ネメアーの獅子作戦
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──ネメアーの獅子作戦
スピアヘッド・オペレーションズのコントラクターであり死霊術師であるアルマ・ガルシアを激戦を繰り広げるアレステアたち。
アレステアは彼女たちの動きを学習し、急速に反撃に転じつつある。
デュラハンは軍用獲得術をアレステアに仕掛け、アルマもデュラハンと連携。
だが、既にアレステアはその動きを何度も死ぬことによって学習した。
「もうやられません! 反撃です!」
アレステアの“月華”が牙を剥く。
アレステアはアルマとデュラハンの攻撃をいなし、そして“月華”の刃を叩き込む。デュラハンがさらに左腕を失い、よろめいたところでアレステアがその首を刎ね飛ばした。頑丈なデュラハンでもこれは致命傷だ。
「パブロ!? そんな……!」
デュラハンが倒れるのにアルマが悲鳴染みた声を上げる。
「終わりですよ」
レオナルドたちも他の屍食鬼を制圧し、シャーロットの“グレンデル”の銃口はアルマを狙っていた。
「投降してください。訳があって魔獣猟兵の側についたのでしょう。理由を話せば誰かが理解してくれるはずです。僕も説得は手伝います。だから!」
「理解できるものか。誰にも私たちのことなど……」
アレステアが説得するのにアルマが力なく魔道式自動拳銃を落とし、よろよろと後ろに下がって行き、そして腰を落とした。
「パブロ。ごめんね。付き合わせてしまって。私も今そっちに行くわ」
アルマはそう言って手榴弾を取り出し、ピンを抜いた。
「手榴弾! 下がって、アレステア少年!」
「はい!」
アレステアたちは急いで退避し、手榴弾が炸裂する音が響く。
「自殺してしまった……」
「作戦目標は達しました。撤退しましょう。既に敵は気づているはずです」
アレステアが悲しそうに呟くのにレオナルドがそう促した。
アレステアたちはアドラーヴァルト城を下層に向けて走り、展開しているケルベロス擲弾兵大隊から抽出された擲弾兵中隊と合流。
「アレステア卿。作戦目標は?」
「アルマ・ガルシアは自殺しました……」
「そうですか。一応目標は達しました。降下艇との合流地点へ。敵の動きが予想されます。追撃されては損害が出ます。急ぎましょう」
「はい」
陸軍大尉に連れられてアレステアたちがアンスヴァルトが迎えに寄越した降下艇と合流する地点まで進む。
「警報だ」
「魔獣猟兵が動いてるよ。急がないと敵地で囲まれるのはごめんだからねー」
アレステアがアドラーヴァルト城の方角で響き始めた警報を聞き、シャーロットがうんざりした様子でそう告げる。
アレステアたちは再び夜の森の中を行軍し続けて、合流地点を目指した。今のところ魔獣猟兵の追跡部隊が派遣されてくる様子はなく、森の中は静かだ。
「降下艇だ。脱出できますね」
「ええ。帰還するまでが任務です」
地上で待機していたアンスヴァルトの降下艇にアレステアたちが急いで乗り込む。負傷者などはおらず、スムーズに撤退が行われた。
「艦長。降下艇、全機着艦しました」
「よろしい。脱出だ。警戒を厳重にし、友軍空域に離脱する」
テクトマイヤー大佐が降下艇のアンスヴァルト着艦を確認してからアンスヴァルトを暗黒違いの空域から離脱を始めた。
「ご苦労様でした、アレステア卿。任務達成の報告を受けております。これから任務達成を陸軍司令部に報告し、それで任務は完全に達成となります」
「はい。分かりました」
シーラスヴオ大佐がアレステアたちに感謝し、アレステアたちは待機することになった。兵員室に移り、軽く食事をしてゆっくりする。
「シャーロットお姉さん。お姉さんは空軍にいたんですよね?」
「いたよ。どうかしたのー?」
「ネメアーの獅子作戦っていったいどういう作戦だったんですか? アルマさんは何かそれに凄く執着していましたけど……」
アレステアが疑問に思っていたことをシャーロットに尋ねる。
「ネメアーの獅子作戦、か。帝国がシルバン地方で実施した治安作戦だよ。8年前かな。当時、シルバン地方にはシルバン自治政府に対する反政府勢力によるゲリラ戦が行われていて、混乱の極みだった」
シャーロットがあまり気の進まない様子で語り始める。
「シルバン地方には大きな油田があったのが原因でもある。資源開発企業と自治政府が癒着していて、油田のもたらす経済的恩恵を住民は受けられず、油田開発の汚染だけを受けていた。反発が起きるのは当然のこと」
シルバン地方における自治政府への反発は経済的な原因だった。
「帝国は反政府勢力によるゲリラとテロ混乱が広がるのにシルバン自治政府を助けるために軍の派遣を決定した。それがネメアーの獅子作戦。即応可能は空軍の降下狙撃兵を初めとする部隊が派遣され、治安作戦を始めた」
「そうだったんですか……。帝国はずっと平和だったと思っていました……」
「大きな戦争は確かに鉄血蜂起以来だよ。でも、小さな衝突は起きてる。そして、シルバン地方における治安作戦はそんな衝突が多くの市民に知られていないように大した注目を集めなかった」
アレステアが困惑した様子で告げ、シャーロットが続ける。
「でも、あれは本当の戦争だったんだよ。大勢の兵士が犠牲になった。地元の地形に詳しい反政府武装勢力に対して、帝国が派遣した部隊は軽装備で、そして交戦規定もがちがちに縛られていたから」
縦横無尽に移動し、奇襲を仕掛ける反政府武装勢力。それに対して帝国軍は間違って民間人を攻撃するなどして、帝国中央への反発を抱かれるのを避けるために武器の使用に関する交戦規定を厳重にしており、部隊は常に敵に先制された。
「多くの軍人が死に、体に傷を負い、心にも傷を負った。それでいてネメアーの獅子作戦という治安作戦は全く効果がなかった。反政府武装勢力は勢力を増大し続け、帝国軍はいつしか囲まれていた」
「最終的にどうなったんですか?」
「帝国は武力での解決を諦めたんだよ。帝国はシルバン自治政府と資源開発企業の汚職を公開し、自治政府を処罰した。そして、反政府武装勢力と交渉し、彼らを自治政府に据えた。それが事の顛末」
「それは……」
「ああ。そうだよ。派遣された軍人は完全な無駄死にだった。最初から意味がない作戦に投入されてたんだ。酷い話だよ、本当に」
ネメアーの獅子作戦は意味のない作戦だった。何の意味もなかった。帝国は結局は反政府武装勢力の訴えを受け入れ、彼らの言う通りにしたのだから。
「最悪だったのはその後の対応とも言える。ネメアーの獅子作戦は帝国にとって汚点となった。当時の政府にして、軍にしても。これが大きく騒がれると帝国による軍事プレゼンスが低下し、他の地域でも紛争が起きる」
ネメアーの獅子作戦の失敗と帝国軍の敗北は次の地域紛争に繋がりかねなかった。
「帝国はネメアーの獅子作戦を忘れ去ろうとした。普通ならば制定されるはずの従軍記章は作られなかったし、功労者への勲章の授与もなかった。帝国はネメアーの獅子作戦をなかったかのようにしたんだよ」
「それは酷い話です……」
「そうだね。あれで多くの軍人が帝国に失望し、自ら軍歴を断った。作戦を指揮した司令官は遺族に責められて自殺。それに対しても帝国は何もしなかった。そりゃあ、従軍した軍人が帝国を恨むのは当然ってね」
シャーロットはやるせない様子でそう語った。
「彼らが帝国を恨むのは当然だと言うことですね。けど、やっぱり間違ってます。武器ではなく、言葉で戦うべきなんです。それに無関係の人や死者を巻き込むことには大義はありません」
アレステアはそう主張する。
「恨みというのは理性的な選択肢を取らせなくするものさ。みんなが理性的なら戦争なんてこの世に存在しないよ」
シャーロットはそういうとスキットルからウィスキーを喉に流し込んだ。
アレステアはそれに何も言い返せず、もやもやしたものを抱えてアンスヴァルトの艦内を歩いた。アンスヴァルトの艦内は静かで、今も魔獣猟兵に気づかれないように飛行し、友軍が押さえている空域に進んでいる。
「アレステア君?」
「あ。カーウィン先生」
そこでアレステアはルナと会った。
「何か悩んでいるようだね。相談に乗るよ」
「お願いします」
「医務室においで」
ルナに誘われてアレステアが医務室に入る。医務室は病院と同じように消毒液の臭いがしていた。今回は負傷者はいないため血の臭いはしない。
「紅茶でも飲むかい?」
「いただきます」
ルナが医務室のケトルでお湯を沸かし、紅茶を入れてアレステアに出した。
「それで、何を悩んでいるのかな?」
「今回の作戦のことです。相手は敵である魔獣猟兵の側にいて、死霊術師でもあったんですが、その人がどうしてそういう選択肢を取ったのかも理解できるんです。だから、もしかしたらこの戦争もちゃんと話し合えば終わるんじゃないかって」
アルマはネメアーの獅子作戦で帝国に裏切られた。彼女が帝国を恨む理由は分かる。
魔獣猟兵にしてもそうだ。彼らは神々のために戦った戦士たちだが、神々は彼らを見捨てて去った。彼らが戦う理由も分かる。
しかし、お互いに何を恨んでいるのかが分かっているならば、言葉で解決することはできないのだろうかとアレステアは思っていた。
「確かに多く問題において言葉は有効だ。暴力は最後の手段となる。かつてある将軍がこう言った。『戦争とは政治のひとつの手段である』と。政治という言葉で解決できない問題が戦争によって解決される」
「言葉で解決できないなんてことがあるんでしょうか?」
「それは当然ながらあるよ。言葉の力は全員同じわけではない。発言者の社会的地位や支援者の数で左右される。少数派や弱者は言葉の力が低く、いくら主張しても言葉では負けてしまう。そのときどうするか、だよ」
言葉というのは言葉の内容だけでなく、他の力によって裏付けされている。
発言者がどのような地位にいて、どのような財産を有し、どれほどの支持者がいるのか。それによって言葉の力は上下する。
政治家を選ぶ選挙がいい例だ。言葉で物事を解決する象徴である政治家たちも結局は彼らを支持する有権者の人数によって決めらている。少数派の意見が反映されるのは難しいと言うことだ。
「少数派にも権利はある。特に帝国は少数派の地方を大事にしてきた。その少数派が自分たちの意見を通すのにどのような手段を使うか。言葉では勝てないなら、そのまま諦めて多数派に従うしかないのか」
「言葉による戦いが無理だから暴力を?」
「そうなることもある。個人単位ならば確かに暴力という選択肢はかなり後方に回されるだろう。だが、民族や国家という集団となると、自分たちの要求を通すためにありとあらゆる手段を考えるようになる」
ルナがそうアレステアに語る。
「純粋な暴力だけによる解決というのはあまりない。ほとんどの場合、言葉による解決を進めながら、その話し合いを有利にするために暴力を使う。そう、言葉による解決にも暴力は付随するんだ」
「言葉による解決に暴力が……」
「暴力だけで解決するというのは相手を皆殺しにするか奴隷にするしかない。それを成すためには戦いを続けなければならなくなる。それはかなりリスクを抱えているものだ」
アレステアがルナの言葉を聞く中、ルナが続ける。
「暴力──つまり戦争そのものにはリスクがある。戦争で自分たちに犠牲を出さないというのは無理だ。死傷者が出る。一方的に戦争を始めれば周辺との外交関係も悪化する。経済だって混乱してしまう」
「それでも戦争をするんですか? いろいろな問題が起きるのに……」
「戦争にはいろいろな理由があるんだ。経済的な問題であったり、国内の政治問題であったりとね。言葉だけで解決できない、あるいは言葉による解決を有利に進めるために戦争が選択されることもある」
だから戦争は政治のひとつの手段と言われるんだとルナ。
「戦争がなくなることはないんですね」
「理性的であっても戦争を選択してしまうんだ。まして怒りや恨みに突き動かされている状況ではなおこと。残念だけれど私たちは戦争という業とともに生きるしかない」
アレステアが悲しそうにそう言い、ルナもやりきれない様子で語った。
「でも、そんな世界の中でも人を思える君は優しい子だよ。君が他人を思うように私も君を思おう。君の無事と幸福を思うよ」
「ありがとうございます、カーウィン先生。先生のおかげでまだ戦えると思います」
ルナが優しく言い、アレステアははにかむように微笑んだ。
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