傭兵の影
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──傭兵の影
アレステアたちが必死に孤立した部隊の救援任務に繰り返し出撃しているとき、魔獣猟兵の側はコマンドを送り込むだけで積極的な攻勢に出ていなかった。
魔獣猟兵側はエスタシア帝国戦線を主軸とする第3戦域軍の後方連絡線が伸び切り、兵站が追いつかなくなっていたのだ。今現在大規模な物資集積基地の構築が行われており、次の大攻勢のための再編成が実施されていた。
そして、死霊術師たちの秘密結社たる偽神学会も動いている。
「よう。元気でやってるか、アルマ」
魔獣猟兵の後方基地のひとつであり、その協力者である偽神学会も司令部を設置している古城アドラーヴァルト城。
そこに現れたのは偽神学会の死霊術師にして民間軍事会社スピアヘッド・オペレーションズの最高経営責任者であるサイラス・ウェイトリーだ。
黒いシャツとカーキ色のカーゴズボン、そしてタクティカルベストと防弾ベストという傭兵スタイルの服装で、腰のホルスターに44口径も魔道式拳銃。首には防塵のための擦り切れたスカーフを撒いた格好だ。
「問題ないわ、大佐。魔獣猟兵はそれなりに上手くやってる。こっちとしてもあまり負担はない。今のところは、ね」
アドラーヴァルト城の会議室でサイラス・ウェイトリーを迎えたのは、グリーンのタンクトップの上に黒いウィンドブレーカーを羽織り、ぴったりとしたスキニージーンズ姿の女性。
年齢は30代前半ほどでブルネットの髪は短くショートヘアで、その体は鍛えられているのが窺える体格をしている。
サイラス同様、タクティカルベストと防弾ベストを装備し、45口径の魔道式自動拳銃をホルスターに下げていた。
彼女はアルマ・ガルシア。スピアヘッド・オペレーションズのコントラクターのひとりであり、元帝国空軍第1降下狙撃兵師団の中佐だ。
「そうかい。クライアントは次の攻勢を急ぎたがってるぜ。こっちも急かされてる。ここもそうじゃないのか?」
「クライアントって第3戦域軍司令部の意見?」
「そう。セラフィーネ・フォン・イステル・アイブリンガー上級大将閣下のご意見だ。それから向こうの参謀たちのな」
「旧神戦争の魔女が攻撃を急いでるってわけなのね。けど、まだ無理よ。私が担当しているアルビヌス軍集団の物資集積基地はまだ完成してない」
「それは聞いてる。理由は?」
「兵站線が攻撃を受けて、車両と物資が何度も焼かれてるし、車列護衛のための戦力は拡大した前線配置になってるから引き抜けない。こっちがコマンドを使っているように帝国側もコマンドを浸透させてるみたいね」
「なるほどね。そいつは面倒だな。思い当たる節はあるか?」
「ワルキューレ武装偵察旅団が偵察活動のついでにサボタージュをやってるのと帝国国防情報総局の工作員が現地住民を扇動して住民を武装させパルチザンにしてる。そんなところかしら」
魔獣猟兵はコマンドを使って帝国軍を攻撃していたが、帝国軍もまたコマンドを使い、さらには暗黒地帯で魔獣猟兵の占領を受ける住民を武装させ、扇動し、パルチザンとして組織していた。
それらが大きく伸びた魔獣猟兵の後方連絡線を攻撃している。
「面倒だな。帝国の人間って奴は郷土愛が強い。地方の人間ほどそうだ。帝国中央への忠誠心は薄いが、自分たちの故郷が脅かされるのには徹底的に抗う。だから、帝国中央はずっと地方のご機嫌伺をしてきた」
「帝国が今までひとつの国だったのが驚きね」
帝国を構成する地方の住民は帝国に所属しているが、彼らが愛しているのは帝国中央ではなく、自分たちの故郷である。
そうであるが故に故郷を占領されている状況に反発し、武器を取って果敢に魔獣猟兵と戦っていた。
「ともあれ、兵站が上手くいかなきゃ魔獣猟兵だろうと攻勢には出れない。どうもそこら辺への理解がないという感じだな。魔獣猟兵の上層部は特に」
「彼らは最高の兵士が最高の指揮官ではないということを理解してないもの。恐らく第3戦域軍司令官のカーマーゼンの魔女にしたところで戦術レベルの指揮官にしか向いてない。戦略級の作戦立案を、それも現代のそれをできない」
「旧神戦争は言っちゃ悪いがただの殴り合いだった。あの婆さんの戦闘スタイルなら確かに兵站は必要ないだろうし、正直あれが前線に出るだけで戦局はひっくり返せる。細かく考える必要はないってわけだ」
「じゃあ、これは戦争ごっこのおままごと?」
「そのおかげで雇ってもらえているんだから文句は言えんな」
アルマが呆れるのにサイラスが肩をすくめる。
「攻勢は近いうちに始まる。物資集積基地の構築を急いでくれ。治安作戦が必要ならこっちの戦力で担当しろ。お前にも部隊を預けてあるだろ?」
「ええ。私の部下は使えるわよ。いつでも。彼らは決して死ぬことはない」
サイラスが指示するのにアルマが怪し気に笑った。
「帝国は多くの治安作戦という名の軍事行動を行ってきた。いくら地方の文化を尊重し、彼らを宥めようと経済までは優遇できない。新しい資源が発見されれば、それは紛争の原因になる」
「そして、帝国の連中は平和だと言いながら軍隊を動かし続けた。まあ、ただの弱い者いじめを戦争とは言わんがね」
「でも、それでも人は死ぬのよ。弱者でも人は殺せる。現代の武器は10歳の子供でも70歳の老人でも屈強な兵士を撃ち殺せる。多くの戦友が静かに去ったわ」
アルマが静かに語る。
「だけど、もう私は誰も失わない。失うことにはもううんざり。私のものはずっと私の手の中に置いておく。神々には渡さない」
「ま、頑張ってくれ。魔獣猟兵の連中の機嫌を損ねないようにな」
「了解、大佐」
サイラスは去り、セラフィーネ率いる第3戦域軍隷下アルビヌス軍集団を支援しているアルマが、引き続き兵站計画などを初めとする魔獣猟兵が苦手としている分野における支援を続ける。
魔獣猟兵第3戦域軍は次の大攻勢に向けて進んでいた。
だが、その情報は密かに帝国軍に把握されていたことには気づいていない。
──ここで場面が変わる──。
アレステアたち葬送旅団による帝国陸軍A軍集団第3軍の救出任務は完了した。
第3軍は防衛線を強化したが、当初得ていたトレネズンプフ領を魔獣猟兵に奪われてしまっている。これは痛い損害であった。
そして、撤退を強いられたのは第3軍だけでない。帝国軍全体で後方で防衛線を強化する決定がされ、皇帝大本営の戦争指導によりアントン・ラインとして定められた戦略防衛線まで後退していた。
アントン・ラインでは工兵たちがコンクリート造りの永久要塞を構築し始め、撤退的な防衛に向けて進んでいる。
アレステアたちもアンスヴァルトとともに後退し、後方で命令を待っていた。
「戦争はあまり上手くいってないようですね……」
撤退が続き、死傷者が増えるのにアレステアがアンスヴァルト艦内の葬送旅団司令部でそう呟いた。
「けど、大丈夫。後退することで防衛線は強化されるし、後方の整ったインフラがある地域に近づけば帝国軍の兵站は良好な状態になる。対する魔獣猟兵はどんどん後方連絡線が伸びる上、帝国軍がインフラを破壊して撤退してる」
「ええ。魔獣猟兵は自動車化されているそうですが、自動車による補給と言うのは想像している以上に困難なのです」
シャーロットとレオナルドがそう説明する。
「そうなのですか?」
「自動車も燃料がなければ動けません。そして、自動車が輸送できる荷物は限定的であることに加えて、帝都でも帰宅ラッシュの際は道路が渋滞するように、大規模な車列を組んで物資を運べば道路は渋滞します」
そして、道路は砲爆撃などによって簡単に破損し、自動車が通過できなくなる。
「なるほど。そうするとどうやって兵站を維持すればいいのでしょうか?」
「戦略規模の兵站であれば鉄道と船舶によるものが大規模な輸送任務に向いていますね。特に海上輸送は強力です。陸軍が港湾施設を必死に防衛しているのにはそう言う理由があってのことですよ」
レオナルドがアレステアにそう説明した。
「でも、自動車でも兵站ができないわけじゃないし、物資集積基地が構築されれば敵は攻勢に出れる。だから、今のうちに守りを固めて、魔獣猟兵の次の攻勢に備えなきゃってわけだよ。アントン・ラインの要塞化はそう言う理由でしょ」
「守ることはできそうですね。あまり死傷者がでないといいのですが」
「そうだねー。今、徴集兵が大勢動員されてる。彼らには市民としての生活がある。死ぬことも覚悟して志願した軍人と違って彼らには何の準備もできてない」
「なら、一層僕らが頑張らないと!」
「……あまり気負い過ぎちゃダメだよ、アレステア少年?」
アレステアの張り切る様子をシャーロットは不安そうに見つめる。
「失礼します」
そこで葬送旅団司令官のシーラスヴオ大佐が司令部に入った。
「命令が出ました。まず我々は第3軍の指揮下から一度外れ、皇帝大本営の直属部隊となります。それがまず第一です」
「皇帝大本営の直属ですか? 何か重要な任務なのでしょうか?」
シーラスヴオ大佐の報告しアレステアが首を傾げる。
「はい。重要な任務だと言われていますが、内容は防諜のために明らかにされていません。これから皇帝大本営及び陸軍司令部から派遣されてきた司令官に任務の内容を説明してもらうことになります。同行していただけますかな?」
「はい!」
「では、早速向かいましょう」
アレステアたちは軍用四輪駆動車で皇帝大本営から派遣されてきた司令官がいるホテルに向かった。
アレステアたちは帝国軍全体の戦線整理によって帝国の地方都市であり帝国空軍が使用可能な空港があるトールヴァルに移動していた。
トールヴァルは戦時下となっており、国家憲兵隊が発令された戒厳令の下、陸軍と合同で治安維持及び敵のコマンドによる襲撃に備えている。
目的のホテルは帝国陸軍に接収されており、頑丈な鉄筋コンクリート造りの建物が第3軍の司令部機能を有していた。
「止まれ! 所属と名前を名乗れ!」
ホテルの検問所で武装した兵士たちが誰何する。
「葬送旅団所属のアレステア・ブラッグドッグです! 命令を受けてきました!」
「ああ。通過させろ! 許可が出てる!」
検問所のゲートが開き、アレステアたちを乗せた軍用四輪駆動車が通過。
そして、ホテルのエントランス前で止まる。
「葬送旅団です。命令を受けて出頭しました」
「はい。伺っております。こちらへどうそ」
シーラスヴオ大佐が司令部勤務の陸軍将校に告げると会議室に案内された。
「失礼します!」
シーラスヴオ大佐から入室し、アレステアたちが入室。
「よく来てくれた、葬送旅団の諸君。私はスカーレット・ブラウン少将。陸軍参謀本部所属だ。今回は皇帝大本営及び陸軍司令部からの任務を説明に来た」
いたのは初老の女性将官と数名の陸軍将校だ。
帝国軍は徴兵制が施行されていた時期には女性の入隊を認めていなかった。女性は体力的に男性に劣るという考えが一般的であったがためだ。
しかし、徴兵制が廃止され、完全な志願制となると帝国軍は人材確保に奔走する羽目になった。給料が高いわけでもなく、きつい肉体労働である軍人を志願する人間は少なく、軍は男性だけでなく、女性の志願兵も求めるようになる。
女性の志願を求めるために女性軍人の昇進を男性軍人と同様にすることで、帝国軍は女性の志願を募ってきた。特殊作戦部隊などは未だに女性軍人の配属を認めていないものの、他では陸軍の参謀や空軍飛行艇の艦長などに就任している。
ただ、今回施行された徴集においては労働力の確保のために女性は徴集の対象外となっている。徴集はせず志願だけを受け付ける形だ。
「まずは帝国国防情報総局のジトムィール・パウレーンコ少佐を紹介する。彼は暗黒地帯における情報収集及び分析に携わっている軍人のひとりだ」
「紹介いただきましたパウレーンコです。今回は葬送旅団の方々にお任せしたいことがありまして参りました」
ブラウン少将の紹介で情報将校であるパウレーンコ少佐がアレステアたちの前に立ち、敬礼を送った。
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