第7話 今後の計画

 家族の涙が落ち着き、病室は静けさを取り戻した。

 オモチはベッド脇に立ち、真剣な顔で三姉妹を見回した。


「ご主人様のご主人様。これからのことを話しておきたいニャ!」


 呼ばれた雫は背筋を正す。

 オモチの眼差しは真っ直ぐで、冗談ひとつない。


「我が輩たちは切り札ニャ。だけど、強すぎる切り札は時に依存を生むニャ。だから、我が輩たちの力を使うのは、ここぞという時に限るニャ! 普段は使わないようにするニャ!」

「え……?」


 雫は驚きに目を見開いた。

 だが、オモチは続ける。


「危険は伴うニャ。それでもご主人様のご主人様自身が、仲間と一緒にダンジョンを攻略して、霊薬を手に入れなければならないニャ。お母さんを救えるのは家族だけニャ!」


 雫はきつく唇を結び、力強く頷いた。


「……はい!」


 オモチはその反応に満足げに頷き、次に奏へ視線を移す。


「奏。お前も戻った以上、雫と一緒にダンジョンに潜るニャ。姉として、妹を守ってほしいニャ!」

「もちろんよ。雫を一人で行かせるなんて出来ないもの」

「望海は……まだ子供だから探索者にはなれないニャ。だが心配するニャ。オモチが分裂して、お前の側に残るニャ!」

「ほんと!? やったー!」


 望海は飛び上がって喜び、オモチは胸を張った。


「任せるニャ! 遊び相手も、護衛も、全部バッチリニャ! お金についてはこれからもダンジョンで稼いでほしいニャ!」


 オモチは断言するように言った。

 最後に付け加えるように一輝が雫たちに語る。


「困難も多いだろうが……それが、お前たちが独立して生きていく力になる」


 病室に重みのある空気が流れたその時—―


「それとニャ!」


 オモチがスマホを掲げて飛び跳ねた。


「我が輩、ネットで色々調べたニャ! 雫たちにはダンジョン配信を勧めるニャ!」

「……え?」


 雫と奏が同時にきょとんとする。


「ダンジョンを探索する姿を配信すれば、人気が出てファンも増えるニャ! 稼ぎも倍増、スポンサーも付くかもしれないニャ! 見た目は揃って美少女、そこにドラマあり……これはもう勝ち筋ニャ!」

「ちょっ、ちょっと待って。ダンジョン配信って……そんなの本当にできるの?」


 雫は戸惑いながらも興味を隠せない。

 一輝は苦笑して肩をすくめた。


「……オモチがプロデューサーに収まる未来が見えてきたな」

「当然ニャ!」


 オモチは胸を張り、しっぽをビシッと振り上げた。


「我が輩がプロデュースする! 最強の美少女グループ、ここに爆誕ニャ!」


 オモチがスマホを抱えてプロデューサー宣言をしていると、ベッドに横たわる澪が小さくクスクスと笑った。

 笑い皺が目元に浮かび、病気の母というより、優しい母そのものの顔だった。


「……雫、奏、望海。やれるだけのことをやってみたらどうかしら」

「お母さん……」


 未だに戸惑っている雫が澪の方へ顔を向ける。


「配信が失敗しても、誰かに笑われても死ぬことはないわ」


 澪の声は穏やかだった。


「それに、あなたたちにはオモチちゃんと一輝さんがいてくれる。心強いでしょう?」

「……うん」


 雫は母の瞳をまっすぐに見つめ、胸の奥に温かいものが込み上げるのを感じていた。


「だから、精一杯、頑張ってみなさい」


 雫はその言葉をかみしめて、大きく頷いた。


「わかった。どこまでできるかは分からないけど……一所懸命に頑張る」

「私も頑張るわ。雫を一人にしない」


 奏が落ち着いた声で言う。


「お姉ちゃん、ありがとう。頼りにしてるね」

「私も、私も頑張るー!」


 望海が両手を挙げて叫ぶ。

 その時、病室のドアが開き、看護師が顔を覗かせた。


「すみません、病院内ではお静かにお願いしますね」

「は、はいっ! すみません!」


 三姉妹は慌てて声をひそめると、顔を見合わせてクスクスと笑った。

「……せーの」

「「「えいえいおー……!」」」


 小さな掛け声に病室は一瞬だけ、家族の秘密基地のような温もりに包まれた。

 澪はその光景を見て、再び一輝とオモチに視線を向け、ゆっくりと頭を下げた。


「今度は助けてくださいとは言いません。どうか、この子たちに力を貸してください」


 一輝とオモチは見合って笑い、同時に胸をドンと叩いた。


「俺たちを救ってくれた恩人のためなら……喜んで!」

「任せるニャ!」


 その力強い声に、澪の目が静かに潤む。

 雫たちも胸に手を当てて、これから始まる戦いに心を固めるのだった。


 病室を後にした一同は、夕暮れに染まる街を歩いていた。

 病院の白い壁を背にした途端、どこか胸を締め付けられるような現実感が押し寄せてくる。


「……母さん、大丈夫そうに見えたけど」


 雫の声は心配を隠せない。


「今は落ち着いてるだけニャ。だけど油断はできないニャ」


 オモチが尻尾を揺らしながら淡々と答える。


「あとでこっそり調べておくニャ。どれだけ時間が残されてるかは把握しておいた方がいいニャ」


 雫は一瞬だけ不安げに顔を伏せたが、一輝が肩を軽く叩いて笑ってみせた。


「だからこそ、今やるべきことに集中しよう。急いては事を仕損じるってやつだ」

「……はい」


 帰り道の途中、オモチはスマホを取り出すと胸を張った。


「さて、ご主人様のご主人様! 配信について調べてきたニャ! まず必要なのは道具ニャ。カメラ、マイク、照明、配信用のパソコンやソフト。最低限はこれくらいニャ」

「思ったより多いですね……」

「でも、最近はスマホ一つでも配信できるから問題ないニャ。最初はそれで十分ニャ」


 雫と奏は顔を見合わせる。


「私たち、配信は見たことあるけど……やったことはないし」

「うん。知識もほとんどないわ」

「だから我が輩がプロデューサーになるニャ! 調べた結果、雫たちはアイドルグループとして売り出すのが最適と判断したニャ!」

「ア、アイドル!?」

「……私が?」


 まさか、自分もかと奏が驚きに目を見開く。


「そうニャ! ルックスも揃ってるし、姉妹っていう設定も強いニャ。配信だけでなくSNSやショート動画でも伸びるニャ!」


 一輝は腕を組んで「なるほど」と頷く。


「確かに見た目の良さは大きな武器だな」

「でも、人数が足りないニャ。グループならもう少し必要ニャ」


 そこで一輝の視線が奏へと移る。


「……かつての仲間たちを呼べないか?」


 かつての仲間たちと言う言葉を聞いて奏の表情が陰る。


「……彼女たちも、私と同じ。あの罠で大けがを負ったの」

「なるほど。つまり、治療が先ってことだな」

「ええ。彼女たちを治さないと、そもそも舞台に立つこともできないわ」


 一輝は拳を握り、短く答えた。


「わかった。奏、連絡を取ってくれ。俺とオモチが一緒に行く」


 奏はゆっくりと頷き、スマホを取り出して仲間の連絡先を探し始める。

 夕暮れの街に再び希望の灯がともった。

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