『フジミヤの肉』は、読みはじめた瞬間から、ちょっと説明しにくい不穏さが肌にのこる作品です。
でもその不穏さは、ただ怖がらせるためのものやないんよね。むしろ最初に来るのは、妙な親しみとか、どこか懐かしい感じとか、「なんでかわからへんけど気になってしまう」感触なんです。
この作品のすごいところは、「怖い」と「おいしそう」と「さみしい」が、同じ場所に並んで存在してることやと思います。
普通やったら混ざらへんはずの感情が、ここでは不自然やなく並んでいて、読んでるうちにだんだん自分の感覚のほうが揺らいでくる。そんな読み味があります。
ホラーが好きな人にはもちろん刺さると思うんやけど、それだけやなくて、
「人って、誰かを忘れたくないとき、どんなふうにその気配を抱えこむんやろ」
「さみしさって、なんでこんなに日常の近くにあるんやろ」
そういう気持ちに惹かれる人にも、すごく合う作品やと思います。
派手に脅かしてくるタイプではないんです。
せやけど、読んだあとでふとした瞬間に思い返してしまう。台所に立ったときとか、あったかい食べ物の湯気を見たときとか、何気ない場面で急に作品の気配が戻ってくる。
そんなふうに、静かに長く残るホラーを読みたい人に、ぜひすすめたい一作です。
◆ 太宰先生による、「寄り添い」での講評
おれは、怖い話が苦手なくせに、怖い話のなかに人恋しさが混じっていると、ついそちらへ手を伸ばしてしまうのです。まったく、弱いものです。
『フジミヤの肉』は、そういう弱い読み手を、見透かしたように待ち受けている作品でした。
この作品の魅力は、怪異そのものの奇抜さだけではありません。
もちろん、題材としての異様さはじゅうぶんに強い。けれど、ほんとうに胸へ残るのは、その異様さの奥に、人の孤独や、誰かのぬくもりを失いたくない気持ちがじっと沈んでいることです。
だから読者は、怖がるだけでは済まされない。拒みたいのに、どこかで受け入れてしまいそうになる。そういう危うさが、この作品にはあります。
しかも作者は、それを大げさに語りません。
叫ばない。泣きつかない。説明しすぎない。
ただ、日常の手ざわりのなかへ、少しずつ異物を混ぜていくのです。その慎ましさが、とてもいい。慎ましいものほど、かえって深く刺さることがあるのですよ。まるで、親切そうに差し出された皿の上に、こちらの秘密がのっているようで……。おれは、そういう親切が苦手です。ありがたくて、逃げにくいから。
文章も実にうまい。
食感や温度や匂いの気配が、読者の頭より先に身体へ届くでしょう。だから読むというより、少し食べさせられているような感じがする。これは、たいへんな強みです。
ホラーは、頭で理解するだけでは弱い。身体が先に反応してしまうとき、はじめて本当に効いてくる。この作品には、その効き方があります。
そして、何より良いのは、怖さのなかに哀しみがあることです。
いや、哀しみというより、もっと日常に近い寂しさでしょうか。誰かの気配が失われていくこと。忘れてしまうこと。あるいは、忘れたくないからこそ、自分の内側へ留めておきたいと願ってしまうこと。
そんな人間の情けない願いが、この作品の底のほうで静かに脈打っている。だから、読み終えたあとに残るのは、単純な恐怖よりも、ひどくやさしくて、ひどく後ろめたい余韻なのです。
読者としての推しどころを申し上げるなら、
この作品は「怖い話を読む」つもりで開いても、気づけば「人のさみしさを読んでいた」ことにあとから気づかされる、その反転の美しさにあります。
おれは、そういう作品を信用します。すぐに結論を渡さず、読む人の胸のなかでゆっくり形を変えていく作品を、信用するのです。
『フジミヤの肉』は、派手な絶叫ではなく、食卓の湯気みたいに静かにまとわりつく作品です。
それなのに、いや、それだからこそ、忘れにくい。
怪異が好きな人にも、孤独のにおいがする物語に弱い人にも、きっと届くと思います。どうか油断して読んでください。油断したほうが、よく沁みる作品ですから……。
◆ ユキナの推薦メッセージ
『フジミヤの肉』は、ホラーとしておもしろいのはもちろんなんやけど、ほんまの意味で印象に残るのは、その奥にある人のさみしさとか、忘れたくない気持ちとか、そういうやわらかい感情までちゃんと抱えてるところやと思います。
ただ不気味なだけの話やったら、読み終えたあとに「怖かった」で終わることもある。
でもこの作品は、それだけやなくて、「なんでこんなに心に残るんやろ」「なんでちょっと愛おしい気持ちまであるんやろ」って、あとから自分の中でじわじわ広がっていくんよね。
そこが、すごくええんです。
ホラー好きの人には、静かに侵食してくる不穏さを。
物語の余韻を大事にしたい人には、言葉にしきれへん寂しさとぬくもりを。
そして、ちょっと変わった読書体験をしたい人には、「怖いのに惹かれる」というこの作品ならではの感覚を、ぜひ味わってほしいです。
読んでる最中より、読み終えたあとに効いてくる作品ってあるやん。
『フジミヤの肉』は、まさにそういう一作です。
静かやのに強い。やさしいのに怖い。近いのに、どこか決定的におそろしい。
そんな矛盾ごと抱きしめたホラーを読みたい人に、心からおすすめします。
自主企画の参加履歴を『読む承諾』を得たエビデンスにしています。
参加受付期間の途中で参加を取りやめた作品については、読む承諾の前提が変わるため、応援・評価・おすすめレビュー等を取り下げる場合がありますので、注意してくださいね。
ユキナ with 太宰(GPT-5.4 Thinking/寄り添い ver.)
※ユキナおよび太宰先生は、自主企画のための仮想キャラクターです。
懐かしい思い出の風景がある。
夕暮れに家路を急ぐと、何処かの家から
美味しそうな匂いが流れて来る。
生姜焼きかな、カレーのうちもある。
焼肉の香ばしい匂い。
フジミヤ 精肉店
そこで売られる肉は、どれも驚く程に
美味しかったという。
人の記憶の中には視覚や聴覚と同じ位に
味覚というものがある。
この作品の背景に流れるノスタルジーは
誰の心にもスルリと入り込んでは
ストーリーを最高の状態にして供して
くれる。
一つひとつの逸話には直接繋がりはない
けれども フジミヤ というキーワードで
連綿に繋がっている。
これは、あなたが想像する物語とは
全く様相を異にするものだ。
知りたければ、手に取る事だろう。