作戦目標ザルトオードラント領
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──作戦目標ザルトオードラント領
帝国軍はフサリア作戦の発動のために準備を進めてきた。
帝国陸軍B軍集団は兵力を密かに集中させ、火砲も集める。強力な攻撃準備射撃で敵に打撃を与え、兵力を一気に投入することで膠着した戦線を突破。作戦目標であるザルトオードラント領を奪還する。
帝国空軍は可能な限り航空支援を実施し、飛行艇による直接的な火力支援と降下狙撃兵による空挺作戦を実施する。降下狙撃兵の敵地後方への空挺降下によって魔獣猟兵の予備兵力を拘束することが狙いだ。
そして、葬送旅団にも任務が与えられようとしていた。
「陸軍司令部からの命令が下りました」
葬送旅団は帝都から移動し、B軍集団が戦力を結集させつつある戦域に来ていた。そして、葬送旅団が司令部としているアンスヴァルト艦内でシーラスヴオ大佐がアレステアたちに告げる。
「陸軍司令部は計画されている限定攻勢フサリア作戦において葬送旅団にも任務を果たすように求めています」
「具体的には何を?」
「帝国国防情報総局の下で情報収集活動に当たっていたワルキューレ武装偵察旅団と合流し、魔獣猟兵のザルトオードラント領の防衛を行っているアルビヌス軍集団司令部を奇襲し、敵に混乱を生むことです」
アレステアの問いにシーラスヴオ大佐が答えた。
「わお。あのワルキューレ武装偵察旅団と合同任務ってわけ?」
「ええ。ワルキューレ武装偵察旅団隷下のシグルドリーヴァ大隊との合同作戦になります。彼らの評判は帝国軍におられたシャーロット卿とレオナルド卿ならご存じでしょう」
シャーロットが驚いた様子で言うのにシーラスヴオ大佐がそう言う。
「あの、ワルキューレ武装偵察旅団ってなんですか?」
「帝国陸軍の精鋭特殊作戦部隊です。偵察活動から破壊工作などを実施する部隊で、帝国国防情報総局の指揮下でも活動していると聞きます。精鋭の中の精鋭という評判で、不可能な任務はないというほど」
「凄いですね。そんな凄い人たちと一緒の任務、ということは大変そうです」
レオナルドの説明にアレステアがそう言った。
「確かに困難な任務となります。魔獣猟兵の司令部を襲撃するのですから。敵の警備はもちろんですが、魔獣猟兵の組織的な理由から我々が動員される理由があります」
「魔獣猟兵の組織的な理由とは?」
「魔獣猟兵は強者が高い地位に就く、ということです。カーマーゼンの魔女たちが将官として軍を指揮しているように人狼と吸血鬼においても、上位の階級にある存在は旧神戦争の英傑だちです」
「なるほどです。だから、僕たちがやらないといけないですね」
魔獣猟兵は強者こそが上位にある。
魔獣猟兵の組織そのものがバラバラだった旧神戦争の残存兵たちの寄せ集めということもあり、異なる神々に使えていた異なる種族から結集した彼らを納得させるには強いものを上層部に据えるしかなかった。
そうしなければ強者が納得しない。
「陸軍司令部はカーマーゼンの魔女セラフィーネ・フォン・イステル・アイブリンガーを退けたアレステア卿のことを高く評価しています。その上で予想される人類をはるかに超えた力を持つ魔獣猟兵の司令官を討ってもらいたいと」
「なんかアレステア少年を何でもできる便利な駒だって思ってない? ちゃんとしてるのかな陸軍司令部はさあ」
そして、シーラスヴオ大佐が陸軍司令部の意向を伝えるとシャーロットが露骨に渋い顔をしてみせた。
「シャーロットお姉さん。僕なら大丈夫ですよ。僕にしかできないことなら僕がやるべきなんです。後悔はしたくないですから」
「……そっか。じゃあ、あたしたちは君を支えるよ」
アレステアが微笑み、シャーロットは呟くようにそう言った。
「アレステア卿の負担を軽減するためのワルキューレ武装偵察旅団との合同作戦でもあります。しかし、もしカーマーゼンの魔女レベルの存在と交戦状態に陥った場合、我々が頼れるのはアレステア卿だけです」
「はい。頑張ります!」
アレステアがシーラスヴオ大佐の信頼に意気込む。
「作戦開始はいつです?」
「フサリア作戦は防諜のために開始時期が伏せられています。ですが、我々は作戦前に夜間飛行で作戦目標であるザルトオードラント領に侵入し、ワルキューレ武装偵察旅団と合流して作戦を開始します」
「了解。では、備えておきましょう」
シーラスヴオ大佐の説明にレオナルドが頷く。
帝国軍はフサリア作戦を徹底的に秘匿し、真珠猟兵に対策されないように努力していた。魔獣猟兵に対する欺瞞工作として擬装陣地の構築や兵員及び物資輸送の車列に劣りを混ぜるなどしてフサリア作戦は奇襲として成功するように努力している。
「では、具体的な作戦内容ですが、敵司令部を襲撃するのはアレステア卿たちとケルベロス擲弾兵大隊から抽出した1個擲弾兵中隊、そしてワルキューレ武装偵察旅団から合流する部隊となります」
「アンスヴァルトと他の部隊はー?」
「ケルベロス擲弾兵大隊は予備及び即応部隊として待機します。アンスヴァルトは隠密飛行を徹底し、戦闘に参加するのあくまで非常時のみです。アンスヴァルトを撃墜された場合、脱出が困難になりますから」
「了解ー」
アンスヴァルトは部隊の移動手段として温存される。
「各々作戦に備え、待機してください。では、以上です」
シーラスヴオ大佐はそう言って司令部から退室した。
「魔獣猟兵の司令部を奇襲、ですか。随分と大胆な作戦を思いついたものです。帝国軍がここまで勝利を欲しているとは。何としてもフサリア作戦を成功させたいのですな」
「だからって旧神戦争で神々を殺していたような連中と戦えって……。あたしたちって死霊術師の相手をするために組織されたんだよね? 魔獣猟兵は死霊術師と組んでるけど、司令部に死霊術師がいると思う?」
「どうでしょうね。司令部を押さえれば関与している死霊術師についての情報は手に入るかもしれませんよ」
「だといいけど」
レオナルドの言葉にシャーロットが肩をすくめた。
「アレステア少年。本当に大丈夫?」
「はい。大丈夫です。少し失礼していいですか?」
「自由にしてていいよ」
アレステアも司令部を出る。そして、向かった先は医務室だった。
「カーウィン先生」
「ああ。アレステア君。どうかしたかい?」
アレステアが消毒液の臭いがする医務室の扉を開け、ルナが笑顔で迎えた。
「少しお話したいんですけど、いいでしょうか?」
「もちろんだ。話を聞くよ。おいで」
ルナはそう言って患者が座る椅子を勧めた。
「……シャーロットお姉さんやレオナルドさんたちには内緒にしてほしいんですが、お願いできますか?」
「ああ。他の人には言わないよ。相談したいことは何だい?」
「実は心配なんです。今度の作戦で魔獣猟兵の強い人と戦うことになるんですけど、勝てるのかなって。前にカーマーゼンの魔女のひとりと戦った時は手も足も出なくて、全然勝てなくて……」
「彼らは旧神戦争の英傑だ。そう簡単に勝てるものではない。君が勝利できなかったとして誰が責めることができるだろう。彼らは神々の戦争を戦ったんだよ。それはとても恐ろしい戦争だった」
アレステアが弱音を漏らすのにルナが諭すように語る。
「神々という私が知る限りもっとも偉大な存在を相手に彼らは戦った。そして、ときとしてその神を殺すことすらあった。カーマーゼンの魔女に君は勝てなかったというが、あの魔女たちは誰もが恐れた。そう、神ですら恐れた」
「神が恐れた……」
「そうだよ。それだけ強いんだ。旧神戦争を戦ったものたちは。人狼たちのもっとも古き血筋であり、全ての人狼の父である“竜狩りの獣”と呼ばれるものは、カーマーゼンの魔女以上に恐れられた。そして今は魔獣猟兵にいる」
「人狼とは戦いましたが、その人狼たちの父ですか?」
「ああ。人狼と吸血鬼の脅威はその血の濃さによって決まる。どちらも真祖に近ければ強力であり、倒すのは難しい」
人狼と吸血鬼はいずれも真祖が血を分けて子孫たちを生み出し、その勢力を増した。真祖に近い血を有するものほど強力な存在である。
「どうすれば彼らに勝つことができるでしょうか?」
「君は神であるゲヘナの加護を得た。だが、彼らは神々の加護を得た眷属どころか、神そのものすらも戦って殺したんだ。簡単なことではないよ。それに君が全てを背負う必要はないんだ」
アレステアが尋ねるのにルナがそう返す。
「でも、僕が戦わないと他に人が犠牲になってしまいます。僕自身は死ぬことはありません。諦めない限り戦えます。けど、他の人は死んでしまうんです」
「君は本当に優しい子だ。そこまで人を思える子がどうしてこんな重責を負うことになったのだろうかと思ってしまう。しかし、君がその優しさ故に心配するならば安心させなければいけないね」
アレステアの言葉にルナがアレステアの頭を撫でる。
「君だけが背負う必要はない。みんなで戦っているんだ。彼らも戦っている。彼らも自分にできる最善を尽くしているんだ。君だけが前に出て彼らを守る必要はない。君は並んで彼らと一緒に戦うんだよ」
「確かに。そうですよね。僕がみんなを守るというのはちょっと思い上がりですよね。みんなと並んで戦う。共に戦う。それが重要……」
「だから、気負わなくていいんだ。君は君ができることをすればいい」
「ありがとうございます、カーウィン先生!」
「力になれたなら何よりだ」
アレステアが笑みを浮かべ、ルナも優しく微笑んだ。
──ここで場面が変わる──。
魔獣猟兵第3戦域軍隷下アルビヌス軍集団はその司令部を帝国軍がフサリア作戦において奪還目標としているザルトオードラント領に設置していた。
「アルビヌス中将閣下。第3戦域軍司令部からの命令に従い、部隊の再配置を実行しました。隷下部隊からは再配置完了との報告です」
「よろしい。戦闘に備えろ。それから敵のコマンド及びパルチザンに対する治安作戦を継続するように」
「了解」
アルビヌス軍集団司令部では司令官であり、人狼であるフェリシア・アルビヌス中将が彼女の部隊であるアルビヌス軍集団を指揮していた。
「さて、これは吉と出るか……。セラフィーネの婆の狙いは分かるが、敵はこちらの予想したように動くものだろうか」
第3戦域軍司令官セラフィーネはとある計画を立案し、アルビヌス軍集団を始めとする隷下部隊に計画に従い作戦行動を命じていた。
「アルビヌス中将閣下。お客様です」
「誰だ?」
司令部を警護している人狼が報告するのにフェリシアが地図から目を上げる。
「よう。フェリシア。セラフィーネのお婆ちゃんに無茶振りされないか?」
「エリヤ。随分と暇そうだな。戦争の真っ最中だと言うのに」
司令部を訪問したのはアイゼンラント城にいた人狼エリヤだった。
「まあ、俺は名誉職にあるだけの存在だし。部隊を指揮することもなければ戦うこともない。暇と言えば暇だよ」
「全く。我々は何のために戦争しているのか分からなくなってくる。お前やセラフィーネの婆が前線に出て戦えば、この戦争は一瞬で終わるだろうに」
「それじゃあみんなが満足しないだろ?」
フェリシアが愚痴るのにエリヤが苦笑いを浮かべて返す。
「どいつもこいつも戦いたがっているが、その先にあるものを考えていないというわけだな。天邪鬼で寄せ集めの我々らしいことだ」
「それに俺たちの勝利というものを納得させるにはそれぞれが戦って、一部の存在が強力だと言うことではなく、魔獣猟兵という組織が脅威であり、力を有していることを示さなければならない。だろ?」
「それもそうだが」
エリヤの説得にフェリシアが唸る。
「で、戦争には勝てそう?」
「さあな。今は戦線は膠着している。第2戦域軍は?」
「あっちはハドリアヌスが指揮してるけど、あっちはあっちで膠着してるよ」
「どちらかで勝利できれば戦力を終結できるのだがな」
「あるいはどちらかで撤退するか」
フェリシアの言葉にエリヤがそう言う。
「いずれにせよ戦って血を流さなければ得るものは得られない」
「だね。じゃあ、頑張って」
「言われるまでもない。“竜狩りの獣”、我が直系の血筋よ」
エリヤが手を振って去るのにフェリシアがそう言った。
……………………
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