魔獣猟兵第3戦域軍司令部

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 ──魔獣猟兵第3戦域軍司令部



 人類世界──世界協定会議加盟国に向けて全面侵攻した魔獣猟兵。


 その中でエスタシア帝国を含めた大陸戦線を構築している第3戦域軍はその司令部を空中戦艦ウィル・オ・ウィスプに設置していた。


 空中戦艦ウィル・オ・ウィスプは50口径口径42センチ3連装砲3基搭載した超弩級空中戦艦であり、魔獣猟兵の誇る飛行艇であった。その火砲の性能だけでなく、指揮通信機能としても優れている。


 そして、今ウィル・オ・ウィスプは第3戦域軍が占領した地方都市の空港に停泊していた。第3戦域軍の構築する司令官たちが集まって会議をするためだ。


「上級大将閣下。ようこそ」


「ああ。全員集まっているか?」


「はっ。いつでも会議を始められます」


 ウィル・オ・ウィスプから降りてきたのは第3戦域軍司令官セラフィーネ・フォン・イステル・アイブリンガーである。


 セラフィーネは魔獣猟兵の兵士たちに守られている臨時の司令部として接収したホテルに入り、そのレセプションルームに入る。


「来たか、上級大将閣下?」


 レセプションルームには3名の人物がいた。。


「フェリシア・アルビヌス中将。クリストフ・フォン・ヘルドルフ中将。そして、我が同志カノン・ヴィンセント大将。ここにはおらぬがトラヤヌス中将」


 セラフィーネが列席者たちの名前を述べる。


 フェリシア・アルビヌスと呼ばれたのは20代後半ごろの外見をした長身の女性で狼のような灰色の髪をショートボブにし、狼のような瞳をしている。その体は戦闘服に包まれていた。彼女は人狼だ。


 そして、第3戦域軍隷下アルビヌス軍集団司令官。


 クリストフ・フォン・ヘルドルフと呼ばれたのは30代前半ごろの外見をした屈強な男性でブロンドに碧眼という絵にかいたような北方貴族という外見だ。その体はフェリシア同様に戦闘服を纏っている。彼は吸血鬼だ。


 そして、彼は第3戦域軍隷下ヘルドルフ軍集団司令官。


 そして、最後はカノン・ヴィンセント。彼女は特定の部隊を指揮せず、後方に浸透したコマンドの適時指揮及び支援をしている。


 もうひとりトラヤヌスという司令官がいるが、この場にはいない。


「我々第3戦域軍は現在攻勢限界点を迎え、進軍が停止している。兵站線が伸び切ったことが原因だ。各司令官は物資集積基地を速やかに構築し、次の攻撃に備えるようにと命じていたが、状況を報告してもらおう」


 セラフィーネが司令官たちにそう告げる。


「まず私から述べるが、物資集積基地の構築はある程度進んでいる。だが、継続的な後方連絡の維持という点で我々は問題を抱えている。現地住民のパルチザン化と帝国側のコマンドによるサボタージュだ」


 フェリシアから発言を始めた。


「我々は占領政策として治安維持を最優先にしている。治安を乱す行動には厳しい対応を取ってきた。しかし、文化や経済的な統制はしていない。それでも住民は占領に反発しており、武装して、パルチザンとなっている」


「私の方も同様だ。住民はパルチザンとしてサボタージュを行うだけでなく、無線で我々の後方における活動を帝国軍に知らせており、それを受けて帝国軍のコマンドが行動していると思われる」


 フェリシアの発言にクリストフも同じことを述べた。


「ふむ。問題だな。前線部隊を後方に回すと言うことも考えねばならんが、攻勢が間近に迫っているときに戦力を後方に回すのか」


「後方連絡線の確保は重要だと思うけど。我々は帝国のインフラを手に入れた。道路、鉄道、空港。それらを維持して兵站を確保しなければ、統合的な戦力は減少してしまう。武器と弾薬がないと今の戦争は戦えない」


「そうだな。もっともだ、カノン。今の戦争はいろいろと必要になる」


 カノンが指摘するのにセラフィーネが頷いた。


「昔の戦争は違ったのにな。こんな10万、100万の軍勢は必要なく、数十名の勇敢な戦士たちが剣と弓を持って戦う。必要なものは敵から奪えばよかった。それが何やらややこしくなってまるで徴税人が帳簿を付けるような仕事せねばならん」


 やれやれというようにセラフィーネがぼやく。


「各軍集団に命じる。治安作戦を行う部隊を強化し、対反乱・コマンド作戦を実施せよ。我々は少々温すぎた。逆らうものは徹底的に潰せ。見せしめにしろ。敵の首を吊るし、」村を焼き払え。恐怖は一時的には効果を発揮する」


「懐柔するという手段もあるが? 反乱者とて人間だ。食料や医療を支援すれば、懐柔できるだろう。懐柔すればこちらにも情報が流れ、相手は疑心暗鬼になる。長期的な占領を考えるなら強硬策は避けるべきではないか?」


 セラフィーネの命令にクリストフが懸念を示した。


 対反乱戦や対ゲリラコマンド戦においては軍による武器を使った治安作戦の他に民事作戦というものがある。住民との関係を良好に保つためにインフラ整備や医療の提供などを行い、懐柔することで住民を反乱勢力と切り離すのだ。


 反乱勢力によって住民は潜在的な兵士だ。それを押さえることは反乱の拡大を阻止することに繋がるため有効となる。


「やれるという自信があるならば、それでも構わないぞ、クリストフ。だが、誇り高き人狼や吸血鬼が人間を助けるという任務に納得するかは知らんぞ」


「説得しよう。そもそも我々は本来ならば軍隊というのも躊躇われる烏合の衆だった。それが一時的にでも団結したのだ。勝利のためならば誇りにはこだわるまい」


 セラフィーネが嘲るようにいうのにクリストフはそう返す。


「私から報告することがある。スピアヘッド・オペレーションズはこちらの作戦を支援しているが、ひとり暗殺された。アルマ・ガルシアだ。この女は偽神学会のメンバーでもあった。偶然だと思うか?」


 フェリシアがそう告げた。


「ゲヘナの眷属。そいつの仕業だろうな。カノン、お前から見てあれはどうだった?」


 セラフィーネがアレステアと交戦したカノンに尋ねる。


「正直、脅威ではない。旧神戦争の時代にもいた肉体だけが不死の戦士。けど、ただの子供だ。戦いの技術はないし、精神は脆弱。私たちには勝てない」


「ふむ。私と戦った時は見込みがあると思ったんだがな。お前はそう判断したのか。私ももう一度戦って奴の真価を確かめなければならないな」


 カノンの言葉にセラフィーネがそう言った。


「スピアヘッド・オペレーションズは対反乱戦の支援も行えると言っているが、頼ってみるか? 連中にはいろいろと支援を受けているし、あいつらは傭兵だ。金のために人間を裏切った連中」


「使えるものは使え。ただ、奴らに任せたままにはするな。連中の技術を学び取り、自分たちのものとしろ。傭兵というものには裏切りがつきものだ。連中は大義のための我々の戦いに加わっているわけではない」


「了解だ」


 セラフィーネが言い、フェリシアが頷く。


「同時に攻勢準備を始めろ。攻撃こそ最大の防御だ。攻撃側は自由に攻撃地点を選べるという優位がある。そして、要衝を押さえることで戦争を優位に進める。迅速は攻撃が必要となっている」


 セラフィーネがそう語る。


「戦線を押し上げなければな。既に敵も大規模な兵員の動員を始めている。我々が初期の大攻勢で得た有利な立場を失うわけにはいかない。攻勢を続け、敵を追い詰める」


「帝国の市民の動員については知らせが入っている。現在の軍の規模から5倍から10倍の規模に膨れ上がると試算した。それに加えて帝国に強力な工業力がある。兵士たちに武器を与えることもできるはず」


「残念なことに時間は我々の味方ではないということだ。時間が経てば経つほど我々は不利になっていく。長期戦になれば資源と人員が制限されている我々は負ける。故に攻勢を続けなければならん」


 魔獣猟兵は強力な存在のように思われた。


 だが、彼らは個人として人間を上回る力を持っているが、集団としては人間の方に利がある。組織としての卓越した結束力と科学に対するあくなき欲求、そして単純な数としての優位。


「だが、ひとつ問題があるだろう。攻勢を続け、戦況を優位に進めるのはいい。しかし、どこまで進軍するのだ? まさか全土を支配するとは言わないだろう。魔獣猟兵統帥会議は戦争の終着点を定めているのか?」


 ここでフェリシアがそう尋ねた。


「向こうが悲鳴を上げるまで攻撃を続ける。私個人としてはどちらかが全滅するまで戦争を続けたいものだがな」


「どうかしているぞ」


 魔獣猟兵は依然として戦争をどう終わらせるかについての案がなかった。


 目的もないままに戦争を始め、終わらせる方法も分からず戦っている。


「お前たちはこの戦争の結果に何を求める?」


 セラフィーネが第3戦域軍の司令官たちに尋ねた。


「我々が平穏に暮らせる土地の確保。欲を言えばアイゼンラント領のように独立国を樹立したい。多くの同胞が化け物として殺された。そのようなことがないように我々の権利が保障され、尊重される地域を求める」


 フェリシアはそう言った。


「私は同胞たちが戦いを求めるのに付き合っているだけだ。我々はアイゼンラント領という安息の地を得たが、旧神戦争で神々のための戦ったものたちは今も戦いを求めている。その目的は何であろうといいのだ」


 クリストフはそう語った。


「あなたに付き合っているだけ」


 カノンはそう言うのみ。


「そうか。やはり我々には協調性などないな。目指すべきものすら一致していない。こんな我々がよくひとつの軍隊として機能しているものだ」


 セラフィーネがそう言って笑う。


「それでも作戦は共同して行うぞ。もう戦士たちが名乗りを上げて戦い、個人の武勇によって勝敗が決まる古きよき戦争は終わった。今は兵士が蟻のように群れて戦うことが勝敗を決するのだ」


 セラフィーネが続ける。


「次の攻勢計画はタラニス作戦と呼称。フリードリヒタット=ホフバッハ線までの前進を目指す。なお、本作戦は敵戦力の漸減も目的としており、積極的に敵戦力の包囲殲滅を実施せよ。以上だ」


 第3戦域軍の次の攻勢はタラニス作戦。現在の戦線から30キロから50キロ押し上げ、帝国の地方都市フリードリヒタットとホフバッハを結んだ線まで前進することを作戦目標としている。


 また帝国軍の戦力の拡大を阻止するため敵戦力の撃破も目的だ。


「航空戦力の投入についてはどうなっている?」


「ネルファは帝国空軍の動きが低調であることを理由に積極的な行動を避けている。艦隊決戦をやるなら一撃でというわけだ。空中艦隊の戦力は限られているし、損害をすぐには補えない」


「決戦で確実に敵主力艦隊を仕留めるわけか。じわじわと戦力を減らされるのを避け、確実に敵の航空戦力を撃破する。それも自分たちに有利な空域で?」


「そういうことだ。帝国が握っている空域には地上レーダー基地があらゆるところにあり、飛行艇がレーダーを使わずとも、こちらを捕捉できる。地上レーダーと逆探によってこちらの動きは完全に把握されてしまう」


 クリストフが魔獣猟兵の航空戦力の運用について尋ね、セラフィーネが答える。


 魔獣猟兵の空中艦隊は開戦初期に一斉に動いて帝国空軍に打撃を与えたが、それ以降は空中艦隊を温存している。理由はセラフィーネが述べた通りだ。


「地上で我々が動けば帝国空軍も動くだろう。その時はちゃんと航空優勢を確保してもらえるのだろうな? ドラゴンというのは失うことを恐れる連中だ。ネルファが自分の指揮下にある飛行艇を黄金のように扱わないといいのだが」


「それはネルファに任せるしかないな。私は地上支援を命じるつもりだが、空中艦隊の運用はネルファに委任している」


 フェリシアが渋い顔をして言うのにセラフィーネは肩をすくめる。


「カノン。お前は情報収集を続けてくれ。サボタージュは暫くは控えていい。偵察活動に注力し、タラニス作戦を優位に勧められるよう情報の優位を」


「分かった。任せておいて」


 セラフィーネはカノンにそう言い、カノンが頷く。


「それでは会議は終わりだ。各々戦場にて自らの価値を示せ」


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