第21話 品定め

 竜騎士3人の浄化を行った後、サヴィーネは自室で休んでいる。

 2人から手首に口づけされて戸惑っているのを疲れと解釈したニーラスの指示によるものだった。

 まだ騎乗服のままだったサヴィーネにメイド長のアンナが着替えるか尋ねているところにラピスが遊びにやってくる。

 運ばせてきたお茶を飲みながらラピスは詫びをいった。

「サヴィーネ。話は聞いたわ。本当にごめんね。あの馬鹿には後でよーく言い聞かせておくから愛想を尽かさないで欲しいの」

 ラピスの視線がサヴィーネの手首に注がれる。

「今度からは浄化をするときは私が必ず側に居る方がいいかもしれないわね。ふざけたことをする奴には私の拳をお見舞いしてやるわ」

 ぐっと手を握りしめるラピスの指には少々ごつい指輪がはまっていた。

 これで殴られれば痛いだけではすみそうにない。

「えーと、私は気にしてませんから。それにそんなことをしたらラピスの手も痛いでしょう?」

 ラピスはこの言葉に感動する。

 多分に本人の言動のせいなのだが、ラピスにこういう気遣いをしてくれる人は少なかった。

「サヴィーネがいいならいいのだけど。でさ、うちの馬鹿兄はリーダーとしては悪くないとは思うんだけど、女心だけは分かってなさそうなのよね」

 あ、怒っているのは竜騎士の方だけじゃないのねとサヴィーネは思う。

「でも、それ以外は悪くないと思うんだけどどう? ローリンエンにも素敵な男性はいるだろうけどさ。サヴィーネってどんな男性が好みなの?」

 目をくりくりとさせて身を乗り出した。

 ラピスもそういう話題に興味津々なお年頃である。

 しかし、今まではそういうことを話せる相手がいなかった。

 そして一応はサヴィーネの好みを聞き出して不甲斐ない兄のサポートをしてやるかという気持ちもある。

「ごめんなさい。私はダルフィード国に来る前は実家から出たことがなくて。舞踏会にも参加したことがないの。ローリンエンの宮廷で何人か年頃の男性はお見かけはしたけれど、どんな方かはよく分からないので判断できないわ。それに……私には縁談もなかったから」

「えー絶対におかしいよ。これだけ気品があるし、美人だし、思いやりがあって一緒にいて楽しいし。それに比べたら、私なんか兄に騒々しい山猿扱いされているんだよ。ウキキッ!」

 変な顔で鳴き真似をするとサヴィーネはクスリと笑った。

 ラピスはそれを見て指差す。

「それそれ。笑顔、凄く可愛いじゃない」

 後で見たことを兄に自慢してやろう。

 その時のニーラスの顔を想像してフフッと笑った。

 サヴィーネは可愛いと言われたことに驚いている。

 実家にいるときはそんなことを言われたことが無かった。

 むしろ愛想のない冷血女などという陰口を言われていたぐらいである。

 氷室のような環境にいれば笑う機会などないので無理もない。

「私はラピスが可愛いと思うわ」

「えー、それって女性としてではなくて、妹とかそんな感じでしょ? 男性の目線じゃなくて。サヴィーネはさ、私が男だったら放っておかないけど。誘拐しちゃうかも」

「本当に可愛いと思ってるわ。生き生きしていて眩しいくらい」

「じゃあ、2人とも可愛いということで」

「そうね」

 2人は顔を見合わせる。

「それでさ、私はあまり外の男の人を見たことがないんだ。サヴィーネかチラッと見た範囲でいいからさ、今までで1番見た目が格好良かった人って誰?」

 サヴィーネは真剣に考え込んだ。

 しばらくすると徐に口を開く。

「そうね。そんなにまじまじと見たことがないけど、陛下の近衛騎士の中に人目を引く方がいらっしゃいました」

「どんな人? 髪や目はどんな感じ?」

 ラピスは根掘り葉掘り聞いた。

「そうかあ。サヴィーネもちょっとは惹かれた?」

「素敵な方とは思いましたけど、お名前も知らないですし。それに私はザーラム様に嫁ぐことが決まってましたから」

「それじゃ、うちの兄と比べてどう? 率直なところが聞きたいな」

「お兄様は美しい方だと思います。でも比較は私にはとても無理です」

「そう。でも兄のことを美しいとは思ってくれているのね。それを聞いたら喜ぶわ」

「私の意見なんか……。他の方も皆さんそう思ってるでしょう?」

「んー、まあ外の人から見てどうかって感じかな。ちなみに、ガラムとバービスってどう思う? 見た目は両方とも悪くないと私は思うんだよね」

「ガラムさんとバービスさんですか? 確かにそうですね。3人揃っていらっしゃるとキラキラしてます。ひょっとしてラピスさん、お二人のどちらかが意中の方だったりします?」

 サヴィーネ自身は男性についてあれこれ女性同士でおしゃべりをするという経験はない。

 それでも侍女たちが騒いでいるのを聞いたことはあり、なんとなく相手にも反問するものだということは理解していた。

「ないない。兄の腹心なんて親しくなったら何でも報告されそうだもん。そんな窮屈な思いはごめんだわ。まあ、確かに見た目は水準以上だよ。ただ、私はもうちょっと繊細な感じがいいかな」

 その時、テラスに面した窓の外が暗くなる。

 そちらに視線を移すとニーラスが跨がったナージリアスが空中で羽ばたいていた。

 ラピスが窓を開けて外に出る。

「兄さん、どうしたの?」

「なんだラピスか」

「なんだとはご挨拶ね」

「サヴィ……エスターテ嬢はいるかい?」

 ラピスの後ろからサヴィーネが姿を見せるとニーラスは顔をほころばせた。

「やっぱりバーディッツ殿を案内したジールゲン砦を見ておいてもらおうと思ってね。向こうにも具合が良くない者もいるし、ついでに浄化してもらえるとありがたいな。急な話だが今から一緒にきてくれるかい?」

 ニーラスは手を伸ばす。

 それを見てラピスは呆れた声を出した。

「ねえ、淑女に手摺を乗り越えさせようというの?」

「ああ。そうか。それでは一度着陸場に……」

 言いかけるニーラスを制するようにサヴィーネが前に出た。

「私の力が必要な方がいるのであれば参ります」

 幸いなことに騎乗服のままなので大胆に脚を広げることはできる。

 下から見上げる者は居ないだろうが流石にスカートではこうはいかない。

 もともと露台からドラゴンに乗ることができるように虚空に突き出した部分が設けてあった。

 そこは手摺も一段低くなっており、乗降用の踏み台を兼ねている。

 ニーラスは手摺に足をかけて身を乗り出すサヴィーネの手首を掴み介助した。

「お兄様。待って。私も行く」

「後から追いついてこい」

「もう。話が急なのよ……」

 文句を言いながらラピスは首から金鎖で下げている笛を取り出す。

 口に当てると力一杯吹き鳴らした。

 人の耳に聞こえる音は出ないが確かにその笛は大気を震わせる。

 この笛はドラゴンの口の奥に生えている小さな歯を削って作ったものだった。

 ドラゴンがこの人を騎乗者と思い定めた相手に与えるものである。

 元の持ち主にだけ聞こえる音を出すことができた。

 ラピスは露台から部屋の中に入り通り抜けると扉を開けて廊下に顔を突き出す。

 通りかかったメイドに声をかけた。

「ちょっとジールゲン砦まで出かけてくるわ。帰りは明日になると思う。アンナに伝えておいて」

 それだけ告げると再び露台にとって返す。

 空を見上げるとシャルルーカが高度を落として近づいてくるところだった。

 露台に横付けするように空中に留まるとシャルルーカは念話を送ってくる。

「ねえ。今日は随分と使いが荒くない? 何か事件なの?」

「分かんない。でも、何かありそうな気がするわ。ごめん。もうちょっと寄せて」

 まだ慣れていないのかシャルルーカと露台の間には幅があった。

「無茶言わないでよ。これ、難しいのに。壁に跳ね返った風が当たって飛びにくいんだから」

 それでもシャルルーカはなんとか体を寄せる。

「よっと」

 ラピスは勢いをつけて鞍に飛び移った。

 ニーラスが見たら危なっかしさに眉を顰めるだろう。

「じゃあ、ナージリアスを追いかけて」

 ベルトを締めながらラピスは上機嫌で叫んだ。

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