第9話 家の中は……
「あの……霊は……感じないんだけど、嫌な感じはするな……」
「どんな感じですか? 私はもう……他の感覚がわからないほどなんです……」
なるほど、確認したかったというのはそれもか。霊的な感覚が鋭すぎると、他の感覚にも影響が起きて支配されてしまうらしい。
ぼくの感じる、じっとりとした感覚と生ごみのようないやな臭いを伝えると、彼女は幽霊が出るときに生ごみと同じようなすえた臭いがするので私にはもうよくわからなくなっているかも……たしかに、このマンションあまりきれいとは言えませんよね……と一言添えた。
人間は脳により音に味がついていたり、色に臭いがついていることがあるという。彼女の場合は、幽霊に匂いがついているのだろうか。
超常現象ではなく、脳科学的な目線から見ていけば、彼女の悩みも解決していくかもしれない。つまりそれは幽霊はいない、ということになるが……結局は幻覚でした。なんてことはもう何度もあった。いまさらだ。
「ここが私の家になります。少し待っててもらえますか?」
「なんだい、片付けでもするのかい?」
「匂いのこと言われて、ちょっと自分の家に自信がなくなっちゃいました」
素直にそういう彼女をこれ以上はやし立てる気にも慣れず了承する。あんまりじっと見ているのもなんだし、と廊下をぼんやり見る。気のせいか周りの家もよどんで見えた。このマンション、ごみの収集日以外にも外に出している住民がいるのか、ごみの袋が置かれているし、ピザのチラシや新聞が外廊下に散乱しているしで、あまり管理もされていないらしい。彼女の家の隣の住人も掃除を全くしていないのか、いやなにおいが漂っている。この建物自体、良い印象はない。べっとりと異臭が漂っている。
こういう感覚、というものは霊感がなくてもわかるだろう。よく、不動産の内見にいったときに一番最初に感じた気持ちを大事にしろという。
なんだか、治安が悪そうだなとか、隣の人が部屋汚そうだなとか、ごみが収集されてなくて汚いなとか、カビ臭いなあとか。
ぼくだってそれくらいはわかる。この建物はそういう、管理されていない感がにじみ出ていた。
「中、どうぞ。結構きたなくてすみません」
「いいよ、いいよぼくの家もそんなにきれいじゃ……」
想像していた3倍くらいは汚かった。それにドアをあけるとさらに異臭がする。彼女自身からはそんなに異臭はしている感じはないから、外に出るときだけは気を使っているのだろうか。
「すみません、母が家を出て行ってからあんまり家事が手回ってなくて」
「お母さん、家を出ちゃったの……離婚?」
「いえ、離婚までは行ってないみたいですが……どこか行方不明のようで」
自分の母親に置いて行かれ、学生の身の上で母親がしていた家事までしろと言うのは難しいだろう。生活が荒れたとしても仕方がないことだ。
散らかり、洗っていない食器が山になった台所にはビールのつぶれた缶があちらこちらに転がっており、彼女の父も生活が乱れているようだった。
「こちらが私の自室です。そこで霊を見るようになって……」
「それは落ち着かないね……」
自分の家が敵だらけの生活とはどんな状態なのだろうか。家族も頼りにならず、眠っても落ち着かない。
部屋もなんだか空調が悪いようで、どんよりとしている。彼女自身の部屋は整理整頓がきちんとされていて、もともとは荒れた生活などしていなかったのだろうということがうかがえた。
窓を開けようとしたが、その手を止められる。どうやらつい最近、隣の人にうるさいと注意されたらしい。
「私自身は騒いだつもりじゃないんですが……夜中に寝ているときにうなされていたりしても私はわかりませんしね」
「そうなんだ……話を聞く限り、相当に悪い悪夢を見ているらしいもんね」
せめてと思い、カーテンを開ける。マンションは1階で、この部屋は日当たりはあまり良くないようだった。原因は通行人からの視界除けのために植えられた樹木が伸びすぎて、必要以上に生い茂っているからのようだ。
じわじわと手を伸ばすように広がる樹木は成長を繰り返し、窓にまでぶつかりそうだ。
「マンションの管理人にはどうにかしてほしいと伝えてはいるんですが、手入れに期間が決まっているらしく、切って半年たったら手入れしには行きますとしか言われなくて」
まだ夕方で太陽は出ているのに、どこかじめじめとした感じなのは日が当たる時間が短いからだろうか。日光が当たる時間が少ないと、本人が気づかないうちに体調を崩してしまうこともある。
「そうだね……霊とかはまだ見えないからわからないけど……とりあえず、
部屋の掃除とかしてみたらどうかな。やっぱりそういうのってメンタル的にも関係が深いしね。他の部屋も見ていいかな?」
彼女へ提案すると、だらしない生活をしており申し訳ないと頭を下げられる。
幽霊を見たという、カビ臭い風呂場へ行く。ただ、掃除の行き届いていないだけのよくある風呂場だ。備え付けの風呂は一つの排水溝に流れていく。
排水溝が詰まっているようなので、ふたを開けるととんでもない異臭がする。
「うわっ……これは……」
驚き、顔をそむけると、その目線の先にある風呂桶に長い黒髪を振り乱した女の人が座っている。
「ひっ……!」
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