死神の花嫁と孤独の花嫁


 * * *



 もう入っていいよ、と声がする。


 ――そのドレスを着たフィオリエを見た時、正直に言って、私は店主やドレスを用意したというアシスタントさんに怒鳴りそうになった。


 だって彼女の着る、そのドレスの色は。


「……フィオリエ、それ、喪服よ。わかる? 喪服」


 一つも輝くことはない。

 夜のような艶やかさもない。

 ただ黒く、異質なほどに黒く、不吉さを覚えさせる色。装飾だってほとんどない。全体の形もシンプルすぎて気味が悪いほど。


 彷彿させるのは葬式。喪主が咲いてしまった娘の花を両手に持ち、先頭を歩き、街の外へと向かう葬列。その影。


 けれども。

 彼女の全てを包むような漆黒は、どんなドレスよりもフィオリエに似合っていて、頭では紫色の蕾が凛として佇んでいた。


「これ……これっ、おかしいんじゃないですか!」


 やっと私は怒鳴り声を上げた。店主とアシスタントさんは、少し困った顔をして身を小さくする。

 しかし私の肩に、手が置かれる。


「死んじゃうんだから、別にいいじゃない」

「フィオリエ! あなたそんな簡単に、そういうことを……!」

「簡単に言ったわけじゃないわよ?」


 戸惑う私の両手を、フィオリエは握る。


「私、死ぬのよ、シリアン。多分、数年もしないうちに」


 私は彼女と目を合わせたくなかった。その姿を、その笑顔を、直視したくはなかった。受け入れたくなかった。それでも目を合わせると、黒曜石のような瞳は何よりも美しかった。


「気付いちゃったのよね、私」


 瞳が細くなる。白い肌の上、泣きボクロは星のようだった。


「王子様は来ないけど……死神はくるって!」


 だから、と小首を傾げた彼女と私の間には、大きな壁があった。

 手を握ってはいるものの、見えない壁があり、私はその向こう側にはいけないし、フィオリエもこちら側へ来ることはない。


 奇妙な形の紫色のティアラは、私にはない。

 手が、離れる。


「ねえ、似合ってるでしょ?」


 死神の花嫁はステップを刻んで舞い、漆黒が花弁のように広がった。

 恐ろしいほどに似合っていた。

 憎らしいほどに似合っていた。


「……シリアン?」


 いつまでたっても私が感想を言わないからだろう、フィオリエが不安そうに顔をしかめる。


「……あー、だめだったかしら? 私、これがすごくいいって思ったの。でもシリアン的には……なし?」

「……似合って、いるわよ、すごく」


 あんな蕾。

 あんな蕾がなければよかったのに。


 しかし何となくわかるのだ。あの蕾があってこそ、フィオリエなのだと。

 彼女は死神の花嫁として選ばれた。

 遠くない未来。近い将来、彼女は遠くへ行ってしまう。


 ――私は嗚咽を漏らしながらぼろぼろ涙をこぼしていた。

 困惑するフィオリエの前、しゃがみ込んでしまう。

 それほどに、彼女はふさわしい姿をしていた。


 もしかすると、その時の私は、救いを求める姿にも見えたかもしれない。けれど誰も私を助けてはくれない。フィオリエすらも、私の本当の気持ちを知らないから。


 でも、それでいい。そのままでいい。知らなくていい。


 アシスタントさんが背をさすってくれていた。私は深呼吸をして、涙を拭う。残りを押さえ込んで、気持ちも押さえ込んで、私から離れていく人を直視する。


 フィオリエは美しかった。



 * * *



 撮影は後日に行われた。ドレス以外のものや髪型を整えて、いざ撮影が始まる。

 不吉な写真のはずだったが、まるでモデルや女優のような写真が撮れた。漆黒のドレスが、フィオリエの白い肌と、紫色の蕾を際立たせている。


 『花憑き』とは儚い存在のはずだった。ところがフィオリエは、圧倒的な存在感を放った。凛々しく、力強く、まるでこれから旅に出る者を思わせる。

 生命力にあふれた写真であり、彼女が存在していた確かな証拠となった。


「シリアンもドレス着たらよかったのに」


 撮影中、フィオリエが口を尖らせる。


「私『花憑き』じゃないからタダで撮ってもらえないわよ。知ってるの、フィオリエ。これ、普通にやると結構かかるのよ」

「でもアシスタントさんや店主の人、シリアンのことも話してたわよ……もしシリアンもドレスを着てくれたのなら、一緒に撮影できたのに」


 そう言った彼女は、どこか寂しそうだった。

 けれども私は、やはり、ドレスなんて着なくてよかったと思っている。叶うことのないこの気持ちを、彼女に伝えなくてよかったと思っている。


「私、ドレスは着ないわよ」


 これから先も。一度も着ることはない。

 ああ、けれども思う。

 死ぬ時に、フィオリエのような漆黒を身に纏えたのなら。


「……私、シリアンのドレス姿、見たかったかも」


 フィオリエがポーズを決めれば、またカメラのシャッターがおろされる。

 そう言われてしまえば、私は少し、気の毒なことをしてしまったかもしれないと、後悔する。


 それでも、いい。

 ちょっとした、仕返しだ。


「フィオリエ、あなたの写真、もらってもいい?」


 尋ねればフィオリエは満面の笑みで頷いた。

 できあがった写真は私の宝物となった。毎日肌身離さず持ち続け、フィオリエが咲いた後も持ち続けた。


 今も一人、大切にその写真を持っている。



【第四話 終】

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