死霊術師の傭兵
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──死霊術師の傭兵
「どのような任務でしょうか?」
「現在、帝国国防情報総局は暗黒地帯における深部偵察及び反乱工作を実行中です。その深部偵察で明らかになったことがいくつかあります。魔獣猟兵に協力している民間軍事会社スピアヘッド・オペレーションズについてです」
「民間軍事会社? あの、それって傭兵ですか?」
「言ってしまえばそうです。帝国で思考された傭兵規制法により民間軍事会社と名称を変更しましたが、事実上の傭兵です。しかし、これまでの傭兵と違い、経営などの面で私企業としての組織を形成しているのが特徴です」
アレステアが尋ねるとパウレーンコ少佐が解説。
「スピアヘッド・オペレーションズは帝都における生物テロへの関与も捜査中であり、法律上の本社があるアーケミア連合王国当局にも捜査協力してもらっています」
帝都における生物テロ。その実行犯であるヘンリー・ノックスの国外逃亡を助けようとしたスピアヘッド・オペレーションズのコントラクターが国家憲兵隊に拘束されている。関与は明らかだ。
「そして、今回の深部偵察によって魔獣猟兵に協力しているスピアヘッド・オペレーションズのコントラクターを確認しました」
「今のところ人間の兵士と交戦したという話は聞きませんが、どのような支援を?」
「作戦立案や軍事教練などの後方支援をメインにしています。魔獣猟兵が士官学校が参謀教育を行う軍大学などを有していないにもかかわらず、ここまで大規模かつ組織的な軍事行動ができたのはそのためであると分析しています」
「なるほど。その方面での協力も民間軍事会社の業務のひとつですね」
パウレーンコ少佐の説明にレオナルドが納得する。
「それからスピアヘッド・オペレーションズには死霊術師が存在する可能性が極めて高いです。我々はスピアヘッド・オペレーションズのコントラクターの中に死霊術師らしき人物を発見しています」
「死霊術師が傭兵を……?」
「ええ。死霊術師はあらゆる分野に潜伏しています。神聖契約教会から学術界、そして軍や政府の中にも存在し、それらが連携してると考えられています。現在、国家憲兵隊を中心とし内通者の洗い出しが始まっています」
そう、これまでの死霊術師たちはいろいろな職業に偽装していた。
「確認された死霊術師ってのも元軍人?」
「確認されたのは元帝国空軍第1降下狙撃兵師団所属のアルマ・ガルシア元帝国空軍中佐。軍を退役後にスピアヘッド・オペレーションズと契約しました。主な軍歴として帝国軍が行ったネメアーの獅子作戦への従軍歴があります」
「ああ。泥沼のゲリラ戦の経験者かー。あの作戦では多くの軍人が軍歴を断ったね」
パウレーンコ少佐の言葉にシャーロットが達観したように呟く。
「その人が死霊術師だという確証はあるのでしょうか?」
「深部偵察部隊によって彼女が死者を死霊術によって屍食鬼にしたと思しき光景を目撃されています。そして、これまでの魔獣猟兵の作戦に加わった屍食鬼の出所がスピアヘッド・オペレーションズしか考えられないのです」
帝国国防情報総局は徹底的に屍食鬼について調べた。戦場で呪いから解放されて死者の身元を調査し、彼らがどこから来たかを追跡した。
そして、それがスピアヘッド・オペレーションズが業務委託を受けていた紛争地帯であることを突き止めたのだ。
「では、僕たちの任務はその人を倒すことですね?」
「我々としては死霊術師を相手にするために設立されたあなた方葬送旅団にこそ任せるべき任務であると考えています。具体的な任務に就いてはブラウン少将閣下から説明があります。閣下、どうぞ」
アレステアが納得し、パウレーンコ少佐がブラウン少将に発言を求める。
「皇帝大本営及び陸軍司令部は葬送旅団にスピアヘッド・オペレーションズのアルマ・ガルシア元空軍中佐が拠点としているアドラーヴァルト城を強襲することを命じる。現地の魔獣猟兵の戦力は多くなく、敵空軍の活動も確認されていない」
ブラウン少将がアレステアたちに任務を説明し始めた。
「中規模の高射砲陣地があるもののこちらの潜入部隊が敵のレーダー設備に破壊工作を仕掛け、無力化する。葬送旅団は作戦機アンスヴァルトにおいて電波輻射管制を実施し、低空で侵入。密かに降下すること」
帝国陸軍も魔獣猟兵の支配地域である暗黒地帯に部隊を送り込んでいる。魔獣猟兵が帝国軍の後方にコマンドを潜伏させているように。
「可能な限り敵の正面戦力との戦闘は避けるように。アドラーヴァルト城は敵後方でありこちらから支援は行えない。葬送旅団による単独任務となる」
「リスクが高いと思いますが。作戦における緊急即応部隊などは?」
「残念ながらその手の任務に動員可能な空軍降下狙撃兵は前線で火消し任務に充てられている。戦力の余裕はない」
シーラスヴオ大佐が渋い表情で尋ねるのにブラウン少将が首を横に振った。
「了解。それでは尽力を尽くし、任務を達成しましょう」
「僕も頑張ります!」
シーラスヴオ大佐とアレステアがそう言った。
「君たちの能力を信頼しての作戦だ。命令を下す司令官の立場として無責任であることは認識しているが、今の帝国軍は追い詰められており、将兵が最善を尽くすことが求められている。頼むぞ、諸君」
ブラウン少将が信頼の視線をアレステアたちに向ける。
「必要な物資はこちらで準備しました。既に空港に送ってあります」
「大佐。物資を引き取り次第、作戦に備えよ。こちらの深部偵察部隊からの連絡を待って作戦開始を指示する。すぐにかかれ」
補給担当の陸軍将校が言い、ブラウン少将が追加する。
「では、作戦準備に入ります。失礼します」
「失礼します!」
アレステアたちは会議室を出て再びアンスヴァルトが停泊している空港を目指した。軍用四輪駆動車で街を走り、空港に到着するとアンスヴァルトの付近に帝国陸軍の大型トラックが止まっていた。
「大佐殿。陸軍司令部から補給が来ています。任務は受けたのですか?」
「ああ。危険な任務だが、我々にしかできない。すぐに物資を運び込め。作戦開始は追って指示される。備えよ」
「了解!」
ケルベロス擲弾兵大隊の将兵がアンスヴァルトに物資を運び込み、作戦開始に備える。命令は第3軍司令部ではなく、陸軍司令部から通達されるため専用の暗号表がアンスヴァルトの通信兵に渡されている。
そして──。
「陸軍司令部より命令です! 深部偵察部隊が配置に就いたので、ただちに作戦を開始せよとのこと!」
「了解した。シーラスヴオ大佐に連絡。本艦は出撃する」
アンスヴァルトに命令が届き、テクトマイヤー大佐がアンスヴァルトを出撃させる。空港の滑走路で加速して離陸し、すぐさま電波輻射管制及び低空飛行を実施して目的地であるアドラーヴァルト城に向かう。
「改めて作戦を確認します」
アンスヴァルトがアドラーヴァルト城に向かう中、葬送旅団司令部でシーラスヴオ大佐がアレステアたちに作戦内容のブリーフィングを始めた。
「作戦目的はスピアヘッド・オペレーションズのコントラクターにして死霊術師アルマ・ガルシアの排除です。目標はアドラーヴァルト城にて魔獣猟兵を支援しているのを帝国国防情報総局の深部偵察部隊が確認。今もそこにいます」
この作戦の目標はアルマ・ガルシアの排除。その一点だ。
魔獣猟兵に雇われ、彼らの戦争遂行を支援しているスピアヘッド・オペレーションズのコントラクターである彼女を叩くことで、魔獣猟兵に打撃を与える。同時に死霊術師である彼女を排除し、第3軍を苦しめている屍食鬼を排除。
「アドラーヴァルト城周囲の魔獣猟兵の戦力は希薄であることが確認されています。拠点警備のための部隊が1個小隊程度と移動レーダー基地を装備した高射砲部隊が1個中隊が確認されています」
アドラーヴァルト城は後方拠点のひとつではあるが、魔獣猟兵が次の攻撃のために準備している物資集積基地でもなければ司令部でもない。そのため魔獣猟兵の警備は手薄だ。そのことは深部偵察部隊が確認した。
「この作戦は前提として奇襲となります。作戦予定地域は敵地の真っただ中です。友軍の支援はないため、極力敵との交戦を避けなければなりません。そのため小部隊を密かに降下させ任務を達成します」
アドラーヴァルト城はこの作戦を命じたブラウン少将も言及したように暗黒地帯の深部であり帝国軍が支援不可能な地域だ。もし、敵の大部隊と遭遇したとしても何の支援も得られない。
「ケルベロス擲弾兵大隊からは1個擲弾兵中隊を抽出し任務に当てます。後はアレステア卿、シャーロット卿、レオナルド卿にお任せしたい」
「はい!」
シーラスヴオ大佐の言葉にアレステアが意気込む。
「アンスヴァルトがアドラーヴァルト城から8キロの地点に降下。魔獣猟兵のレーダーは深部偵察部隊が破壊します。ですが、敵空軍戦力によるアンスヴァルトの撃沈によって脱出手段を喪失することを避けるため航空支援はできません」
アンスヴァルトは敵地から脱出するための希少な移動手段だ。探知を避けて侵入するとしても、無暗に戦闘に投入すれば魔獣猟兵側の空軍戦力との戦闘になり、撃墜される可能性があった。
そうなればアレステアたちは敵地からの脱出が不可能となる。
「攻撃予定時間は夜間となります。深部偵察部隊には連絡済みです。重要なのは何より奇襲という作戦であり、数の不利は奇襲の効果で補うよりありません。慎重な行動を心がけてください」
奇襲しなければ敵地後方で戦うなど無謀だ。
「また帝国国防情報総局は可能であればアルマ・ガルシアを拘束し、情報を得ることを求めています。彼女はスピアヘッド・オペレーションズに関する調査に繋がる人物です。この魔獣戦争を戦ううえで情報は重要です」
帝国国防情報総局はアルマ・ガルシアの身柄を拘束し、後方に連行することを可能であればという条件で求めている。彼女を尋問することでスピアヘッド・オペレーションズと死霊術師についての情報が手に入るのだ。
「それは難しいんじゃない? 敵地の真っただ中で敵の幹部を拉致って……」
「陸軍司令部も帝国国防情報総局も可能であれば、と言う命令としています。無理ならば諦めてもいい目標です。損害が出るようであれば生け捕りは放棄します」
「了解」
シーラスヴオ大佐が説明し、シャーロットが頷く。
「敵は魔獣猟兵以外に屍食鬼が想定されますので気を付けるようにしてください。では、降下地点到着まで待機を」
ブリーフィングは終わり、アンスヴァルトは密かに魔獣猟兵の支配する暗黒地帯の空域に侵入し、アドラーヴァルト城を目指す。
「見張りを厳重にせよ。レーダーは使えない。敵は自分たちの目で見つけなければならない。古き良き時代のようにな」
「了解です、艦長」
アンスヴァルトの乗員たちは夜の闇に覆われた空をその自身の目で見張る。見張り員はレーダーが発達した今も重要な立場だ。夜の闇に慣れ、そして全く変わらないような景色の中で敵をいち早く探すことが求められる。
「降下地点まで間もなくです」
この時代には自分たちの位置を知らせてくれる便利な衛星などは存在しない。航行士たちが飛行艇の速度と方角から自分たちの位置を把握し続け、自分たちが今どこにいるのかを艦長に知らせるのだ。
「シーラスヴオ大佐に連絡。降下艇発艦準備」
「了解」
アンスヴァルトの乗員が降下艇の発艦準備を始める。
「行ってきます!」
「ご武運を、アレステア卿!」
アレステアたちが降下艇に乗り込み、アンスヴァルトから降下。
作戦開始だ。
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