第13話 何も聞かされてなかったんだけど、その辺の説明は?

 涙が落ち着き、ようやく呼吸を整えた御園夫妻は改めて一輝の前に立った。

 俊明は深々と頭を下げ、真理恵もそれに倣う。


「……本当に、ありがとうございます。あなたがいなければ、麗華はもう……一生……!」


 真理恵の声は嗚咽で震えていた。

 一輝は慌てて手を振る。


「顔を上げてください。大袈裟ですよ。俺はちょっと手を貸しただけですから」


 しかし、俊明は首を横に振り、ポケットから封筒を取り出した。

 中身の厚みからして、ただの謝礼ではない。


「あなたのお力にどんな形でも報いたい。これは高位探索者に支払うはずだった治療依頼料だ。受け取ってくれ」


 封筒が差し出される。

 その瞬間、知花も陽葵も奏も息を呑んだ。

 ちらりと覗いた書類には一億五千万円という桁違いの数字が記されていた。


「ちょ、ちょっと待って!? 一億五千万!?」

「それ、桁おかしくないですか!?」


 騒ぐ二人をよそに一輝は封筒を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「お気持ちはありがたいですが……受け取れません」


 静かに、だが揺るぎない声だった。


「俺が彼女を治したのは善意とか慈悲とかじゃない。こちらにも事情があってのことです」

「事情……?」


 俊明が眉を寄せる。

 奏が小さく頷き、代わりに説明を引き取った。


「実は、もう一度、私たちでパーティを組んでダンジョンに挑戦しようと思っているんです」

「え……? あなたたち、また探索を……?」


 真理恵が驚くのも無理はない。

 娘をあんな目に遭わせた世界へ、再び戻るというのだ。

 しかし、奏はまっすぐに顔を上げた。


「今度は違うんです。私たちはただ戦うだけじゃない。ダンジョン配信者として活動するつもりなんです」

「な、何それ聞いてないんだけど!?!?」


 隣で何も聞かされていなかった知花が盛大に声を上げた。


「ちょっと奏!? ダンジョン配信者って、まさかネット配信!? そんなこと言ってなかったでしょ!?」

「ご、ごめん知花。ちゃんと説明しようと思ってたんだけど……」

「陽葵も聞いてたの!?」

「まぁまぁ、知花。落ち着いて落ち着いて」


 陽葵が慌てて間に入り、知花の肩を押さえながら苦笑いで宥める。

 バタバタと小さな混乱が起こる中、麗華がペンを手に取り、ノートを掲げた。


『……私も行きたい。もう一度、みんなと』


 その一文に全員が静まり返った。

 真理恵が目を見開き、俊明は深く息をついた。


「……麗華。いいのかい? 本当に」

『怖い。でも、それ以上にまた生きている証が欲しいの』


 ノートの文字が震えて滲む。

 両親は顔を見合わせ、しばらく沈黙した後、穏やかな笑みを浮かべた。


「……なら、もう止めはしない。君たちの信じる道を進みなさい」

「危険な世界に戻るのは怖いけれど……今のあなたの目を見て、分かるの。もう一度、夢を掴みたいのね」


 真理恵は涙ぐみながら娘の頬を撫でた。

 麗華は頷き、微笑んだ。

 奏が深々と頭を下げる。


「ありがとうございます。必ず、麗華を守ってみせます」


 俊明は微笑み、封筒を一輝に押し戻した。


「なら、この金は君たちの活動資金にでも使ってくれ。命の恩人に、父親として何も渡さないわけにはいかない」


 一輝は少し考え、結局折れたように小さく笑った。


「……じゃあ、預かります。無駄にはしません」


 その言葉に御園夫妻はようやく安堵の笑みを浮かべる。

 麗華、奏、知花、陽葵、四人の少女が再び集い、

 雫と共に歩き出す未来が確かに形を成し始めていた。

 そしてその傍らで、一輝は小さく頷いた。


「(さあ、ここからだ)」


 病室の窓から差し込む光が四人の決意を照らしていた。


 麗華が奇跡的に回復した後、御園夫妻は病院の医師に詳細を説明していた。

 医師たちは信じられないといった様子で何度も検査項目を確認し、首を傾げるばかりだった。


「脊髄も神経も完全に再生している。こんなことがあり得るのか……」


 主治医のその言葉に俊明と真理恵は互いの手を握りしめて泣いた。

 念のため明日もう一度、全身検査を行い、問題がなければ退院ということになった。


 奏たちはその報告を受け、病室で麗華と再会を約束してから、病院を後にした。


 風が頬を撫で、高い空がどこか心を軽くしてくれる。

 しばらく歩いたところで――


「ねぇ、奏」


 知花が唐突に口を開いた。

 その声には微妙に呆れと不信が混じっている。


「それでダンジョン配信ってどういうわけ?」

「え、えっと~……」


 奏は曖昧な笑みを浮かべ、目を泳がせる。

 陽葵が横で苦笑いを浮かべているのが見えた。


「実はね……」


 奏は観念したように説明を始めた。


「雫が召喚した一輝さんには、オモチっていう猫の相棒がいるの。で、そのオモチがダンジョン配信で稼げって言い出して……」

「猫が、配信を提案したの……?」


 知花の声が冷ややかを通り越して氷点下だ。


「う、うん。見た目は猫だけど、頭はすっごくいいの! 現代の情報を全部スマホで調べて、最適な稼ぎ方を分析したらしいの」

「……分析って単語出すあたり、妙にリアルね」


 奏は苦笑しながら、真面目な表情に戻る。


「理由はちゃんとあるの。陽葵と知花も知ってると思うけど、私の家……本当に貧乏で。お母さん、今ガンなんだ。ステージ4で治療にもお金がかかるの」


 その言葉に知花の表情が少しだけ和らぐ。

 彼女は事情を知っていたが改めて口にされると胸が痛んだ。


「……そうだったわね」

「最初は一輝さんの力で治してもらおうかと思ったの。でも、それじゃあ私たち家族は一輝さんに依存してばかりになっちゃう。成長できないし、もし一輝さんがいなくなったら……きっと、何もできなくなっちゃうから」


 奏の言葉には決意がこもっていた。

 オモチの提案をただの冗談としてではなく、家族の未来を繋ぐ道として受け入れたのだ。

 知花はしばらく黙っていたが、やがて小さくため息をつく。


「……まぁ、理由は分かったわ。でもね、ダンジョン探索だけでも十分儲けられると思うんだけど?」


 そう言って、ジト目で奏を睨む。


「それをわざわざ配信って……危ない匂いしかしないのよね」

「は、はは……確かにそうかも」


 奏は乾いた笑いを浮かべ、後頭部をかいた。


「でも、オモチ曰く見た目と話題性があれば数字が取れるんだって」

「それを猫が言うのもどうなのよ……」

「ね~、私もその話を聞かされた時、どういうこと? って思ったもん」


 陽葵が笑って話を和ませる。

 奏も釣られるように笑みを浮かべた。


「……まあ、何にしても、やるなら本気でやるわ。中途半端じゃお母さんも救えないもの」


 その言葉に知花もついに折れたように肩をすくめる。


「はぁ……わかったわよ。どうせ止めてもやるんでしょ。だったら、私がリスク管理をしてあげる」

「ありがとう、知花!」


 陽葵がぱちぱちと手を叩き、笑う。


「これで全員そろって、いよいよ本格始動だね!」


 一輝はその様子を後ろから見ながら、ふっと口元を緩めた。


「(ああ……いいチームになりそうだ)」


 雲一つない空の下、再び歩き出した彼女たちの背中には確かな希望が宿っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る