたします。こちらレシートになります。なお、返品交換等はできませんので、ご了承ください。ありがとうございました」

 私は、本を受け取り、古本屋を後にした。


 早速、家についた僕は、『死霊秘法ネクロノミコン』を開いた。

 目次はさっき読んだので飛ばして……三ページ目をめくった。

 すると、そこには、このような記載があった。


 今回は、こちら『死霊秘法ネクロノミコン』をお買い上げ、ありがとうございます。つきましては、こちらの名前記入欄にお名前をお書きください。


 と。その下には真っ白な空欄部分があったので、そこに名前を書くのだと知った。

「えーっと……〈段壱ダンイチソトースあかむ〉っと……」

 一応、こういう記載には従っておくのが吉なのだ。

 すると、しばらく経ってから、次は、記載が変わった。しかし、そのような現象は初めてのため、当然驚いた。

「えっ! ちょ! うわっ!」

 恐る恐るページを見てみると、次のような記載に変わっていた。


 段壱ダンイチソトースあかむ様の情報収集が完了しました。これより、所有者力量情報開示キャラクターシートを作成します。

 情報は、以下のとおりです。

名前:段壱ダンイチソトースあかむ

筋力:12

体力:7

精神力:13

俊敏性:9

外見:17

体格:14

知性:13

教育:12

財産:2250万円

正気度(SAN値):65

幸運:65

アイデア:65

知識:60

耐久力:11

魔力(マジックポイント):13

 なお、この先の欄は、邪神及びその眷属達の名前を書くと効力が発揮されます。各項目に、その邪神に関連した呪文が記載されます。多くの場合は、魔力と正気度――以下、SAN値――を使用します。


 と、このような内容であった。この中で一番驚いたのが、僕の全財産が本当にあっていることだ。

 そして、思い出した。この『死霊秘法ネクロノミコン』だが、アメリカの作家、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトが執筆した小説や、それに準じて執筆された小説群―――所謂“クトゥルフ神話”に登場する“狂気のアラブ人”アブドゥル・アルハザードが書いた『アル・アジフ』をラテン語訳した『ネクロノミコン』を更に日本語訳した『死霊秘法ネクロノミコン』ではないか!

 そう思った途端、どこかでサイコロを振る音がした。


SAN値:0または1d3……失敗。1d3ロール……SAN値1減少。残り64。


「うっ!」

 どこか自分の精神がえぐられた感じがして、『死霊秘法ネクロノミコン』を見てみると、SAN値の表示が65から64になっていた。このシステムは、かのクトゥルフ神話をモデルとしたゲームの正気度というものである。この値が0になったとき、僕は、永久的に発狂してしまう。

 そして、僕は気がついてしまった。もしかしたら、これが存在するということは、かの有名なクトゥルーや風の神性ハストゥールなども存在するのではないかと。

 そこで、私は、四ページを開いてみた。

 そこにも、空欄があったので、適当に〈クトゥルー〉と書いてみた。

 すると、案の定ステータスが出たが、なんか、見るとすぐに永久発狂しそうなのでやめておいた。


 そして、次の日。今日もめんどくさいと思う気持ちで動かない体にムチを打って学校に行く。幸い、今日は午前授業になっているが、別の事情で行きづらい。それは……なんか、神話生物がいそうだからだ。

 昨日の夜、他にも神話生物がいないか考えたら、特徴が当てはまる人物が二人ほどいた。それは、店長さんと僕の父だ。店長さんは、その外見的特徴から考えて“深きものディープ・ワン”。そして、父は名をヨグ・ソトースというが、これがかの有名な『一にして全ワン・イン・オール』、『全にして一オール・イン・ワン』のヨグ=ソトースと合致してしまうのだ。ちなみに、母は段壱ダンイチソトース月葉ツキハという。

 そして、このヨグ=ソトースについて恐ろしい話を一つ知ってしまった。それは、私自身があのヨグ=ソトースと人間の息子ウィルバー・ウェイトリーと同じ人間でありながら神話生物である奇妙な事例なのではないだろうか、ということだ。

 勿論、SAN値の測定―――以下、SANチェック―――が行われた。


SAN値:1d3または1d6……成功。1d3ロール……SAN値2減少。残り62。


 そして、ルールに則ればこのSAN値、一度に5減少すれば一時的に狂気に陥る。それを回復させるには精神科に行くか、自然回復を待つしか無い。

 閑話休題。

 そうして、何か嫌な予感がするので、学校に行きたくなかったのだが、母が行けというので行った。なお、『死霊秘法ネクロノミコン』は、今も手元にある。しかし、あんな狂気的な書物、好き好んで開く人はいない……本当にいないだろうか?

 そう考えて登校し、自分の席に座り、なんとなく、『ダゴン』を読んでいたのだが―――今考えれば実に不吉なのだが―――、あっという間にホームルームになってしまった。

 何時も通りに朝の挨拶からスタートし、そこからなんやかんややっていく。しかし、ホームルームも終盤に差し掛かり、担任の話になった。

「えー、今日は急で悪いが転校生を紹介する」

 その一言でざわざわと教室中が騒がしくなる。しかし、こんな時期に転校なんて、何か奇妙なことに巻き込まれる予感しかしない。しかも、私の隣空席じゃん! 絶対ここ座ってくるでしょ。

「では、入ってきなさい」

 そう言われて入ってきたのは、青髪、金色の瞳、整った顔を持つ美少女だった。何か容姿が人類では見たことがないほど良い。

 その子は、黒板の前に立つと、白チョークを使って名前を書き始めた。さて、どんな名前なのかな……ファッ⁉

 さっきの反応から予想している人もいるのではないかと思う。そう、そこに書かれていたのは、みなさんご存知のあの名前―――〈クトゥルー〉と書かれていた。

「こんにちは! ハワイの方から日本へ来ました。クトゥルーと言います!よろしくおねがいします!」

 みんなその答えに大盛り上がり―――特に男子が―――。しかし、私は、この暗い表情を隠し通せていただろうか? ぜひみんなにはこの宇宙的恐怖コズミック・ホラーの権化たるかの冒涜的で名状しがたき邪神―――クトゥルーがいるという真相にはたどり着かないで欲しい。

「それじゃあ、クトゥルーの席は……お、ちょうど空いてるじゃないか。段壱ダンイチ、隣座らせてやれ」

「え、あ、はい」

 そうして、今に至る。


「ねえ、段壱ダンイチさんって、何が好きなの?」

「うーん……小説かな〜」

「へー、すごいね! それで、最近読んだ中で面白かった本ってある?」

 これ、立場逆なんじゃないかと思う。普通、転校生が来てクラスのみんながワイワイと転校生の席に集まって質問攻めに合うというのがお約束ではなかったのか。

 しかし、その流れも来なかったわけではない。一度、集まろうとしたのだが、何があったのか、全員が離れていったのだ。

 それにしても……この質問、もし『死霊秘法ネクロノミコン』って答えたらどうなるのか?と思いついてしまい、好奇心に勝てぬまま、その答えを言ってしまった。

 これが、後から悲劇の始まりになることを、もっと考えればよかったと、後悔するのは別の話である。

「うーん……最近読んで面白かった本は、小説じゃないけど『死霊秘法ネクロノミコン』っていう本なんだけど……」

 その後一瞬にして、雰囲気が変わった。さっきまでの明るく、朗らかな少女の雰囲気ではなく、その……なんというか高圧的なオーラに変わっていた。

「へー……あ! 私、もっと段壱ダンイチさんのこと知りたくなっちゃった。そうだ!今日の放課後、屋上に集合ね! 分かった?」

 なに? 処刑されるの?

 そう言うと、クトゥルーはどこかに行ってしまった。

 ふと、カバンの中に入っていた『死霊秘法ネクロノミコン』を開いてみた。開くページは、勿論、昨日書き込んだが、発狂しそうで見ていないクトゥルーのページだ。

 解説文は、次のようになっていた。


名前:クトゥルー

筋力:8

体力:11

精神力:0

俊敏性:13

外見:32

体格:14

知性:11

教育:12

財産:4000万円

正気度(SAN値):0

幸運:75

アイデア:55

知識:60

耐久力:13

魔力(マジックポイント):測定不能

説明:

 数億年前、“暗黒星雲ゾス”より、眷属たちを連れて地上に降り立つが、その直後、恐竜を絶滅させた隕石が降る。畳み掛けるように、氷河期が到来。海上都市“ルルイエ”は沈没し、その中でクトゥルーも眠っていた。

 最近になって封印が解け始めたが、シュリュズベリィ博士一行がハストゥールの力を借り、クトゥルーの再封印に成功。しかし、その時に落とした核爆弾で、少しだけ封印が解けた。

 現在は、5パーセントの姿である少女の姿で人間界に潜んでいる。特徴は人間離れした美貌だ。

呪文:悪夢(消費:マジックポイント・4、SAN値・1d6)


 となっていた。まさか、クトゥルーが5パーセントの力で復活しているとは……おっと、もうそろそろ放課後になってしまう。早く行かなければ、もし、完全に復活した時に、僕が一番に殺されてしまうかもしれない。


 ガチャリ、とドアが開く。そこには、フェンスで囲まれたタイルの床と、人ならざる美貌を持つ人ならざるもの―――クトゥルーがいた。

「来たか、人間」

「な、何の用でしょうか……?」

「ほう。この私をかのクトゥルーだと知っての発言か?」

「そう、だけど」

 実際、ここで殺される以外の問題はない。何故なら、いざとなれば、多分父さんが助けに来てくれるからだ。無限無窮の宇宙の最奥、沸騰し湧き立つ原始の混沌の中心、あらゆる次元から切り離され、時間を超越した無明の閨房にて、ぐぐもったフルートとオーボエ、野蛮な太鼓の連打に合わせて踊り続ける蕃神に囲まれて無聊を慰め、白痴の夢を見ながら増殖と分裂を繰り返し、飛び散りながら冒涜的な言葉を吐き散らして玉座に寝そべり、齧り付く盲目白痴にして全知全能、万物の創造主アザトースの副王ヨグ=ソトースの実力を舐めるんじゃない。

 あれ? となると、家系図的見ると、僕って……もしかして、クトゥルーの叔父に当たる?

「そうか……では、一つ問う。何故、お前は人間でありながら私達と同じ神威オーラを纏う?」

「それは、多分、父さんの影響じゃないかな?」

「父さん?」

「そう、父親。君ならナグに当たる。しかし、僕は特殊な事例で……父親にヨグ=ソトースを持つんだ」

「え?お祖父様?」

 そう。普通、そんな反応になるのだ。多分、シュブ=ニグラスとかナイアルラトホテップとかそんな高位の神性でない限りこの事実には驚くはずなのだ。そうだ、これからは、これを武器にして邪神たちと対等に渡り合おう。そうしよう。

「そう。だから君がなにか私にしでかしたら、絶対に処刑されるからね。分かった?」

「あ…ああ、気をつける。そして、お前にもう一つ問う……いや、依頼がある」

「何?」

 その口から発せられる言葉は、普通―――普通ではないが―――邪神たちからは絶対に出ないであろう言葉であり、危うくSANチェックするところだった。

「私と友達になってはくれないか?」

「はい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る