第22話 ドラゴンと竜騎士
空に飛び上がったナージリアスの背の上でニーラスは幸せに浸っている。
サヴィーネを支える左腕と胸に感じるわずかな温もりが心地よい。
手袋を貸していたので指先と手の甲は冷たかったが、それが気にならないほどである。
風がサヴィーネの髪の毛をなびかせニーラスの鼻先をくすぐった。
ドラゴンの巣に出かけた時と異なり、騎乗服は着たままだったが宵闇を溶かしたような髪の毛は帽子に包まれていない。
広がる髪の毛を手でなんとか押さえようとしながらサヴィーネは詫びを言う。
「急なことで帽子を被り損ねました。キャンバルトン伯の視界のお邪魔でしょう?」
夢見心地だったニーラスはその質問への反応が遅れた。
「あ……、いえ、そんなことはありませんよ。気になさらないでください」
この微妙な間にサヴィーネは不快にさせてしまったのではないかと首を縮める。
ようやく両手で髪の毛を集めて片側に寄せまとめることができた。
ニーラスにはその仕草がなんとも愛らしい。
ちょうどそのタイミングで騎乗している2人の様子を確認しようとナージリアスが首を捻る。
「あのさ。はっきり言うけどさ。もうちょっとシャキッとしなよ。そんな緩んだ顔見てらんないね」
念話で話しかけられたニーラスは慌てて右手で顔をこすった。
その動きを背中越しに感じてサヴィーネは益々体を丸めようとする。
「私の髪の毛がお顔に触れて気持ち悪いですよね。本当に申し訳ありません」
「気持ち悪いだなんてとんでもない。むしろ、毛先が私に触れてしまったエスターテ嬢の方が嫌なのではないか?」
「そんな滅相もありません」
「それならいいのですが。1日に何度も飛んでいただいて御足労をおかけしています。疲れたでしょう?」
「私は何をするわけでもないですし疲れてはいませんわ。飛ぶのにも慣れてきました」
「エスターテ嬢は高いところが怖くないのですか?」
「全然怖くありません。キャンバルトン伯がこうやって支えてくださっていますもの。でも私は負担をかけてばかりですね。ナージリアスさんにも」
ぎゃおお。
ナージリアスが吠えた。
サヴィーネは突然のことにびっくりする。
「ああ。今のは全然迷惑じゃないという意味です。こいつは時々自分の声の大きさを忘れてしまうようで。困ったもんですよ」
ニーラスが解説をした。
「ふーん。私を悪者にして自分だけいい子ぶるつもりだな。まったくなんて奴だ。後でシャルルーカかアッシュルーを通じてバラしてやるからな」
「おい、やめろ」
急に叫んだニーラスをサヴィーネは振り返る。
「どうされたんですか?」
顔が間近に迫ってニーラスはドギマギした。
「あ、いや、その、ナージリアスがまた曲芸飛行を披露しようとしたので……」
「まったくもう。そうやって私を貶めるのか。そうか、そうか。ニーラスはそういうやつだったのか。私は悲しいよ」
ナージリアスは首を巡らせてパートナーの目をじっと見る。
「ああ、すまん。この話はまた後でな」
サヴィーネはニーラスの様子を見ると事情を察したのか前に向き直りながらクスリと笑った。
前を向いているのでその表情をニーラスは見ることができていない。
「わあ、まるで花が咲いたとはこういうことを言うのだろうね。なんと美しいんだ。これを見られなかったとは実に残念だねえ」
ナージリアスがあてつけがましい念話を送ってくる。
ニーラスは見ることができなかった悔しさに体を震わせた。
くっそー。ナージリアスめ。こんな意趣返しをしてくるとは。
金竜を睨みつけるが、してやったりという顔をするだけである。
見えない火花が散ったが、この場に公正な第三者がいて裁定を下すとするならば、悪いのは最初に罪をなすり付けたニーラスであった。
ニーラスは気を取り直してサヴィーネにささやきかける。
「あれがジールゲン砦です」
指さす方にサヴィーネが視線を向けると小高い半島状の丘陵地の先端に石造りの建物が見えた。
古色蒼然としているが頑丈そうな建物で千人近くは籠ることができそうである。
食事の支度をしているのか煙突から炊煙があがっていた。
そうしている間にぐんぐんと距離が縮まり、ナージリアスは建物の横の整地された場所に着地する。
先客のアッシュルーがどたどたと駆けてくると歓迎の叫び声をあげた。
ニーラスはナージリアスからサヴィーネが降りるのに手を貸してやる。
そこに砦から出て駆け寄ってきたガラムが声をかけた。
「あれ? ニーラス様。エスターテ嬢も連れて一体どうしたんです? やだなあ。俺に任せたんじゃ不安だっていうんでわざわざ見に来たんですか? 部下を信用しない上司は煙たがられますよ」
ニーラスはガラムの台詞に対してまともに相手をしない。
いつもの軽口を無視される形になってガラムは肩をすくめた。
「え? ここで何か言ってくれないと単に俺が失礼な奴になっちゃうじゃないですか。何か言いましょうよ」
そういう当人はまったく悪びれるそぶりはない。
ニーラスは苦笑をするがそれ以上の反応はせず、サヴィーネに肘を差し出す。
「エスターテ嬢。砦の中をご案内します。お手をどうぞ」
サヴィーネがごく自然に腕を取るとニーラスはさっさと中へと入っていった。
「なるほど」
それを見送ったガラムは誰に言うでもなく呟く。
ナージリアスと頭を寄せ合っていたアッシュルーが頭を寄せた。
「ニーラスってば自分がいい格好をするためにナージリアスをダシに使ったんだって。あのいけ好かないギバーズがサヴィーネに触られていないと騒いだのから逃げ出すのに協力したというのにさ」
「それは酷いな」
「ボクが思うにガラムの挨拶の滑りっぷりも酷いけどね」
ガラムはたくましい顎を撫でる。
「まあな。いつもならニーラス様があそこで俺の倍ぐらいは辛辣なことを言うところだろ? きっとこれもサヴィーネ嬢の前ということで格好つけたんだろうな」
アッシュルーは頭をガラムにこすりつけた。
目の脇を撫でてやりながらガラムはニヤリと笑う。
「相棒。こんな扱いを受けても俺は大丈夫だ。遅すぎる春を迎えて舞い上がってるぐらいは大目にみてやるさ。それよりも……」
ガラムはナージリアスに向き合った。
「我が主の数々の失礼ひらにお許しを」
ナージリアスは首を伸ばしてわざとらしい詫びを言うガラムを押す。
「おっとっと」
ガラムは大仰によろけてみせた。
「ナージリアスはね、寛大な私は気にしていない、って言ってるよ」
アッシュルーが通訳をする。
空にドラゴンの鳴き声が響いた。
ガラムは西の空に向かって籠手をかざす。
「お、シャルルーカまでやってきた。でも、あの様子じゃ事件て感じでもなさそうだな。さてと」
ガラムはナージリアスに再び向き直った。
「ニーラス様には後で2人きりのときに少しは自重するように言っておくよ。あくまで竜騎士である俺の意見としてな。傍目から見てどーなんだ、ってことで。それと、それはそれとして最高に泥浴びにぴったりな場所があるんですけどご案内します?」
ナージリアスはくわっと口を大きく開ける。
「アッシュルー。ご案内して差し上げろ」
「それってボクもやっていいってことだよね?」
「あのな。相棒。世の中には聞かれたらダメとしか言えないことがあるんだ。そーいうのは黙ってこっそりやるってのが礼儀ってもんだぜ。あ、鞍は外していけよ」
ガラムが鞍を外してやると2頭のドラゴンは勇躍して飛び立った。
泥浴びはドラゴンの気晴らしにはうってつけだが、その後始末は竜騎士にとって悪夢である。
ま、それぐらいはやらせてやらないとな。
ガラムは体の向きを変えるとシャルルーカとラピスに手を振った。
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