第25話 アイドル探索者を目指そう

 休憩を終えたスターリンクは、軽く伸びをして再び立ち上がった。


「ここまで順調だし……どこまでいけるか、試してみようか?」


 奏が剣の柄を握り直し、少し挑戦的に笑う。

 しかし、その言葉に即座に反応したのはオモチだった。


「ちょっと待つニャ! 今の自分たちの限界を知るのはいいことニャ。だけど無理は禁物ニャ!」

「うっ……真面目な監督モードだ」

「そりゃそうニャ。今日が初配信ニャ! 無理して怪我でもしたら元も子もないニャ!」


 オモチは前足を腰に当てるような仕草をしてキッと目を細めた。


「今日は六階層を攻略したら撤退ニャ。それ以上は次の楽しみに取っておくニャ!」


 その提案に雫たちは顔を見合わせて頷く。


「うん、わかった。じゃあ、六階層を最後にしよう」


 再びパーティは前進を始める。

 六階層は中層へ続く手前の準備階層。

 敵の強さも段違いに上がる。


 :新エリアキターー!

 :雰囲気変わったな、照明暗めで怖い!

 :ウルフの警戒モードかっこよ


 知花の指示が飛び、陽葵が先行。

 スライムとゴブリンの混合群を切り抜けながら五人は慎重に奥へ進む。

 麗華の回復魔法が淡く光り、奏の剣がその光を反射して瞬く。


「……はぁっ……ここ、やっぱりキツいね」

「うん……動きが重くなってきた」


 雫の肩が上下し、陽葵も息を整えながら苦笑いする。

 その様子を見ていたオモチが短く手を叩いた。


「はい、そこまでニャ! 今日はここまでニャ!」

「えっ、もう少し――」

「ダメニャ! 初日はここで帰還! 撤退も勇気ニャ!」


 その言葉に全員が苦笑しつつも頷く。


「……了解、監督」


 奏が剣を納め、知花がタブレットで帰還用の魔法陣を探し、そこへ向かう。


 ダンジョン出口、地上へ戻る通路にたどり着くと、オモチがくるりとカメラに向き直った。


「最後までご視聴いただきありがとうニャ! 面白かったらグッドボタンとチャンネル登録お願いニャ!」

「「お願いしまーす!」」


 五人が一斉に手を振り、ウルフとミニドラッキーも小さく鳴いた。


「それじゃ、バイバイニャ~!」


 オモチが尻尾をふりながら手を振ると、画面がゆっくりフェードアウト。

 コメント欄は歓声で埋まった。


 :最高だった!

 :初配信でこの完成度はヤバい

 :オモチ監督すこ

 :次回いつ!?


 画面が暗転し、配信終了の文字。

 雫たちはマイクを外して、ようやく大きく息を吐いた。


「ふぅ……終わったぁ……!」

「みんなお疲れ様。初配信にしては上出来だったわ」


 知花が眼鏡を押し上げて満足げに微笑む。

 その後、五人と一輝、オモチは戦利品を手に換金所へ向かう。


 初めての収益、それはスターリンクが本当の意味で冒険者兼配信者として歩き出した瞬間でもあった。


 ダンジョンを後にしたスターリンクは探索者ギルド内の換金所へ向かった。

 ガラス張りのカウンター越しに慣れ親しんだ空気が漂う。

 その奥に座っていたのは眼鏡をかけた穏やかな笑みの女性、鈴木すずき真紀子まきこ


「……あら?」


 書類を整理していた真紀子がふと顔を上げた瞬間、目を丸くした。


「もしかして奏ちゃん? それに陽葵ちゃんに知花ちゃんに麗華ちゃんまで……!」


 驚きと喜びが混ざった声。

 カウンター越しに身を乗り出した真紀子は手を胸に当てて笑みをこぼした。


「まさか、あなたたちにまた会えるなんて……!」

「お久しぶりです、真紀子さん」


 奏が少し照れくさそうに頭を下げる。


「ずっとお世話になってたのにあの時以来で……」


 真紀子は静かに首を振った。


「いいのよ。あの事故のことは聞いているわ。辛かったでしょうに……でも、こうして元気な姿を見られて、本当に嬉しいわ」


 温かい言葉に奏の瞳が潤む。

 陽葵も知花も麗華も懐かしさに胸を締め付けられるような表情を浮かべていた。


「それに……新しい仲間も増えたのね?」


 真紀子の視線が雫、そして後ろに立つ一輝とオモチへ向かう。


「はい。召喚士の星乃雫です。こちらが召喚獣の一輝さんで――」


 雫が自己紹介すると、オモチがぴょこんと飛び乗って胸を張った。


「我が輩は監督兼プロデューサーのオモチだニャ!」

「……まぁ、喋る猫さんまで!」


 真紀子は思わず吹き出した。


「ふふっ、ずいぶん賑やかになったわね。いいことよ。ダンジョンは危険な場所だから仲間が多いほど心強いもの」

「ありがとうございます」

「ええ。改めておかえりなさい、奏ちゃんたち。そして、復帰おめでとう」


 その言葉に五人は深々と頭を下げた。

 久しぶりの再会はまるで帰郷したような温もりに満ちていた。

 そのあと、真紀子が丁寧に戦利品を査定しながら穏やかに言う。


「初日でこれだけの収穫なら、なかなかの滑り出しよ。……でも、くれぐれも無理はしないでね?」

「はい。気をつけます」

「約束よ?」


 奏が笑いながら頷き、換金額の書かれた明細書を受け取る。

 金額は大したものではなかったけれど、新しく得たものは大きかった。


「ほら、一輝さんも見てみて」

「ああ、どれどれ……」


 一輝は受け取った明細書を覗き込み、隣でオモチも肩の上から覗き込んだ。


「ゴブリンの魔石、単価八百円……スライムの魔石、五百円……吸血コウモリの牙、百円? 安っ!」


 思わず声が出た一輝にオモチも目を丸くする。


「スケルトンの骨、五十円ニャ!? 骨董品扱いニャ!? これ、カロリー換算したら赤字ニャ!」

「……いやカロリーで換算するな」


 ため息を吐きながら合計欄に目をやる。

 合計金額三万四百八十円。

 そしてその下には事務手数料、換金手数料などの文字。


「手数料で三千円引かれて……残り二万七千四百八十円か」

「にゃ……にゃんてこった……!」


 オモチがその場でがっくりと項垂れる。


「五人で割ったら一人五千円ちょっとね」


 知花が冷静に計算して顔をしかめた。


「探索者って……もっと夢のある仕事だと思ってた……」

「うぅ……交通費と食事代を考えたら、黒字ギリギリだね」


 一輝が直視したくな現実を知り、肩を落としていた。

 その傍で陽葵が財布を開いて現実を直視している。


「初配信であれだけ盛り上がったのに、現実は世知辛いニャ……!」

「まあ、俺たちの生活費は会社の口座から出すとしても、これじゃ活動資金は全然足りないな」

「しかも、麗華のお父さんとお母さんから機材代を借金しているから、完全にマイナスニャ!」


 一輝が腕を組んで唸る。

 雫が苦笑しながら言った。


「……だから、配信を頑張っていかなきゃ、だね」

「そうニャ! ダンジョンだけじゃ食っていけない! 視聴者を増やして広告収入を得るニャ!」


 オモチが急に立ち上がり、気合を入れる。


「はあ……現実、厳しいね」

「うん。でも、それでも進むしかない」


 奏の穏やかな言葉にみんなが小さく頷いた。


 事務所に戻ったスターリンクの面々は、会議室に集まって反省会を開いていた。

 ホワイトボードには、初配信まとめ、改善点と大きく書かれている。


「まず、今日の配信は無事に完走できた。それだけでも上出来ニャ!」


 オモチが胸を張って宣言し、みんなで拍手を送る。


「とはいえ、反省も大事ニャ。切り抜き動画の素材を整理するニャ!」


 陽葵が机の上にメモを広げた。


「見せ場って言うと、やっぱり知花の魔法で一掃したところとか?」

「いや、雫ちゃんの召喚獣が活躍した場面も良かったわ」

「うん、あそこ可愛かったよね! ウルフがカメラ目線してた!」


 笑い声が広がる中、オモチが頷く。


「よし、じゃあその辺りをショート動画にするニャ! タイトルは初陣☆スターリンク、スライム地獄を突破! ニャ!」

「タイトルに星が入ってる……」

「センスが昭和っぽい」

「んにゃっ!? 細かいことは気にするニャ!」


 すぐに編集に取りかかるオモチ。

 カタカタとキーボードを叩き、ものの十分で動画が仕上がる。

 数秒のBGMイントロから始まり、雫の召喚、全員のコンビネーション、スライム爆散、ウルフのドヤ顔。


 そこにキャッチコピーが挟まる。

【これが、私たちの第一歩☆】


「うわ、すごい……」


 雫が感嘆の声を漏らす。


「まるでプロみたい」

「まあ、プロだからニャ!」

「さっき、素人編集に任せろって言ってなかった?」

「それは謙遜ニャ!」


 和やかな笑いが起こり、動画は即座にClipClapとViewTubeの公式チャンネルへ投稿された。

 だが、その後の会議は一転して真剣な空気に包まれる。


「……正直に言うわ」


 知花が眼鏡を押し上げて冷静な声で口を開いた。


「このまま淡々とダンジョンを探索するだけでは近いうちにマンネリ化する」

「うっ……」


 陽葵がうなだれ、奏も腕を組んで唸る。


「確かに……今日の映像を見返して思ったけど、私たちの動きが機械的すぎて安全すぎるのよね」

「視聴者的にはハラハラ感も欲しいんだろうね」

「アイドルとしての見せ場も薄いニャ」


 オモチが尻尾を振りながらホワイトボードに次回改善点と書き込む。


「もっとエンタメ性を強化するニャ! 単に戦うだけじゃなく、感情、チームの絆、笑い、驚きを演出するニャ!」

「例えば?」

「……ダンジョン飯チャレンジとか、モンスター素材で料理してみたとかニャ!」

「食中毒一直線じゃない!?」

「ははっ……でも、面白いかもな」


 一輝が苦笑しながらも興味深そうに頷いた。

 知花は少し考え込みながら言葉を選ぶ。


「構成として、探索パートとバラエティパートを分けるのがいいかもしれないわ。単調にならないようにね」

「なるほど、配信時間の中に緩急をつけるってことニャ!」


 オモチが尻尾をぶんぶん振り、満面の笑みで叫ぶ。


「採用ニャ! 次回のテーマはダンジョン攻略 × バラエティニャ!」

「おい、それどっちがメインなんだ?」


 一輝のツッコミに、みんなの笑い声が重なった。

 スターリンクの次なる挑戦が動き出す。

 彼女たちはまだ普通の探索者に過ぎなかったが、ここから視聴者を惹きつけるアイドル探索者として本格的に始まっていくのだ。

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