第27話 巫女と勇者の歴史

 優真がメグとの交流にいそしむ最中、巫女のリヴィアとエレリは情報集約局の資料倉庫を訪れていた。


「それでお姉ちゃん。何について調べるの?」

「エラフ王国にも勇者様についての資料は残されていた。だけど、巫女についての事はあまり書かれていなかったでしょ?ここなら勇者様に付き従った歴代の巫女が記録されている筈、それが知りたいの」


 リヴィアはエレリに指示をすると、勇者について書かれた本を手に取り記述を漁り始めた。エレリも別の資料を見ながら姉に聞いた。


「でも何でまた巫女の事なんて調べるの?」

「勇者にとって奇跡の巫女は力なり、時に手足に、時に目に、やがてその身は希望の光となりける。私達巫女に伝わる言葉、エレリちゃんも知ってるでしょ?」

「勿論、何度も聞かされてきたし」

「さっきメグの話を聞いていて思ったの、優真様に神獣様のお力そのものが宿っておられるのなら、始まりの勇者様も同じ筈、そして巫女の血筋には神獣様のお力が取り入れられた」


 そこまでリヴィアが話して、エレリも姉の言いたい事が分かった。


「私達も勇者と近しい存在だって事?」

「あの言い伝えは巫女としての心構えなのかと思っていた。だけど違う、希望の光となりけるっていうのは、恐らく勇者様と並び立つ存在として成長するって意味なんじゃないかって思う」


 かつてエタナラニアは滅亡の危機にあった。魔王の力は遥か強大で、魔王が放った魔物によって世界は塗り替えられてしまう寸前だった。


 人々が次々と諦め武器を捨て、魔王によってもたらされる死を受け入れ始めた時にも、ただ一人絶望せず諦めなかった者がいた。


 それが始まりの巫女その人だった。巫女は戦える者を集め魔物と戦い、人々を鼓舞し気丈に振る舞った。決して折れない心と勇猛果敢に戦うその姿に、一人、また一人と生きる意志を取り戻していった。


 しかし巫女の奮闘及ばず、魔王は巫女を追い詰めていった。次々と凶刃に倒れゆく仲間達の姿に、巫女は誰ともなく祈りを捧げた。


 それが救いの祈り、戦い続けた巫女がその果てに掴んだ希望だった。祈りを聞き届けた勇者はエタナラニアに召喚され、手にした剣で幾万の魔物を斬り伏せ、手にした盾で幾千の人々を守った。


 勇者と巫女は互いに手を取り合い、世界中の魔物を打倒しながら人々に希望を与えた。やがてその力は一つとなり、強大な魔王をついに倒した。


 しかし魔王はやがて復活する。それを知った勇者は、一緒に戦った仲間たちと、戦いの最中愛を育んだ巫女と共に国を興した。それがエラフ王国、いつか来る魔王復活に備え、新たな勇者を呼び寄せる力を受け継ぎ続ける礎を築いたのだった。


「これがエラフ王国の始まり…」

「勇者様と巫女の血は広がっていった筈、だけど王家には必ず巫女の力を強く受け継ぐ子が産まれた。それはきっと、勇者と巫女という存在が一対であったという証なんだわ。私達も、優真様と同じ使命を背負っている」


 リヴィアとエレリは、読み集めた資料からその事実を導きだした。巫女の役目は勇者を支えるだけでなく、隣に立って共に希望の光となる事、自らの宿命を知った二人は覚悟を新たにした。


「でも何だか不思議、私達も神獣様の力を受け継ぐ存在だなんて」

「ふふっ、そうね。実感とかはまるで感じないからね」

「お姉ちゃんは違うよ、何か神々しいって言われればそう感じるもん」

「何よそれ、エレリちゃんだって一緒でしょ?」

「わ、私は何かそういうのあんま似合わないよ。お姉ちゃんみたいにおしとやかになれないし」


 姉妹の談笑が倉庫の中に楽しそうに響く、背負う運命が大きくとも、自分たちが一人じゃないというのが二人にとってとても心強かった。


 始まりの巫女は一人で戦い続けた。その勇敢さと偉大さには畏敬の念を抱く、しかし、自分たちが同じ立場にいたらそうする事が出来ただろうかと思うと、きっと心が先に折れてしまっただろうと二人共に思っていた。


 歴代で初めて産まれた双子の奇跡の巫女、それは互いに足りない力を補い合い、支え合う為に二つに分かたれたのかもしれない、そう感じていた。




 リヴィアとエレリが戻ってきた。一緒にロバートさんも付いてきて、客室に案内すると告げられた。


 メグは変わらず神獣の剣に夢中だったので、俺たちは一足先に部屋に案内されて休ませてもらう事になった。


 アステルの夜景は実に神秘的だった。建物が変わっているのもあるけれど、夜になっても明かりが消える事がなくずっと光っている。塔の先端を繋がる光の線は、夜に見るときらきらと輝く天の川のようだった。


 そんな様子を窓から眺めていると、何だか眠れなくなってきた。俺は一度部屋を出て気持ちを入れ替えようと思った。


 そして俺が部屋を出たタイミングで、同時にリヴィアも隣の部屋から出てきた。何事もそうだがタイミングが被ると何処か気恥ずかしい、俺はそれを誤魔化す為に先に声をかけた。


「どうしたのリヴィア?眠れない?」

「優真様こそ、どうかしましたか?」

「俺?窓から外を眺めてたら何かちょっと落ち着かなくてさ、エラフ王国の静けさが恋しいよ」

「そう言っていただけると何だか嬉しいです。もしよろしければ、眠くなるまでお話しませんか?」


 俺はリヴィアのお誘いにのった。テラスに出て隣り合って座る、するとリヴィアが突然小さく笑った。


「どうかした?」

「こうしているとあの時を思い出してしまいまして、ほら、お父様が急に優真様をお風呂に誘った…」


 あの時かと俺も合点がいく、確かに場所は全然違うけれど状況は似ている。


「突然誘われて焦った時な」

「旅に出る直前の事でもありましたね」


 その事も何だかもうすっかり遠く感じてしまう、そんなに時は経っていないというのに不思議だ。


「あの夜でしたね、私が巫女について優真様に語ったのは」

「うん、よく覚えてるよ」

「今日私達が改めて知った事を聞いてくれませんか?」

「聞かせてくれる?」


 そうして俺はリヴィアから、始まりの勇者と巫女、そしてエラフ王国の事を聞いた。想像していたよりもずっと壮大で、歴史を感じさせる話だった。


「つまりリヴィアとエレリも勇者みたいな存在って事?」

「近しいだけですけれど、そうです。より神獣様のお力を受けているのは優真様ですけれど、私達もまた同じ使命を背負っているんです。仲間ですね」

「そう言われると何だかより心強く感じるな」

「ふふっそれは何よりです」


 でも話の中で少し気になる事があった。それをリヴィアに聞いてみる。


「でもさ、勇者と魔王の戦いって今までずっと続いてるんだよね。始まりの勇者と巫女の血筋が残り続けるって難しくない?」

「そうですね、だから召喚された勇者様と巫女には間に子をなすというしきたりが残っています」

「ハア!?」


 驚いて思わず声を上げてしまった。


「おかしいですよね」

「いや、おかしいというか。それ勇者も巫女も納得したの?」


 自分に置き換えてみたら確かにリヴィアやエレリと結婚出来て、その上子供までとなったら嬉しく思うが、それは自由な意志があってこそ嬉しいものであって、強制されるものではない。


「巫女は使命感を幼いうちから強く言い聞かせれていますから…、その事を疑問に思っても受け入れてきたのだと思います」

「勇者の方は?」

「勇者様は使命から開放されるとこの世界での自由が与えられます。勿論元の世界に戻る事も出来ますが、その自由の条件が子をなす事なんです。これは正直エラフ王国の暗部と言ってもいいです」


 暗部、そこまでの事かは分からないけれど、確かに表沙汰にしていい事でもないかもしれない。


「このしきたりが出来たのはいつ?」

「正確には分かりません。こちらの資料でも見つからなかったので、王国だけに伝わっているようですね。でも続いているという事はそういう事だと思います」


 皆それを受け入れてきた。つまりはそういう事。勇者と巫女はその使命を同じにしながらも、複雑な関係となっているんだなと思った。


「ごめんなさいこんな話、魔王を倒してもいないのに優真様を惑わすだけなのに」

「いや、俺が聞いた事だから。そんな事より、リヴィアはそれを納得してないんじゃない?」

「…そう感じましたか?」

「何となくだけどね」


 リヴィアはふーっと大きくため息をついた。


「何だか不安なんです。私は色々と変な事を考えてしまうから、これで巫女として相応しいのかって、そう思ってしまう」

「リヴィア…」

「すみません、本当に忘れてください。こんな話をするつもりじゃなかったのに、ごめんなさい」

「いや、リヴィアの考え方の何がおかしいのか俺にはよく分からないんだけど」


 俺がそう言うとリヴィアは「へ?」と声を上げた。


「巫女だからだとか勇者だからだとか、その前に俺たちは一人の人間何だから、色々悩んで違う考えを持つ事なんて当たり前じゃない?だからさ、リヴィアもそんな悩む事ないって、魔王倒したらさ、俺が神獣になんとか頼んでみるから。巫女から自由を奪わないでって」

「そんなこと…」

「いや、俺は言うよ。うん、そう思ったら尚更頑張らなきゃなって思えてきた。俺はほら困ってる人を放っておけないからさ、出来る限り何かやってあげたいんだ。それが勇者の務めなら、俺はそれを果たすよ。ちょっと頼りないかもだけど、でもやるから」


 俺は立ち上がってパンパンと両頬を叩いた。気合を入れ直すのと、頭をスッキリさせる為だ。


「リヴィアの考え、聞かせてくれてありがとう。俺たちさ、同じ使命を背負った仲間何だから、不安な事があったらもっと聞きたいな」

「優真様…」

「じゃあ俺もう寝るから!リヴィアもベッド入ったら寝れると思うよ」


 それだけ言って俺はその場を立ち去った。この問題に対して、リヴィアに適切な何かを伝える事の出来る自信が、俺にはまだなかった。

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