第26話 奇妙な贈り物
メグの協力を取り付ける事に成功した俺たちは、彼女からある物を渡された。
それは平べったい板のような形状で、大きさで言えば手帳くらい。その薄い板には、表は真っ黒なまま何もないが、裏には様々な意匠が施されている。
「それは今アタシが開発している魔道具、魔法の才能が皆無の人間にも扱える代物よ。どれだけ遠く離れていても会話が可能で、情報集約局の膨大な記録と結びついているから、様々な情報を瞬時に調べる事も出来るわ」
「へえ、スマホみたい」
「スマホ?」
「ああ、元の世界に似たような物があったんだよ」
「ふーん、まあ名前は何でも好きにすればいいわ。今のところそいつの名前は試作四号だし」
試作四号ではあまりに味気ない、でも勝手に名前をつけるのもどうかと思った。
「もっといい名前ないの?」
「?スマホでいいけど?」
「いや、それじゃあまりにもそのままと言うか。やっぱ開発者が決めるべきだと思うんだけど」
メグは首を捻って暫く考え込んだ後、吐き捨てるように言った。
「じゃあマグメ四号」
「マグメ?」
「私が作った魔道具だから、魔道具からマグ、メグからメ」
名前については心底どうでもいいんだなと伝わってきた。まあマグメってのも中々愛嬌があっていいかもしれない、響きが可愛い。
「これどこまで出来てるの?」
エレリが聞くとメグが答えた。
「実はもう側は完璧に完成してるし、中身も問題ない。試作とは言ったけれど、ほぼ完成品だ」
「すごく便利そうなのに、どうしてまだ世に出てないんですか?」
リヴィアの問いかけにはすごく渋い表情で返した。
「…材料も作れる人も限られてるから。今の所アタシしかいじれないし、材料費だけで国が転びかねないくらいかかってる。話したい時は相手も持っていないと意味ないし」
それは完成したとしてもまだまだ世には出せないなと思った。最低で二つ必要なら、国が傾く予算を二回支払う必要がある。そんな馬鹿誰もやらない。
「それに完成しても問題はまだ山程ある、集約局の記録を何でも全部見せる訳にはいかないし、マグメの悪用を防ぐ手立ても考えなければならない。まあ優真達には関係ないけれど」
「そういや何でこれを?」
「あげる」
「は?」
「だからあげるってば。それがあれば一々アステルに戻ってこなくていいでしょ?魔物についても調べられるし、勇者についての記録だってどこでも調べられるんだから、足跡を辿るのに最適でしょ?」
だからといってこんなに貴重な物を、こんなに簡単に渡していいものなのか。俺が慌ててそう聞くと、メグは笑って言った。
「いいの。今のままじゃここにあっても無駄なだけだし、優真達の旅の手助けになるならそれが一番。協力するって言ったでしょ?」
「本当にいいのか?」
「しつこい!いいって言ってるんだからいいの!試作四号起きなさい!」
メグがマグメに向かってそう呼びかけると、真っ黒だった表面が青白く光り、そこからうにょうにょと丸っこい形状の何かが伸びてきた。
「何ですかご主人」
「喋った…」
「おやこの方は?」
俺が声を漏らすと、それを聞きつけたのかそいつは疑問符のような形状に変化して言った。
「新しい主人だ。それに今日からお前の名前はマグメだ。主人になる優真がつけてくれたぞ」
「なんと名付け親ですか!これは嬉しい!」
今度は感嘆符の形状に変化した。どうも感情によってその形を様々に変化させるらしい。
「メグ、これは?」
「アタシが作った専用の魔法生命体だ。何か知りたかったりやりたい事があればマグメに言えば全部やってくれる。ちょっとお喋りで鬱陶しいけどアタシが作ったから有能よ」
「今からこのマグメは新しいご主人の為に粉骨砕身働かせていただきます。どうぞよろしく」
「骨身ないだろお前」
「気概の話しですよ。創造主は頭が良くてもユニークさに欠けます」
お喋りというのは本当のようだ。調子良く喋ってメグの言葉に歯向かったりしている。マグメの見た目はコミカルというかシュールなものだが、聞こえてくる声は低く落ち着いた男性の声でとんでもなく違和感がある。
「ああもう!アタシの方はいいから。お前の新しい主人に挨拶しろ」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ワテクシ試作四号に封じ込められた憐れな魔法生物、お名前をお伺いしても?」
マグメが疑問符の形になった。
「俺は鏡優真だ。えっと、よろしく」
「ユウマ様ですね、こちらこそどうぞよろしく」
今度はマグメは手の形に変わった。板から飛び出た手から握手を求められるなんて不思議過ぎる状況だが、俺はその手を取って握手をした。意外な事にマグメはしっかりと触った感触があった。
「おやおや、こうして握手までしていただけるとはワテクシ思いませんでした。ユウマ様は意外と無用心?」
「えっ?触ると何か危ないの?」
「まさか、ワテクシまったく無害であります。どんどん触っていただけたら好感度がぐんぐん上がっていきますです。今のはちょっとしたジョークですよ」
やばい、すでに結構相手するのに疲れてきている。俺が苦笑いを浮かべていると、マグメは自分で勝手に移動して今度はリヴィアとエレリの前で止まった。
「ご機嫌麗しゅう。お二人がかの有名な奇跡の巫女様ですね、どうぞよろしくお願いします」
「あっはい、私はリヴィアと言います」
「わ、私はエレリ」
「リヴィア様にエレリ様、お二人共大変お美しい。ワテクシ思わず赤くなってしまいます」
それまで青白い光だったのが、今度は赤く染まった。くねくねと動く姿はちょっと気持ち悪い。
「まったく見るに堪えないな。マグメ!いいからもう魔道具に戻れ!」
「おや失敬します」
言われた途端にマグメの体はスルスルっと魔道具の中に戻っていった。表面にはまさしくスマホの画面のようなものが映っていた。見つめていると、顔文字が画面ににゅっと現れる。
「うおっ!びっくりした!」
「ワテクシそんなに熱を帯びた目で見つめられると照れてしまいますです」
顔文字がころころと変わって表情を変化させる。この中にマグメは本当にいるんだと感心した。
「はあ…マグメのせいで疲れた。話も先に進めたかったが、今日はもう気が乗らない。ちょっとやりたい事もあるし、お開きでいいか?」
「俺はそれでもいいけど」
ちらりとリヴィアとエレリの方を見た。
「私はそれで構いません。それに私も少しやる事が出来ました。メグ、勇者様についての資料を見たいのですが構いませんか?」
「勿論だ、ロバートに言えば通してくれる」
「ありがとう、エレリちゃんも一緒に来てくれる?」
「分かった」
「今日はこのままここに泊まってくれていいから。じゃ、そゆことで」
メグがそう言うと、それぞれに行動を開始してしまった。取り残された俺はやることもないので、どうせならと思ってメグと一緒にいる事にした。
「何だ?優真はこっちに残るのか?」
「うん、迷惑じゃなければ」
「迷惑な事はないが、アタシと一緒にいてもつまらないぞ」
何か最近同じようなことを言った覚えがあるな、俺は笑って承諾した。
「つまんなくてもいいさ」
「ふうん、変な奴だな」
メグは自分の机で何やら作業を始めた。カリカリと筆を動かす音が静かな部屋に響く。無言のまま過ぎる時間に、最近こうした何もしないゆっくりとした時間がなかったなと思う。
「…何か言う事とかないのか?」
「ん?何が?」
「必要な事だったとはいえ、アタシは優真を試した。しかも、罪のない村人を利用してだ。恨み言を言われても仕方がない」
淡々と喋ってはいたが、その声は沈んでいた。罪の意識がそうさせるのだろう。
「それは俺じゃなくて村人に言うべきじゃないか?」
「そ、それは確かにそうだが…」
「恨む事なんて何もないさ、実際メグの情報のお陰で村人を迅速に助けられたんだし、結果よしじゃないか?」
大きな怪我なく済んだし、俺も実戦の空気というのを経験できた。村人の女性は気の毒だが、騎士団到着を待つよりも早く救出できたのは事実だと思う。
「エラフ王国の騎士団が来れば、もっと安全に事は済んだかもしれないけど。時間はかかっただろ?多少の無茶で無謀が通るなら俺はそうする」
「ふっ、優真は本当に、一緒にいる巫女二人が気の毒な性格だな」
「何でだよ、仲良くやってるぞ?」
「なら君のとった作戦を彼女達に伝えるべきじゃあないかな?」
それは、と俺は言葉に詰まった。言うべきは言うべきなのだろうけれど、絶対に叱られるのが目に見えているし、それ以上に心配をかける。後、行動を制限されたら厄介だ。
「言うべきなのは分かってるけど、二人には悪いが言わない」
「止められるからか?」
「分かってるなら聞くなよ」
メグはふふっと軽く笑った。
「いいさ、実際アタシはあの姿の中に勇者の資質を見たんだ。それが正しいのか分からないけれど、きっと優真になら意味があると思った」
「何だそれ」
「何なんだろうな、いつか分かる日がくればいいなと思っているよ。悪いが神獣の剣を見せてくれないか?ちょっと調べてみたい」
「いいけど、大切な物だから変な事するなよ」
俺が剣を渡すと、メグは早速それを熱心に観察しはじめた。何かを究明する事にかけて本当に純粋なんだなとその様子を見て俺はため息をついた。
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